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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
88/103

第87話 トイレでの会合


 今日も新入生が集まる講堂は賑やかだ。

授業前、すっかり仲良くなった者同士があちこちに集まって、他愛もない話で盛り上がっている。

赤星(あかほし)からやって来た毛色の珍しい生徒たちも、ある意味賑やかと言えば賑やかだった。

窓側の前方に赤紫色の少女とその兄、見張り役の年長者が並んで座り、その前の席にはクラスで最年少の男子生徒と豪快な女子生徒が並んで座っていた。

 しかもこの頃はそれだけではない。

クラス一大柄な男子生徒とその友人も、何かと彼らの近くで見かけることが増えたのだ。

今もその二人の男子生徒は彼女たちの前の席に立って、窓際に座る赤紫色の少女を見上げている。

「おいおまえっ!今日こそはそのツラ貸せっ!放課後校舎裏で待ってるから絶対来いっ!わかったかっ!」

ビスタがマゼンタに向けて言い放った。

が、相手は視線をさっと窓の外に移してしまう。

「シカトしてんじゃねーこらっ!」

(いきどお)る友人を見かねたラセットが、彼の腕を掴んだ。

「もうビスタいい加減にしろって……!いくらアイツに負けたからってその本人に稽古を頼む必要ないだろ……⁈」

「稽古じゃねーよっ!タイマンだっ!」

「しかも相手は女子だし、赤人(あかひと)だし、なんかお偉い家の出身らしいじゃん……!そんなヤツと問題起こしたらマズイって……!」

うろたえるラセットにコチニールは苦笑いだ。葡萄(えび)緋色(ひいろ)、ヘンナもすっかり呆れている。

「んんなこた関係ねえんだよっ!俺はあいつを絶対に倒す!それまでは諦めねえっ!」

 ふと、ビスタを眺めていた緋色が何かに気づく。

「なんかこれ、前にも見たことあるような気が……」

マゼンタは思った。

緋色(おまえ)にも言われたからな)

彼女は赤星での出来事をほんのり思い返した。

「ビスタ」

名を呼ばれた彼がコチニールを見上げる。

「マゼンタは緋色と僕の稽古にも時間を割いてるし、自分の勉強もあるし、君にまで手が回らないんだよ」

「るっせえ、外野は黙ってろ」

自分を睨んだビスタに対し、コチニールはぷうっと頬を膨らませた。

どうしてかビスタはマゼンタと自分を特にライバル視しているらしい。

「にしてもあんたみたいな大男がマゼンタに負けるは、ブラウン系の奴が実はか弱い男子で色光(しきこう)になれないだなんてね」

目の前に座るヘンナに言われて、ビスタは思わず拳を握りしめる。

ラセットは、

「ブ、ブラウン系が全員色光使(しきこうつか)いになるなんてそんなの偏見だからなっ!」冷汗を垂らしながら何とか反論した。

「そうなの?」と緋色。

「そうだよっ!別の道に進む奴だって大勢いるに決まってるだろっ!」

「なんだ、そうだったんだ」

ブラウン系であるラセットから直接その言葉を聞いて、緋色はほっとした。

(ブラウン系の全員が色光になるわけではない)

