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第十八話 出発の日

 窓から柔らかな朝日が差し込む中、アストリアは一人でバイオリンの調整をしていた。彼女の表情は少し緊張気味だったが、目の奥には強い決意が見え隠れしていた。

 扉を軽く叩く音がして、ロイドが顔を覗かせた。


「おはよう、アスタ。準備は進んでるか?」


 アストリアは微笑みを浮かべて答えた。


「おはようございます、ロイドさん。ええ、もうすぐ終わります。」


 ロイドは部屋に入ると、王宮でのステージのために仕立てたアスタのドレスを見ながら言った。


「これで王宮に行く準備は整ったな。」


「そうですね。でも、正直なところ……まだ少し不安です。」


 アストリアは視線を下げて、弦を弾いて音色を確かめながら続けた。


「そんな大きな場所で演奏するのは初めてで、失敗したらどうしようって……」


 ロイドは近くの椅子に腰掛け、優しい声で言った。


「君なら大丈夫だ。これまでずっと努力してきたじゃないか。」


 アストリアは顔を上げ、彼に微笑んだ。


「ロイドさんがそう言ってくださると、少し安心します。」


 その夜、アストリアは酒場に立ち寄り、挨拶をすることにした。彼女がカウンターのそばに立つと、いつもの常連客たちが顔を上げる。


「おお、アスタちゃん! 明日は王宮だな?」


 トーマスが陽気に声を上げた。


 アストリアは笑顔で答える。


「ええ。今日は挨拶に伺いました」


 店主が後ろから出てきて、両手を腰に当てながら言った。


「明日は君がいないのか。この店も、少し寂しくなるな」


「そんな……私はまた戻ってきますよ」


 アストリアは慌てて手を振った。


「王宮での演奏が終わったら、また皆さんのために弾かせてください。」


 店主は軽く笑った。


「そりゃ美談だな。だが、分かってるんだ。向こうで名を上げたら、お貴族様の間で引っ張りだこになるだろう。戻ってくる暇なんてなくなる」

「そんなことありませんよ」


 アストリアは真剣な表情で言った。


「皆さんに支えられたから、王宮で弾くチャンスも生まれたんですもの」


 アコーディオン弾きのジュアンが、グラスを持ち上げて言った。


 「ここのステージは、俺に任せておけ。あんたの演奏がまた聴ける日を、楽しみにしてるよ」


 近くにいた別の客が、笑いながら続けた。


「宮廷音楽家のアスタ様に、ぜひまた俺たち民衆の為にも演奏してもらわなくちゃ、だな!」


 アストリアは彼らの言葉に心から感謝して、頭を下げた。


「ありがとうございます。皆さんの応援があるから、頑張れます。」


 その日の夕方、アストリアは酒場の裏手でロイドと最後の確認をしていた。


「荷物はこれで全部です。」


 アストリアが小さなバッグを見せながら言った。


 ロイドはそれを受け取り、うなづいた。


「これなら十分だ。準備万端だな」

「本当に、ロイドさんがいてくれなかったら、私はここまで来られなかったと思います。」


 アストリアは真剣な目で彼を見つめながら言った。


 「そんなことはない。君が自分で頑張ったから、ここまで来たんだよ」


 ロイドは彼女の肩に軽く手を置いた。


「君ならやれる。安心して弾けばいい」

「はい。行ってきます」


 アストリアは深呼吸をして、背筋を伸ばした。


 「私も付き添うからね」

  

 ロイドが優しく言うと、アストリアは小さくうなづいて、酒場を後にした。

 

 その夜、ロイドは御者付きの馬車を借り、アストリアを乗せて王宮へ向かった。車輪の音が静かな夜道に響く中、アストリアは窓の外の街並みを眺めながら、静かに言う。


「酒場のみんな、本当に優しい人たちです」


 ロイドは隣に座りながらうなづいた。


「君がここまで来るのを、みんなが支えてくれたね」


「はい。皆さんの期待を裏切らないように、頑張ります」


 アストリアの声には、堅い決意が込められていた。


 ロイドは彼女を横目で見ながら、短く答えた。


「よし、その意気だ」


 馬車は王宮の灯りが見える方向へと、軽やかに進んでいった。

次回、ロイドのエスコートが光る!

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