9話
ノエルが泣き止んだ後、そっと体を離した彼は恥ずかしそうにもじもじとしていた。泣く姿を見られて恥ずかしい、というのは男の子にはよくあることだ。
(ごはんでも食べたら元気がでるよね。……人間の食事かぁ、魚とか釣ればいいのかな)
手元に生み出した植物で釣竿を作っていると、ノエルがちょいちょいと服の裾を引っ張った。なお、この服は私の蔦で作り上げていて切り離していないので、触られた感覚がある。
痛覚遮断がある今なら切り離せるけど、服が蔦として繋がっているからこそ、手袋の先から植物を生やし、手元で魔法を使っているように見せられるのだ。このまま切り離さなくていいだろう。
「魔女さま、川の魚を釣るつもりならやめた方がいいです。最近、毒のある魚が多くて……」
(そうなんだ? じゃあ魚はやめようかな。……この竿がもったいないから、えーっと……)
その時ちょうど上空に鳥が飛んでいるのが見えた。軽く竿を振って、糸として使ってある蔦を鳥に向かって伸ばし、捕獲した。引き戻せば蔦でぐるぐる巻きにされた鳥が、暴れることもできずに釣竿の先で揺れている。
「おお……さすが魔女さま。鳥を捕まえるための魔法道具、だったんですね」
(違うけど、すごく尊敬の眼差しで見られてるからとりあえず笑っておこう)
ノエルは私をとんでもなくすごい魔女だと思っている節があるので、それに乗っかっておけばどうにかなりそうな気がする。
鳥を捕まえたはいいが、私は動物の捌き方などしらない。だって触れればそれだけで食事ができるのだ。ノエルは犬の耳尾があるとはいえ人間だし、分かるだろうかと思い、竿から蔓を外し縛られた鳥を彼に渡した。
「俺に仕事を任せてくれるんですね……! 俺、この通り狼の獣人なので、動物を捌くのは得意ですし、綺麗にやってみせます!」
何故かノエルはとても嬉しそうに尻尾を振りながら蔦を握りしめている。よく分からないがにこりと笑って頷いておいた。……というか、犬じゃなくて狼の獣人だったらしい。
(この前見た騎士は普通の耳だったし、尻尾もなかったから……この世界は人間に種類があるのかも?)
私のことも「魔女さま」と呼んでいるし、魔法を得意とする「魔女」という人種も存在するのだろう。人間に交じって暮らしながら覚えていかなければならない常識が多そうだ。……人間のフリをするのは難易度が高そうだが、話せないのはむしろ会話でボロが出ない分、よかったのかもしれない。
「あ……魔女さま、どこへ……?」
(気にしないで。鳥を捌いてて)
ノエルが怯えたような顔で私を見たので、笑いかけて彼の頭を撫で、鳥を指さした。……ちょっと自分の食事をしに行くだけだ。気にしないでほしい。
「……鳥を捌いておけばいいんですね? ……わかり、ました。待ってます」
(うんうん、いい子だね。結構私の言いたいことを読み取ってくれて助かるよ)
一人で残されることに不安そうだったが、もう一度頭を撫でてあげれば少し尻尾が揺れた。ノエルを残して、私は川から離れて木々の茂る方へと歩く。ノエルから充分離れ、全く姿が見えないことを確認してから、辺りの気配を探った。
「グォオオ!!!!」
(おあああああ!? び、びっくりしたああああ!!)
何か食べられそうな動物がいないかと探しに来たのだけれど、茂みから大きな塊が突然飛び出してきたので驚いてしまった。声の蓋がなければ大絶叫して、川辺のノエルごと殺してしまっていたところだ。
それは熊のような魔物で、元の世界で例えるならパンダに近い白黒の模様をしている。ただ牙を剥きだし、よだれを垂らしているので全く可愛くはない。私の声程ではないがうるさいほどの咆哮をあげ、強い敵意を示している。私を獲物認定しているらしい。
(肉食系の魔物って私を見るとすぐ襲ってくるんだよね……やっぱり人間みたいで弱そうだからかな)
私の何かが獣たちには美味しそうに見えるのかもしれない。そのおかげか、これまであまり食料には困らない生活だった。
集落付近の森に獣がいるなら、こうして狩りに出てくれば今後もなんとかなりそうだ。……人間の食事が栄養になるのかも気になるところではあるし、それも試さないと。
飛び掛かってきた魔物を、髪として扱っている蔦を伸ばしてからめとる。がっちりと関節を固め、宙に浮かせたまま身動きを取れない状態にした。
(ちょっと試させてもらうね……)
その熊の腹の部分に、そっと頬を寄せてみる。しっかり「味」がしたし、熊はすぐにしおれて動かなくなった。……うん、やはりこの顔の部分も根として機能する。決して人間に触れないよう、気を付けなければならない。
食事もできたのですぐにノエルのところに戻った。戻ってみれば鳥はすっかり羽をむしられ、内臓取りなどの下処理も終わった状態となっている。川で洗ったのか、ノエルも鳥も血に汚れてはいない。
「あの、すごい魔物の声が聞こえたんですけど……」
(大丈夫、もういないよ)
「……魔女さま、もしかして……魔物がいると分かって、退治に……?」
そんなことはなかったし、何ならびっくりして体内では叫んでいたが、ノエルは私を輝くような空色の目で見上げていた。……都合がいいので黙っておこう、そういうことにしておいてもらおう。
「さすが魔女さまです……! あの、鳥は捌けました。……どうやって食べますか?」
(……そういえば食器とか何もないんだったな。とりあえず、焼こう)
「あ、分かりました。焼きます!」
焚火を指させばノエルは察してくれる。上手く解体し、それぞれ枝に刺してあぶり始めた。素手で簡単にバラしていたので、彼の爪は非常に鋭く、ナイフの代わりになっているらしい。得意だと言うだけのことはある。
(話さなくても察してくれてるし、案外無口でも大丈夫なのかな。ノエルも気にしてる様子は――)
「あの、魔女さま……魔女さまは、無口ですよね」
(――ありました!! やっぱり気になるよね……!?)
ここまで二人きりなのにずっと無言だったのだ。怪しまれても仕方がない。どうやって誤魔化すべきか、非常に焦って叫んでしまったが、この体は叫ぶほど笑顔を作るのである。私はノエルを見ながらにっこりと笑った。……見た目だけ。
何で肉食が襲ってくるのか。危ないの見つけたら生存本能で、やられる前に……ってなるんじゃないかな。やられるけど