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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
94/130

第93話 私とどこかで会ったことがないか?


 マゼンタたちは男をいっせいに見上げた。

男は中肉中背で、よく焼けた肌にウェーヴのかかった顎までの髪、その髪と瞳の色は淡い橙色をしている。

「誰あんた?」緋色(ひいろ)が聞いた。

「オレ?オレはこの学園の特別スペシャル顧問の洗柿(あらいがき)様だ、よろしくなっ」

「特別」とマゼンタ。

「スペシャル?」とコチニール。

同じ意味じゃないですか……葡萄(えび)が呆れた。

「なんの顧問?」緋色が尚も聞く。

「だからぁ」

すると厨房のほうから、窓ガラスが割れんばかりの大声が響いた。

「こらあっ洗柿っ!いつまでサボってんだこのボケがあっ!」

洗柿は父柿渋(かきしぶ)の怒鳴り声に、ギクッとなってその場にしゃがみ込む。

「さっさと戻って手伝えクソガキっ!」

マゼンタたちはテーブルの下に身を隠している洗柿と呼ばれた彼を、じーっと見た。

彼は頬を引きつらせて、「あははは、元気のいいおじさんだね、まったくもう困っちゃうよ」

「特別スペシャル顧問て、厨房の?」緋色がやっと気づく。

「みたいだね……」

マルーンがにこっと微笑んだ。


「あの、戻らなくていいんですか?厨房に」

「いいのいいの、いっつもこき使われてんだからたまには休まなきゃ、ねえ」

「はあ」

コチニールは一応洗柿のことを心配したが、彼は全く(こた)えていないようだ。

これが守人(もりひと)の家だったら絶対にありえない。父、すなわち頭首の命令は絶対なのだから。

コチニールは恐らく一般人であろう洗柿のことを、何だか微笑ましく思った。

 マゼンタたちは今も学食の同じ席に座っている。

彼女たちのテーブルにはそれぞれ食事が乗ったプレートが置かれていたが、その中身のほとんどはもう跡形もない。

「で、オレたちに何の用?」

緋色がテーブルの下にしゃがみ込んで身を隠している洗柿に尋ねた。

「だからさ、別の星からやって来た派手な子たちが楽しそうに話をしてたから何してんのかなぁと思って声かけてみたのよ」

「僕らは別に派手じゃ……」と、コチニール。

「オレも派手じゃねえよ」と、緋色。

「私もだ」と、マゼンタ。

(充分派手です)柑子(こうじ)とマルーンは思った。

(特にあなた方が)さらに葡萄が付け足す。

マゼンタは言わずもがな異様に鮮やかな赤紫色だし、緋色は黄みの鮮やかな赤色だし、コチニールも紫がかった赤色ではあるが、やはりその鮮やかさはかなりのものなのだから。

ところが洗柿は少年少女の否定などどうでもいいように先を促す。

「なになに、なんの話で盛り上がってたの?」

「え、なんだっけ?」緋色が口を(ほう)けさせた。

「忘れたのっ?」突っ込まずにはいられないコチニール。

緋色らしいですね……葡萄は軽く溜息を漏らす。

 が、マゼンタだけはテーブルの下に隠れる洗柿を、なぜかじっと見つめていた。

「ああっ、思い出した!オレのテストの点数がメチャクチャ悪かったからどうしようって話し合ってたんだ!」

緋色が思い出したところで、(あれを話し合いと言っていいのか……)マルーンは口には出さずに感想を言った。

「緋色」

「ん?」

柑子に呼ばれて、緋色は王子に顔を向ける。

柑子は神妙な面持ちで言葉を選びながら述べた。

「君の案はとても素晴らしいと思うけど、でもやっぱり現実的じゃないよ。だから、怖いけど、私は……自分の力で体術クラスを受講する」

それを聞いた途端、緋色の目の前が真っ暗になった。

どうして、そんな簡単に、諦めるんだ……⁈

逆にマルーンは感動のあまり「殿下……!」と、両手の指を組み合わせ目を輝かせている。

コチニールと葡萄に関しては(当然でしょうねっ)と、顔を引きつらせていた。

 と、テーブルの下に隠れていた洗柿が急にポカンとして、

「デンカ?え、殿下?え、まさか……柑子殿下っ⁈」

「はい」

柑子は穏やかな微笑みで洗柿に答える。

その瞬間、洗柿は後頭部から顔面を後ろに吸い込まれるような表情になった。と思ったら、恐ろしい速さでテーブルに両手を揃え、額をその上に打ち付けるように頭を下げた。

「本当に本当にご無礼を申し訳ございませんでしたっ!まさかこの星の王子様、いや柑子殿下が目の前にいらっしゃるだなんて夢にも思わなくて、確かに今年ご入学されたと風の噂で聞いてはいたんですけど、マジでいらっしゃられただなんてマジマジ思わなくてっ!」

