18話
分身のスキルによって何ができるか、私は早速試してみた。
しかし思っていた通り私が二人に増えるということはできないようだ。私という魔物の構造は複雑すぎて複製はできないのかもしれない。
(この分身ってスキルは私自身が増えるんじゃなくて……意識を分ける、って感じ?)
この力は私が自分から切り離した部分や多様化で生み出した植物に、自分の意識を分けることができる。その意識の分け方も自分で調整でき、はっきりと周囲を知覚できるレベルから、何かが触れた時にふっと触られたような感覚が本体である私に伝わってくるだけの些細なレベルまでいくらでも可能だ。
動ける植物であればその体も自由に動かすことができるだろう。このスキルはしばらく試行錯誤して、できることを模索すれば手足が増えるような気がする。
(ちょっと試してみたいのは……動くマンドラゴラを増やしたら、私の目になってくれるかどうか……)
さすがに今ここで人間を殺しかねないマンドラゴラを生やそうなどとは思わないが、私そのものは不可能でも分身のマンドラゴラを生み出し、それを遠隔カメラのように使えないかどうかは気になるところだ。
この辺りの実験はゆっくり、人に迷惑を掛けないようにやっていくとして、ひとまずは柵の補強は終わったし、この蔦に自分の意識を薄っすら分けておいた。もし獲物が掛かれば私も分かるようになった、という訳である。
(私が生やした植物ならいつでも私の手足として動かせる、便利なスキルだね。ともかくこれで獣対策はよさそうだし、村に帰ろうっと)
そうして村の中へと戻っていくと、中心部の広場のような場所にダオンとノエル、そしてエリーがいた。まずはノエルが私に気づき、すぐにこちらへ駆けてくる。そのあとにエリーも続いて走ってきた。
「魔女さま、おかえりなさい!」
「魔女さま! 村にすごくいっぱいお花が咲いて、きれーだね!」
二人で並んで私を見上げているので、それぞれの頭を撫でた。……大きさ的にはゴブリンと同じくらいなのに、人間の子供は無害でかわいい。ゴブリンはあんなに腹立たしいのに。
「魔女さま、柵に絡みついているあの花は……綺麗だけど、棘がありますよね。内側……村の方にはないけど、外側にはいっぱい」
(そうそう。触っちゃ駄目だよ、怪我するからね)
「分かりました、近づかないようにします。対獣用、ってことですね」
私が触ってはいけないことを伝えようと指で×印を作って見せると、ノエルはこくりと頷いてそう言った。彼は本当に理解が早くて助かる。そんなノエルをエリーは不思議そうに見つめて首を傾げた。
「ノエルはなんで魔女さまの言いたいことが分かるの?」
「魔女さまをよく見ていれば分かるんだ。魔女さまはとてもやさしくて、頭が良くて、常に誰かのために行動しているから、そこから予測するだけだし難しくない」
いや、それはちょっとかなり誤解がある気がする。ノエルの中の「花の魔女像」は一体どうなっているんだろう。私自身が思う私と、ノエルが考えている私にはずいぶんズレがある。
彼は私をとても好意的に解釈しようとしてくれるので、こちらとしては都合がいいのだけれど、だましているようで罪悪感がなくもない。
(なんか……中身マンドラゴラでごめんね……)
せめて人間にとって役に立つ良いマンドラゴラでいられるよう心掛けるので許してほしい。……もちろん、薬の材料以外での役立ち方だ。さすがに干されたり煮られたりはしたくない。
「魔女さま、水車のところに住むんでしょう? 遊びに行ってもいい?」
(遊びに……なるほど、子供が遊びに来るような場所なら善良な魔女のイメージが付きやすいね。もちろんいいよ)
頷きながら考えた。子供が楽しい場所にするのもいいかもしれない。蔦でブランコを作ってみるのはどうだろう。その周りを可愛い花で彩れば、エリーは喜んで何度も通ってくれるかもしれない。
