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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
95/130

第94話 体育祭


 グラウンドでは教師や運営係の生徒たちが、玉入れの籠と布製の玉をせっせと運んで片付けている。

競技はまだ始まったばかりだ。これからまだ何種目も控えている。

 都立チョウサイ軍事学園の恒例行事、新入生による体育祭が今年も幕を開けた。

上級生は通常通りの授業を行っているが、学園の中央棟を根城とする新入生は、毎年このグラウンドで目いっぱい体を動かし、チームメンバーとの親睦を深めるのだ。

 チームは基本的に五人編成で、だいたいが必修クラスのメンバーで構成されている。

しかもメンバーを決めるのは本人たちではなく、教師陣による厳選らしい。

そのため生徒たちが盾突くわけにもいかず、チームメンバー同士協力しながら良い成績を収める必要があった。

 紫星(むらさきぼし)からやって来たマロウ王子はマゼンタ、ヘンナ、コチニール、葡萄(えび)の四人と向かい合っていた。勿論全員揃いの茶色いジャージ姿で。

「大丈夫です、次勝てば何も問題ありません」

マロウ王子は微笑みながら言った。

しかし他の四人は王子の言葉よりも、彼の服装に目が行ってしまう。

(ジャージが全然似合ってない……)

普段は白い制服姿で、それならばまだ見られぬこともないが、さすがに紫星の王子に茶色のジャージは……

が、当の本人はそんなことを全員に思われてるとは知らず、微笑み続けている。

 コチニールが口角を引きつらせて答えた。

「そ、そう言っていただけると、ありがたいです」

ヘンナも気を取り直して、「まだ一回戦目だし、これから挽回すればいいのよっ」

「うん、そうだよね」とコチニール。

「それよりもさ……なんであたしたちのチームに王子が入ってるわけっ⁈」

ヘンナの叫びにマロウ王子は朗らかに微笑んだ。

「この体育祭は五人のチーム戦だからな」マゼンタが説明する。

「だからってなんでよりによってマロウ王子⁈」

「決めたのは先生方だしその理由を聞かれても」コチニールが素直に述べる。

「そりゃそうだけどっ」

「マロウ殿下は女子生徒からはものすごく人気がありますし、男子生徒からは(うと)まれるか恐れ多くてまともに近づいたり話しかけることさえ出来ず、よって女子生徒のチームに参加していただくとなると彼女たちは競技に集中出来ませんでしょうし、逆に男子生徒のチームであれば上手くコミュニケーションを図れるかどうか。その点私たちは守人(もりひと)で王族の方々との接触には気を遣うことが出来ますし、ヘンナに関しては殿下にはそれほどの興味もなさそうなので私たちのチーム編成が組まれた、といったところでしょう」

葡萄の解説にヘンナが口を呆けた。

「よく考えてるわね」

「さすが葡萄」コチニールがにこりとする。

「ご配慮とご説明いただきありがとうございます」

マロウ王子が眼鏡の彼に礼を述べると、

「いえ、私は別に……」

葡萄は思わずマロウ王子から顔をそらした。

そんな彼の様子にマロウは微笑み、反対にマゼンタは紫星の王子をじっと見つめた。

「で、僕たちのチーム編成はわかったけど、緋色(ひいろ)たちのチームは……」

コチニールの言葉に、マゼンタたちは顔を横へと向ける。

自分たちから少し離れたその先で、緋色、ビスタ、ラセット、柑子(こうじ)、マルーンが輪になって歓喜していた。

「イェーイっ!玉入れ勝ったあっ!」

「おーよっ!」

ビスタは緋色と両手でハイタッチをする。

柑子王子は二人の行動に目をパチパチとさせた。

(いつの間にビスタさんとこんな仲良く?)

緋色とビスタはいつも口喧嘩のようなものを繰り広げていた。授業中も、休み時間も、放課後も。

なのに体育祭で同じチームになったら、なぜかあっという間に打ち解けている。

柑子にはそれが摩訶不思議だった。

ビスタが言う。

「俺たちの手にかかりゃ圧勝よっ!」

「だよねーっ!ビスタもラセットもやるうっ!」

「当ったり前だろっ!」

「だろっ!」ラセットが久々にビスタの言葉を真似た。

彼らはそれぞれ思っていた。

柑子は(ビスタさんたちと同じチームになってどうなることかと思ったけど)

ラセットは(緋色や柑子王子と同じチームになるなんてどうなることかと思ったけど)

ビスタは(このガキと同じチームになるなんてありえねえと思ったけど)

緋色は(マゼンタたちと別々のチームになったからまた戦えるじゃん!)

