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#1 幼馴染になっちゃった・1st loop


「女の子だ……」

 それが第一声だった。

 すべすべつるつるの足。ふわふわのパジャマに包まれたぺたんこの胸。ミディアムボブのさらさらな髪はきれいな茶色。

 部屋の隅に置いてある大きな鏡に映った姿に、僕は見覚えがあった。

「なずなちゃん……」

 僕のプレイしてたゲームのヒロイン。主人公の妹キャラ。十歳、女子小学生。

 小さな手を見て、僕は目を見開いて、わなわな震え、その事実を確認した。


「なずなちゃんに……なっちゃった」


    *


 昨晩のことを思い出す。

 僕――二十歳、しがない大学生――はその日、エロゲをたしなんでいた。

 エロゲ。十八禁のノベルゲーム。

 普段はそういうものをやることはないが、その日はたまたま見つけた短編のそれをプレイしていた。

 BO○THで見つけた、同人のもの。おねロリで、百円という安さで販売されていた普通なら買わないようなもの。

 主人公の妹が初恋の人に似ていたからという理由で衝動買いしてしまったそれを、カチカチとプレイしていた。

 正直言って面白くはなかったと思う。

 事実を書き連ねたような淡々として暗いシナリオ。セーブもろくにできないUI。立ち絵の差分もそこまで多くなく、ただ絵柄がかわいいということだけがシナリオを進める唯一の原動力になっていた。

 それで挙句の果てに、ついにエッチシーンに入ろうかというところからの記憶がなかった。多分寝落ちしたのだろう。


 ……と、いままでのことを思い出して僕はため息をつく。

「どうしたの? なずなちゃん」

「セリカちゃんは大人びてていいなーって」

 そんな言い訳が自然に出た通学路。隣を歩く自分より少し背が高い女の子は、小柄な少女である僕を見て、鈴のなるような声で告げる。

「なずなちゃんだってかわいいよ。ちっちゃくて女の子っぽくてっ」

 ……たしかに。

 僕のいまの姿こと「東御(とうみ) なずな」という少女は、小学四年生にして完璧超人であった。

 スポーツ万能、テストは満点。絵も上手ければ歌も上手。誰にでも優しく笑顔を振りまく、お姉ちゃんが大好きな、まさしく完璧な妹。

 何度見ても、小学生の頃の初恋の相手が重なる。そんな女の子。

 セリカちゃんの言葉に、僕は「えへへ、ありがと!」とちょっとあざとい仕草で返した。


 あっという間に時間は過ぎて――あるいは、ゲーム内で描写されてなかったから飛ばされただけかもしれないが――いつの間にか放課後。

「ね、ね。なーずなっ」

「わっ」

 後ろからの声に振り向くと、そこには黒髪の少女がいた。

 十二歳くらいだろうか。無邪気にほほ笑む彼女に、僕の口角は上がる。

「お姉ちゃん!」

 自動的に僕の口から発せられた言葉に、自分で驚く。

 ――お姉ちゃん。東御 すずな。それはつまり――あのゲームの主人公。もちろん当然のように、ボイスも立ち絵も未実装だった彼女。

「……本当にお姉ちゃん?」

 疑う僕に、彼女は「なずなってけっこうしつれいだね……」と苦笑いする。思ったよりもはるかに幼かった彼女は、のほほんと微笑みつつ告げる。

「いまパソコンゲーム作ってたんだけど、遊んでみてよ!」

「えー」

 今度は僕が苦笑する番だった。

 スペースインベーダーみたいなやつ。パソコン画面に映し出されたそれに、僕は辟易とする。

「これ飽きたー」

 僕自身はやったことはなかったのだが、不思議なことに何度もやっているような感覚。お姉ちゃんはべらべらと早口で改善点をまくしたてるが、一切耳には入ってこない。なずなちゃんはすでに何度も同じ流れでこれをやらされていたらしい。

