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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
87/132

第86話 ビスタとラセットの末路


 その光景をしっかりと追えていたのは緋色(ひいろ)だけだった。

「あ」

彼がそう声を漏らす間にも、マゼンタは空中を飛んでいくビスタの横に追いついて彼の腹を殴った。

「マゼンタ……⁈」

コチニールは緋色ほど完璧に妹の姿を追うことが出来たわけではなかったが、明らかにビスタとラセットが劣勢だということは感じられた。

マゼンタは殴った勢いで飛んでいくビスタに飛ぶように追いつくと、また拳を後ろに引く。

その瞬間コチニールが叫んだ。

「マゼンタやめてっ‼」

妹が途端に動きを停止する。

ビスタが地面を引きずるように土埃を上げて倒れた。

「え……また、今、何が、なんで……?」

ヘンナが信じられないように目の前の光景を見ている。

手前にラセットが倒れ、大男のビスタが奥に倒れていた。しかも二人共全く動かない。

「最初にマゼンタがラセットに一発入れて、その後ビスタを蹴り飛ばして、それからヤツに追いついて一発入れて、また追いついて殴ろうとしたとこでコチニールに止められた」

「は……?」

緋色の解説にヘンナは目が点になる。

「緋色見えたんだね……!」コチニールが感心する。

「まあな」

「な、なんなのあんたたち……⁈」

ヘンナが僅かにのけぞった。

 マゼンタはビスタから少し離れた所で彼を見下ろしている。

そんなに力を入れたつもりはなかったのだが。

 そこへ担当教師の丁字茶(ちょうじちゃ)と、たまたま授業を覗きに来ていたチェスナットが、生徒たちを搔き分けてやって来た。

「ちょっとあんたたち何やって……!」

そこでやっと丁子茶は倒れているビスタとラセットに気がついた。

「これはっ……!」

彼は慌ててビスタのほうに走り、チェスナットは倒れているラセットのほうへ近づいた。

「大丈夫かい⁈」

チェスナットがラセットの上体を起こすと、ラセットの目はクルクルと回っていた。

丁字茶は膝をつくようにビスタに駆け寄る。

「大丈夫⁈わかる⁈」

「う……」

「意識はあるわね……!」

丁字茶は生徒たちを振り返って叫んだ。

「誰か!保険医の先生を呼んできてちょうだい!」

傍観していた生徒たちの中から数名が、中央棟の校舎に走っていく。

「で」

丁子茶が立ち上がる。

「あんた、いったい何やってくれちゃってんのよっ⁈」

彼は思い切りマゼンタを睨んだ。

鮮やかな赤紫色の少女が丁子茶を冷静に眺めていた。

なんなのその態度はっ!

丁字茶は彼女に向かってずんずん歩く。

「あたしは言ったはずよねえっ!相手のケツが地面についたらそこで試合は終了だって!それがなんでこんなことになってんのよっ!ええっ⁈」

ラセットの上体を起こしたチェスナットも、マゼンタをじっと見つめている。

「なんとか答えろこの……!」

丁子茶が彼女に迫ろうとした。その時、

「彼女は、ルールを破ってはおりません……!」

葡萄(えび)が彼女たちの間に無理矢理体を差し込んだ。

(葡萄……)マゼンタが僅かに目を見開く。

「はあっ⁈……あら」

突然目の前に割って入った男に丁字茶の頬が染まる。

(この人は……)

丁子茶の瞳の奥にハートマークがほんのり浮かび上がった。

すると、離れた所で事の成り行きを見守っていたコチニールと緋色も葡萄の側に走ってくる。

「そう!ルールは破ってないぜ!」

「ガキは黙らっしゃい!」

丁子茶が緋色にぴしゃりという。

(またガキ扱いっ!)

