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セッション7.導入

「記憶へのアクセスには2つのパターンがあります。単純に他者の記憶を追体験するもの、そしてもうひとつは共有する記憶を一緒に追体験するものです。後者はご家族などごく親しい間柄の場合が大半ですが、再現時には受容者の中に記憶を保存された方が別人格で現れたように感じます。そして、お2人の人格の相互作用が脳の中で展開されます。簡単に言えば、主観視点で相手とお話しし、さまざまな行動を共にすることができるようになるということです。そのためには、記憶データを受信者側の脳神経活動パターンに合わせて細かく設定することが必要となってきます。ですが、今回、カワダ様が取り組まれるのは前者です。記憶の再現が始まると、カワダ様はナカモトさんの過去を自分の記憶として追体験していただくことになります」

「そのようなことが…」

「はい、可能なのです。例えは正確ではございませんが、ナカモトさんの過去の記憶を夢としてご覧いただく、というのが近いかもしれません。夢はどのように非論理的で理不尽なものでも、見ている最中はそれを疑うことなく受け入れることができます。それと似たようなことが起こりますので、カワダ様にとって、これから体験いただくナカモトさんの過去の記憶は、アクセスしている間は自分の過去、あるいは実際に起こっている出来事だと感じられるはずです」


 ハマダさんの会社の女性が慣れた手つきで、リクにヘッドギアをかぶせた。女性はリクと同じくらいの年齢で、ショートカットが似合う清潔な印象だった。細く長い指で、ヘッドギアの側面にあるスイッチ類を操作していて、リクはしばしその美しい指の動きに見とれていた。

「なんだか初めて来た歯医者さんで椅子に座っているような気持ちですね」

 女性は微かに微笑んだ。予想通りの気持ちの良い笑顔だった。

「緊張なさらずに。痛みは全くありませんから。体調を詳しくモニターしておりますので、万が一、何らの異常が生じたら、すぐにセッションは中止致します」

 流暢な日本語で女性はそう言って、リクの右手にリストバンドを装着した。

「これでバイタルサインをモニター致します」

「調子はどうかな」

 椅子の反対側にいたハマダさんが女性に聞いた。

「PBCの反応は充分得られています。アクセスは良好と思われます」

 ハマダさんは頷いた。

「PBC?」

 リクがつぶやくと、すかさずハマダさんが答えた。

「後頭頂皮質のことです。ここが信号の出入り口になります」


「あなた、お名前は何と」

 リクの質問に女性はキョトンとした表情を見せた。彼女にとっては予想外の質問だったに違いない。

「タカシマレイと申します」

 そう答え、レイは小さくお辞儀をした。

「タカシマさん…ですか。よろしくお願いします。何しろ記憶へのアクセスは初めてなもので」

「お任せください。満足のいくセッションになるよう、全力を尽くします」

 レイはまた魅力的な微笑を見せ、隣で準備の様子を見守っていたハマダさんに目で合図を送った。

「準備が整ったようですので、早速、始めさせていただきます」

 ハマダさんが宣言した。

「気持ちを安らかに保ち、頭の中を真っ白にされていた方が記憶へのアクセスが容易になるはずです」

 リクは目を閉じた。

「それでは参りましょう」


 ハマダさんのオフィスは入った時からそうだったが、とても静かだった。社員の話し声が低いボリュームで時折聞こえるだけだ。壁面の大半を占領しているサーバーのうなり声もそれほど気にならない。今は特にリクがセッションに集中できるよう、全員が声を控えているのだろう。目を閉じてしまうと、逆にその静かさが気になるほどだった。リクは自分の鼓動が少し早くなっているのを感じたが、すぐに深い眠りに落ちていくような不思議な感覚に包まれた。


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