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2話



 ひとしきり泣いた後、私はいまだ隣で痙攣している鳥に気づいた。痙攣している、ということはまだ生きているということだ。

 マンドラゴラの声で気絶しただけらしい。殺してしまわなくてよかったと思いながら、どこか安全な場所で看病しようと手を伸ばす。いや、正確には根ではあるが。


(ファンタジーで見るマンドラゴラの設定だと、声を聞いて死ぬパターンと気絶したり混乱状態になったりするパターンがあるけど……この世界だと後者なのかな)


 そうして鳥の体に触れた途端、何故か「味」がした。それなりに美味しい。よく分からない現象にきょとんとしていると、鳥はだんだんとしおれ始め、最終的に枯れ枝のような姿になり動かなくなってしまった。途端に頭の中に流れる、件のラッパのメロディ。


(もしかしてこの音って……レベルアップの音、みたいな……?)


 施設育ちでもゲームくらいはしたことがあるので知っている。キャラクターが成長し、レベルアップして強くなった時、それが分かるようなメロディが流れるのだが、もしかしてそれなのだろうか。

 と、いうことは。……私はこの鳥を倒してレベルが上がったことになる。



「ッメェエンン……!」



 なお、マンドラゴラは人間のような発音ができる構造になっていないようで「ごめん」と発音したつもりが羊の鳴き声のような変な音に変換されてしまった。……もっとちゃんと喋れるようになりたい。


(うう……この体って触るだけで命を吸っちゃうのか……これじゃあ、本当に化け物じゃん……)


 化け物、いや魔物だろうか。元々植物の根とは栄養を吸収するものだし、私が手足と認識して動かしているこの根の部分も触れた生物からエネルギーを吸い取る器官であるらしい。


(そもそも、さっき何度もあのメロディは流れてたよね。もしかして……大量虐殺……しちゃった……?)


 この鳥は叫び声で死ぬことはなかったが、もしかするとマンドラゴラの声への耐性というものが生物ごとに違っていて、声を聞くだけでお陀仏という種類の生き物もいるのかもしれない。

 私はそんな声をまき散らしながら森の中を走ったため、下手をすれば耐性のない生物を大量虐殺した可能性がある、と気づき青くなった。……いや肌は茶色いのだけれど。


(その中に人間がいたらどうしよう……!?)


 相手が自分と同じような魔物ならともかく、もし人間だったら。さすがに人殺しは、元人間としてできないというか、してはいけないという感覚が強い。


(確認しに戻る……?)


 振り返った先は深い森だ。マンドラゴラの背丈では、あまりにも高い草木が生い茂った、暗くて恐ろしげな森である。それを見ているだけで怖くなってしまい、死体の確認をするためにそこへ向かうとなると――とてもじゃないが戻れる気はしない。

 どうやら私はマンドラゴラになってかなり怖がりになってしまったらしい。それがこの種族の特徴なのか、私という魔物の個性なのかは分からないけれど。


(でもこれからどうしよう……マンドラゴラの生き方はよくわからないし)


 私には人間の記憶があり、姿を見るまで自分は花園美咲だと思い込んでいたくらいにはその意識を引き継いでいる。

 どうも性格などは細かな部分は変わってしまっているが、それでも価値観は人間に近いままだ。


(人間だったら衣食住が必要……そういえば、最初は何もしなくても大丈夫だったよね。あれは緑の人みたいなやつに引き抜かれる前で、土の中だったはず。じゃあ地面に潜ればとりあえず家と食べ物は大丈夫なのかな……?)


 そしてどう考えてもマンドラゴラに服は必要ない。このむちむちに肥え太った丸々のボディを晒していたとしても、ただの根っこなので何も恥ずかしくはないのである。……それにしても栄養状態がいい体だ。最初に埋まっていた地面はよほど栄養があったのだろう。


(私の花もとても綺麗だしね。うんうん、この花だけ見れば悪くないよ)


 マンドラゴラはファンタジー世界の植物なので、元の世界には該当する花はない。しかしバラや牡丹のように何層にも重なる桃色の大きな花びらが、淡い光を帯びている様は幻想的で美しい。神様は私の願いを叶えてくれたのだろう。……いや、まあ、下部を見ればハニワ顔の手足が生えたダイコンなので嬉しくはないのだが。花だけは本当に綺麗だ。美しい花の下には死体が埋まっているとかそういう話を思い出し自分がここまで育った栄養分について考えそうになったので、頭を振ってその思考を追い出した。


(植物なんだから地面に埋まれば休めそう。なんだ、家がなくてもどこでも休めるじゃん。今日はとっても疲れたし、一回休んでからまた考えようっと)


 水辺の土は柔らかく、潜り込むのはそう難しいことでもなかった。ちょうどよく水分の含まれた土で、案外埋まり心地は悪くない。

 ここに住むのもいいかもしれない――うとうととしながらそう思った瞬間、私は急に引っ張りあげられた。



「キャアアアアアア!?!!?」


「グ、ァ……!」



 突然のことに悲鳴をあげる。この体は驚くと反射的に大声を出すようになっているため、叫んだのは不可抗力だ。

 以前のように宙へと放り出され、今回はぽちゃりと水の中へと落ちてしまった。次の瞬間、八つも目がある魚と目が合う。そしてもちろん、再び大絶叫した。なお、脳内では件のラッパのメロディが鳴り響いている。


(無理無理無理!! 怖い!! もっと早く泳げないの……!? せめて水かきがあればいいのに……!)