マゼンタも脳内でメモを取る。

「とにかく、校舎裏で待ってるから今日こそは絶対来いっ!わかったなっ!」

ビスタの台詞に赤紫色の少女はまた、窓の外へ視線をそらした。

「シカトすんなっ!」

コチニールが小声で葡萄に確認する。

「これで何週目?」

「三週目ですかね」

「マゼンタモテモテだなぁ」

「もっと違う意味でモテてほしいのですが」

 その時緋色が何かを(ひらめ)いた。

「じゃあさ、オレが相手になってやるよ」

「はあっ?」

「マゼンタに勝つための稽古がしたいんだろ?だったらオレがおまえを強くしてやってもいいぞ」

「え……?」ヘンナとラセットが啞然とする。

ビスタもうんざりして、

「ふざけんなクソガキ、おまえじゃ相手にならんどころか、こっちが犯罪者になっちまうわ」

「なんだとおっ⁈」

「そうよ、マゼンタに憧れるのはわかるけど今はやめときな、ねっ?」

ヘンナも隣に座る少年を引き留めた。

(緋色は充分強いんだけど……)とコチニール。

(なんか誤解されてる?)とマゼンタ。

(見た目はただの子供ですからね)と葡萄。

マゼンタたちがそれぞれ緋色に対し思っていると、当の本人が叫んだ。

「なんでいっつもみんなオレのことガキ扱いするんだよっ‼」



 中央棟に授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

その音と共に講堂から生徒たちがわんさかと姿を現す。皆次の授業に向けて移動を開始したのだ。

コチニールと葡萄とマゼンタも、彼らと同じ方向へ歩いて行く。

次の授業は体術クラスだ。例のごとく、炎天下の中授業が行われる。

が、彼らに続こうとした緋色は、全く反対方向へと走り出した。

「緋色、次外だぞ」

振り返ったマゼンタが言った。しかし少年は、

「ちょっとトイレ!」とそのまま走っていく。

「先行ってるよ」

コチニールが彼の背中に声をかけた。

「おうっ!」

彼は答えると生徒たちの間を縫うように去っていく。

マゼンタたちは緋色に背を向けて、他の生徒たちと共に廊下を進んだ。

 ところが、一人の生徒だけは廊下の角に(たたず)んで、その場から動こうとしない。

それはたった一度だけ、授業中に緋色を助けてあげたマルーンという男子生徒だった。

彼は走り去る緋色の背中をじっと見つめていた。



 学園の男子トイレは綺麗に清掃されている。タイル張りの壁も床も、グラウンドが覗ける正面の窓も、清掃員が徹底的に磨いていた。

緋色が入ったトイレは右側手前に手を洗う洗面台があり、その奥に小便器が五つ連なっている。小便器の向かい側には扉がついた個室が四つ用意されていた。

少年は早速一番手前にある小便器の前に立ち、自作の歌を歌いながら用を足した。

「次の授業は体術クラスだよ~♪今日こそマゼンタと手合わせしてやるよ~♪うっし!」

 彼は心躍らせながら用を足し終えると、颯爽と洗面台に向かう。

そうして蛇口を(ひね)ると、鼻歌を歌い続けながら手を洗った。

 その時だ。どこからともなく念仏のような声が聞こえてきたのは。

「ん?」

緋色は思わず顔を上げた。

確かに、どこからか何かをブツブツと呟く声がトイレ中に広がっている。

緋色は蛇口を閉めて水を止めた。

するとさっきよりもその声の出所がはっきりしたのである。

少年は後ろを振り返った。

他の個室は全て扉が開いていたが、一番手前の個室だけは扉が閉じていたのだ。

呟き声はどうやらその中から発せられているらしい。

「ここから?」

緋色は一番手前の個室へ近づくと、目の前の扉を見つめた。

「あのーもしもし?」

とりあえず声をかけてみる。

だが反応はなく、ただ何かを呟く声だけが響き続けた。

彼は扉をノックしてみる。

「もしもーし、誰か入ってますか?」

緋色は反応を待った。

でもやはり応答はなく、呟く声だけが続いている。

 そこで彼はやっと気づいた。

(もしかして、中で誰か倒れてる⁈)

緋色は扉を激しくノックして叫んだ。

「ねえっ、大丈夫⁈具合悪いの⁈扉そっちから開けらんないのっ⁈」

しかし返ってくるのは呟く声のみだった。

「くっそ!」

こうなったら……!

少年は扉の上の(ふち)を両手で掴んだ。

(緊急事態だからなっ!)