緋色は地団太を踏みまくった。

「ど、どういうことかしら?」

丁子茶は自分のすぐ目の前に立つ思い人に尋ねる。

「ですから、この試合のルールは相手を体術だけで倒すこと、ですよね?」

葡萄が改めて確認する。

「そうね」

「それは、相手のケツ、いえ、お尻が地面に着くまでの間は、体術でどんなことをしてもいいということになりますよね?」

「そんなことがこの子に出来るわけ……!」

丁子茶が葡萄の後ろに立つ少女に視線を移した。

相手は何も反論せず丁字茶をじっと見ている。

「いえ、出来るんです、マゼンタなら」

葡萄が丁子茶に断言した。

その様子を、ラセットを支えたチェスナットが見つめ続けていた。



 新入生が学ぶ中央棟の二階には職員室がある。

グラウンドに面したその室内は横に長く、窓からの光も充分に差し込んで、教師たちの各デスクがそれぞれ向かい合うように列をなしていた。

デスクの上には紙で出来た本も並べられていたが、だいたいは四角いタブレット端末が置かれたり、中には各教師の趣味や個性が光る品物も飾られている。

それは植物だったり、人形だったり、食べ物だったり、人によって様々だ。

 ちなみに三十二歳、背丈はそれほど高いわけではないが、筋肉が引き締まった男性教師、焦茶(こげちゃ)の机上には大量のマグカップが並んでいる。

肩下までのチリチリとした髪を適当に一つに結んで、Tシャツとラフなパンツ姿、髪と瞳の色は深く優しい茶色の彼の趣味は、そう、マグカップ収集だった。

彼の目の前に並ぶマグカップの形はほぼ同じだが、色やそこに描かれている模様やデザインが同じものは一つとしてない。

焦茶は毎朝そこからどのカップを今日一日使おうかと頭を悩ませるのに、至上の喜びを感じていた。

そうして選び出した一つを今日という人生でたった一度しかない一日に、心を込めて茶を注いで(たしな)んでいたのだ。

ただしカップの中身は職員室に常時準備してある、ただのお茶である。

その熱く茶色く味は決して美味いとは言えないお茶を、本日は白地に橙色の木の実がポツンと描かれたカップに入れて、焦茶は自席へと戻った。

席は職員室のほぼ中央、目の前には大きな窓が並んで、その先に土で整備されたグラウンドが見渡せる。

焦茶はゆったりと席に座って、大切なマグカップの中身を口に運んだ。

 その時、隣席の教師が自分の隣に勢いよく腰掛けた。

「もうっ!」

彼のあまりの勢いに驚いた焦茶は、大事なマグカップの中身をこぼしそうになる。

「あちちちっ!」

中身のお茶が自分の指に見事にかかった。でも入れ物のカップは無事だ。

「新年初授業からこんなのやってらんないわよっ!」

隣席の教師、つまり体術クラスの丁子茶が(わめ)く。

今日も彼の化粧は見事に濃い。

「ああ、聞いたよ、乱闘騒ぎになったんだって?」

指についた液体を適当に服で(ぬぐ)いながら焦茶が尋ねる。

「やった子が赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)とかいう家の子で、やられた子の一人がブラウン系の子で、もう一触即発よっ!」

「ありゃりゃ、それは政治的にヤバい匂いがプンプンするね」

「しかもやった子が女子で、やられたほうが男子二人だったのよっ!」

「えっ、女子が男子を?」

マグカップにしか興味がないと思われた焦茶も、さすがに目を丸くした。

「なんであの見た目ほっそり女にあんなことが出来たんだか!」

「そりゃすごい」

「ああもーっ、とにかくあたしのクラスでこういうことはマジやめてほしいのよねっ‼」

葡萄ちゃんに出逢えたことだけには感謝だけどさっ!