 そう願った途端、水中をうまく泳げるようになった私は、必死に陸へと上がった。そこで見たのは以前と同じ、緑の体をした巨人である。どうやらこの緑の巨人は、地面に埋まっているマンドラゴラを見ると引き抜く習性があるらしい。


(よし決めた。安全な……安全な棲家を見つける……! そうだ、人間の国はないのかな。人間の国なら、こんな魔物はウロウロしていないはず……!)


 ただ問題は私の姿が植物の魔物(マンドラゴラ)であること。……たとえ人間の記憶があろうと、魔物を受け入れてはくれないだろう。

 がっくりとうなだれた私は、自分の手が目に入って驚いた。そう、手だ。太い根っこの先端でしかなかった部分に、手ができていた。しかも水かきがついている。


(どうして……? …………私が、水かきがあればって願ったから?)


 この体はもしかして、自分が望む形へと進化できるのだろうか。水かきのついた不気味な手を見下ろしながら、ごくりと唾を飲み込めなかったので空気を飲んだ。……マンドラゴラに唾液はないようだ。



―――――――――――――



 とある王国、王城の一室にて。宮廷魔導士のニコラウスは一つの鉢植えを真剣に見つめていた。その状態で一時間以上動かなかったため、助手として派遣された騎士のリッターは心配になり、つい尋ねてしまう。


 

「魔導士殿、先ほどから一体何をされているのですか?」


「何って……分かるでしょ」


「いえ、全く分かりませんが」


「これだから凡人は……」



 心底呆れたという視線を向けられてリッターは少々苛立った。しかし相手は誰もが認める魔法の天才であり、宮廷魔導士として召し抱えられている存在だ。彼の助手をするようにと派遣された騎士に反抗することなど許されないし、軽く唇を噛んで声に出しかけた文句を殺す。彼がとんでもない変人なのは城中の知るところであるし、怒ったって仕方がない。



「凡人にも分かるように説明してあげるか……大抵の魔物は成長するとただ大きくなるんだけどね。馬鹿だから大きく力を強くすることしか考えられないってのが定説だ。でも知性のある魔物だと面白い進化をする」


「はぁ、魔物に知性……ですか?」


「人間ほどの知性はなくたってそれなりに思考できるものはいるさ。猿やカラスなんかと同じで、賢いと呼んでいい魔物もいるわけ。……それで、そういう魔物は自分で進化の方向性を決められるんだよ」



 魔物は動物と変わらない。いや、動物よりもずっと狂暴で理性もない怪物だ。長く生きて成長した魔物程巨大化し強くなる傾向にあるが、まれに異質な変化を遂げた個体も発見される。それは変異個体と呼ばれ、ニコラウスは現在そんな変異個体の研究をしているらしい。



「でもそれは……マンドラゴラでは?」


「そう、今の研究対象でね。植物系の魔物でも、それなりに知恵はあるのかと思ってさ。マンドラゴラは特に、声を発するし動物に近いだろう? ……例えばお前は、マンドラゴラがどうなったら怖い?」



 マンドラゴラは植物の魔物だ。しかし完全回復薬(エリクサー)の材料にもなり、自力で動けないので飼育可能であり、養殖もされている。魔物というよりは扱いに注意の必要な薬草という認識だ。

 ただしマンドラゴラは引き抜く際に呪いの籠った叫び声を上げ、呪いへの抵抗力が弱い者であれば聞くだけで死んでしまう。しかし専用の耳栓でもしていれば、簡単にその声を防ぐことはできる。地面から引き抜く前に耳栓をしておけば何も怖い存在ではない。引き抜いたところで植物なので逃げ出すこともできないため、被害が拡散することだってない。



「動けないマンドラゴラが怖いなんて想像がつきませんけど……ああ、走り回ったら怖いですね。あの声を防ぐ用意ができてなければ、下手をすれば死にますし」


「ははは。凡人の割にはいい発想だね、走るマンドラゴラか。見てみたいなぁ……お前、そういう進化をしてみない?」



 マンドラゴラの鉢植えに話しかけるニコラウスは、やはり常人には理解できない変人である。走るマンドラゴラなんているわけないじゃないか。そんな物がいたら、生態系が壊れてもおかしくない。


(天才とへんた……変人は紙一重っていうからな。……でもまさか本当に走るマンドラゴラを生み出したりしないよな?)





都市伝説っぽいですね「恐怖、走るマンドラゴラ!」

ネス湖のネッシーみたいな感覚です。まあ居るんですけども。




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お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。転生したら鳥だった。体は最強、頭脳は鳥頭
『お喋りバードは自由に生きたい』
― 新着の感想 ―
恐怖で驚き悲鳴をあげて逃げ出すマンドゴラの絶叫と、それに驚き呪い殺される魔物を想像したら面白くて笑いが止まらなくなった(笑)
この主人公は「面白画像 大根」で検索したときに出てくるような感じなのかな? アレが走り回ってるというのは確かに怖いなw
マンドラゴラを引き抜く習性があるなんて緑の巨人さんはよく絶滅しないな。と思ったのだけれど、天然のマンドラゴラは数が少ないから被害はそれほどでもないのかな。それとも絶滅しても自然発生する? 想像するとき…
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