第97話 疑惑の昼休憩
グラウンドを囲むように点々と植えられた木の下で、グループを作った生徒たちが座り込み、串刺しの肉料理や芋料理、揚げ物、焼き菓子などを豪快に頬張っている。
今はちょうど昼時。体育祭は一旦休憩を挟んで、また午後から再開される。
それまでに生徒たちも教師たちもしっかり腹ごしらえをして、最後の競技に挑む予定となっていた。
料理を提供するのは、普段学食で学園に携わる全ての人間のために手腕を発揮する、柿渋渋紙夫妻と、その息子洗柿だ。
彼らは中央棟の校舎の前に設置された教師専用テントの隣に、さらに別のテントを設け、その下に長机を羅列させると、学食で作ってきたメニューをずらり並べた。
「はいっ!たんとお食べっ!」
「しっかり食べて体力つけんだよっ!」
「食べないとバテちまうからねっ!」
柿渋と渋紙夫妻は生徒たちにそう声を掛けながら、次々に料理を手渡していく。
だが夫妻の背後で息子の洗柿は、
「じゃーそろそろ生徒たちも落ち着いてきたことだし、オレはここらで失敬……」
いつものようにこっそりその場から抜け出ようとした。
その首根っこを、父柿渋ががしっと掴む。
「どこが落ち着いてんだよっ!まだまだ行列が出来てんじゃねえかっ!しっかり働けボケっ!」
洗柿が脱走に失敗した頃、グラウンドの木陰では緋色たちのチームが輪になって座り込みながら、食事を取っていた。
「人形争奪戦取ったぜえっ‼」と、ビスタが叫ぶ。
「いええええええーいっ‼」
緋色とラセットも声を上げ、柑子はニコニコとし、マルーンは拍手を送った。
緋色が言う。
「柑子王子とビスタすごかったもんなあっ!」
ラセットも「ああっ!圧倒的点差で他のチームを寄せ付けなかった!」
「うんうんっ」と、マルーン。
「これは全部俺様のおかげ、と言いたいとこだが」と、ビスタは柑子に顔を向ける。
「王子のおかげでもあるっ!」
緋色、ラセット、マルーンも柑子に向き直った。
「いやっ、私は、そんな……!」
「何ケンソンしてんのっ!あれは誰がどー見たって王子とビスタのおかげだよっ!」緋色がはしゃぐ。
「二人ペアで進めるゲームでしたからね」と、緋色を後押しするマルーン。
「そうそう、そうですっ」と、ラセットも入学以来初めて柑子王子を褒めた。
「あ、私はただ……」
目の前のことに、一生懸命向かい合っただけなんだけど……
柑子はもじもじとしながら下を向いた。
ビスタが大声で言う。
「でもとにかくまた巻き返すことが出来たし、俺たちのチームが暫定一位だろっ!」
「やったあ一位っ!」緋色も両手の拳を握りしめた。
と、ラセットが素朴な疑問をぶつける。
「あのさ、もし総合優勝して一位になったらなんかもらえんの?」
その疑問に対し、マルーンが丁寧に説明する。
「一位から十位までのチームはレポート免除、それ以下のチームは各教科レポート百枚提出だそうです」
「マジで……」ラセットがげんなりとした。
「でも俺たちが二位以下になるなんてことは絶対にないから安心しとけ」ビスタは自信満々だ。
「そ、そうだなっ」
このチームでほんとよかった……!
