14話
「魔女さま、奥に寝室がありました! 魔女さまが使えるよう、すぐにでも整えます!」
(いや、私はベッドでは寝ないから大丈夫)
家の中をしっかり調べたらしいノエルが張り切っていたので、私は首を振った。ベッドに横になれば顔の位置が低くなる。それはつまり、ノエルがふとした拍子に触れる位置になるということだ。
(うっかり吸いなんてしたら大変だからね。どうせ土に埋れないなら別の場所で休むよ)
首を傾げているノエルの横を通り過ぎ、室内に入る。手前の部屋は広いリビングのようだ。その壁に触れ、壁に根をはる植物を育てれば、あっという間に壁と天井を蔦が覆った。それだけでは味気ないので花も咲かせておく。……うん、なんだか魔女の家らしい雰囲気が出てきた。あとでもっとあちこちに植物を増やそう。
(この天井に寝床を作ればいいと思うんだよね。……あ、そうだ。ハンモックにしよう)
そうして天井まで育った蔦を複雑に編み上げるように育て、ぶら下がるハンモックを作り上げた。この高さであればうっかり誰かに触れてしまうということはあるまい。そこに上るはしごは作らず、毎度自分の蔦を使って上がるつもりだ。これで完璧な対策と言えるだろう。
「わぁ……あれで寝るのは気持ちよさそうですね、魔女さま」
(ん? ノエルもハンモックが良いなら作ってあげようか)
隣の寝室へと入る。窓際にシンプルなベッドが置かれただけの部屋だ。ベッド以外は何もないため、ここをノエルの好きなように使ってもらうのがいいかもしれない。
一応ベッドの隣にノエル用のハンモックも作っておいた。彼が目を輝かせてこちらを見てきたので、使っていいという意味を込めて頷いておく。……もしかしたらこのベッドは使われることもないのかもしれない。
「あー……魔女さまは、本当にすごいですね。すでにこの家も大分雰囲気変わってきて……植物でなんでも作れてしまうようですし、こうやって自分で必要なものを用意できるなら、人里に降りてこなくとも困らなかったでしょう」
(まあ、そういう設定にしておこうかな……本当は困ったから降りてきたんだけどね)
魔物に襲われて戦い、吸収する日々。なんと殺伐とした毎日だっただろうか。人間は私を見ても襲ってこないし、親切な魔女だと勘違いしてくれているので恐れられている様子もない。
私が望んだ、安全な場所といえるだろう。このまま人間のフリをしながらここに住み着きたい。
「でもどうして五百年も人の世から離れていたのに、このようなところへ……」
ぎくり。たしかに五百年姿を隠していた魔女であれば、突然現れるのはおかしな話かもしれない。何故急に訪れたのか、と言われても魔物から逃げてきただけなのだ。まあそもそも話せないので説明のしようもないのだが。
(あの山、全然美味しくないゾンビ系の魔物ばっかりになったし……それも結構大事な理由)
いつからか出てくる魔物が半分腐ったような、ゾンビのような魔物ばかりになったのだ。それは吸収しても全然美味しくないのである。栄養分も他の魔物に比べるとだいぶ落ちていて、まるで出し殻でも食べている気分だった。
遠い目をする気持ちでつい降りてきた山の方を見てしまった。ノエルやダオンもつられたようにそちらを見る。
「……そういえば魔女さま、山を下りてきたんですか?」
「え、あの山から? まさか……貴女は魔境に住んでいたので?」
(あっ、しまったつい……ま、まさか魔物だとバレてしまうんじゃ……!?)
うわあああ、と体内で叫び声をあげる私は、彼らの目には笑っているようにしか見えないだろう。そしてその笑顔は肯定としてとらえられたようで、ダオンからとんでもないものを見る目、つまりドン引きするような目をされてしまった。
「魔力量の多い魔女とはいえなんという無茶を……五百年の間、同胞の眠る土地を見守り続けていらっしゃったのですか」
(うん? ……なんか、話が変な方向に進みだしたような……?)