その場の全員が呆然とする。

「とにかく本当に本当にマジ申し訳ございませんでしたっ‼」

洗柿の謝罪に皆が言葉を失った。

(この人気づいてなかったんだ……)コチニールは苦笑いで、

(まあわかる気するけどな)緋色は彼をねぎらい、

(殿下に対してその言葉遣いはいかがなものかと)葡萄は彼を細かく査定した。

柑子は、

「あ、構いません。よくあることなので」

そうは言ったものの、

(私はマロウ王子とはオーラが違いすぎますし、そのことは自分でもよく理解しておりますし……)実は内心いじけていた。

「しかしぃ……!」洗柿は声を震わせる。

本当はものすごく小心者なのだろうか。彼の態度に柑子王子は穏やかに口を開いた。

「どうぞ頭を上げてください。いつもあなた方のおかげで、私たちは皆美味しいお食事をいただいて、毎日健康に学園生活を送ることが出来ているのですから」

コチニールと葡萄が目を見開いた。反対にマルーンは微笑みを浮かべる。

「王子……」緋色がぽつりと呟いた。

こいつ、ダメ王子かと思ってたけど、実はめっちゃみんなのことちゃんと見てて、ありがとうって感謝の心を持ってたのか……

今さらながら緋色は、柑子王子が王子らしい一面も持っていることに気がついた。

「だからもう……」

柑子が洗柿に手を差し伸べようとした、その時、

「そんな滅相もないっ!こんな学園の料理、宮廷料理に比べたらマジクソですからっ!」

彼は突然頭をガッと上げて言い放った。

「あ……」

さすがの柑子王子も言葉に詰まる。

(殿下も今それを召し上がりました……)コチニールは思ったが、決して口には出せない。

柑子は慌てて洗柿に答える。

「い、いえ、そんなことはありませんよ。とても美味しいです」

「そんなお世辞なんていいんですよっ!親父たちつけあがりますからっ!」

お世辞て……葡萄がもう何も言えないように頭を抱えた。

「本当にどのお料理も美味しくいただいておりますよ」

「いやいやいやいやっ、全メニューおんなじ味付けしか出来なくてっ!」

「そんなことはっ」

「そうなんですよっ!ものの一つ覚えってゆーかなんてゆーかっ!」

「そ、そんなことは……」

柑子王子と洗柿のやり取りを見て、コチニールと葡萄は呆れている。

「なんかこういうの懐かしいね」コチニールは遠い目をした。

葡萄も「赤星(あかほし)でよく見られますからね、特に紅国(くれないこく)で」

 二人が祖国を懐かしんでいる間も、柑子と洗柿の言い合いはまだ続いている。

「素材の味も充分に生かされていると思いますし、何より栄養価が高いですよねっ。運動をする私たちにはピッタリというかっ」

「一回味付けが濃いってクレームが来ちゃって、それ以来ほとんど調味料使ってないんスよ」

「う、薄味なのは健康にいいと思いますよっ」

「濃くするとそれだけ手間がかかりますから工程を極力抑えてるんスよねー」

「けれど、その分働いている方に負担がかからないのは、素晴らしいと思いますっ」

「でも若干サボってる気配ありますよね、オレが言えることじゃないんスけど」

「え、えっと……」

柑子王子がどう言い返していいか迷っていると、

「あの」

しばらく黙っていたマゼンタが洗柿に向かって言った。

その場の全員が彼女に注目する。

「ちょっといいか」

柑子が安堵のあまり脱力する。(マゼンタさん、助かりました……)

赤紫色の少女はテーブルの下にしゃがんでいる彼を見つめて言う。

「洗柿」

彼の心臓がドキッと音を立てた。

「う、うっス」

な、なんだこの美人の姉ちゃんはっ……⁈赤人(あかひと)の超美女が入学したとは聞いていたがっ……!

