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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
97/130

第96話 サリーちゃん人形争奪戦


 グラウンドの中央に競技代表の生徒たちが集まり、彼らの中には当然コチニールとヘンナの姿もあった。

二人は腕を伸ばしたり脚を伸ばしたり、思い思いに準備運動をしていたが、自分たちに近づく二つの人影に気づいて動きを止めた。

「ビスタと、柑子(こうじ)殿下⁈」

コチニールが目を真ん丸にする。

「珍しい組み合わせね」ヘンナもコチニールに同意した。

「まだ一度も競技に参加していなかったので」

柑子がもじもじと口にする。

それに対して「同じくです」ヘンナがにっと笑った。

と、ビスタがコチニールに向かって指を差す。

「いいかコチニール、次はまた俺たちが勝つからな、覚悟しとけよ」

コチニールはポカンとなった。

(なんか僕、ライバル視されてる……?)

この学園に入学してから、何なら本格的な授業が始まる前から、幾度となくビスタは自分に突っかかっていた。

まあ、ビスタがライバル視するのは、自分だけに限ったわけじゃないのだけれど……

マゼンタとか、緋色(ひいろ)とか、マロウ王子とか、その中に自分も加えてもらって、これは光栄と言うべきものなのだろうか?

 コチニールがそんなことを考えていると、グラウンド中にアナウンスが響いた。

「では第三回戦、サリーちゃん人形争奪戦を始めたいと思います」

 グラウンドの端にいたマゼンタが首を傾げる。「サリー……」

マゼンタから少し離れた所にいた緋色も、同じく首を傾げた。「ちゃん?」

グラウンドでは尚もアナウンスが続いている。

「代表選手の皆さんは二人ペアになり、設置されている網の中へサリーちゃん人形を入れてください。その際には人形を投げても放っても手で突っ込んでも構いません」

グラウンドの中央に立つコチニールが呆然としている。

「サリーちゃんって……」

 その時、審判の丁字茶(ちょうじちゃ)が選手たちの前に歩み出て、両手にすっぽり収まるサイズの人形を掲げた。

「これがサリーちゃん人形よ!」

代表の生徒たちが人形に注目する。

「あ、あれが……」と、コチニール。

ヘンナも「だいぶ年季入ってるわね」正直な感想を述べる。

 人形は髪がぼさぼさで胴体の割に頭部が大きく四肢は短く、Tシャツにスカートを履いていかにも女子を模したものだったが、だいぶ損傷が激しく生地も傷んでいるように見えた。

 グラウンドではアナウンスで試合の説明が続いている。

「ただし、その人形を手に持っていられる時間は三秒間。その三秒の間に人形を網に入れるか、もしくは仲間に投げ渡して網への距離を縮めるのを繰り返すか、その辺りは自由に選択してください」

「三秒……?」柑子がごくり唾を飲み込んだ。

ビスタもさすがに舌打ちをする。

「人形を持っていないペアはどんな手を使っても構いません。人形を奪い取り三秒だけ自分の手に収め、仲間と協力しながら網まで進み投げ入れてください」

 グラウンド端でマゼンタの隣に立ったマロウ王子が呟く。

「〝どんな手を使っても〟ですか」

マロウ王子のさらに隣に立っていた葡萄(えび)が、彼を横目で見た。

 マロウ王子たちから少し離れた所では、緋色の側でラセットとマルーンも説明をしっかりと聞いている。

「けっこう乱暴よな。ま、ビスタには向いてるけど」とラセット。

マルーンは心配そうに「柑子殿下……」と、両手の指を組み合わせた。

 アナウンスによる説明はまだ続く。

「人形を持っているペアのスタート位置は網から一番遠い所になります。それ以外のペアはどの場所にいても構いません。クジ引きで決まった選手が最初に人形を持ち試合開始となります。余程の乱闘騒ぎや三秒以上人形を持っていた場合は丁字茶先生が止めに入りますので、そのつもりでよろしくお願いいたします」

