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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
96/132

第95話 蛇掴み競争


 彼女たちの動きは素早かった。

丁字茶(ちょうじちゃ)の合図と共に、マゼンタ、マロウ、緋色(ひいろ)の三人が両手を水中に勢いよく突っ込んだかと思うと、次々に蛇を捕まえては()()の外のバケツに放っていったのだ。

深い灰色の蛇は触るとぬるぬるして、容易(たやす)く掴ませてはくれない。

蛇も蛇とて彼女らの手から身をくねらせては、何とか逃れようと命がけなのだから。

 けれどもそんなことにひるむマゼンタたちではなかった。

彼女たちは颯爽と蛇の体を掴み取ると、目にもとまらぬ速さで外のバケツに放り投げる。

もはや達人技だ。そのスピードたるや、尋常ではない。

 グラウンドの端で自分たちのチームを応援する生徒たちは、三人の動きに若干ひいている。

自分たちのチーム以外にも、紫星(むらさきぼし)の王子を応援する女子生徒たちでさえ、マロウの行動に顔を引きつらせていた。

コチニールとヘンナも呆然とチームメンバーを見守るしかない。

「マゼンタはともかく、マロウ王子……」コチニールが言葉を漏らした。

「すっごい度胸のある王子様ね……」と、ヘンナ。

すると隣に立っている葡萄(えび)が言った。

「紫星に蛇はいないのでは?」

「え?」コチニールとヘンナが同時に眼鏡の彼を見上げる。

「だから蛇の怖さを感じないのかもしれません」

「なるほど」

腑に落ちたコチニールとヘンナから少し離れた所で、柑子(こうじ)、ビスタ、ラセットの三人は何とも言えない顔で生け簀を眺めていた。

「マロウ殿下、すごい……」柑子が呆然と言うと、

「ホントに王子かよ……」ラセットが表情筋全てを痙攣させる。

が、我に返ったビスタだけは柑子とラセットを見下ろすと、

「んんなことよりガキどもの応援だろっ!」チームメンバーを叱りつけた。

 校舎前に設営されたテントの下では、教師たちが団扇で顔を扇ぐのも忘れ、生け簀を凝視している。

「さすが、紫星の王子様……」

新人教師の檜皮(ひわだ)がポツリと感想を漏らした。

「これは、さすが、なのか?」焦茶(こげちゃ)が息を吞む。

焦茶と檜皮の側に立つチェスナットも、呆然としながら競技を見守った。

 生け簀の中では、他の生徒たちがビビって全く動けない中、マゼンタ、マロウ、緋色の三人だけが次々に蛇を捕まえてはバケツに放っていった。

マゼンタは蛇を片手で掴みながら近くのマロウを一瞥する。

マロウは彼女に、ふっと笑いかけながら手に持っていた蛇をバケツに放った。

その表情に決して火が付いたわけではないが、マゼンタも負けじと蛇をバケツに放り投げる。

そして二人はすぐさま水の中に両腕を突っ込んだ。

 彼女たちの攻防を盗み見していた緋色は、

(くっそーっ!負けるかあっ!)と、水中から蛇を掴み取る。

が、ふとあることが気になって、緋色はチームメンバーのマルーンのほうに目をやった。

マルーンは自分のすぐ側に立っていたが、引きつった笑顔のまま、直立不動だった。

「こらマルーン!おまえもちゃんと捕まえろよっ!」

緋色が叫ぶ。

しかしマルーンは全く動く気配を見せない。

どうやら立って目を開いたまま意識を失っているようだ。

 全く動けずにいる生徒たちと、異様に俊敏な動きを見せる生徒たち。

彼らを見守っていた審判の丁字茶は、双方に呆れながら呟いた。

「今夜は蛇の蒲焼きね」


 グラウンドの端を囲む生徒たちが自分たちのチームを恐る恐る応援する中、コチニールとヘンナは全力で声を振り絞り、葡萄は生け簀を冷静に見つめ、柑子、ラセット、ビスタの三人はチームメンバーを大声で応援した。

 その声に応えるように、マゼンタもマロウも緋色も、泥だらけになりながら一心不乱に蛇を捕まえてはバケツに放っていく。緋色は必死に、マゼンタは無表情で、マロウ王子は微笑みを絶やさずに。

