10話
さすがにここまで無言を貫いているのは怪しいのだろう、怪訝に思って当然だ。はたしてどう誤魔化すか、表面だけは笑顔で、内側ではあわあわと叫びながら考える。
「やっぱり、魔法の代償……ってやつですか?」
(え……何それ)
「俺、長老から聞いたことがあるんです。魔女さまや魔法使いさまは、自分の魔法を極限まで高めるために、自分の何かを犠牲にすることがあるって。……魔女さまは、声を犠牲にしたんですか?」
魔女や魔法使いという人種は自分の何かを犠牲に力を得るらしい。何それ怖い、つい表情も曇ってしまう。私は何かを犠牲にすることなく進化ポイントを使って成長できる魔物でよかった。
「あ、ご、ごめんなさい。悲しいこと思い出させるつもりは……っ」
実際に私は声を失った訳ではないのだが、そうなのだと勘違いしたらしいノエルは慌てて頭を下げてきた。人前で話すことはできないから似たようなものだが、完全に失くした訳ではないし悲しむ必要などない。気にしなくていいという意味を込めてノエルの頭を撫でておいた。
「……魔女さまは、優しいですよね……。あの、魔女さま。俺が話せない魔女さまの代わりに、人と話しますね」
(お、助かるなぁ。集落についたら、私が良い魔女だって説明してくれるってことだよね)
この調子なら間違っても人攫い扱いはされないだろう。にこりと笑ってノエルの手を取り、軽く握った。是非、集落の人間へアピールを頼む、という意味を込めて。
ノエルが私を「良い魔女」として紹介してくれれば、不審者扱いされずに済むかもしれない。正体は植物の魔物で人間の形をしただけのマンドラゴラだなんて誰も疑わないはずだ。
(これできっと人間に交じって暮らしていけるね!)
――と、思っていたが不測の事態が発生した。
食事前にノエルの調子がまた悪そうになったので、まだ薬が足りなかったかと回復薬を塗った肉を食べさせたあとのこと。彼を連れて集落を訪れた私はその異様な静けさに首を傾げた。
昼間だと言うのに人影がないのだ。昨夜は明かりが見えたから無人の集落というわけではないだろうに、何故だろう。
(まさか、不審者を恐れてみんな隠れてしまったとか……?)
村という閉鎖的な場所ではしばしば部外者を排除したがる。私という見知らぬ人間が来たため村人は皆、家の中に閉じこもってしまったのかもしれない。
誰か一人くらいは外に出ていないものかと村の中に入り、道なりに歩いていく。するとノエルが不安げに私の手を握ってきた。
「……この臭い……魔女さま、これは……」
(何かにおいなんてするかな。……私、あんまり嗅覚は鋭くないからなぁ)
ノエルは狼の獣人だというし、イヌ科なので嗅覚が鋭いのだろう。一方、植物である私はおそらく、嗅覚に関しては人間以下だと思う。ノエルの気付いたにおいというものが全く分からない。
「あ」
(あ、人間の子供だ。……倒れて動かないけど……し、しんでる……?)
とある家の前で倒れ込んでいる少女を見つけた。辺りに嘔吐したと思われる汚れがあり、うつ伏せで動かない。近づいて抱き上げてみるとなんとか呼吸はしているので、まだ生きているようだ。しかし肌にははりがなく、どうやら脱水症状を起こしている。
「……俺の村と、同じ病気……です。きっと村人はみんな……」
どうやら疫病が蔓延しているようだ。この村の人たちはみな感染してほとんど動けずにいるのかもしれない。となれば、人間が死に絶えそうなこの村に住むことはできなさそうだ。生き残っている人たちは一体どれくらいいて――。
(待って。……もしかして、全員死んだりしたら……魔女の呪いのせいで村が滅んだとか、そんな噂が立ったり……しない?)
この世界の魔女がどんな立ち位置なのか、まだ詳しく分かっていないが、大抵のファンタジーで魔女とは悪役のポジションなのだ。いい魔女だと知られる前に誤解をされてしまえば、二度と悪印象を払拭できない可能性がある。それはまずい。非常にまずい。
(ノエルと同じ病気ってことは完全回復薬で治るね。問題は……どうやって飲ませようかな……)
以前はノエルのことを犬だと思っていたので、ストローを使って薬を流し込むという治療をしたのだ。しかし人間相手に、しかも老若男女問わずにやるのはおそらく良くない。見た目には唾液を飲ませることになるし、それを覚えている人間から「なんと気持ちの悪いことを!」と言われたら私は受け入れられるどころか完全に追い出されることだろう。ここには住めないことになって他の集落を探すにしても、悪評はない方がいい。
(うーん……薬は根の部分にある穴から出せるんだけど……)
つまり目、耳、鼻、口の四か所だ。しかしどこから出したとしても体液にしか見えず、顔から出た体液だと分かって口にするのは抵抗がある者がほとんどだろうし、別の場所に穴を作った方がいいのかもしれない。
では薬を出す穴をあけるなら、どこがいいか。それを考えるべきだろう。どうしようか、と悩んでいるうちに、腕の中の少女がだんだんと弱っていくのが分かった。悩んでいる時間はなさそうだ。
(あ、やばい。考えてると間に合わないかも……この子はひとまず涙で……)
以前の騎士のように、少女を抱きながら涙を流すようにして完全回復薬を顔へと落とす。一粒でも唇に当たればいいのだ。ノエルから少し見えないように角度を調節し、髪の毛部分の蔦を少し動かし、そこに薬を伝わせてうまく唇へと落とした。そうすればみるみる少女の顔色が良くなり、ゆっくりと瞼が開いていく。
「……めがみ、さま……?」
「奇跡だ……! さすが、魔女さま……!」
とりあえずノエルは褒めたたえているので髪の毛を動かしたのは見られずに上手くできたようだ。蔦は自在に動かせ、細さや太さも思うがままなので扱いやすくて助かる。
そして少女に雫を飲ませながら一つ思いついた。……そうだ、蔦の部分から薬を出せるようになればいいんじゃないか、と。
死にかけた見知らぬ少女のために涙を流す優しく美しい魔女。その涙が奇跡を起こした…!(ノエルにはこう見えている)
日間、週間ともにジャンル別ファンタジーで3位、転生転移で2位にランクインしてました。たくさん応援してくださる皆様のおかげです。すごく更新の励みになります、ありがとうございます…!