11話
(蔦から薬が出せるようになりたい。そうすれば多分……いろいろできると思うんだよね)
今までは根の部分からしか薬を出せずに不便だった。だが自由度の高い蔦から出せるなら、かなり応用が利くのではないだろうか。
なりたいと願ったのでもう蔦からも薬を出せるように変化しているはずだ。試しに作った薬を、蔦に生やした木の実の中に溜めてみる。
(……うん、成功! これなら見た目も悪くないよね?)
ホオズキのような形で中身が薄っすらとすけている実をつける植物。名前も鬼火草というもので、この草が生えている場所には幽霊のような魔物が湧きやすいのである。……いや、逆かもしれない。この植物自体が墓などに生えやすいものなので、幽霊が寄ってきているように感じるのかも。
この実の内部は隙間が多いので薬を溜めてみたのだ。思った通り、薬入りの実が出来上がった。形は鬼火草だが、元の紫色とは違って黄色く光っている。
「女神さま……それは、何?」
「女神じゃなくて魔女さまだぞ。……でも、鬼火草に似てるけどすごく綺麗ですね。それ、どうするんですか?」
回復して自力で立てるようになった少女が不思議そうに薬の実を見つめている。さすがに初めて見るものなので、ノエルでも説明のしようがない。……果たしてこれを病人に飲ませるというのは、どう説明するべきか。
(その辺で病人を探して実践した方が早そう……この家には誰かいるかな?)
少女が倒れていたすぐそばの家は鍵が掛かっていなかったため、扉を押せばすぐに開いた。中は温められているのか、熱気を感じる。
そして私が入るより先に少女が家の中へと駆けだしていった。……この子の家なのだろうか。少女について行けば、奥の部屋で倒れ込んでいる女性が見える。
「お母さん、水は持ってこれなかったけどすごい人を見つけたよ……! 魔女さま、お母さんもわたしみたいに……助けられる……?」
(死んでないならいけると思うけど……やってみよう)
女性も少女と似たような脱水状態に陥っている。その体を抱き起こし、薬の実をちぎって先端に小さな穴をあけ、女性の口元に当てた。ゆっくりと口の中に薬が流れ込み、その後女性の喉が小さく動いたのでどうやら無事に嚥下できたようだ。
女性を傍のベッドにもたれかからせ、私は離れた。あまり近くにいてふとした拍子に顔が触れたら大変だからだ。その代わりに少女が女性の傍に座り込んでその様子を見ている。
「あ……ら……わたし、どうして……」
「お母さん……!」
「エリー……? ああエリー、あなたも天国へ来てしまったの?」
「違うよお母さん、この魔女さまが助けてくれたんだよ!」
少女の指差す先を追って、女性がこちらを見た。子供からすれば助けてくれたいい人でも、大人からすればどうだろう。ドキドキしながら女性の反応を窺う。
彼女は呆けたような顔で数秒私を見つめた後、はっとした様子でぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、魔女さま……何とお礼を言っていいのやら……あの、けれどお礼の方は……その」
女性は何かごにょごにょと言っている。しかし話せない私はゆっくりと彼女に説明をしている時間はなかった。この女性も衰弱していたし、村人たちは相当危ない状態なのではないだろうか。
(話は治療して回ったあとかな。できるだけ多く助けないと……魔女の呪いのせいになっても困るし……)
母娘に背を向けて外に出た。ノエルだけが後を追ってくる。
「他の村人たちも助けるんですよね、魔女さま」
(お、さすがノエルはよく分かってるね)
「魔女さまは優しいですからね。最初からそのつもりだと思っていました。……みんな助けてあげてください」
何故か薄っすらと目に涙をためているノエルの姿に困惑しながらとりあえず頭を撫でておいた。そういえばノエルは家族を失くした様子だったし、母娘の姿を見て思うところがあったのかもしれない。
(みんな治療し終わったら、ノエルを受け入れてくれる家がないかなぁ……)
彼は家族を恋しがっている。新しい家族ができればその寂しさも紛れるはずだ。そして何よりノエルを受け入れてくれた家と、ノエルを通じて関係を持てば私も自然と村に溶け込んでいけるという寸法だ。完璧な作戦に思えてきた。