その時、グラウンドに笛の音が響き渡った。

「ここまでよっ!今掴んでる蛇を離してちょうだい!」

審判丁子茶の声に、マゼンタは手に掴んでいた蛇を生け簀に離す。

彼女の側に立っていたマロウは、やり切ったように腰に手を当てて一呼吸ついた。

「じゃあ蛇の数を……」

そう言いつつ、一つだけ蛇が溢れ出たバケツを目にして、丁子茶は啞然とする。

他のバケツは空っぽか、半分ほど溜まったものもあったが、数など数えなくてもその差は歴然だった。

「か、数えるまでもなく、勝者、マゼンタ・マロウ殿下チーム!」

 丁子茶の判断を聞いたグラウンド端のコチニールとヘンナは、手を取り合って喜ぶ。

反対に柑子、ビスタ、ラセットの三人は残念そうに肩を落とした。

校舎前のテント下では、簡易椅子に腰掛けた教師たちが若干呆然としながら拍手を送り、生け簀の中の生徒たちは我先にと蛇の巣窟から這い出す。

 けれども、生け簀に残った緋色は頭を抱えて悶えていた。

「くっそーっ!負けたっ!」

マゼンタにだけは絶対負けたくなかったあっ!

マゼンタとのありとあらゆる勝負は絶対に勝つと決めていただけに、緋色は悔しくてたまらなかったのだ。

ただし少年はそれをズルズルと引きずるタイプでもなかった。

緋色はさっさと我に返ると、ふと自分の側に立つマルーンに顔を向ける。

マルーンは未だ直立不動のまま固まっていた。

さすがに心配になった緋色が彼に駆け寄る。

「ちょっ、マルーン終わったよっ!おいっ!」

緋色が彼の腕を掴むと、

「……え、おわた?」

マルーンの意識がやっと戻った瞬間だった。

 生け簀にはマゼンタとマロウも残っていた。

二人は互いを見やると、

「勝ちましたね」マロウが赤紫色の少女に声を掛けた。

「ああ」

「これで第一回戦の分は取り戻せました」

「そうだな」

「ところで、私たちのどちらがより多く蛇を捕まえたのでしょうか」

「……さあ」

二人は一応同じチームのメンバーだ。

そのため捕まえた蛇を入れるバケツも一緒であり、どちらが多く捕まえたのかは判断出来ない。

でもそんなことはどうでもいいかのように、マゼンタは生け簀を出ようと泥の中を歩いた。

蛇の量は減ったが、それでもまだ足元では彼らが(うごめ)いている。

マロウ王子は、生け簀に手を掛けて出ようとする彼女の後姿を見送りながら、やはり微笑んだ。


 「お疲れ様です!」

「勝ったわね、やったわねっ!」

グラウンドの端で応援してくれていたコチニールたちの元にマゼンタとマロウ王子が戻ってくるなり、コチニールとヘンナが喜びの声を上げた。

「彼女のおかげです、蛇を捕まえるのがとてもお上手でしたので」

そう報告するマロウを、マゼンタはちらり見る。

「マゼンタはもちろんすごかったけど、殿下も素晴らしかったです!」

興奮するコチニールが言った。

「そうよ、あたしちょっと見直しちゃった!汚いことは全部人任せにするいけ好かない王子様なのかと思ってたの!」

ヘンナの正直な気持ちに、コチニールは苦笑いを浮かべる。

「でも自ら泥の中に飛び込んで蛇を捕まえまくる雄姿はホントにカッコよかったわ!」

「ありがとうございます、そう言っていただけて嬉しいです」

マロウ王子はヘンナに微笑みを向けた。

が、なぜかヘンナは口角を引きつらせると、

「けどまあとにかく、二人共先に顔を洗ってきたほうがいいかも。泥だらけよ」

マロウ王子もマゼンタも、生け簀の中を必死にあさったおかげで、茶色の泥が全身に飛び散っていたのだ。

 マゼンタとマロウ王子が顔を洗うためにコチニールたちから離れると、ヘンナは改めて彼女たちを褒めまくる。

「いやー、マジほんと二人共頼もしいわね。マゼンタだけでもやってくれちゃうとは思ってたけど」

「うん」

コチニールはそう答えつつ、側に立っている葡萄に視線を向けた。

今日の葡萄はどこか様子がおかしい。

いつもならもっとあーだこーだ、ああしろこうしろと小言を言いそうなものなのに、眼鏡の彼はマゼンタたちの後姿を静かに見送っている。

「葡萄、どうしたの?」

コチニールはたまらず彼に尋ねた。だが彼は、

「……いえ」

たったそれだけ、答えた。

 コチニールたちから少し離れた所では、泥だらけの緋色と、ほとんど汚れていないマルーンが柑子、ビスタ、ラセットの前にポツンと立っている。

「面目ない」