マルーンは(柑子殿下、楽しそうで何よりだな)……と。

 緋色がチームメンバーを見回して言う。

「オレたちで、一位狙うよっ!」

「おーっ!」緋色たち五人が右手を掲げて意気込んだ。

 そんな彼らの様子を、マゼンタたちが離れた所から眺めている。

「一致団結してる……」ヘンナが啞然とした。

コチニールも苦笑いで「元気だなぁ」

「オッサンみたいなこと言わないでください」さすがに葡萄が突っ込む。

「あはは」

マゼンタは緋色を眺めながら思った。

(緋色は誰とでもすぐ仲良くなる。だから一致団結させるのが早い。奴の才能だな)

彼女が少年をそう評価しているすぐ側で、マロウは密かにマゼンタの横顔を見つめていた。


 教師と運営係の生徒たちがグラウンドの中央に、巨大な長方形の物体を重そうに運び込んでいる。

底にタイヤがいくつも付いたその物体は、橙色の分厚いシートで全体が覆われ、中はどうなっているのか一目ではわからない。

が、無情にもグラウンド全体に運営側の生徒によるアナウンスが響き渡った。

「次の競技が始まります。各チーム代表者二名はグラウンド中央までお越しください」

 それを聞いたマゼンタは一歩前に歩み出る。

「次は私が出る。ヘンナ、行くか?」

彼女がヘンナを振り返ると、いつもなら威勢のいい友人が途端にぎょっとした。

「え゛っ⁈や、今回はやめとく……!」

マゼンタはヘンナの態度をたいして気にも留めなかった。

「そうか、じゃあ……」

彼女が視線を他に移そうとした時だ。

「なら私が」

マロウが一歩歩み出る。

「え゛っ、マ、マジ……?」ヘンナの額に汗が滲んだ。

「はい。コチニールさんと葡萄さんは先程出場したばかりですし、私が出ます」

王子はそう言うとマゼンタの隣に立つ。そして彼女を見下ろし、

「さあ、参りましょう」

マゼンタよりも先にグラウンドへと歩き出した。

赤紫色の少女はマロウの後姿を観察しつつ、彼の後に続く。

「マロウ殿下頑張ってくださーいっ!」

コチニールが笑顔で手を振った。

「まあ、殿下なら運動神経抜群みたいだから何があっても大丈夫だよね」

余裕のコチニールに対し、ヘンナが恐る恐る口を開く。

「あのさ、次の競技、アレ(・・)なんだけど……」

「え?」

ヘンナがコチニールに耳打ちする側で、葡萄はマロウ王子とマゼンタの後姿を意味深な表情で見送っていた。

 さらに、彼らから少し離れた所では、緋色もマゼンタの姿を目で追っていた。

緋色はチームメンバーに叫ぶ。

「次オレ出るっ!いいでしょっ⁈」

「ど、どうぞどうぞ」ラセットが賛成する。

ビスタも「お、おう、おまえにピッタリだと思うぞ」と、少年の背中を押した。

「っしゃっ!じゃああと一人!王子、行こっ!」

緋色に誘われた柑子はぎょっとして、

「い、いやっ、私は今回はちょっと遠慮して……!」

「なんだよっ!絶対に一人一回は午前の競技に出なきゃいけないんだぞっ!」

「わ、わかってるよ、でもこの競技だけは出るわけには……!」

「ええっ⁈じゃあ……」

緋色は仕方なくビスタとラセットを見上げた。

ところが二人ともブンブンと顔を横に振って、

「いや、俺はさっき出たばっかだから」

「お、同じくっ」

「なら……」

緋色、柑子、ビスタ、ラセットが残りのメンバーに視線を向ける。

「え?」

マルーンがポカンとしながら四人を見回した。


 グラウンド中央に鎮座した長方形の物体の周りに、代表の生徒たちがだんだんと集まってくる。

だが彼らは皆一様に浮かない顔で、その足取りは(かせ)がついているのかと言わんばかりに重かった。

マゼンタとマロウ王子は既に長方形の物体の前に並んで立っていたが、二人は他の生徒とは違い、いつも通りの無表情といつも通りの微笑みを浮かべていた。

そこへ緋色とマルーンが彼女たちの側にやって来る。

「緋色、おまえも出るのか」

少年の姿を確認したマゼンタが尋ねた。

「おーよっ!マゼンタが出んのにオレが出ないワケないだろっ!」

「しつこい男だ」

「しつこくないっ!」

