20話
私は「花の魔女」として村の人々にすっかり受け入れてもらえた。私が多様化で生み出した食用の植物と、元から村で育てていた食用植物は浄花の肥料で育て、実った野菜や果実を分けてもらっている。
そして家畜のえさも充分に確保できるということで、鶏や山羊二匹くらいしかいなかった村だったのに、行商人を通じて牛を仕入れた者もいて、畜産まで盛んになる動きがある。私はにおいに敏感ではないが、村人からの頼みでそちらにも浄花を咲かせてある。ノエル曰く「家畜小屋も全然臭くないです!」とのことだ。
(花で覆われた家畜小屋だからね。なんだかファンシーだよねぇ)
牛乳やヤギ乳がもらえるのは私としても嬉しい。栄養のある水分なら、私は食事として吸収しやすいのだ。ノエルは山羊乳よりは牛乳の方が好きであるらしく、初めて牛乳を貰った時は喜んでいた。今、牛乳からチーズも作っているとのことなので、彼はその完成も楽しみに待っているようだ。
食というのはやはり、人生においての楽しみである。ノエルが幸せそうにご飯を食べているのを眺めながらお茶や牛乳、果実のジュースを飲む――というか唇に触れさせて吸収するのが私の日課となりつつあった。
「魔女さまはあんまり食べませんよね」
(うん。魔物を食べてるからね)
村の柵に捕まっている魔物や獣を時々食べることで、私のエネルギーはしっかり満たされている。もちろん、時々は村人が持ってきてくれた物も食べる。特に生卵はかなり栄養になるので時々食べている。
だが人間の行動としてはほとんど食事をしていないように見えるだろう。ノエルはちょっぴり心配そうに頭上の耳を倒した。
「もしかして、俺にたくさん食べさせようと思って我慢してませんか?」
(そんなことはないよ。……ノエルにはたくさん食べさせてるけどさ)
首を振って答えた。人間の食事は人間のためにあるから私はあまり食べないだけだ。ついでに料理もできない。人間の味が分からないせいで、この世界の食材をうまく使えないのである。
初めて作った料理は野鳥の完全回復薬焼きだった訳だが、この村に来て料理をしようとしたらノエルが青い顔で「俺が作ります!」と止めてきたので、不味かったのかもしれない。普段彼の食べるものは彼自身が作っている。
彼は私にも食べさせようとしてくれるのだが、それを断って飲み物だけ頂いているのでノエルからすれば不健康に見えるだろう。
「あの……お茶にいれるジャムとかだったら、魔女さまも食べられますか?」
(ああ、それなら食べるかも)
「! じゃあ俺、今日はジャムを作ります!」
そうしてノエルは元気に畑の収穫へと向かった。私はその間、水浴びでもしようと家の裏の川へと向かう。
この服は自分の蔦で作り上げたものなので、解いて洗うことができる。髪に戻して川の中に浸かり、綺麗に洗っていく。
この体は人間のような垢はでなくとも、土や埃は服につくため、こうして洗わなければ汚れが蓄積していくのだ。
(ノエルにはあったかいお風呂を用意してあげてるけど、私は熱いのあんまり好きじゃないんだよね)
大きな桶に湯を溜める簡易な風呂がこの世界の基本的な入浴スタイルだ。でも私は、お湯に入るとなんだかちょっと茹でマンドラゴラになりそうで嫌なのである。……マンドラゴラの出汁とかとれそうだし。
川辺に生やした浄花も少しずつ上流へと伸ばしており、上の方から白い花弁が流れてくる。そのおかげか水は非常に栄養が豊富で、ここで水浴びすると私は美味しい。水草や魚も繁殖してきているので、ちょっとしたおやつに食べることもできる。
(ノエルは畑だし、誰も見てないよね?)
周囲を確認して魚でも捕獲しようかと思っていた時だった。後ろから「あ」という男性の声が聞こえてきて振り返る。
そこには人間が二人立っていた。見覚えのある騎士で、私を見て固まっている。勿論、びっくりした私は体内で大絶叫したわけだが、その声が外に漏れることはない。
「も、申し訳ありません!」
男性のうち一人は慌てたように背を向け、もう一人の顔を片手で覆い隠している。顔を隠された方は勢いよく向かってきた手でもぶつかったのか、鼻血を垂らしていた。
(えーと……魚は捕る前だったし……後ろだったから見られてない、よね……?)
私の体は人間形を模したものだ。だが、あくまでも形だけ寄せているので完全に同じではない。胸は大きいけれど突起部分は作っていないし、正面から見るとマネキンと変わらぬ滑らか肌なのだ。しっかり見られたらまずい。
すぐに川から上がり、髪部分の蔦から服を作って体に纏わせた。内側ではひぃひぃと声を上げつつも、二人の様子を窺う。どちらも背を向けていて、私のことは見ていない。
「前に見たマンドラゴラもあんなナイスバディだったんだ……」
「リッター、さすがに失礼極まりありませんからやめてください」
彼らはいつだったか魔境で見かけた二人組のようだ。鼻血の騎士の方はどうやら私の黒歴史の姿を見かけたこともあるらしい。
もう片方は死にかけていたところを助けた相手だ。生きていてよかったとは思うが、出会ったのは魔境付近。あんなところで何をしていたのかと詰められはしないだろうか。
(まずいなぁ……あのマンドラゴラがここまで進化したと思われたら困る。……やっぱり、走るマンドラゴラを増やさなきゃ……!)
走るマンドラゴラが他に存在していたなら、前に見かけた個体だと思い込むだろう。まさか人型に進化したマンドラゴラが多様化や分身のスキルを使って昔の姿を作り出しているとは思うまい。
平和に暮らせているので後回しにしていたが、やはり動くマンドラゴラを増やすのは必須だろう。私がこれからも人のふりを続けるためにも、何体か作っておいた方がいい。……できるときに実験をしなくては。
(えーといつまで後ろを向いてるのかな。……あ、そうか。服着たことが分からないよね)
以前、声を聞かれても死ななかった騎士だけれど、今日も呪い対策をしているかどうかは分からない。声はかけずに近づいて、その肩を軽く叩いた。
「っ……先ほどは大変失礼いたしました」
「はい、その、良いもの、じゃなくてありがとう、でもなくて大変失礼いたしました……」
二人が振り返る。私が助けた騎士の顔には以前とは違って眼帯がつけられており、特徴的なオッドアイは隠れてしまっていた。もう一人の騎士も鼻のあたりをこすりながらもごもごと何かを言っている。
「リッター。……私が話します、少し下がっていただけますか」
鼻血の騎士は咎めるような声でそう言われて数歩後ろに下がった。隻眼の騎士は金の右目でじっと私を見据えている。
「貴女が……花の魔女殿でしょうか?」
そんなこと言っちゃうからモテないんだよ…
総合評価ポイントが四万を超えて目の玉ひん剥いてます。マンドラゴラの実が落ちそう。感想も300件を超えて、たくさんの応援をいただけていることを実感してます。更新頑張りますね…!