そして素早く自分の体を上へ持ち上げる。

「大丈夫かっ⁈」緋色は個室の中を覗き込む。

中を確認した彼は、大きく目を見開いた。



 中央棟の前にあるグラウンドには、体術クラスを受講する生徒たちが集まっていた。

皆例のごとくだらけて立ったり座ったりしながら、それでも雑談に話を咲かせている。

勿論マゼンタ、コチニール、葡萄、ヘンナの四人も、彼らの中に交じって立っていた。

葡萄が顔から汗を流して言う。

「ああ、あんなに暑かったこの星の天候に慣れる時がやって来るとは」

コチニールも汗を垂らして答える。

「最初の頃よりはだいぶマシになったよね、暑いけど」

「〝暑い〟という言葉を言わないでください」

「そうだね、余計に暑くなるもんね」

葡萄がコチニールに目を細めた。

「え?」

「わざとですか?」

「なにが?」

「〝暑い〟って言わないでくださいって言ったじゃないですかっ」

「え、僕言った?」

「言いましたよ〝暑い〟って……!」

「うそ、ごめん」

「まったく〝暑い〟だなんて……!」

二人のやり取りを眺めていたヘンナが呆れる。

「なんなのこのやり取り」

「暑さでやられたんだ」とマゼンタ。

葡萄が叫ぶ。「だから〝暑い〟って禁止っ!」

「悪い」

マゼンタが一応謝罪した。

そこへ、クラス一大柄な男子生徒と彼の腰巾着が少女の元へやって来る。

「マゼンタ」

彼女が振り返ると、やはりビスタとラセットが立っていた。

ビスタは言う。

「この授業、俺が相手をしてやる。だからかかってこい」

マゼンタとヘンナがげんなりとする。

「あんたねぇ、先生からマゼンタとの取り組みは禁止だって言われてるでしょっ?」

ヘンナはもう何十回目かわからない同じ文言を大男に伝えた。

最初の体術クラスでマゼンタがビスタとラセットをこてんぱんにしてからというもの、担当教師の丁子茶(ちょうじちゃ)から今後彼女たちが授業中に試合をしてはいけないというお達しが下されたのだった。