洗柿が目を血走らせて今一度相手を凝視すると、彼女は言った。

「私とどこかで会ったことがないか?」

「えっ?」

コチニールが驚いたのと同時に、洗柿は頭と耳から蒸気を吹き出して後ろに倒れた。

「ちょっ、洗柿さん⁈」

「大丈夫ですか⁈」

彼に近い席に座っていた柑子とマルーンが駆け寄り、葡萄も一応後に続く。

洗柿は床に仰向けで倒れ目を回しながら、ピクピクと痙攣していた。

「失神してる?」

葡萄が啞然とする側で、コチニールは妹に詰め寄っていた。

「マゼンタどういうことっ?いつどこでこの人に会ったの?学園内でっ?」

「いや、それが……」

わからない。

学園に来てからなのか、それ以前か……

でも、こいつの顔はどこかで見たことがある気がする。

 マゼンタが首を捻っていると、洗柿がゆっくりと上体を起こした。

「起きた!」と、マルーン。

柑子も「洗柿さん……!」

「大丈夫ですか?」葡萄も一応確認する。

「ダイジョウブデス……」

洗柿はクラクラしながら答えた。

そして、マゼンタのほうを見上げると、

「オレとあんたが会ったことがあるかだって……?そんなの……あるワケないだろっ‼」

葡萄、柑子、マルーンの三人は彼のあまりの大声にビクッとなる。

洗柿は呼吸を整えながら思っていた。

(こんな美女と会ってたらさすがのオレでも忘れるワケがねえっ‼)

鼻息を荒くする彼を見たマゼンタは、

「そうか」いつもの無表情で呟く。

「マゼンタの勘違いじゃない?」と、冷静さを取り戻したコチニール。

「かもな」

「でも」そう言いながら洗柿は立ち上がり、

「オレを誘ってくれてありがとなっ」瞼を細めて歯をチラ見せさせて腰に手を当てると、彼女に礼を述べた。

その瞬間、場がしんとなる。

「誘う?何に?」

マゼンタは洗柿に尋ねた。

「デートだよっ、今の誘い文句だろ?〝どこかで会ったことない?〟ってヤツ」

コチニール、葡萄、柑子、マルーンが愕然とした。

「デート?」と、マゼンタ。

洗柿は心躍らせて、

「オ、オレならいつでも空いてるから、き、君の授業の予定に合わせてやっても、構わない、ってゆーかなんてゆーか……」

マゼンタは呆然とした。

こいつは何を言っているんだ?

途端にコチニールが椅子から立ち上がる。

「マゼンタはそういう意味で言ったんじゃないんですっ!」

洗柿を介抱するためにしゃがんでいた葡萄も慌てて立ち上がると、

「そうですっ!あなたを誘ったわけではなくただ単純にどこかであなたをお見かけしたから聞いてみただけであって!」

「え?」と、洗柿。

マゼンタも真実を述べる。

「コチニールと葡萄の言う通りだ。確かに私はおまえをどこかで見たことがあるような気がするが、そのデートとやらに誘ったわけではない。勘違いをさせたなら申し訳なかった」

「そ、そなの……?」

目をパチクリとさせた洗柿の側で、コチニールと葡萄がほっと溜息をついた。

床にしゃがんでいた柑子とマルーンは、若干呆れたようにテーブルの席へと戻る。

洗柿は頭の後ろに手を当てて、

「あっ、あっ、あっ、じゃ、じゃああれだっ、あ、赤星にオレの兄貴が行ってるから、それでどっかで、見かけたのかもしんないなーなんて……!」自分の失態をひたすら隠すように髪を撫でつけた。