丁子茶は心の中で本音を述べた。

 そこへ自身の茶色いマグカップを持ったチェスナットがやって来る。

カップからは湯気が立っているので、例の不味い職員室のお茶がしっかりと収まっているようだ。

「倒された二人、怪我は軽いようですよ。意識もはっきりしていますし、このまま順調に回復しそうだと保険医の先生がおっしゃっていました」

チェスナットは丁字茶と焦茶の迎え側の席に回って言った。

「チェスナット先生詳しいですね」

「彼もその場にいたのよ」

「なるほど」

「ちょっとしたミーハー心でお邪魔してしまいました」

チェスナットが爽やかな笑顔を浮かべる。

「今年の新入生は彩り豊かですからね」と焦茶。

「ええ、柑子(こうじ)殿下もご入学されましたし」

「そうでしたね……」焦茶の口角が引きつった。

柑子殿下。この星の第一王子。絶対に何かがあってはいけない一番大切な生徒。

「あら?」

不意に丁子茶が首を傾げる。

「どうかした?」

「そういえば、ウチの王子様、今日あたしのクラスにいたかしら?」

「え、憶えてないの?」

「だってそれどころじゃなくて……!」

丁子茶が記憶を思い返し、焦茶が呆れる中、チェスナットが持っていたマグカップをデスクに静かに置いた。



 その頃、中央棟から寮に向かう歩道を、男女四人の生徒がぽつりぽつりと歩いていた。

彼らの背後からは夕日が差し、影がいつもより長く伸びている。

周囲に他の生徒の姿はほとんどなく、多くの者は既に寮へと戻ってしまったみたいだ。

「アイツら意識戻ったって」

緋色が口火を切った。

「そう、よかった……あ、ヘンナは?」

コチニールが尋ねる。

「奴らに付き添うと言っていた。衛生部のいい勉強になるらしい」

マゼンタが答えた。

「そ、そっか」

コチニールの言葉を最後に、無言が四人の間に広がる。

誰もが何か言いたげなのだが、何も口にしない。

そんな時間がしばらく続いた。

 だが、コチニールが立ち止まる。

「あのねマゼンタ」

呼ばれた彼女と、葡萄、それに緋色もその場で立ち止まった。

コチニールは妹を真正面から見つめる。

「この学園にいる間は、なるべく自分の力を抑えてほしいんだ」

マゼンタが兄を見つめ返した。

「何言ってんだ、今日のは全然……!」

憤慨する緋色の口を葡萄が押さえる。

「んんっ!」

「しーっ、静かに」

「んんんんっ!」

じたばたする緋色と、それを何とか押さえ込む葡萄を横目に、コチニールが続ける。

「わかってるよ、マゼンタがビスタたちに手加減してくれたってこと。だってもしそうじゃなかったら今頃彼らは……」

緋色が葡萄の手をどける。「ぷはっ!だろっ?マゼンタはなんも悪いことはしてないじゃん!」

「だけど、毎回毎回誰かを保健室送りにするのはよくないでしょう?」

「んんな大げさなっ!マゼンタだってそんなことしねえよ、なっ?」

保健室送り……

マゼンタが思わず目を伏せた。

「するつもりなんかいっ!」緋色が突っ込む。

「だからなるべく自分の力を抑えて、みんなに優しくしてほしいんだ」

「コチニール」

「ん?」

兄と妹が見つめ合った。

「あいつらにからかわれて悔しくなかったか?」

「え……?」

「〝赤星へ帰れ〟とか〝ひ弱な奴〟とか」

「それは……」

コチニールは拳を握りしめる。

悔しいと、思った……!

なんでこんなこと言われなきゃならないんだろうって……!

でも、ここで言い返したりやり返したら、みんなに迷惑がかかってしまって、そしたら……!

「父上に言われたんだ、コチニールを絶対に護るようにと」

兄を見つめていたマゼンタが言った。

「えっ……?」

「クリムスンが?」緋色も目を丸くする。

 マゼンタの脳内に、その時の光景が蘇る。

あれはまだ橙星(だいだいぼし)に発つ前のこと。

紅国のクリムスン家にある屋敷の一室に呼ばれ、彼女は正座をし、父と向かい合った。

「マゼンタ、よくお聞き」

父クリムスンが言った。

「これからおまえたちが向かう橙星は赤星とは異なる点が多い。ここでは経験しなくていいようなこともあちらでは起こる可能性がある。しかももし万が一それが起きた場合、私がすぐに飛んでいける距離ではない。だから――何があってもコチニールを護れ。それがいかなる対象であっても、いかなる理由であっても構わない。おまえが危険を感じたらコチニールを絶対に護るんだ、わかったな」


マゼンタは兄コチニールを見つめ続けて言った。

「だから私はコチニールを護るよ、絶対に」

「父上……」

マゼンタにそんなことを……

コチニールの視線が妹の顔から地面へと落ちた。

二人の側に立っていた葡萄が溜息を漏らす。

(クリムスンなら確実にそう指示するでしょうね)