「竜と戦った当時、魔族はもう五百人ほどしか残っていなかったとか。……もしや同胞すべての追悼をされていたので?」
私が生まれたあの魔境で、魔族は竜と戦って滅んだのだとその言葉で知った。魔力にあふれたそんな大地だったから私はあんなに丸々と肥え太ったカブのような体形だったのかもしれない。……あのあたりの地面、美味しかったもんね。
とりあえず勘違いをしてくれているようなので頷いておく。魔物だと思われるよりはずっといい。
「魔女さまは優しいですから……ずっと、同胞のために祈っていたんですね。でも、瘴気の濃い場所には生き物は住めないって聞いてました。だから俺たちの村も、そんなに高い場所には作れなかったって」
「その通り、たとえ魔族でも体を害されてもおかしくない。濃厚すぎる魔力が人体に及ぼす影響は計り知れない……さすがに中心部にはおられなかったでしょうが、それでもよくあの土地の傍に住み続けたものですね、敬服いたします。しかし瘴気が薄れる頃には魔物も多く発生するはずです、危険だったのでは?」
「あ、そういえば……魔女さまはここに来る前に、すごい獣を倒していました。魔女さまは優しいだけではなく、とてもお強いです」
「なるほど。竜との戦いで生き延びた貴女はやはり、特別な魔女であったのでしょう。瘴気の漂う場所でも死ぬことなく、生きていけるほどの魔女とは……」
私が何も話せないため、ノエルとダオンが勝手にあらゆる理由を考えて解釈を広げていく。どうして私という魔女が魔境に住み続けたか、住むことができたかという方向で考えてそれらしい設定を作ってくれている。
(なるほど、そういうことにすれば不自然じゃないんだ……よしよし、そうしよう、どんどん設定を作ってください)
まあ、考えてもみれば目の前にいる人間が実は魔物のマンドラゴラで人間の形をとっているだけ、なんて突拍子のない真実よりも、魔女が人目のつかない場所で長く生きていた理由を考える方が簡単だとは思う。
元人間の記憶でもなければ魔物がわざわざ進化ポイントを使って人になろうとするとは到底思えない。私が特殊な状況にいるだけだ。
そして二人の話し合いにより、私は竜と戦って死んだ五百人の同胞を、五百年かけてすべて弔っていた同族思いの魔女であり、最近は魔境も魔物だらけとなってきたためさすがに危険だと判断し、人の世界に戻ることを決めて下山してきた、いにしえの花の魔女という設定になった。……ほんとにいたらとんでもないな、その魔女。
「魔女さま、今は雑草で隠れていますが元々は隣に畑もありました。貴女はどうやら花がお好きなようなので、何か植えられるのもよいかと思います。……家の中も、周囲も暮らしやすいようにどうぞ」
(あ、そうだね。ノエルの食事も考えないといけないし……食べられる植物、たくさん生やしておこうかな)
「それではどうか、ゆっくり休まれてください。近いうちに貴女への感謝を込めて、宴会でも開こうかと考えておりますので、その際はぜひ来ていただければと」
そう言ってダオンは村へと帰っていった。残された私とノエルは、まず家の周囲の雑草を片付けて、あたりに人間が食べられる植物をいろいろと生やし、それを夕食とすることにしたのだが――。
「……すみません……魔女さまの薬で治ったはずなのに、どうして……」
(いいから、しばらくは寝てるといいよ。今日は疲れただろうし)
収穫した果物や野菜を川で綺麗に洗い、新鮮なはずのそれらを食べたノエルは村人たちのように吐いてしまったのだ。完全回復薬を飲ませればまた顔色はよくなり元気に戻ったが、それでも大事を取って部屋で休ませることにした。
(……この病気の原因って、なんだろうなぁ)
もしかすると村の方でもまた皆が体調を崩しているかもしれない。完全回復薬は簡単に作れるとはいえ、私も魔力を消費するしお腹が空く。ノエルも見ていないし、毒のある魚でも問題ないので捕まえて食べようと思い、川に入った時だった。
(うわっこの水不味い! ゾンビの魔物みたいなえぐみがする!)
服の隙間からしみこんできた水がまずくて顔をしかめた。そしてふと気づく。……あれ、これが病の原因なのでは?
出し殻にした犯草を恨んでるので襲ってくるんだと思うんだ
今朝、異世界転生転移ファンタジーのジャンルで日間一位になっていることに気づいてびっくり嬉しいです。マンドラゴラのように叫びたいくらい。たくさん応援下さって本当にありがとうございます…!