「そうだよビスタ、またあの時みたいなことになったら……!」ラセットも友人を止めようとする。

だがビスタは絶対に譲らない。

「あん時みたいなことにはなんねーよ!今度は俺がおまえをぶっ倒すからなっ!」

ヘンナが大げさに溜息を吐いた。「あんたも毎回()りないわねぇ」

「そんなんじゃねーよっ!ただこのまま負けっぱなしにしとくわけにはいかねえって言ってんのっ!」

「はいはい。で、どうする?マゼンタ」

ヘンナは隣に立つ少女に顔を向けた。

「断る」

「おいーっ‼」

「これも毎度の流れよね」

ヘンナの溜息がさらに大げさになったことは間違いなかった。



 その頃、緋色が入った男子トイレでは、彼が扉の閉まった個室の中を上から覗いたまま固まっていた。

個室の中には、何をどう考えてもありえない光景が広がっていたのである。

柑子(こうじ)、王子……⁈」

室内にはクラスメイトである橙星(だいだいぼし)の王子が後ろの壁に背中を預けてしゃがみ込み、驚いたように緋色を見上げていたのだ。

「き、君は……⁈」

王子は今にも消え入る声を発した。

「なんで王子がこんな所に……⁈」

緋色はそう言ったが、すぐに前言を撤回する。

「じゃなかった、大丈夫か⁈どっか具合悪いのか⁈」

「具合……」

王子は(うつむ)いた。

「悪いよ、とてもね……」

「マジかっ‼ちょっ、中から鍵開けられる⁈あっ、それとも先生呼んでこようかっ⁈」

すると王子は途端に焦りを見せる。

「い、いいよ、そんなことしなくて……!」

「でもっ‼」

「先生を呼んでもらっても、私の具合は良くはならない……」

緋色は愕然とした。

「そんなっ、そんなに大変な状況なのかっ⁈だったら今すぐ病院に‼」

「そういうことじゃない、そういうことじゃないんだ……!」

「えっ、でもっ、ほっといたらヤバいことに……!」

「そうだね……ヤバいことになるね……」柑子王子は力なく微笑む。

「だったら……‼」

「体術クラスが」

一瞬、緋色がポカンとする。

「え、体術クラス……?」

「そう、体術クラスがヤバいことになるんだ……」

「えっと……なんで?」



 同時刻、グラウンドではビスタがマゼンタに突っかかっていた。

「だから俺と対戦しろって言ってんだろっ!」

「断る」

「なんでだよしつこいなっ!」

「しつこいのはそっちだ」

毎度のことながら、見かねたラセットが割って入る。

「もういい加減諦めなよ、別にコイツじゃなくてもいいじゃん」

「いいわけねえだろっ!女にあんな簡単に負かされてそのままでいいっておまえの神経を疑うぞっ!」

マゼンタはビスタを眺めて思った。

(なんだか緋色二号みたいだ)

彼女たちの会話を聞いていたコチニールが言う。

「マゼンタやっぱりモテモテだ……」

「違った意味でね」と、呆れ果てたヘンナ。

 すると葡萄が汗を吹き飛ばして叫ぶ。

「ああ遅いっ!この炎天下の中何時間も生徒を待たせるだなんて、丁字茶先生はどうかしてますよっ!」

コチニールが言う。「何時間もは言い過ぎ」

ヘンナも「ほんの三十分くらいでしょ?」

「三十分⁈もう授業終わるんじゃないですかっ⁈」葡萄は目の玉を()()く。

「終わんないよ」ヘンナが再度溜息を重ねた。

 ビスタとラセットが揉める隣で、マゼンタは中央棟の校舎に顔を向けた。

それに気づいたコチニールが彼女の隣に立つ。

「緋色来ないね」兄も妹と同じように校舎を見た。

「ああ」

「何かあったのかな」



 マゼンタとコチニールが心配する少年は、未だ男子トイレの中にいた。

柑子王子は扉の閉まった個室の中で、壁に背中を預けしゃがみ込み、緋色はその隣にある扉の開いた個室の中で便座の上にどっかと座り、腕組をしている。

緋色は王子に尋ねた。

「つまり、体術クラスに出るのが怖いってこと?」

「うん」

「なんで?」

緋色は柑子王子が入っている個室の壁に視線を向ける。

「だって、体術クラスに出たらたくさんの人と戦わなきゃならないでしょう?」

「そうだな、体術クラスだからな」

「そんなこと、私には出来ない……!たくさんの人を傷つけることなんて、私には……!」

そこで緋色はピンときた。

「あっ、王子だもんな、そんな危ないこと出来ないよな」

と言いつつ、彼の中に疑問が湧く。

「あれ、でもそしたらなんで軍事学園なんかに入ったんだ?しかも戦闘部なんだろ?」

「私だって、入りたくて入ったわけじゃないんだ……!」

「そ、そうなの?」

オレは楽しくて毎日ワクワクしてるけど。

隣の個室からは相変わらず王子の悲痛な声が伝わってくる。

「事情があって、どうしてもこの学園の戦闘部に入らなければならなくて、でも私には到底無理なんだ……!」

「ふーん。じゃやめれば?王子なんだし無理矢理戦う必要ないじゃん」

「それが出来ればとっくにやってるよ……そもそもこの学園に入学なんてしてない……」

「うーん、なんかよくわかんねーな」

緋色少年は首を捻る。

本当はやりたくないけど事情があってやらなければならないとかって意味不明。

「でも」

少年はその場で立ち上がった。

「もしかしたらその見方、変わるかもよ」

そして便座の上に立った。

「え?」柑子王子がかすれた声を出す。

緋色は隣の個室の上部に手を掛けて壁を跳び越え、柑子王子のいる個室の中にきちんと着地した。

「なっ……⁈」

柑子は目を見開いたまま言葉を失っている。

少年は王子に言った。

「まあ何はともあれ、オレの戦うとこ一度見てみてよ」

緋色は彼の手をぐいっと引っ張る。

「えっ⁈」

少年は王子を立ち上がらせると、個室の扉を思い切り開いた。

「さ、行こ!」

「ちょっ……⁈」

柑子は緋色に手を引かれたまま走り出した。




















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