ラセットは心の奥底からそう思った。
しかしラセットの中に再度疑問が湧く。
「けど一位から十位までの待遇が一緒ってどうなん?」
「それについては毎年賛否両論の意見が出るそうですよ」マルーンが苦笑いで答えた。
柑子は串に刺さった衣料理を頬張る。
衣の中身は何らかの肉料理だろうが、なぜかそれはいつもよりも香ばしくて肉汁たっぷりで、とても美味しく感じられた。
そんな柑子王子の姿を、隣に座った緋色が微笑みながら見ている。
「ん、どうしたの?」
緋色の視線に気づいた柑子が尋ねた。
「ううん、なんでもない」
にっこり微笑む友人の顔を見て、柑子は食べながら首を傾げた。
緋色たちが座る木陰から少し離れた別の木陰では、マゼンタ、コチニール、葡萄の三人が座って、それぞれ串焼きなどを口に差し込んでいる。
「あー、負けたぁ……」
コチニールは肩を落としながら言った。
玉入れに続いて人形争奪戦までビスタのチームに負けるとは……
「あれは柑子とビスタのチームに有利なゲームだったからな。でも次に勝てば問題ない」
落ち込む兄をマゼンタが励ます。
「うん、そうだね」
あんまり引きずるのもよくないし。
コチニールはそう思うと串焼きを口に入れる。
そして彼はふと、隣に座る葡萄に視線を向けた。
葡萄は手つかずの串焼きを手に持ったまま、じっと何かを考えている様子だ。
「どうしたの?」
コチニールの問いかけに葡萄がはっと我に返る。
「あ、いえ、別に」
「なんか今日はぼーっとしてるみたいだけど、何かあった?」
マゼンタも食べ終えた串を手に、葡萄へと顔を向けた。
「いえ、特には」
尚も否定する眼鏡の彼にマゼンタが尋ねる。
「さっきあいつと何か話していただろう?」
「あいつ?」コチニールが妹のほうを向く。
「マロウ、王子」
マゼンタの言葉に葡萄の瞼が大きく持ち上がる。
が、コチニールは妹に呆れていた。
「〝あいつ〟って……そうなの?」彼はまた葡萄に視線を戻す。
マゼンタはその時の二人の会話を思い返した。
確か、あいつがこの学園に来た理由とか何とか……
葡萄がコチニールに言う。
「いえ、大した話では。ただの世間話ですよ」
「ふうん」
そこへ、長細い揚げ菓子を両手に何本も持ったヘンナが戻ってきた。
「お菓子貰ってきたよー」
「あ、ありがとう」
「食後のデザートね」
ヘンナはそう言って三人に菓子を手渡していったが、不意に周囲をきょろきょろと見回す。
「どうかした?」と、コチニール。
「王子全然戻って来ないわね」
「そういえば」
コチニールも辺りを見回した。
確かに、他の生徒たちは食事を取ったり雑談したりしているのに、マロウ王子の姿はどこにも見当たらない。
「昼休憩終わっちゃうのに」ヘンナが菓子を頬張りながら言う。
「泥だらけになったからお召替えに行かれたんだと思ってたけど」と、コチニール。
しかしマゼンタだけは背後を振り返り、その先をじっと見つめていた。
グラウンド中央にトラックの白いラインが楕円形に引かれていく。
一足先に昼休憩を終えた教師と運営係の生徒たちが手分けしながら、次の競技に向けて着々と準備をしていたのだ。
そして彼らがラインを引き終えると、グラウンド全体にアナウンスが響く。
「それでは最終競技が始まります。生徒の皆さんはグラウンド中央までお越しください」
それを耳にした緋色たちのチームは、意気揚々とグラウンドへと向かった。
「っしゃー!最終戦だっ!」緋色が肩を大きく回すと、
「この試合も絶対勝つっ!」ビスタも意気込んだ。
ところがラセットは「てか食べ終わった後すぐってキツくね?」と、腹を撫で回す。
緋色たちがグラウンドへと向かう後姿を眺めていたマゼンタも、一歩足を踏み出した。
「さあ、行こうか」
「え、でもまだマロウ王子が……」
そう言ってコチニールはヘンナと目配せをする。が、
「おりますよ」
突然背後から透き通る声が降ってきた。