コチニールは家の大切な跡取り。マゼンタがコチニールよりも遥かに強いなら尚のこと、その身を護るように伝えるのは当然だ。

 ふと、緋色が首を傾げる。

「え、オレと葡萄は?」

「私たちは論外ですっ。というかあなたは自分で身を護れるでしょうっ?」葡萄は呆れ果てた。

「あそっか」

「それを言うなら僕だって自分の身は自分で護れるよ」コチニールが口を挟む。

「でもマゼンタ程ではないでしょう?」

「それは……」

そうかもしれないけど……

そう言われてしまうと何も言い返せない。

「それにあなたはクリムスン家次期頭首。もしその身に何かあったら只事では済みません」

「そうだけど……!」

「ここはクリムスンがマゼンタに言った通り、彼女に護ってもらうべきです」

「でも……!」

コチニールが葡萄に食い下がろうとする。

しかしマゼンタが眼鏡の彼を後押しした。

「とにかくコチニールは心置きなくこの学園で学んでくれ。何か危険を察知した場合は私が全て排除してやるから」

「排除って」緋色は呆れる。

とんだ箱入り息子じゃねーか。

 妹と葡萄を見上げたコチニールは、今度は違う理由で拳を握りしめた。

「いや、マゼンタ。父上の言うことは聞かなくていいよ」

「はいっ?」葡萄が耳を疑う。

「お、反抗期?」

ふざける緋色に眼鏡の彼が言う。

「あなたはちょっと黙っててくださいっ」

いつもの小競り合いを始める緋色と葡萄の隣で、マゼンタは微かに首を傾げる。

聞かなくていい?

クリムスンの命令を実行するなということか?

コチニールが真剣な眼差しで言う。

「僕だって小さい頃から体術とか剣術とか一応習ってきてるし、それは勿論、マゼンタや緋色みたいにまだ強くはないけど、でもだからって、全部君に任せて護ってもらうのってなんか違うでしょ?父上や葡萄が心配する気持ちは痛いほどよくわかるけど、でも自分で出来ることは自分でやりたいんだ。そうじゃなきゃ、この星に来て学ぶ意味がないよ」

「コチニール……」葡萄が思わず目を見開いた。

「だから僕のことはそんなに心配しないで、大丈夫だから。マゼンタにはマゼンタの学ぶべきものがあるでしょ?」

「でもそれは父上の望みとは違う」

父上はコチニールのことを思って……

「うん、わかってる。でも僕は自分のことは自分でやってみたいんだ。だからお願い、ね?」

マゼンタは兄を見つめる。

「ですが……!」

「しーっ!」

口を挟もうとする葡萄を、今度は緋色が引き留めた。

兄コチニールと妹マゼンタが互いを見つめ合う。

決して睨むのではなく、威嚇するのでもなく、ただただ自分の思いや考えをぶつけるように。

マゼンタは思った。

(父上がそれを望んでも、おまえはそれを望まないのか……)

赤紫色の少女は一呼吸置いた。

そして口を開く。

「わかった。好きにしろ」

それを聞いたコチニールはほっと胸をなでおろす。

「うん、ありがとう」

「ちょっ、しかしですねっ、クリムスンはコチニールのことが心配だからこそ……!」

葡萄はどうしても頭首の肩を持ちたいらしい。

「だからそれはよくわかってるよ」とコチニール。

「オジサンしつこーい」

「オジっ……!」

緋色の台詞に眼鏡の彼は言葉を失った。

人が一番気にしていることをっ……!

