第四話 引き裂かれた絆
深夜の東宮殿の中庭で、小さなアストリア王女は、贈り物を奪われ、ガウンも剥ぎ取られ、泣きながら震えていた。周りではマリラの侍女と私兵が、無表情で彼女を囲んでいる。
「あなたたち、私に何をするつもりなの？」
アストリアが声を震わせながら尋ねた。
「静かにしなさい。自分の立場が分かってないのね？」
マリラが冷ややかに答える。彼女の表情は怒りと嫌悪感に満ちていた。
「お前のような怪しい女を、このまま放置するわけにはいかないの」
「怪しい女って……私はただ、エーベルお兄様に贈り物を届けたかっただけ！」
アストリアの訴えにも、マリラは耳を貸さなかった。
「この宝石、あなたに似合うとは到底思えないわ。」
マリラは、奪ったペンダントを冷たい目で見下ろす。
「エーベル殿下のものなら、盗んだに違いない。自分の立場を考えたらどう？」
「違うんです。それは私が……」
アストリアの声は震え、次第に弱くなった。
「それなら証明してみせなさいよ。この宝石があなたのものだという証拠を！」
マリラの怒りは頂点に達していた。
「証拠もないのに言い逃れをしようなんて、どれだけ無礼な女なの！」
「だから、お兄様に直接、聞いて……」
アストリアは何とか言葉を紡ごうとしたが、次の瞬間、マリラは手に持っていた宝石入りのペンダントを床に叩きつけた。
「聞く必要なんてない！ こんなもの、こうしてやる！」
ペンダントは床に落ちると、軽い音を立てて欠け、砕けた。アストリアはその光景に呆然と立ち尽くした。
「ひどい……」
彼女はその場で崩れ落ち、破片を拾おうと手を伸ばしたが、マリラの私兵たちに力ずくで制止された。
「お前みたいな女が、このペンダントを持つ資格はないのよ。身の程をわきまえなさい」
マリラが、ペンダントの破片を右足で踏みつけながら言った。次いでマリラは、クシャクシャに丸めたアストリアの楽譜に手を伸ばした。
「それで、何なの？ この紙は」
アストリアの顔色は蒼白になった。ペンダントはともかく、楽譜だけでも取り戻そうと必死にもがいた。
「返して！ その紙だけでも返して下さい、お願いです……」
「うるさい！」
マリラは、楽譜の紙を両手でビリビリに引き裂いた。破られた破片は、夜風に吹かれながら舞い散っていった。
「あっ……ああっ……」
兄との絆の象徴とも言える大切な楽譜。それを取り戻す最後の望みまで絶たれたアストリアは、嗚咽した。その姿を見て、マリラの怒りはますます燃え盛った。
「やっぱり、エーベル殿下への恋文だったんでしょう。図々しい。この女を放っておいては危険だわ。どこか遠くへ追放しないとね」
「そんなこと……許さない！」
アストリアは反射的に叫んだが、彼女の声は虚しく響くだけだった。
公爵家の私兵たちがアストリアの両脇を抱え、強引にその場から連れ出していく。
「やめて、放してください……」
アストリアは必死に抵抗したが、体力のない彼女には到底太刀打ちできなかった。
「騒がないで。私は未来の王妃。この国の、国母になる者よ。これからは、この王宮では、私の命令が法律になるの」
マリラが冷酷に言い放つ。
「お前は、エーベル殿下のためにも、消えるべき存在よ」
アストリアはその言葉に愕然としながらも、必死に懇願する。
「エーベルお兄様を、お兄様を呼んで……」
しかしその言葉も、最後まで続けることはできなかった。マリラの私兵たちが、アストリアの頭を剣の柄で殴りつけて気絶させ、彼女を引きずりながら夜の闇の中へと消えていった。
次回、アストリア救出に立ち上がる男たち――
