17話
村の井戸や肥溜めにも浄花を咲かせた後、私は食欲を感じるようになっていた。完全回復薬もたくさん作ったし、消費に回復が間に合っていないのだろう。
井戸も汚れていたのか、そこに咲かせた浄花の花弁が数枚あたりに落ちている。それを拾って、こっそり手袋に隙間を開けて触れる。さすがに肥料と言われる花びらなだけあって、これは私にとっても美味しい。花を咲かせた時点でもう私がこれ以上魔力を使う必要もないし、村人が農耕で使わない分の花を貰えたらいい食事になりそうだ。……これが共生というものではないだろうか?
「魔女さま、この花びらは綺麗ですけど、どうするんですか?」
「それは肥料になる。……人にとっての毒を、植物を育てる肥料へと変える花だからな」
ノエルにどう伝えたものかと悩んでいたら、ダオンがやってきて代わりに答えた。どうやら彼は浄花がどんな植物か知っているらしい。それなら使い方を教えなくても上手に使ってくれるだろう。
そんなダオンは、普段とは違って腰に剣を挿していた。それが結構様になっていて、とても田舎の村の村長には見えない雰囲気だ。
(ダオンさんは何故剣を……も、もしや魔物バレして私を斬ろうとかそういう……っ!?)
「ダオンさん、どうして戦いの装備なんかしてるんです? 魔女さまも気にしてますよ」
「ああ……最近、獣が多いので装備が必要でして。たぶん、山の方で生存競争に負けてるんでしょう。村を囲う柵の補強をしに行くんですが、襲われるかもしれませんからね」
魔境の変化についていけない獣たちが逃げ出してこの辺りに出没しているらしい。山で餌が無くなった熊が人里に降りてくるようなものだろう。
しかし私にとってはある意味幸運かもしれない。ダオンへとニコリと笑いかけ、自分を指さす。その仕事、私にやらせてくれないか。そういう意味だ。
「魔女さまがやるんですか? ……そうですよね、ダオンさんも病み上がりですもんね」
「完全回復薬を頂いたので体力もしっかり回復しておりますよ。魔女さまはお優しすぎますね、心配には及びません」
(いや、そうじゃなくてね……私もご飯を食べたくって……)
「……何か、良い案があるんですね、魔女さま?」
そういう訳ではないが、是非私を一人にさせてほしい。こくりと頷けばノエルも分かったという風に頷いてくれた。
「ダオンさん、魔女さまに任せてあげてください。たぶん……他の人がいたらできない魔法とか、あるんです。この前魔女さまが獣を倒した時も、俺にはついてこないように指示をしていました。近くにいると人を巻き込んじゃうような、すごい魔法があるに違いないです!」
(いや、まあ……人に聞かせたらやばい声は持ってるから間違いではないんだけどね……?)
ノエルからの信頼が痛い。私なんてただの小心者のマンドラゴラなのに、彼にとっては偉大過ぎる花の魔女のようだ。
ダオンはどこか諦めたようにため息を吐いたが、その表情はなんだか満足げというか、納得しているように見えた。
「魔女さまらしいですね。分かりました、では私は村人が近づかないように注意喚起を。ノエル、手伝ってくれ」
「はい!」
二人が去っていく背中を見つめて、色々勘違いはされているがこれはこれで都合良いかと思いながら村の外へと向かった。この村はぐるりと木の柵で囲われているが、どうやらこれが獣対策であるようだ。
外に向けて大きな棘がついているとはいえ、木の柵では防御力にも限界がある。ここは私がやる気をだそう。……獣を狩るついでに。
(でもまずは食事が先かなぁ……茂ってる方に行けば多分……襲ってくると思うし……)
襲われると分かっていてもいきなり来られるとびっくりしてしまう。ちょっとしたことで叫ぶほど驚くのはもうマンドラゴラの性だ。驚かないのは不可能といえる。……驚くのは疲れるので私とてあまり驚きたくはない。苦手なお化け屋敷に入る前の心境に近い。
そうしてびくびくしながら森の中に入り、予想通り何らかの獣が飛び出してきて体内で盛大に叫んで、叫びながら髪の毛の蔦で絡めとった。
(う、うわ、この獣抵抗がすごいっ大人しくしてよおぉお!!)
関節を固めてしまえば動物は動けないものだが、今襲ってきているのは毛の生えた蛇のような魔物で、にゅるにゅると動いて蔦から逃れようとしている。仕方がないので、生成した蔦から薬を滲ませて大人しくさせることにした。睡眠薬と麻痺薬、どちらが効くかも分からないので両方とも蔦から出して暴れる蛇に塗ろうとしたが、相手も何らかの体液を出してぬめりながら抜け出そうと抵抗している。薬もその体液で阻害されているのか、抵抗が弱まる気配はない。
(こ、こういう時は……注射みたいに刺す!)
蔦から鋭い棘のある植物を生やす。蛇が暴れるほどに棘が刺さっていく。そうしてその棘の先から薬を出せば、さすがの蛇も体内に薬が入ったのかだんだんと大人しくなっていった。
動かなくなった蛇から髪を解いて地面に降ろす。このぬめり方は蛇というより、ウナギに近いのかもしれない。……かば焼きにしたら美味しそうだ。まあ、私は料理しない方が栄養を取れるのでしないけれど。
(ほんと怖かったぁ……こんなの人間は相手にできないよね。それにあんな柵じゃ全然防げないよ……どうにかしなきゃ)
蛇に直接触れてみると、かなり栄養分が多くて美味しかった。これは体感だが、強い魔物であればあるほど満腹感を得られる。まあ私には胃がないので、正確には人間の満腹感とは違うのだが――満たされた、という感覚は確かにあるのだ。これで失った魔力は回復できただろう。
(こんなのがいるなら柵にもっと強い棘が必要だね。さっきの棘の植物を生やそう。危ないから、村人には柵に触らないようにしてもらって……)
村を囲う木の柵は、私が棘のある植物を生やすことで補強した。鎖薔薇という植物で、魔物の体でも簡単に傷付ける茨を持っているが、美しいバラの花が咲くので見た目にはそう悪くない。ちゃんと村の内側には棘を生やさず、外にだけ鋭い棘を向けた。元々の柵も外側に木製の針を向けた盾のような形で作られていたし、私はそれを補強した形だ。
……なんだか少し、村を茨が囲っていて、ちょっと植物に支配された場所っぽさはあるけれど、見た目が綺麗だから多分大丈夫だろう。
(魔物が来た時はしっかり捕獲するように命令しておいて……それはいいけど、捕まえた報せがないのは不便だなぁ)
多様化で産んだ植物は私が離れたとしても、私の忠実な僕として私の命令を守り続ける。だから自動で魔物を捕獲するまではやってくれるけれど、捕まえたことを報せるような機能はない。
(離れた場所でも見れたらいいんだけどね。私の体はちぎったら自由に動かせなくなっちゃうから、ちぎった部位でも意識が繋がるようになればいいんだけど……あ)
途端に聞こえる「ピコン」という、スキル取得音。表示されたのは『【分身】を獲得』の文字。しまった、またスキルを取得してしまった。これで残る進化ポイントは10しかない。
(……でも分身って……自分を増やせる……ってコト……?)
こんなものが増えたら困る。世界が。
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