「魔女さま! わたしも何か手伝うよ! お母さんもそうしたらいいって!」
このあとどうやって村を回るかと考えていると、エリーが家から飛び出してきた。汚れた服も着替えていて、もうすっかり元気になったらしい。
「……魔女さま、俺の方が役に立ちます!」
(うん? お手伝いがしたいお年頃ってことかな)
ならば二人にも手伝ってもらおう。手袋代わりの蔦から薬の実を生み出し、まずは二人に一つずつ渡した。先ほどの行動を見ていたから使い方は分かるだろう。
「これ、お母さんにしたみたいに飲ませたらいいんだよね?」
「それ以外にないだろ。じゃあ、魔女さま! 任せてください!」
「あ、ちょっと! 分かりにくいところにある家もあるんだからね、案内してあげるから待ってよ!」
子供二人が駆け出していってしまい、声をかけて引き留めることなどできない私はその場に取り残された。……まだ一つずつしか渡していないのですぐに戻ってくることになりそうだ。
仕方がないのでこのあたりからあまり動かないようにしよう。隣の家にとりあえずノックをして訪ねてみたが、返事がない。
(うーん、中で死んでたらどうしよう……確認しなきゃ)
糸のように細く伸ばした蔦を隙間から侵入させ、内側から鍵を開けて家に入る。火を灯したまま、住人はベッドに横たわっていた。……こういう家の明かりが見えていただけで、昨日もすでにこの村はほとんど誰も動けない状態になっていたのかもしれない。
「……っ、なん、だ……ど、う……はいっ、き……た……」
(あ、意識がある。まだそれくらいの元気がある人もいるんだね)
私が近づくと、ベッドに横たわったままの男が呻くように言葉を発しながら私をにらんだ。しかし声に覇気はなく、やはり弱っている。
(意識がない人には飲ませられるけど、意識がある人に突然食べさせたら不審者すぎるかな…………いっそ気絶させちゃう?)
体内で睡眠効果のある薬を調合し、それを目視出来ないほど細くした蔦の先にじわりと滲ませて、男の鼻のあたりに塗るという方法なら怪しまれないかも――。そんな思考を読み取ったかのように、男がきつく睨みつけてきた。
(な、なんかすごく視線から殺意を感じて怖いよぉお……!)
死に体だというのに男の鋭すぎる眼光に刺されそうで怖い。薬で気絶させるのは諦めて、他の方法を考えようと一度家の外に出た。……怖くて逃げたとも言う。
「あ、魔女さまいたよ!」
「魔女さますみません。家の鍵がかかって入れないから、どうしたらいいか相談しに戻ってきました……」
(二人ともちょうどいいところに! 私が不審者じゃないことを説明して……!)
外に出るとエリーとノエルが私を探していたので、にこりと笑って二人の手を引き、先ほどの家の中に連れて行った。子供と両手をつないでいれば怪しさは薄れそうだし、この二人なら私のことを説明してくれるはずだ。
そして思った通り、二人を連れて戻ると男は少し驚いたような顔をするだけで、もう私を睨まなかった。
「ダオンおじさん! これを飲んだら元気になるよ!」
「エリー……?」
「魔女さまが助けに来てくれたからね!」
ダオンという男はそれでも不審そうに私を見ていたが、藁にも縋る思いだったのかエリーが差し出した薬の実を口にした。その効果は一口で表れるため、彼は目を見張って驚いている。
「これは……なんという奇跡か……」
「おじさん、わたしたち他の人も助けてくるね!」
「……ああ、行ってくるといい」
ダオンは私を見てコクリと頷いた。どうやら受け入れてくれたらしい。
こうして私は、子供二人を連れて村を回ることで意識のある者にもごく自然に薬を飲ませることができた。まあカギのかかっている家は鍵開けをしたが、幸いにも死者は見つからなかったので、全員助けられたと思う。
「魔女さまってすごいなぁ……みんな元気になったよ」
「当たり前だろ、魔女さまなんだから」
仕事を終えた子供たちは私の両脇を固めている。どう見ても善良で子供に好かれる魔女だ。不審者の人攫いには見えないに違いない。
きっと、善良な魔女として正しい一歩を踏み出せた日であった。
見えない蔦で睡眠薬盛ろうとしたやつが善良……とは……
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