「ら、乱闘……?」柑子はクラクラとなった。

「マジ……」ヘンナもげんなりとしている。

ビスタは思った。

(つまりあの網の所まで王子と人形を投げ合いながら進めばいいってことだろ?なんだ楽勝じゃねえか……って、王子が使えればの話だが)

コチニールも心の中で思っていた。

(僕は何とかなるかもしれないけど、ヘンナは……)

ビスタは柑子を、コチニールはヘンナに視線を向ける。

当の柑子とヘンナは、不安な表情を前面に出していた。

(大丈夫か、これ)と、ビスタ。

(ヘンナ、運動はあまり得意じゃなさそうだからなぁ……)と、コチニール。

コチニールもヘンナも、ビスタも柑子も、それぞれがそれぞれの思いを抱えていると、

「はーい、じゃあクジ引き始めるわよっ!」

審判丁子茶が元気よく声を発した。

 中央棟の校舎前に設営されたテントの下では、教師陣が顔を扇子で扇ぎながら生徒たちを眺めている。

彼らの中に交じっている新人教師の檜皮(ひわだ)は、素朴な疑問を口にした。

「あのサリーちゃん人形っていったい……」

彼の疑問に、隣に座っていた焦茶(こげちゃ)が答える。「ああ、あれ?茶鼠(ちゃねず)学長のお下がりだって」

「え……」

檜皮先生はものの見事に言葉を失った。


 グラウンドに立てかけられた網の根元を、運営係の生徒二人が押さえている。

網に入れるのは小さな人形で、たいした威力はない。

しかしその人形を奪い合うのは軍事学園の生徒たちだ。

彼らが本気を出したらどうなることか……というわけで、一応根元を生徒が押さえているのだ。

 今、網の前には幾人もの生徒たちがそこかしこに散らばっている。彼らは皆遠くのほうに目を向けて、網を背にしていた。

彼らが見ているのは赤星から来たという少年と、やけに正直者の少女だった。

なぜならその二人がクジを勝ち取り、最初に人形を手にする権利を得たからである。

人形は、その少年の手の中にあった。

「コチニールやるぅっ!」

彼の隣に立ったヘンナがにやりとした。

「う、うん」

ツキが向いてきたかも?

 そう思う兄を、グラウンドの端に立つ妹マゼンタがじっと見つめている。

その時、コチニールとヘンナの近くに立った審判丁子茶が、勢いよく笛を吹いた。

それを合図にコチニールとヘンナが網に向かって走り出す。

けれども当然のことながら、他の生徒たちが人形を奪おうとコチニールのほうへ早速集まってきた。

(ヤバい、みんなけっこう速い……!)

コチニールは早々に「ヘンナ!」と、人形を彼女へ投げた。

ヘンナは自分に飛んでくる人形を掴もうとする。

が、その直前で図太い腕が人形を掴み取った。

コチニールとヘンナが息を呑んだ時にはもう、人形はビスタの手の中に収まっていた。

「いただきっ!」

大男はそう言うと網へ向かって一目散に走っていく。

「ビスタっ!」と、コチニール。

「アイツぅっ!」

悔しがるヘンナをよそ目に、グラウンドの端では緋色、ラセット、マルーンの三人が喜んでいる。

 グラウンド中央では、ビスタが人形を手にしながら走っていた。

これでもだいぶ網に近づいた。だが、

(クソっ!三秒ってあっという間だな!)

ビスタは周囲に目を走らせる。

自分に群がる生徒たちの隙間から若干はみ出るように、柑子がビスタを目で追いつつ走ってついてきていた。体術クラスでは酷い有様なのに、なんだかんだ走るのは得意らしい。

「王子っ!」

ビスタは柑子に向かって人形を投げる。

柑子はその人形をしっかりと掴み取った。

 その光景を見ていたグラウンド端の緋色は驚いた。

隣に立つマルーンに関しては感動のあまり「殿下っ!」と叫んでいる。

 グラウンドでは人形を掴んだ柑子が、網へ向かってひた走っていた。

他の生徒も柑子を追いかけるが、誰も王子にはついていけない。

ただ一人、他の生徒を追い抜いたコチニールだけが、柑子を猛追している。

(殿下、意外と速い……!)