うつむいた緋色が柑子たちにそう報告した。

「ううん、緋色はよく頑張ったよ」と、柑子王子。

ラセットも「ま、相手が相手だったからな」

ビスタでさえ「なんなんだよアイツらっ、蛇が怖くはねえのかっ⁈」

と、誰も少年らを責めはしなかった。

ただマルーンだけは「僕ほとんど記憶がないです……」と、ぼんやり呟いた。


 中央棟のグラウンドはかなり広さがあるものの、その周囲は茶色い葉を実らせた木々が等間隔に植えられている。

木々の向こう側には歩道が敷かれ、そのさらに奥には各学部の敷地がまた広がっているのだが、木々の間の所々には、いくつかの水飲み場が設置されていた。

淡い橙色の石で作られた横長の四角い水飲み場は、銀色の蛇口が四つほど並んで、隣とはぶつからないくらいの距離がしっかり設けてあった。

 マゼンタはその一番左端で顔を洗っている。

銀色の蛇口を捻ると最初は生温い水が勢いよく飛び出したが、やがてほんのり冷たい水温へと変化し、その水で顔の汚れをこすり落とした。

もういいだろう。

そう思って顔を上げると、何やら自分の隣に妙な気配を感じ取った。

それは、既に顔を洗い終わったマロウだった。

彼は顔に水滴をつけたまま、相変わらず微笑みを浮かべている。

「なんだ?」

マゼンタはほんの少しだけ自分より背の高い彼を見上げた。

「蛇、怖くないんですか?」

「そっちこそ」

「好きかと聞かれたら好きだと胸を張って答えることは出来ませんが、でも怖くはないですよ」

「紫星にはいないから?」

少女は彼に尋ねた。

「いえおります、頻繫に見かけはしませんが」

紫星にも蛇はいるのか……でも怖くはない……まあ、本当に怖かったらあんな笑いながら掴み取れるわけがないか。

 マゼンタはあの場の全員の反応を観察していた。

兄コチニールも、ヘンナも、生徒たちも、教師たちも、緋色でさえ恐れをなしていた。

それくらい、蛇という生き物は多くの者に嫌悪される存在なのだろう。

でもこいつは平然としていた。つまり、本当に恐れを感じなかったということになる。

 すると、今度は彼女に向かって質問が飛んだ。

赤星(あかほし)にはいるのですか?」

赤紫色の少女は一瞬言葉に詰まる。

「赤星には……」

いるとは思うが、私は実際に見たことがない……

赤星について学ぶ過程で、教科書やタブレット端末で目にしたことはある。

赤星に生息する動物や植物、その中に蛇という生き物も確かいたはずだ。

「どうかされました?」

首を傾げるマロウにマゼンタは急いで答えを出す。

「赤星にももちろんいる」

「そうですよね」

マロウ王子は意味深長な眼差しで赤紫色の少女を見下ろした。

 二人の間に生温い風が吹く。

日はもうすぐ頂上に達するだろう。橙星(だいだいぼし)の暑さは赤星の夏の比ではない。

それなのに、なぜかひんやりとした空気が二人の間に流れた。

「おまえ……」

マゼンタが彼に言いかけた、その時だ。

「あ!マゼンタとマロウ王子!」

元気な少年の声がこちらに向かって近づいていた。

「緋色」

黄みの鮮やかな赤色の少年が、二人の元に走ってくるところだった。

「顔洗ってたの?」

「ああ」

「じゃあオレも洗う!」

緋色はマロウ王子の背後に近づくと、すぐ側にある水道の蛇口を捻る。

そしてジャブジャブと思い切り顔を洗い始めた。

「何か言いかけました?」マロウがマゼンタに尋ねる。

「いや、いい」

「そうですか」

緋色は自分の顔を洗いながらも言いたいことを口に出す。

「紫星ってさー、橙星と一緒で星を代表する王子様がマロウ王子ってこと?」

「そうですよ」

「なんか紫星も橙星もウチらの星とは規模が違げーよなー。ウチはそれぞれの国に王様や王子様がいる感じだし」

と、少年は洗い終わった顔を上げた。

「あれ?」

緋色が辺りを見回すと、側にいたのはマロウ王子だけだった。

「マゼンタは?」

「あちらに」

マロウ王子は一人去っていく少女に視線を向ける。

「ええっ⁈ちょっと、置いてくなよっ!」

緋色は急いでマゼンタの後を追う。

その場に残されたマロウ王子は、マゼンタと緋色の後姿をじっと見つめていた。


 第一試合の玉入れ競争ではグラウンドのいたる所に籠が設置されたが、今回はたった一つだけ、頭上よりだいぶ高い位置に、頭一つ入るだろうかというほどの網が備え付けられた。

