13話
私たちは小川の傍に建てられた水車小屋へとやってきた。ゆったりと大きな歯車が回っていて、その力で粉砕機を動かす小屋とは別に、人が住むために作られた建物が隣にあった。ダオンはここに住んでいい、と提案してくれているようだ。
「ここが俺たちの家……」
「少し前まで私の親が使っていた場所です。……掃除もしていましたから、そのまま使っていただけるでしょう。ただ、粉砕機の方は村の者が借りにくるかもしれませんが」
住居の方を覗いてみると確かにきれいに掃除されているようだった。人は住んでいなくとも、家具は残っている。ダオンの親が使っていたというが、彼の親らしき人物は村に居なかった。……もう亡くなっているのだろう。それでも彼は、親の住んでいた家を大事に守ってきたのだと思う。
(本当にいいのかな……? たぶん、思い出とかもあって大事な場所なんじゃ……住んで色々改造したりしたら、怒られないかなぁ)
そう思ってダオンを見つめていると、ノエルが私の視線に気づいた。
「大事な家ではないですか? 本当に使ってもいいのか、魔女さまが気にされているようです」
「親の事なら心の整理はついていますよ。ただ習慣として掃除もしていただけでして。家は人が住んだ方が長く持ちます。この家とて、誰かに使ってもらった方がいいでしょう。魔女さまのお好きなように使ってやってください」
なるほど、それなら住みやすいようにいろいろと変えても良さそうだ。ノエルも嬉しそうに家の中を見て回りはじめた。私も玄関から中を覗いてみたが、人が住んでいた時の家具がそのまま残っており、食器などもあるのですぐにでも生活を始められそうである。
「ところで魔女さま。貴女は声を失くしていらっしゃるとか」
(うんうん。そういうことになってるね)
「村の者は文字が読めませんが、私は読み書きが可能です。何か必要なものがありましたら揃えますので、ひとまず地面にでも書いていただければ」
たしかに私は話せない。話せないままでもノエルは筆談を求めてこなかったので、なんとなくそのまま過ごしていたがどうやら文字を知らない者が多いだけらしい。
(たぶん、この感じだと魔女って文字を知ってて当然なんだ。書かないと不自然だよね……でも私、日本語しか分からないんだけど……だ、大丈夫かな……?)
ここで文字を書かないのは不審、それならいっそ読めない文字を書くほうがまだ人間らしい。外国だってあるかもしれないし、異国の文字だと思ってもらえるかもしれない。
それになにより使っている言語も日本語だし意外と文字も伝わるのではないか、という期待を込めて、生やした枝で地面に文字を書いてみた。
【今必要なものは特に思い当たりません】
「…………魔女さま、この文字は……読めません」
なんと、日本語文字は読めないようだ。同じ言語なのに文字は違うことが確定した。ちゃんとした文字だし魔物が適当に書いたようには見えないと思うが、ダオンの反応はどうだろう。難しい顔で考え込んでいる彼を見ながら震えそうになっていると、諦めたようにため息を吐かれる。
「これは古代文字ですね? 似たような形の文字を見たことがあります。さすがに私では読めません。……もしや、魔女さまは五百年の間、人里に降りることなく過ごされたのでは?」
(え? なんで五百年?)
「五百年前から魔族の生き残りはたった一人の魔法使いだけだと言われていました。しかし貴女という存在が現れた。誰も知らない魔女が生き残っていた、ということは……貴女がずっと、誰の前にも姿を見せなかったということでしょう」
この言い方から察するに、魔女というのは魔族と呼ばれる種族の一部のようだ。魔法使いと魔女という言い分けているので、もしかすると男女で呼び方が違うのかもしれない。
(私は魔族の中の魔女、と思われている訳だね。……っていうか魔族ってすごく長生き? 五百年生きててもおかしくないなんて人間離れしてるなぁ……でももう一人しか残ってないんだ? その人も多分まだ生きてるんだよね)
なんと魔族は五百年も前にほとんど死んでしまったらしい。ノエルはよくもまあ私を魔女だと判断したものである。そのおかげでなんとかなっているので非常にありがたいが。
むしろ確認されている生き残りが一人だけ、という状況だからこそ、人々がその生態に詳しくなく、私のような存在でも「魔女」として通るのかもしれない。
「その魔法使いは現在、王都で……国王に仕え、宮廷魔導士として王城で働いていますよ」
ダオンがちらりとあらぬ方向に視線を向けた。そちらに王都とやらがあるのかもしれない。そこには本物の魔族の生き残りがいる。そう思うと不安になってきて、自然と顔色が曇った。
「同族が気になりますか? 生き残りがいることをご存じなかったのでしょう。ずっと人里から離れて生きていれば、それも致し方のないことです」
(いや……むしろ同族じゃないから気になるんだよ……)
本物の魔族からすれば、偽物の魔族は見分けやすいかもしれない。つまるところ、魔女の生態に詳しくないのに周囲が魔女扱いしてくれる状況に乗っかっているだけの私を、本物の魔族の生き残りが見たらどう思うか。
違和感に気づき、私が魔女でないことを指摘するかもしれない。そこから正体が魔物であることを暴かれたら――。
(うう……怖い、会わないように願わなきゃ……)
でもこの村は魔物が住む山に近く、おそらく田舎の方だと思われる。王都というのは国の中心だろうし、そこで働いているなら本物の魔族に出会う可能性は限りなく低いはずだ。
「魔導士殿はあまり城から出てこない方なので、お会いすることは難しいかもしれません」
(あ、ほんとに? やったぁ!)
「でも、縁があるならお会いできるでしょう。お二人は同族なのですから、いつかはきっと……」
(いや、結構です。ほんとに結構です……!!)
嫌すぎて体内に響く悲鳴。微笑んでしまう顔。そんな私を見てなんだか満足そうに笑うダオン。彼からすれば「五百年の長き時を経て互いに一人きりだと思っていた同族が再会を果たす」という素敵なストーリーが頭に浮かんでいるのかもしれないが、実際は「同族のフリをした魔物に、同族に会えると期待して来たら別物で騙されたと気づいて憤怒するかもしれない魔族の最後の一人」という構図だ。
絶対によろしくない。それはよろしくない結末しか見えない。
(どうか絶対に会うことがありませんように……!)
私はそうやって必死に祈ることしかできなかった。
人はそれをフラグとよぶ
まだ日間、週間のジャンル別ランキングで表紙に入り続けており、驚いています。ずっと多くの方が応援してくださるおかげですね…。ご感想やブクマ評価など、いつもたくさんの応援をありがとうございます。励みにさせていただいて、二章も頑張って更新していきます!