それがあまりに突然だったため、コチニール、葡萄、ヘンナの三人はびくっと肩をすくめる。
彼らが驚いて後ろを振り返ると、そこには今までいなかったはずのマロウ王子が、さも当たり前のごとく立っていた。
「マ、マロウ王子⁈いつの間に⁈」コチニールが目をしばたたかせる。
「今さっき参りました」
「そ、そうだったんですか……⁈」
「ええ」
「てか王子、お昼ご飯は?」ヘンナが素朴な疑問を口にした。
「もちろんいただきました」
「あ、そう」
「はい」
ヘンナは目を細めてマロウ王子を値踏みする。
(もしかして橙星の料理が口に合わなくてこっそり連れて来た紫星のシェフの豪華な料理を堪能してたりしてね)
ヘンナの訝しげな表情にマロウ王子は首を傾げた。
「あ、いえ別に」ヘンナは一応そのように答えた。
するとマロウ王子が、
「それより、行かなくてよろしいのですか?」
コチニールとヘンナが辺りを見回すと、周囲にはもう他の生徒の姿はなかった。どうやら全員先にグラウンドへ向かってしまったらしい。
「行きます、行きますよっ!」
コチニールが慌ててグラウンドに走り出す。
「待って!」
ヘンナもコチニールの後を追いかけた。
けれども、マゼンタと葡萄だけは微動だにせず、マロウ王子を見つめていた。
まるで何かを深く考え、何かを紫星の王子の言いたいかのように。
「お二人共何か?」
マロウ王子が穏やかに尋ねた。
「あ、いえ……さ、マゼンタも行きましょう」
葡萄が赤紫色の少女を促し、彼女もそれに従った。
コチニールたちの後を追う葡萄とマゼンタの後姿を見送りながら、マロウはいつもの微笑みを浮かべた。
「最終競技は全生徒によるリレー対決となります。一人ずつトラックを半周しながらバトンを渡し、最初にゴールした走者のチームが優勝となります。それでは各チーム、第一走者から第五走者までの順番を決めてください」
グラウンド中央に集合した生徒たちは、アナウンスを聞いてざわざわと相談を始めた。
勿論、緋色のチームも輪になって話し合う。
「この試合だけは絶対負けらんねえからな」と、ビスタ。
コチニールの奴に逆転なんかされてたまるかよっ!
ビスタがそう意気込んでいると、緋色がとんでもないことを口にする。
「じゃあオレ一番!」
「ええっ⁈」柑子、ラセット、マルーンが驚愕した。
「え?なんで?ダメ?」
「だって緋色は足が速いでしょう?」柑子が慌てたように確認した。
「だから最初に突き離そうかと思って」
柑子はブンブンと顔を横に振る。「いや、その考えはちょっと待ったほうがいいと思うよ」
「そう?」
目を点にする緋色に、ビスタも口を挟む。
「王子の言う通りだぜ、おまえは最終走者だ。この中で一番速いしな」
って言いつつ、本当は俺が一番最後に走りたかった……!
ぎゅっと顔をしかめるビスタに対し、緋色が尋ねる。
「え、なんで悔しそうなの?」
緋色たちが輪になって話し合うように、彼らから離れた所でもマゼンタのチームが相談を重ねていた。
「やっぱり、こうなるよね」と、コチニール。
ヘンナも「そうね、これでいいと思う」
「いい?マゼンタ」コチニールが妹に再度確認する。
「ああ」
「殿下もよろしいですか?」
「もちろんです」
コチニールは最後に確かめる。
「葡萄もずっとなんにも言わないけどこれでいい?」
「ええ、お任せしますよ」
やる気があるんだかないんだか、今日に限ってうんともすんとも言わない眼鏡の彼に対し、コチニールはだいぶ呆れていた。
お任せって……なんなんだろうなぁ。
まあ、葡萄があんまり体育得意じゃないのはわかってるけど……
コチニールがぶつぶつと文句を言いそうになるのを抑えていると、アナウンスが響き渡った。
「それでは第一走者の皆さんはスタート位置に並んでください」
トラックのスタートラインにバトンを持った第一走者の生徒たちが並び、他の生徒たちはグラウンドの中央に群がっている。