「兄?」と、マゼンタ。

コチニールも席に着いて、「紅国にいるんですか?」

「いや、紅国じゃなくて朱国(しゅこく)なんだけど……」

「朱国か」

「一瞬テレビに映ったとかじゃないんですか」席に戻った葡萄が言う。

「そうかもしれないね」と、コチニール。

「テレビ……」

マゼンタが記憶を思い返す。

紅国のクリムスン家にいた時、テレビはほとんど見なかった。

王宮の楽坊にいた時も部屋にテレビはなく、楽器の練習にばかり追われていた。

もし画面で見たとすれば、赤星武闘大会会場の、大画面……

彼女がそこまで思い返すと、

「そんなことよりさあっ!」

緋色が大声でまたテーブルに突っ伏す。

「オレの筆記テストはどーすりゃいいんだよおっ!柑子王子との入れ替え作戦が使えないってことは自力で頑張るしかないってことじゃんっ!」

しばらく静かだと思ったら、少年はそのことを一人悶々と考えていたらしい。

「そうなるね」コチニールが苦笑いで答える。

葡萄は「というか当たり前でしょう。自分でやらなきゃ自分の為になりませんよ」

「うあーんっ‼」

緋色は顔を上げて泣きべそをかきながら(わめ)いた。

 すると柑子が優しく告げる。

「緋色、一緒に頑張ろう。君は筆記テストを、私は体術クラスを」

「王子……」

少年と王子が瞳を潤ませて見つめ合っていると、

「何も学園生活はそんな辛いことばっかじゃないぞ」

「え?」と緋色。

「ほら、もうすぐあのイベントがあるじゃねーか」

「イベント?」

洗柿の言葉に、マゼンタは微かに首を傾げた。




 生徒たちの運動着は上下揃いの茶色いジャージだった。

地面に吹っ飛ばされ土まみれになる体術クラスでさえ普段通りの白い制服姿なのに、どうしてこの時ばかり運動着なのだろう。

生徒たちは最初こそブツブツと文句を言ったが、今や皆、目の前の競技に夢中になっている。

 中央棟の前にあるグラウンドには、所々に頭上高く掲げられた木の皮で編んだような籠が設けられ、地面には布で出来た小さな玉がいくつも散らばっていた。

その玉を選抜された数十名の生徒が二人ペアとなり、籠に一生懸命投げ入れているのだ。

残りの生徒はグラウンドの端で玉を投げる彼らを応援し、校舎側に設置された白いテントの下では、教師陣が椅子に座って扇子で顔を扇ぎながら、競技にいそしむ生徒たちをゆったりと眺めている。

 玉を投げ入れる生徒の中には、コチニールと葡萄の姿もあった。また二人から少し離れた場所では、ビスタとラセットも別の籠に玉を投げ入れている。

彼らは熱い太陽が照らす地面の上で汗を垂らしつつ、玉を必死に投げ入れた。

 グラウンドの端では、生徒たちに紛れたヘンナが大声を張り上げている。

「コチニール!葡萄!頑張ってっ!」

その時、グラウンドの真ん中に立っていた丁字茶(ちょうじちゃ)が笛を吹く。

「はいそこまでっ!」

今日も女装姿がキマっている丁子茶の合図と共に、玉を投げ入れていた生徒たちが息を切らしつつ籠から少し離れた。

「今から玉の数を数えるわよ!」

ビスタとラセットが呼吸を整えて、コチニールと葡萄にニヤリ視線を向けた。

コチニールと葡萄は二人の視線に気づきながらも、自分たちの息を整えることを優先する。

丁字茶が叫んだ。「一!」

地面に下ろした各籠の中から、運営係の生徒たちが一つずつ玉を掴んで放り投げる。

せっかく苦労して籠の中に入れた玉は、再度地面へぼてっと落下した。

「二!三……!」

 丁子茶のカウントが続いている。

グラウンドの端でコチニールと葡萄を応援していたヘンナは、両手の指を組んで拝みながら彼らを熱心に見つめていた。

「どうだろ、結構いい線いってたと思うんだけど……!」

「そうだな」

ヘンナの隣に立ったマゼンタが、いつも通りの無表情で答えた。

 丁子茶のカウントはさらに勢いを増す。

その都度籠から玉が地面へと放り投げられるが、だんだんと籠の中身が空になる生徒たちが増えていった。

「三十二!三十三!」

籠の近くに立つコチニールがはっとする。

「僕たちはもう最後だ……!」

しかし丁子茶の声は止まない。

「三十四!」

コチニールと葡萄はビスタとラセットのほうに目を向ける。

ビスタたちの籠には、まだ玉が一つ残っていた。

「三十五!てことは勝者は、ビスタチーム!」

「いえーいっ!」

丁子茶の宣言に、ビスタとラセットは歓喜でハイタッチをする。

「負けた……」

ビスタたちを眺めていたコチニールが呆然とした。

「でも一個差ですから、いい勝負でしたよ」と、葡萄。

「うん……」

葡萄は眼鏡の位置を直しながら、

(この年で玉入れをさせられるとは思ってもみませんでした……)と、溜息をついた。

 コチニールと葡萄が、グラウンド端で自分たちを応援してくれたマゼンタとヘンナの元に戻ってくると、

「ごめん、一個及ばなかった」

コチニールはいの一番に頭を下げた。

「いいよ、ドンマイドンマイ」とヘンナ。

「ああ、二人共よくやった」

マゼンタも兄たちをねぎらうが、コチニールと葡萄は少ししょんぼりしたように顔を見合わせる。

すると、

「大丈夫です、次勝てば何も問題ありません」

マゼンタたち四人は、背後から降ってきた声を振り返る。

そこには、茶色いジャージ姿のマロウ王子が微笑みながら立っていた。




















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