コチニールは走りながらそう思ったが、既に柑子は網の近くまで来ると人形を頭上高く放っていた。

コチニールと、こちらも柑子を追いかけていたビスタが目を見開く。

空中を舞ったサリーちゃん人形は、網の中にすっと入ると、地面にぽとりと落下した。

 その瞬間、辺りがしんと静まり返る。

誰もが追いかけるのをやめ、声援を送るのもやめ、全ての身動きを止めていた。

柑子はあまりの静けさに周囲をきょろきょろと見回すと、

(あ、あれ……私、何か間違えました……?)

ルールを聞き間違えてしまっただろうか……柑子に不安がよぎったその時、一瞬固まっていた丁字茶が慌てて笛を鳴らす。

同時にグラウンドの端から生徒たちの歓声が上がった。

 校舎前のテント下でも教師陣が拍手喝采を送っている。

「ワオ……!」焦茶が目をパチパチとさせると、

「噂とは随分と違うような……」檜皮が呆然と呟いた。

焦茶と檜皮の側に立ったチェスナットは、柑子王子を見ながら微笑む。

 グラウンド端のラセットは拍手をしつつ「柑子王子って、いったい……!」と、同じチームのメンバーながらポカンとして、マルーンに関しては涙ぐみながら「殿下ぁぁっ!」と雄叫びを上げた。

 呆然としているのはラセットだけではない。

この学園に入学してからほとんど柑子と一緒にいる緋色でさえ、口を呆けていた。

「王子、体術以外はちゃんと出来んじゃん……!」

緋色は柑子の極端に気弱な普段の様子とのギャップに、驚きを隠せなかった。

 緋色たちから少し離れた所で、マゼンタも柑子を見つめている。

(走るのも早い、物を掴むのも、投げ入れるのも、秒数カウントも、正確)

彼女が柑子王子を評価しているその隣で、マロウ王子も感心したように呟いた。

「なるほど」

マロウ王子のさらに隣には葡萄が立っていたが、眼鏡の彼はそんな紫星(むらさきぼし)の王子にちらり視線を向けた。

 グラウンドの中央では柑子の周囲に生徒たちが集まっている。

「殿下スゴイですっ!」

「前にやられたことが⁈」

代表の生徒たちは笑顔で柑子に群がった。

「いえ、そういうわけでは……」

柑子がプルプルと頭を横に振ると、同じチームの大男が生徒たちを搔き分けてやって来た。

「おいおいおまえらは敵チームだろっ」大男はそう言って柑子の前に立つ。

「ビスタさん」

柑子は身長も体格も大きな彼を見上げた。

さん(・・)、はいらないです、王子」

「でも……」

「ビスタと呼んでください、緋色みたいに」

「え?」

「それから次も一本、よろしくお願いします」

ビスタは柑子王子ににっと笑いかけた。

それに対して柑子も笑顔で「はいっ!」と答える。

 そんな柑子王子とビスタのやり取りを、離れた所で見守っていたヘンナが嘆いた。

「マジでっ⁈ビスタだけでも厄介なのに、柑子王子ってホントに運動神経よかったんだ!」

ヘンナが嘆く隣でコチニールは思う。

(体術クラスや稽古ではあんなに怖がっていらっしゃるのに……でも)

コチニールはふうと息を吐いた。

「僕らも心してかからないとね」

彼の意気込みに、同じチームのヘンナはげんなりとなった。


 試合が再開し、代表の生徒二人がスタートラインから走り出す。

それと共に他の生徒たちも人形目がけて走り、コチニールが高くジャンプして人形をキャッチすれば、ヘンナがパスされた人形を取りこぼし、柑子は走りながら人形をビスタに投げ、ビスタはもみくちゃになりながら他の生徒たちと人形を奪い合い、審判丁字茶が思い切り笛を吹き、サリーちゃん人形争奪戦は相当な盛り上がりを見せた。