「お二人はいいライバルなんですね」微笑んだマロウ王子が言った。

「まあ」

マゼンタは思う。

自分はクリムスン家の娘、緋色は茜色(あかねいろ)家の息子。だからライバルと言ってもおかしくない。一応家は統合したことにはなっているが。

緋色がマロウ王子に言う。

「オレたちは友達でライバルな最高の関係なんだ!」

「そうなんですか」

「だからオレはどんな競技でもマゼンタには絶対に負けない!心しておけっ!」

「はいはい」マゼンタが呆れたように答える。

「〝はい〟は一回!」

「はーい」

「おまえマジ真剣にやれよっ!テキトーに力加減とかすんなよっ!」

「わかってるよ」

マゼンタは緋色にそう返しつつ、隣のマロウを一瞥した。

マロウ王子は相も変わらず微笑みを浮かべている。

 と、若干口角を引きつらせながらも一応笑っているマルーンが囁いた。

「でもこの競技って、アレ(・・)だけどね」

「え?」と緋色。

アレ(・・)とは?」

マゼンタがマルーンに尋ねたその時だ。

グラウンド中にアナウンスが流れた。

「では、第二回戦、蛇掴み競争を始めたいと思います」

長方形の物体を覆っていた橙色のシートが、教師と運営係の生徒たちによって一気にはがされた。

中から出てきたのは、濁った水が張られた透明の()()だった。

水の中は不透明で何も見渡せないが、大量の何かが泳いでいるのは目視可能で、それらが動くたびに水面が波打っている。

マゼンタ、マロウ、緋色、マルーンの四人は一様に言葉を失った。

 マゼンタとマロウ王子のチームメンバーであるコチニールは、グラウンドの端で愕然としている。

「ヘビ……?」

「そーよっ!だから絶対出たくなかったのっ!」

ヘンナが汗の噴き出た両手を握って叫んだ。

「そ、そんな競技に、マゼンタはともかく、マロウ王子を出場させるだなんて……!」

「だって本人が出るって言うからっ!」

コチニールは愕然としたままグラウンドに視線を戻す。

「マロウ殿下……!」

コチニールが息を呑む隣で、葡萄は冷静にグラウンドを見つめていた。

 コチニールたちから少し離れた所では、柑子、ビスタ、ラセットの三人がチームメンバーを一応応援している。

「ガキども、頑張れ」

ビスタがありえないほどの小声でそう口にすれば、

「がんばれー」

ラセットも顔中を引きつらせて言葉を発する。

柑子に関しては両手を合わせて拝む始末だった。

「ごめん、緋色、マルーン」


 グラウンドの中央では、代表の生徒たちがぎゃーぎゃー言いながら生け簀を覗き込んでいる。

皆当然ながら蛇など掴みたくはないし、ましてやこの何十匹泳いでいるかわからない生け簀の中に入りたくはないのだ。

が、やはり無情にもアナウンスが響く。

「より多く蛇を掴み取って外のバケツに入れたチームが勝ちとなります。代表者の皆様は靴を脱いで生け簀の中にお入りください」

生け簀の側に運営係の生徒によって、いくつものバケツが置かれた。

マゼンタが生け簀を覗いて呟く。

「蛇……」

「マ、マジか……」さすがの緋色も腰が引けている。

「怖気づきました?」

マロウの言葉にマゼンタは隣に立つ彼を見た。

マロウ王子は恐れを知らないのか、いつも通りの微笑みを浮かべている。

「いや」

マゼンタはそう返すと、ジャージの袖をまくった。

彼女の行動に合わせて、マロウも袖をまくる。

「なんだよヘビぐらいっ!」緋色が額に汗を滲ませながら靴を脱いだ。

 そこへ教師のチェスナットがマロウ王子の元へと慌てて走ってくる。体術クラスの初日に授業を覗きに来ていたイケメン教師だ。

「マロウ殿下!」

呼ばれたマロウはチェスナットを振り返った。

「本当にこの競技に出場されるのですか⁈」チェスナットは王子に確認した。

「はい」

「しかしこの競技は……!」

「わかっています。でも大丈夫ですよ」

マロウ王子は答えながら赤紫色の少女を見やる。

マゼンタは靴を脱いで、ジャージの裾を太ももまでまくり上げていた。

マロウはチェスナットに告げる。

「皆さんも出場されるのですから」