 やれやれ、と僕はため息。

「遊び行ってくる!」

 デスクの椅子をぴょこんと飛び出して、スマホで友達にラインを飛ばす。「あっ、ちょ……」と手を伸ばすお姉ちゃんを部屋に残したままで。

 午後四時半、そろそろ日が沈みだすころ。僕は家を飛び出した。


「セリカちゃーん!」

 道路越しに手を振る僕。横断歩道越しに、僕より少し背の高い、青髪の彼女がいた。

 青信号。僕に気づいて駆け出す少女。何にも考えず――けたたましいクラクションの音がした。

 びくりとして、ひゅっと息が詰まった。ぞくりと背筋に寒いものが走る。――それから目を見開いた。

 トラックだ。

 大型のトラックが、高速で走ってきていた。

 ごうごうと音を立てるその金属塊。「セリカちゃん!!」叫ぶ僕。目の前の少女は驚いて立ち止まる。――道路の真ん中で。

 住宅街。響くクラクション。どうしよう。フリーズする思考。

 刹那、僕は「僕」の小学生の頃を思い出した。


 ――小学生の頃、好きな女の子がいた。

 ちょうど小学四年生の頃。小柄で、いつも笑顔を絶やさない子だった。

 いつも一緒にいた子が事故で死んでしまったときも、暗くなった教室の雰囲気を和らげるように、笑っていた。

 思えば、彼女も必死だったのかもしれない。目の前で友達がただの肉の塊になってしまうところを、ただ傍観することしかできなかったと聞いた。

 つらくて苦しくてたまらなかったのだと思った。だから。

「笑うなよ!」

 無理して笑うんじゃねぇ。……泣きたいなら泣いていいから。そう言いたかった。

 彼女はうつむいて告げた。

「そう、だよね。フキンシンだよね。ごめん」

 ――それっきりだった。


 彼女は遠い所へ引っ越した、と担任に告げられた。

 町中を探した。

「ごめんなさい」と、ただ一言を告げるために。

 またあの笑みを見るために。

 ――恋と言うものを知らないままに。


 夜になった。

 雪が降った。


 そうしてまで、ようやく悟った。


 彼女は「もういない」のだと。


 ――――――金切り音が、僕を現実に引きずり戻す。

 だから、なんだ。彼女はもういないじゃないか。

 スローモーション、コマ送りで流れる目の前の情景。

 彼女はもういなくて。ごめんなさいは結局言えないままで。

 トラック。少女の靡く髪。絶望の表情。

 まるで、あの日みたいだ。

 鉄とゴムの焼ける臭い。


 ――もし、あの放課後に戻れたなら。

 ――――もし、あの子に言葉をかけなければ。

 ――――――もし、あの事故が起こらなければ。


 息を吸った。

 まるで、事故の日の再現のようだ。

 左足をひいて、膝をかがめて。

 あの日、彼女はただ見ていることしかできなかったらしい。

 唾を飲み込んで、歯を食いしばった。

 もしも、いま一瞬でも考えてしまったことが本当なら。

 肺の中の空気を吐き出して。

 あの日を「やり直せる」なら。

 前傾姿勢になって、目を見開いて。

 あの惨劇を、なかったことにできるなら。

 一気に息を吸って。


 一縷の希望に縋るように――――――僕は駆け出した。

 叫んで、目の前の少女をめがけて。

 悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 そして――。


「大丈夫? セリカちゃん」

 息を荒げた僕の問いに、彼女は、「ったた……」と腰を擦り――それから。

「なずな、ちゃん――なずなちゃん! 起きてっ!」

 目を見開いて、泣き叫んだ。

「起きてよ――おき――」

 熱い。全身が熱い。叫べない。呻けない。苦しい。苦しい。苦しい。

 僕は起こった出来事を、その壊れ始めた脳で悟り始めていた。

 結局、死――

 ――けど、全てを悟るその前に。


 目の前が真っ暗に染まった。


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