 グラウンドを囲む生徒たちの白熱ぶりもまた同様で、彼らは自分たちのチームを必死に応援し、緋色、ラセット、マルーンも大声で柑子王子とビスタを応援している。

緋色たちから少し離れた所にいるマゼンタも、声は出さずとも試合を凝視して、その行方を見守っていた。

 ただし、彼女の隣に立つマロウ王子と葡萄だけは、冷静に試合を眺めていた。

そしてマロウ王子が葡萄に言った。

「コチニールさんは足が速いですね。ジャンプ力も抜きん出ていらっしゃいますし、さすが守人(もりひと)一族のお方です」

「ありがとうございます。そう言っていただけて本人もとても喜ぶと思います」

葡萄はとりあえずそう返して、マロウ王子の横顔を見つめる。

マロウ王子は試合を眺めたまま、いつものように微笑みを浮かべていた。

別にコチニールを褒めたことに関して、本当にそう思っているのかと難癖をつけたいわけじゃない。

ただ、眼鏡の彼にはどうしてもマロウ王子に直接、聞きたいことがあったのだ。

「あの」

葡萄は意を決したように話を切り出した。

「はい」

マロウ王子の視線が眼鏡の彼に向けられる。

「なぜこの星へ、なぜこの学園に留学にいらっしゃったのでしょうか」

マロウ王子がクスリと微笑んだ。

「聞かれると思っていました」

「あっ、申し訳ございません……!もう散々色々な方に何度も質問されてうんざりなさっておいでですよね……!」

葡萄は慌てて身振り手振りを添える。だがマロウ王子は、

「いえいえ、そんなことは」と、全く嫌な顔もせず微笑んだままだ。

葡萄は一瞬引き返そうと思った。

やはり自分は守人一族の人間であり、王家の、さらには紫星の王子に対してこんなことを聞ける立場には本来ないのだから。

 でも……気になる。

紫星の王子がわざわざこの橙星(だいだいぼし)の、しかもこの学園に留学されるだなんて、普通に考えたらありえない。

もし何か理由があるのだとしたら、それは……!

「もちろん異文化交流のためです」

マロウ王子は葡萄にさらりと答えた。

まるで最初から、こう聞かれたらこう答える、とあらかじめ決められていたかのように。

(その答えで来ますか……!)

葡萄はほぼ自分と同じ背丈のマロウ王子をじっと見つめた。

「橙星の文化や気候や人々に興味があったのでこちらに参りました。私が生まれた紫星とはだいぶ異なる点が多く、とてもよい学びになると思いましたので」

「そうですか」

「はい」

「しかし殿下は、その……戦闘部色光(しきこう)学科に在籍していると風の噂で伺いました。それは本当なのでしょうか」

眼鏡の彼の鋭い視線を受けて、マロウ王子がふっと微笑む。

「はい、その通りです」

「失礼ながら……紫星で橙星の軍事や色光の知識と学問が必要になるとは到底思えないのですが……」

そう、なぜなら紫星には……

葡萄はごくりと喉を鳴らした。

「だからこそこの星のこの学園に参りました。違いがあるということはその違いを知り、受け入れ、学ぶということ。それは知識や経験となり素晴らしい財産となるでしょう?ですから私は遠いこの星にまで足を運んだのです」

その時グラウンドで笛が鳴り、試合を見ていた生徒たちが歓声を上げた。

マロウ王子は彼らを見渡すようにグラウンドへと顔を向ける。

「自分の星の中に存在していただけではわからないことや見えなかったものが、こうして他の星に渡ることで今まで気づかなかったことに気づけたり、本来なら出逢うはずのなかった方々にお逢いすることが出来る。それはかけがえのない宝物になる、そうは思いませんか?」

そう言ってマロウ王子は葡萄に顔を戻した。

相手に見つめられた眼鏡の彼は、何も言い返せずに、ただ瞳をそらすことしか出来なかった。




















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