15話
(川の水からあのゾンビっぽい味がするってことは、多分上流の方からあの腐った感じの魔物の体液が流れ込んでるんだよね。私ならともかく、人間ならお腹壊して当然だよ)
誰も見ていないのをいいことに服の蔦を伸ばして水中の魚を捕獲し、引き戻して服の下で足に触れさせるという食事をしながら考えた。ノエルが毒の魚が増えたと言っていたけれど事実らしい。毒の魚は食べてもそんなに美味しくはないので分かるのだが、体感で半数以上の魚が毒持ちになっている。やはり水が悪いため魚にも影響が出ているのだろう。しかもこの魚は普通の魚ではなく、魔物の一種でこの水の毒に耐えられるよう進化したもののようだ。……まあ、毒持ちでも魔物なので普通の魚よりはエネルギーになっており、私の食事としては問題ないのだが。
(うーん、でもこれはよくない。ノエルが体調を崩したのもこの川で食べ物を洗ったからっぽいし……村の人たちもそうなのかな? じゃあ、まず根本をどうにかしないとこの病気は治らないってことか)
川の上流へと視線を向けた。山の上の方ではゾンビの魔物が相当増えていたし、あれをすべて淘汰するのは難しいだろう。声の攻撃が効かないから一体ずつ倒す必要があるし、さすがに無理だ。
(でもこのままじゃ、この山付近では人間を含めて普通の動物は生きていけなくなる。ダオンさんの話だと、あそこって今生態系が作られてる最中でどんな変化をするか分からないって感じだったし……)
魔女の設定を作りあげている二人の会話から得た情報の断片によって、あの山は竜が死んだせいで濃すぎる魔力にあふれ、それが瘴気となって生物に害を及ぼすような場所になっていた。しかし五百年の時を掛けてそれが薄れ、今度は魔物が大活性するような土地になり、魔物同士が食い合って新しい進化をしている、という危ない土地になっているらしい。そういう場所を人間は魔境と呼んでいるようだ。
(うわーよかったよ、強い魔物がうじゃうじゃになる前に脱出できて……あの山、新しい進化ってやつのせいでゾンビだらけの生態系になったんだね。……最初はゴブリンとかそういうのばっかりだったのに、途中からゴブリンもゾンビのやつしかいなくなったもんなぁ)
しみじみとあの頃の生活を思い出した。ゴブリンは私を引き抜いて驚かせるから嫌いだ。人型になってからはさすがに引き抜かれなかったが、首だけ出して地面に埋っていたらゾンビのゴブリンが茎の部分にかじりついてきた。勿論、私はびっくりして叫んだが、ゾンビには叫びの声は効かない。しかもゾンビは美味しくもないので食べる気にもならず、髪の蔦で締め上げて溶かす液を吐きかけたけどその後ワラワラと湧いてきて、もう溶かすより裂いた方が早いと蔦で引っ張って引きちぎったり、鋭い葉の植物で切り裂いたりという戦い方を――。
(うう、嫌なこと思い出した。あんな生活は二度とごめんだし……とにかくゾンビだらけのあんな山だから、水が汚れるのも仕方ないよ。これを浄化しないとね)
こういう汚染水を浄化できる植物ももちろん存在する。川岸に座り、自分の周りに多様化で生み出した植物を生やし、それが上流に伸びていくように命じた。ただ成長には限界があるし、私の魔力を消費すればどんどん増えはするのだが、あまり使いすぎるとお腹が空いてしまう。
ここは村の下流にあるため、村がある場所を通り過ぎるくらいまで伸ばして今日はやめた。……魚で補給した分がほとんど消えた気がする。
(一気にするのは無理かな……あとは時間をかけて伸ばしていこう。山を下りてる途中でゾンビはいなくなったから、そのあたり……ああ、そうそう。ちょうど人間が倒れてたところくらいまで伸ばせばいいかな)
私が人の姿を取って、初めて助けた人間。あの騎士は今頃どうしているだろう。目を覚ました彼に会わないよう、しばらくは川から離れて進んでいたし、その間に追い越されたかどうかは分からない。無事に家に帰れたか、死んでしまったか。できれば生きていてほしいが、この村の住人ではないようなのでもう会うこともなさそうだし、確認のしようがない。
(でもあの辺までは人間が行くってことだからね。それくらいまでの川の水は浄化しておいた方がいいし、毒に耐性がない動物のためにもなるし……)
あとは村がどのように水を使っているか確認したい。そして明日はまた体調を崩している者に回復薬を配る必要がある。
(村の中に井戸もあった。地下水は出てくるまでに何年もかかるから、井戸の水は無事かもしれないけど……一応そこにもこの植物を生やしておこう)
水辺には白く小さな花をたくさん生やした植物が生えている。これをどこで見つけたかといえば、ゾンビの魔物の背中であった。
まるで冬虫夏草のようにゾンビに寄生して増えていた。やがてその全身が花に覆われた時、ゾンビの体は崩れて土に還り、花はその場に根を張る――という植物だ。私は取り込んだ植物の情報をステータス表示できるため、取り込んだものに対しては詳しく知ることができる。
ゾンビに有効な攻撃になると思ってこの花も取り込んだのだけれど、これはゾンビにしか寄生しないから人間にとっては安全だ。……ゾンビの末路はなかなかにえぐいが、人間に危険は及ばない。
(ほんと、この世界には怖い植物があるなぁ……でも人間からすればいい植物だからね)
腐敗した水分、排泄物、毒などを好んで取り込み、栄養満点の肥料に変換する。その名は「浄花」であり、安直なネーミングだが非常に有益な植物だと思われているようだ。ただ、余程魔力が豊富な土地でなければ生息していないようなので、人の暮らす区域ではなかなか見つからず、持ち帰ったものを植えても魔力不足でそれ以上に増えないらしい。
私としてはこれを井戸に生やした後はトイレか肥溜めに生やして肥料づくりに役立ててもらおうと計画している。私がある程度植物を大きくして、その後は肥料に頼って育ててもらえれば効率がいいはずだ。
(私なら植物を自由に育てられるからいくらでも使えるし、これで村人は助けられるね!)
病気の原因とその解決方法を思いついた私は、ご機嫌で家に戻った。……これだけ役に立つ魔女であればきっと、この先も村人たちが受け入れてくれるに違いない。
蔦を使い天井のハンモックへと上がって寝転ぶ。……吊るされる感覚は、なんだかとても不思議だ。本来私は土の中にいる生物であり、宙づりにされるものではない。ただふっと、元の世界で宙づりにされる根菜の姿を思い出した。
(干しダイコンってこんな気持ちなのかなぁ……)
ホントにこの世界には怖い植物がいるなぁ……。