(あとはつまみ食いできそうな野菜と果物と……ほんとは肉があったほうがいいんだけどなぁ)
ノエルは育ち盛りなのでたんぱく質をたくさん食べさせたい。ただ私が作れるのは植物だけで肉類を生み出すことは――。
(できなくもないけど……肉が実る植物の魔物もいるし……)
魔物でも植物系であれば取り込むことで多様化のスキルから生み出せるようになる。バロメッツという植物系の魔物は巨大な実をつけるのだが、その中には羊が入っているのである。桃太郎の桃のように、割れば中から羊が出てくるという代物だ。
(でもなぁ……私、これ羊以外が実ってるの見つけたんだよね。鹿とか……ゴブリンとか……)
説明文では羊が実るとされているが、ステータスの説明はかなり人間目線だ。つまり人間が知っているバロメッツと、本来のバロメッツは少し違う。
これはどうやら最初に触れた草食動物、つまりバロメッツを収穫しようとした生き物を取り込んで、それを実として再構築しているようなのだ。
そして作った肉の実で肉食の魔物をおびき寄せて食べられることで種を他所へと運んでもらい、新しい土地にも子孫を増やすという生態の植物である。……さすがに人間にこれは食べさせられない気がする。全く、どうして植物には怖い生態のものが多いのか。私と違って凶悪過ぎる。
「魔女の家に来るなら手土産を持っていくものだぞ」
「うん。お母さんも卵を持っていきなさいって!」
「……ならいいけど」
ノエルはなんだかエリーが遊びに来ることが不服の様子だ。何故だろうかと考えて、そういえば彼は差別される獣人であることを思い出した。子供だからか、エリーは種族差を気にしている様子はない。でもきっと嫌われるのが怖いのだろう。
そんなに怖がらなくてもいいのに、と思いながら二人の頭を撫でた。
(二人とも仲良くできたらいいね。……ノエルと一緒に育てば、エリーは獣人を差別しない大人になるかもしれないし)
私が撫でていると二人ははにかんだように笑う。そんな中、エリーから「ぐぅ」と小さな音が聞こえて、彼女は照れたように腹部を押さえた。どうやら消化の音らしい。
「えへへ……お腹空いちゃった。魔女さま、あの白い花びらは、どんな野菜も果物も元気に育ててくれるんでしょう? ダオンおじさんが言ってたよ。私、食べてみたい果物があってね、それも育つかなぁ」
「……種がなければさすがに育てられないぞ」
「あ、そっか。じゃあだめかな……」
しょんぼりとしてしまったエリーが可哀想だったので、首を傾げることでどんな果物か訊いてみた。御伽噺の中に出てくる果物で、魔境のような魔力の濃い場所に生えるという。
キラキラと光るカラフルな木の実をつける低木で、その実は飴のように甘く缶に入ったカラードロップに似た見た目をしている。「妖精飴の木」と呼ばれるものだ。
(それなら前に取り込んだから作ってあげられる!)
エリーににこりと笑いかけて手招きし、彼女の家に向かう。その家の横に妖精飴の木を生やせば、彼女は飛び跳ねるほど喜んだ。
「わあ……! これが妖精の飴! ありがとう、魔女さま……!」
これをきっかけに、村人から様々な植物を生やすことを頼まれるようになった。そのお礼とばかりに食べ物や便利な道具が水車小屋へ届けられるようになり、私はどうやらこの村から完全に受け入れられたようで、とても嬉しい。
――植物を操る魔女に支配された村。そんな噂が流れるとは知らずに。
走り回るマンドラゴラ部隊ができる日も夢じゃない。……悪夢だな……。
いつも応援ありがとうございます。実はまだジャンル別ランキングの表紙に入らせていただいています。多くの方が応援し続けてくださっている証、ですね。本当にありがたい。
次は再会のシーン…の予定。今後も更新頑張ります…!