 マゼンタたちがやる気満々で準備をする中、他の代表生徒は生け簀の中を恐る恐る覗き込んだまま動こうとしない。

見かねた審判の丁字茶(ちょうじちゃ)は、自らはしっかり生け簀から距離を取って彼らを促す。

「さあ始めるわよ!みんな中に入って!」

「うぇーっ……」

「マジでぇ……⁈」

他の生徒たちが渋る間にも、マゼンタは生け簀に手を掛け、さっさと中へ入った。

(程よい、(ぬる)さ)

生け簀の水は太陽に熱せられているせいか、それとも蛇たちが過ごしやすいように最初からこの温度にしてあるのか、とにかく生温かった。

生け簀の中に立ったまま蛇の気配を確認する彼女を見た丁字茶や他の生徒たちは、もはや口をあんぐりとさせている。

「さすがあの子は肝座ってるわね……!」丁子茶が呟くと、

「っしゃーっ!」

緋色も生け簀の中に思い切り飛び込んだ。

そのせいで少年の周囲に水しぶきが上がる。

「ううううっ、何かが足元で動き回ってるぅっ!」

緋色はぞわぞわとしながらもその感覚に必死に耐えた。

そしてチームメンバーを振り返ると、

「マルーン!ほらおまえも入れって!」

「……はぁい」

なんてこった……

そう思いつつ、マルーンも恐る恐る生け簀の中に爪先を入れた。

そしてそのまま、何とか、体重を生け簀の中へと移動させる。

が、生け簀の中に立った途端、マルーンの体は拒否反応を示し、その場で固まってしまった。

 生け簀に慣れたマゼンタはというと、チームメンバーのマロウを振り返り視線を送った。

彼は微笑んだまま生け簀に手を掛けると、余裕の表情で中へと入る。

マロウ王子はマゼンタと真正面から対峙した。

泥水を搔き分けながら二人の間にやって来た緋色が言う。

「え、なんでおんなじチームでケンカしそうな勢いなの?」


 中央棟の校舎前に設置された教師陣のためのテント下では、彼らが折り畳み式の椅子に座って扇子で顔を扇ぎ、ひたすら雑談を重ねている。

その中には銃クラスの焦茶(こげちゃ)と、救命措置クラスの檜皮(ひわだ)も交じっており、二人も同様に世間話をしていたが、ちょうどそこへグラウンドに出ていたチェスナットが走って戻ってきたのだった。

「どうでした、紫星の王子様は?」

焦茶がチェスナットに尋ねる。

「やはりこの競技に出場されるそうです」

「勇気あるなぁ」

焦茶が感心する隣で、新人の檜皮が確認する。

「あの、もしかして競技の内容がよくわかっていらっしゃらないのでは?」

「それはないと思いますが」

 すると焦茶が何かを閃いた。

「そもそも蛇という生き物を知らないのかもしれませんね。紫星にはいないとか」

「ありえそうです」檜皮もうなずく。

「とにかく無事に終わればよいのですが」チェスナットがグラウンドを振り返った。

「何かあったらただでは済みませんからね」焦茶もグラウンドに視線を送る。

 その時、彼らのすぐ側でゆったりとした笑い声がした。

焦茶たちが笑い声の主に顔を向けると、長いショールを全身に巻いたような服装の小柄な男が近づいてくるところだった。

「学長」焦茶が茶鼠(ちゃねず)を見上げて言った。

「なんの、心配には及ばんよ」

「しかし……」チェスナットが反論しようとするも、茶鼠学長は朗らかに述べる。

「マロウ殿下はその辺りの危険も充分承知の上でこの学園にご入学なされたはず。じゃからワシらがそこまで案ずる必要はない」

茶鼠は絶対的な確信をもって微笑んだ。

 グラウンド中央の生け簀では、生徒たちがビビりながら、何とか中に足を踏み入れている。

だが彼らとは対照的に、マゼンタは足元の気配に集中し、マロウは微笑みながら足元を見つめ、緋色は冷汗を垂らしながら足元を凝視し、マルーンは引きつった笑顔のまま直立不動で固まっていた。

 やがて、時はやって来た。

生け簀からしっかり距離を取った審判の丁字茶が声を張る。

「では、よーい……はじめっ!」




















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