スタートラインに並ぶ生徒たちの中には、やけに正直者のヘンナと大男のビスタも交じっていて、二人は互いを睨むように目をやった。
(またこいつか)
二人は同時に同じことを思った。
(だが俺の敵ではない)と、自信満々のビスタ。
彼の心の声が聞こえたかのようにヘンナが突っ込む。(でしょうねっ)
銃クラス担当で、銃の扱いには普段から慣れている教師の焦茶が、スタートラインの側に立った。
彼は片手に収まるくらいの小さなピストルを空に向けると、
「じゃ……よーい」
彼の掛け声に、第一走者の生徒たちが身構える。
焦茶がピストルの引き金を引いた。
パンッという高い音と共に、第一走者の生徒たちがいっせいに走り出す。
グラウンドの中にいる生徒たちから歓声が上がった。
中央棟の校舎前に設営されたテントの下では、教師たちが椅子に座って扇子で顔を扇ぎながら競技を観戦している。
その彼らの脇に置かれた小さな木製のテーブル席に丁字茶が座って、マイクでおもむろに実況を始めた。
「さあ、第一走者がスタートしたわよっ!最初に抜き出るのは誰になるのかしらっ⁈」
グラウンドのトラックでは、第一走者が群がるようにトップを競っている。
グラウンドの真ん中にいるマゼンタ、マロウ、コチニール、そして緋色、柑子、マルーンはそれぞれチームメンバーのヘンナやビスタの走る姿を目で追った。
「ヘンナーっ!」コチニールが声援を送れば、
「ビスターっ!」緋色、柑子、マルーンも声を張り上げる。
トラックを走るビスタは巨体ながらも他の生徒たちをどんどん引き伸ばし、あっという間にトップに上った。
(全員俺様には敵うまい!)
ビスタはそう思いながらトップを走り続ける。
彼のその様子に、緋色たちが目を見張った。
「アイツやるうっ!」緋色が笑い、
「うん……!」と、柑子も納得する。
実況の丁子茶はテントの下でマイクを掴んだまま前のめりになった。
「これはビスタっ!大っきくて筋肉モリモリで重量感あるくせに意外と速いじゃないのっ!」
反して第一走者のヘンナはと言うと、他の生徒たちにどんどん追い抜かされていた。
(わかってたけど、みんな足速っ……!)
それでもヘンナは走り続けた。
バトンを持っている限り、自分が途中で諦めるわけにはいかない。
グラウンドの中央では、マゼンタとコチニールがそんな彼女の姿を見つめている。
「ヘンナ頑張ってーっ!」コチニールが声を張った。
ヘンナ……!
マゼンタも口には出さないが、彼女を応援した。
すると、テント下の丁子茶が叫ぶ。
「おっとーっ、もう第一走者が第二走者に辿り着くわよっ!」
トラックをトップで走ってきたビスタは、第二走者のラセットにバトンを渡している。
「行けっ!」
「おーよっ!」と、ラセットはトップで走り出した。
丁字茶の実況が炸裂する。
「どうやら第二走者トップはラセットね!このまま一番を維持していけるのかしらっ⁈」
必死に走るラセットは丁子茶の実況を耳にして思った。
(そう願いたいっ!)と。
同時に他の第一走者たちも次々に第二走者へバトンを渡していく。
グラウンドの真ん中にいる緋色ははしゃいだ。
「オレたち一番じゃん!」
「うん……!」柑子も瞳を輝かせる。
しかしトラックを走る他の生徒たちが、ラセットにどんどん追いついていた。
(っくっしょーっ!口からさっき食ったもんが出そうだっ!)
そう思いながらも必死に走るラセットを、走り終えたビスタがトラックの側から目で追っていた。
「ラセット耐えろっ!耐えるんだっ!」
ビスタが叫ぶその背後で、ヘンナがやっと第二走者の葡萄にバトンを渡す。
「ごめんっ……!」
「はいっ!」
バトンを受け取った葡萄が走り出す。
と、実況席の丁字茶が突然立ち上がった。
「あれは葡萄ちゃん⁈葡萄ちゃんねっ⁈葡萄ちゃんガンバレっ!ファイトよーっ!」
丁子茶のさらなる大声がマイクによってグラウンド中に拡散されていった。




