12話
「ありがとうございます。……おかげで村が救われました」
そう言って頭を下げてきたのは、ダオンという眼光の鋭い中年男性だ。彼から話があると呼ばれて、私とノエルは彼の家の裏手にやってきた。家の中はまだ掃除が済んでいないからここで、ということらしい。……村の表通りからは見えにくい場所で、なんだか体育館裏にでも呼び出されたような気分だ。
「皆はまだ、家の清掃などで忙しくしているでしょうから、私が村長として、村民を代表して感謝を伝えさせていただきました」
どうやら彼がこの村の長をしているらしい。村長というのは老人がしているものというイメージがあったので、いまだ筋肉も眼光も衰えていない、強そうな男性が村長と言われて驚いて「ええ⁉」という声を体内で上げたほどだ。相手には笑っているようにしか見えないだろうが。
「しかし……まさか村人の数だけ完全回復薬を用意なさるとは……貴女は一体、何者ですか?」
(ひぇッ……!! ただの善良なマn……魔女ですぅ……!)
感謝をしているとは思えないほどダオンの視線が鋭くなり、私は内心で悲鳴を上げた。村民の服装を見たところ、私は花をあちこちに咲かせている分華美で派手なので不審に見えるのかもしれない。
しかしこういう時のために説明役としてノエルを連れてきているのだ。傍に控えている彼の後ろに立ち、その両肩に手を乗せる。子供を盾にしたなどと思わないでほしい、説明してもらうだけだ。
「こちらは花の魔女さまです。植物の魔法を極めていて、でもその代わりに声を……だからお話は俺がします」
「……ああ、魔族にはそういう秘術があると聞いたことはありますね。なるほど、植物の魔法で薬を生み出していらっしゃったのですか」
「そうです。魔女さまは行き倒れていた俺も助けてくれました。……すごく、優しいお方です」
よしよし、さすがノエルだ。拾ったかいがあったというものである。ただの犬だったらこうはいかなかっただろうし、私は運が良かった。
ダオンはまだ少し考え込むような顔をしていたが、小さくため息をついて肩の力を抜いた。
「救ってくださったのは感謝いたします。しかし、この村には大した蓄えもなく、謝礼らしい謝礼もできませんが……」
そう言われて首を振った。謝礼、というのはお金だろう。お金の価値も分かっていないし、今のところは必要ない。住処を見つける方が先である。
「謝礼も求めないとは……では貴女が欲しいのは何ですか?」
それはもちろん、家である。人間として生きていくための第一歩だ。あと、ノエルを受け入れてくれる家族を探しているので、それも必要か。
私はノエルを通じて人間と交流を重ね、怪しまれずに馴染んでいくという計画を立てているのだから。
ノエルの肩をそっと押して一歩前に出させる。そしてダオンにニコリと笑いかけた。これだけでは困惑した顔をされたため、指先に蔦で小さな家を編んで出現させる。それを見たノエルは、私の意思を読み取ったようでこくりと頷いた。
「魔女さまは家を探しています。疫病は……原因が分かっていないし、また再発するかもしれない。魔女さまだって村から離れたくないと考えています」
(さすがノエル……! ちょうどいい理由まで考えてくれるなんて……!)
村に居着く理由まで完璧だ。これならダオンとて断る理由はないに違いない。私がいれば病は何度でも治せるし、村人たちも私がいた方が安心できる。あとは私の意思をうまく伝えてくれるノエルが伝令役として村の中に住んでくれれば、今後も上手くいくだろう。
「……なるほど。貴女の望むことは分かりました。しかし、獣人の子供をこの村の中に住まわせるわけにはいきません」
(えっなんで……!?)
「獣人に対して悪感情を持つ者も少なからずいます。私は昔、獣人とも深く関わったことがありますからそうでもありませんが……避けられる諍いなら避けるべきでしょう。長として許可できません」
なんということだろう。獣人差別というものがこの世にあるらしい。ノエル程私のことをうまく説明してくれる子供はいなさそうだし、彼に私の近くに住んでもらうのが一番望ましい。しかしこのままでは私の計画がとん挫してしまう。この村に住むのはあきらめて、獣人が住める村を探すべきなのだろうか。……どうしよう。
そう思って非常に困った顔をしていたら、ノエルが私を見上げて嘘くさい笑顔を作った。
「俺なら慣れています。魔女さま、俺のためにそんな悲しそうな顔しないでください」
(あ……そうだよね、ノエルも辛いよね……)
私もマンドラゴラだからと拒絶されたら悲しい。魔物だとしても、私自身は人を傷つける気のない無害な存在だ。しかし魔物のまま受け入れられることはないだろうと分かっているから魔女のフリをしている。
けれどノエルは、私と違って人間の一種だ。それなのに差別され拒絶されたらとても悲しいだろう。慰めるように彼の頭を撫でた。
「……村を出ると川沿いに水車小屋があります。……そこに二人くらい住み着いたとしても、村の外なので私は何も口出しはできませんね」
「! ありがとうございます! 魔女さま、村の近くになら住んでいいらしいですよ!」
(ん? あれ? ……いつの間にかノエルが一緒に暮らすことになってない?)
できるだけ素肌を露出しないようにしているとはいえ、髪以外――つまり顔から足先までは自動で相手の生命を吸う「マンドラゴラの根」なのだ。ちょっとした事故でノエルを吸いかねない。一緒に暮らすのは大変危険である。
(ノエル、私とは一緒に暮らさない方がいいよ。えーと……ノエルが水車小屋に住んで、私が別の家を借りられる方法は……)
「魔女さま。俺、魔女さまに仕えられたからには、精いっぱい頑張ります。……これからも、よろしくお願いします!」
嬉しそうな笑顔でぶんぶんと尻尾を振るノエル。腕を組みながら、いいことをしたと言わんばかりの顔で微笑んでいるダオン。……あ、これ、もう後戻りできないパターンだ。
(あああ! 人目がない家なら土に潜って寝れると思ってたのにっ……!)
盛大な嘆き声は音を吸収する蓋によって漏れることはない。その代わりに微笑んだように見える私の手を、ノエルが嬉しそうに引いて歩き出した。
「魔女さま! さっそく、新しい家を見に行きましょう!」
「こちらです。案内しましょう」
あまりにもいい雰囲気で、魔物だとしてもさすがにこの空気は読むべきだと思う。
人間として暮らすという目標は達成できたし、人目があった方が気を抜かないからいいかもしれない、とそう思うことにした。
この村に根を張ることができそうなのだからよし。……マンドラゴラだけに。
無害……?
次回、この村長ダオン視点。そこまでで第一章、かな…?