葡萄の額の血管が切れる音を聞きながら、マゼンタは兄に言う。

「でも度が過ぎる場合は介入するぞ。そうでなければ父上に合わせる顔がない」

「うん、わかった。あ、でも絶対にやり過ぎないでね。保健室送りとかももう絶対ダメだよ」

「ああ」

 一旦自分を落ち着かせた葡萄が、コチニールを眺める。

まったく、いつの間にこんなに成長したんだか……

年齢身長体格だけではない。

あんなに幼かった少年が、ここまで自分のことを考えられるようになるとは……

 葡萄が昔の思い出に浸り、マゼンタたちがまた歩道を歩き始めると、緋色が叫んだ。

「てか腹減ったー!早く食堂行きたいー!」

「出た、食欲モンスター」と葡萄。

「るっさい!」

するとコチニールが何かを(ひらめ)く。

「この都ってフードトラックも美味しいって有名なんでしょう?」

「そなのっ⁈じゃあそっち行くっ⁈」

「ね、この際だから少し巡ってみようか」

「賛成ーっ‼」

緋色が右腕を大きく掲げた時だ。

マゼンタが前方を見て足を止め、コチニールと葡萄もはっと立ち止まる。

「おや?」

緋色もはしゃいでいた腕を下ろして歩みを止めた。

彼らの前に、絆創膏を顔に貼ったビスタが立っていた。

「ビスタ……!」コチニールの口から彼の名前が漏れ出る。

ビスタは全身全霊でマゼンタを睨んでいた。

「おまえケガ大丈夫なの?」緋色が一応クラスメイトの心配をする。

葡萄も恐る恐る尋ねた。「というか、ここで何を……?」

ビスタはマゼンタを睨んだまま言った。

「おまえ、ちょっと顔貸せや」



 中央棟の校舎の奥には、主に新入生が使用する体育館が併設されている。

淡い茶色の壁で囲まれ、ドーム型の屋根が乗せられた四角いその建物の中に、今年の新入生はまだ入ったことがない。

しかしこれから先授業が進めば、この場所で何かを受講する可能性は大いにあった。

現在体育館の扉はぴしゃりと閉まり、中には誰もいないのか物音一つ聞こえてこない。

だが体育館と中央棟の校舎の間には、僅かなスペースがあった。

茶色の土が敷かれ、所々に雑草が生えるそのスペースは、普段から人通りもなく今もしんと静まり返っている。

そこにマゼンタとビスタが向かい合い、コチニール、葡萄、緋色が彼女の少し後ろで二人を見守っていた。

「女にやられっぱなしとか、ありえねえからな。さっきの借りはきっちり返させてもらうぜ……!」

ビスタの頬には大きな絆創膏が貼られている。

恐らく体術試合で地面に倒れ込んだ時に(こす)ってしまったのだろう。

けれどもマゼンタはそんな傷を一切気にすることなく、冷静に相手を見つめていた。

「いいなーいいなーマゼンタばっかり!」

彼女の少し後ろに立った緋色が騒ぐ。

「こんな授業以外の場所でタイマンしようだなんて状況のどこがいいんですかっ⁈」と葡萄。

「えーっ、だって今日オレまだ誰とも対戦してないんだもん」

「まったく……それより」

葡萄は緋色に呆れながらも、コチニールに顔を向けた。

「先生方に本当に言わなくていいんですか?」

コチニールは妹の背中を見つめながら答える。

「ちょっとだけ様子を見させてほしいんだ」

 マゼンタの向こう側ではビスタが彼女を尚も睨んでいる。

ビスタからはリベンジという闘志が体中から溢れ出ていた。

「じゃあ行くぞ……!」

彼が彼女に向かって走る。

(マゼンタ……!)

コチニールが心の中で祈った。

どうか、お願い……!

「おりゃあああああっ!」

ビスタがマゼンタに殴りかかる。

が、その拳を彼女はさっとよけた。

(なにっ……⁈)

ビスタが気づいた時、相手は既に自分の背後に立っていた。

いつの間に⁈

彼は悪態をつきながらまた彼女に殴りかかる。

しかし相手はまたもや自分の拳をさらりとよけていた。

「なんでっ⁈」

ビスタは言いながら何度も彼女に殴りかかった。

でもその拳は一度も相手に当たらない。

自分の拳が到達する前に、相手は姿を消しているのだ。

マゼンタはビスタの拳をよけながら、兄に言われたことを心に刻んでいた。

(やり過ぎない、保健室送りにはしない)

これはコチニールとの約束だ。絶対に守らなくては……

 ビスタの様子を眺めていた緋色が言う。

「なんか遅……!まあ、あいつケガしてるしな」

それに反して葡萄は感動していた。

「マゼンタはコチニールの言ったことをちゃんと守っているんですね……!」

「うん……!」コチニールの瞳も僅かに潤む。

相変わらずビスタはマゼンタに殴りかかり、彼女は彼の拳をよけ続けた。

 中央棟の校舎と体育館の間に差し込んだ夕日が、彼らを熱く照らしていた。




















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