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第十七話 王宮からの出演依頼

 生来、病弱で西王宮に引きこもっていたアストリアが、記憶を失って酒場で働き始めてから数ヶ月が経過した。


 最初の一ヶ月は、熱で何回も寝込んだり、皿を落として割りまくったりもした。しかし、庶民の生活環境に暮らす中で、だんだんと免疫力と体力がつき始め、出来ることも増えていった。


 そして何よりも、彼女のバイオリンは、酒場の客たちを魅了した。

 

 アストリアにとっても、自分の演奏を高く評価してもらえたことは、大きな心の支えとなった。アストリアは店主の許可を得て、酒場が開く前の時間帯には街頭でも演奏するようになった。


「ただし街頭では、一日二曲までだ。もっと聞きたい人は酒場に来てねって、店の宣伝をしてくることが条件だぞ」


 店主は抜け目なく、彼女に広告塔の役割を課した。

 

 その日もアストリアは町の広場で演奏し、集まった観衆の拍手を浴びて酒場に戻った。その夜の酒場でのステージも、大成功だった。彼女はカウンターでロイドに向き合い、ほっと息をついた。


「今日もたくさんの方に聴いていただけて、嬉しいです。」


 アストリアは柔らかな笑顔で言った。


ロイドは腕を組み、穏やかな表情で彼女を見ていた。 


「君の演奏が聞きたくて店に来る人が、どんどん増えている。それだけ君が頑張ってきた成果だな」


「でも、こんなに評判になるとは思いませんでした。私がここでバイオリンを弾くようになった頃は、不安ばかりだったのに……」


 アストリアは頬に手を当て、少し照れくさそうに微笑んだ。


その時、酒場の店主がやってきて、興奮気味に声をかけた。


「アスタ!ちょっといいか?」


アストリアは驚きながら店主の方を向いた。


「どうしたんですか?」


「今朝、貴族のお屋敷から使いが来たんだよ。君が広場で演奏してるのを、その家の御家来衆が見かけて、主人に推薦したらしい」


 店主は頬を上気させながら続けた。


「君に、王宮の宴席で演奏してほしいってさ。」

「えっ……王宮ですか?」


 アストリアは目を丸くした。


「そうだよ! ほら、これがその手紙だ。」


 店主は懐から封筒を取り出し、アストリアに見せた。


 彼女はそれを受け取ると、そっと封を開き、中の手紙を読み始めた。内容は、来月の宴席での演奏出演依頼と、そのための準備についての詳細だった。アストリアの手はかすかに震えた。


「王宮で演奏するなんて……そんなことが、本当に……」


 アストリアは半ば信じられないといった表情で言った。


ロイドがカウンター越しに顔を覗かせ、軽く笑った。


「君がこれまでやってきたことが、認められたんだよ。自信を持て」


「でも、王宮なんて。私はただの酒場のバイオリン弾きです。私が行っても、恥をかくだけかもしれません……」


 アストリアは目を伏せて不安げに言った。店主が思わず、声を上げる。


「何言ってるんだい! 君の演奏は、どこに出しても恥ずかしくない。街の広場でも、この店でも人気なんだ。それを聞きつけて、お貴族様がわざわざここまで使者をよこしたんだぞ?」


 アコーディオン弾きのジュアンも、わが事のように喜んだ。


「お高く止まった王宮の連中に、一泡吹かせてやんな! これが本物の音楽なんだぞ、ってね!」


「私もついて行くから安心しろ、アスタ。私は騎士身分だ。君が不当な辱めを受けないよう、全力で守る」


 ロイドが淡々とした口調で言った。


「君一人じゃない。みんなが君を応援しているんだ」


「ロイドさん……」


 アストリアはロイドの言葉に、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「今まで通り、君ができることをやればいい。それ以上のことは必要ない」


 ロイドが断言すると、アストリアは深呼吸をしてうなづいた。


「わかりました。私、王宮へ行きます。せっかくいただいたお話ですから、全力を尽くします」


 アストリアの表情に、少しずつ決意が溢れてきた。


 常連客のトーマスが、嬉しそうに手を叩いた。


「よっしゃ、それでこそ俺たちのアスタだ! 応援してるぞ!」


「ありがとうございます、皆さん」


 アストリア頭を下げながら感謝を述べた。


 夜道を歩きながら、アストリアは空を見上げて言った。


「王宮で演奏するなんて、本当に夢のようです。少し怖いけれど、少しだけ楽しみでもあります」


 ロイドは隣を歩きながら、言った。


「君なら、きっとやれるさ」

「そうでしょうか。でも、今まで通りでいいと言っても、王宮での演奏となると、やっぱり特別なものに思えてしまって。」

 

 アストリアは手に持った封筒を見つめながらつぶやいた。その手は小刻みに震えていた。


 ロイドは立ち止まり、アストリアを正面から見ながら言った。


「王宮の人間だろうが、酒場の客だろうが、君の演奏が人の心を動かすことに変わりはない。だから、余計なことを考えず、自分の音を奏でればいい」


 アストリアはその言葉に目を見開き、やがてふっと微笑んだ。


「ロイドさん、ありがとうございます。その言葉を心の支えにして、頑張ります」

「その意気だ」


 ロイドも笑顔を返した。


「私も楽しみにしてるよ。君が王宮で、どんな演奏をするか」

「はい、楽しみにしてて下さい」


アストリアは、前を向いて歩き出した。王宮の宴席での演奏という未知の挑戦に対して、不安もあったが、彼女は次第に明日への希望を感じていた。

次回、いよいよ王宮へ出発!

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