その網は上部と底が抜け、長い持ち手で支えられており、運営係の生徒が持ち手の根元を土の上で一生懸命に抱えている。

「次の競技が始まります。代表者二名はグラウンド中央までお越しください」

アナウンスが響くと、グラウンドの端に立っていたヘンナが言った。

「さすがにまだ一回も出てないからこれには出場しないとなぁ」

「午前の競技はこれが最後だもんね」と、コチニール。

「うん」

「じゃあヘンナと、あと一人誰が出る?」

コチニールがその場のメンバーを見回した。

「私がまた出ても構わないぞ」

顔を洗って戻ってきたマゼンタが手を挙げる。が、

「私も大丈夫ですよ」

マロウ王子もすかさず声を上げた。

マゼンタはちらりマロウに目をやる。

「いえいえ、マロウ殿下はさっき出ていただいたばかりなのでっ」

コチニールはふるふると首を横に振った。

(また蛇掴み競争みたいなのだったら申し訳ない……!)

彼はそのことが気になって仕方なかったのだ。

「マゼンタもいいよ、出たばかりでしょう?」

「でも……」

言いかけて、不意にマゼンタの脳にとある考えが浮かんだ。

(あ、そういうことか)

少女は兄に向かって言う。

「コチニールが出たいならもちろん快く譲る」

「そうなんですか?」マロウ王子が目を僅かに丸くした。

「あ、いや、そういうわけではないんですけど」

マゼンタとマロウ王子にばかり頼るのはどうかと思うし。

コチニールが悩んでいると、

「ならば私もあなたにお譲りします」マロウ王子も彼の肩を押した。

「あ、で、では……」

と言いつつ、二人のような活躍が出来るかどうかはちょっと不安なんだけど……

コチニールはずっと黙っている葡萄に顔を向ける。

「葡萄、僕が出ていい?」

「はい、コチニールにお任せします」

眼鏡の彼は即答だった。

「わかった、じゃあ僕とヘンナで行ってくるね」


 コチニールたちが相談を重ねている頃、少し離れた所では緋色たちのチームも、次の競技に誰が出るかを話し合っていた。

「おーしっ!じゃあ誰が出る?」と、ビスタ。

ラセットも「この中でまだ出てないのって……」

緋色、ビスタ、ラセット、マルーンの視線が柑子に集中する。

「はい、私です……」

柑子王子がぐったりとうなだれた。やっぱり出ないとダメかぁ……

「じゃあ王子が出るならオレも出るよ」

緋色は友人を支えようと笑顔で提案する。ところが、

「ちょっと待て、おまえはさっき出たばかりだろ。だからこの競技は俺が出る」

両腕を組んだビスタがそう言い放った。

「え……」と、柑子。

「マジ?」ラセットは啞然とする。

「マジだ」

「それはいいけど、柑子王子とで大丈夫?」

「う……」

緋色の確認にビスタはうめいた。

柑子とビスタが互いの顔を見合わせる。

(確かに若干の、いやそれ以上の心配要素ではあるが……)と、ビスタ。

(この大きなビスタさんと私が、出場……)と、柑子。

二人はしばしの間固まった。

「けどここは絶対に負けられないからな。ガキに任せるわけにはいかねえよ」

ビスタはそう言い捨てると、グラウンド中央へ一人歩き始める。

「もうっ!ガキじゃないったらっ!」緋色がビスタの背中に喚いた。

「ビスタ頑張れよー!」と、ラセット。

柑子はチームメンバーを見回すと、

「い、行ってきます」声を震わせて告げた。

「うん、王子ならまあなんとかなるよっ」緋色が軽く励ます。

なんとかって……柑子は心の中でそう思いつつ、心もとない足取りでビスタの後を追った。

「殿下頑張ってくださいっ!」

マルーンが柑子の背中に声を掛ける。

「あの二人でホント大丈夫なのか?」ラセットは誰ともなく呟く。

緋色はそれに対しこう答えた。

「うーん、わかんねえ」




















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