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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
84/130

第83話 橙人の女子


 講堂は校舎の重厚な外観とは違って、割と明るい作りだった。

横に引く木製の扉を開けると、そこには階段状の長机が連なり、目の前には天井から腰の辺りまで伸びる大きな窓があって、外から太陽の光が燦燦と降り注いでいる。

勿論、暑さを遮る長いカーテンも窓の両側にそれぞれちゃんと畳み込まれている。

階段状の机の向かい側には黒板が壁に埋められ、その前に木製の教壇がちょこんと置かれていた。

室内の中央と両脇には幅は広くないが階段が設置され、そこを行き来して生徒は自由に座席を選ぶことが出来るらしい。

 講堂内には既に二十人ほどの生徒たちが集まっていた。

皆自分たちと同じ制服姿で、日に焼けた肌に茶色や橙色を帯びた髪と瞳の色をし、朗らかに微笑み合っては早速周囲と親睦を深めている。

年齢はだいたい十代半ばから後半ぐらいだろうか。

入学するのに年齢性別出自その他何ら制限がないとはいえ、この中ではどうやら緋色(ひいろ)が最年少で、葡萄(えび)は最年長になりそうだ。

 マゼンタら一行は、窓側の中腹辺りに並んで座っている。

しかし緋色だけはすぐ側の窓辺に立って、外の景色を気持ちよさそうに眺めていた。

「あー、屋内は涼しいね」コチニールが汗の引いた顔で目を細める。

校舎の外はうだるような暑さだというのに、一歩中へ入った途端、そこかしこから吹き出す冷気に全身が包まれたのだ。

「〝エアコン〟というものが効いているらしい」とマゼンタ。

「空調のことだね」コチニールがさらに微笑んだ。

 茶色い木々が植えられた焼け付く歩道を歩いて数分後、彼ら四人は目的地の校舎に辿り着いた。

中央棟と呼ばれるその石造りの建物は、主に新入生が集まって授業を受ける場所らしい。

長方形の石が隅々まで積まれた外観の中央棟は、一般的な平面の教室や生徒たちのロッカー、職員室などが揃っているが、新入生が受講するのはこの講堂と呼ばれる階段状の教室だそうだ。

 新入生は一クラス四十名ほどに分けられ、それぞれが講堂で各種授業を受ける。

ありがたいことにマゼンタたち四人は、全員同じクラスに振り分けられた。

当然赤人(あかひと)である彼女たちへの、学園側からの配慮だろうとは思う。

けれど皆同じクラスになったことに、コチニールは心からほっとしていた。

「では、説明いたしますよ」

葡萄が眼鏡の蔓を微かに持ち上げる。

コチニールとマゼンタが隣に座る彼へと顔を向けた。

「授業のシステムは必修クラスと選択クラスに別れています。必修クラスの場合は今ここにいる生徒全員で授業を受け単位を貰いますが、選択クラスの場合はそれぞれが所属している学部や学科によって内容が変わっていきます。因みに私たち四人は全員戦闘部に所属していますがコチニール、マゼンタ、緋色は戦闘部の中の色光(しきこう)学科に進み、私は対人(たいじん)学科のほうへと進みますので選択するクラスもいずれバラバラになるでしょう」

窓辺に立ち外を眺めていた緋色の口角が緩んだ。

やっと葡萄(こいつ)と離れられる……

少年がそう思う間にも葡萄の説明は続いている。

「しかしただ授業を受けて単位を貰えばいいというわけではなく、全ての科目には筆記試験と実技試験がありその両方を合格すれば次のクラスへ進むことが可能となります。そして筆記試験も実技試験も自己申告制でいつでも受けることが出来るそうですよ」

コチニールが尋ねる。

「じゃあ全部のクラスの両方の試験を合格したら……」

「晴れて卒業となりますね」

「なるほど」

「って、聞いてましたか?緋色」

葡萄に問われた緋色は首だけを振り向かせた。「聞いてたよ」

その言葉を一応受け取った葡萄は先を続ける。

「それから」

眼鏡の彼は自分の左手首を持ち上げて見せた。

葡萄の手首には、黒いベルトで巻かれた四角い形の腕時計がぴたりと張り付いている。

「皆さんが今つけている腕時計」

コチニールも自分の手首に視線を下ろす。腕時計は葡萄と全く同じ物だ。

橙星(だいだいぼし)ではこれが携帯端末になっています。電話やメールは勿論、授業や学園内のお知らせ事項、お支払いなど全てこの端末でやり取りしますので、失くしたり壊したりしないようよろしくお願いしますね、緋色」

少年が再度振り返る。「なんでオレだけ念押しっ?」

マゼンタは自分の手首に巻かれた腕時計を吟味した。

赤星(あかほし)のとは形状が違うのか……

マゼンタは赤星紅国(くれないこく)にいた頃、自分専用の携帯端末を持ったことはなかった。

だが周囲の人間が長方形で手の平サイズの端末を使用しているのは、見たことがあったのだ。

腕時計を凝視する妹に気づいたコチニールが言う。

「マゼンタ、後で使い方教えてあげるね」

「ああ」

 その時だ。自分たちの周囲から笑い声が聞こえてきた。

その声が朗らかなものだったり、自分たちに関係のないものだったのなら、コチニールは大して気にも留めなかっただろう。

が、明らかに何か嫌な響きを含んだその笑いに、コチニールは確認せずにはいられなかった。

「ねえ葡萄」

「なんですか?」

「僕たちって、目立つかな?」

「いえ、赤人は橙星では珍しくありませんよ」

「だったらどうして……」

周囲のあざけるような笑いに、やはり葡萄も気づいていた。

彼は「強いて言うなら」と、声を潜めてマゼンタのほうに視線を向ける。

マゼンタは早速自分の腕時計を触って、そこから宙に飛び出た画面を指で操作していた。

「マゼンタ?そんなに目立つ?」

コチニールが葡萄に向き直って今一度確認した時だ。

「そりゃあ目立つでしょーよ」

自分たちの後ろからよく通る声が響いた。

コチニールと葡萄が思わず振り返り、マゼンタもそのハッキリとした声に腕時計から顔を上げて振り返る。

「あんたみたいな色、見たことないもん」

窓辺に立ったままの緋色も、その声の主をポカンと見上げていた。

年齢は十七歳くらいだろうか。背丈はコチニールといい勝負で、体格はとにかく出る所と引っ込む所がきちんと分かれている。他の生徒と同様よく焼けた肌に、顎までの癖毛の髪で、髪と瞳の色は深みのある鮮やかな赤色だ。

「え、あ、君は……」

コチニールが戸惑っていると、その女子生徒はスタスタと階段を降り、席に座る三人の前で仁王立ちになった。

「あたしはヘンナ、出身はもちろんカイクウ、所属は衛生部、よろしくね」

彼女は一足先に自己紹介を済ませると、にっと口角を上げる。

(ヘンナ、橙人(だいだいびと)か)

マゼンタは目の前で腕組をする彼女を見上げて呟いた。

反対にコチニールは自分を見下ろす彼女に圧倒されている。

これが、橙星流の自己紹介なのか……

彼は目をパチパチとさせて息を呑んだ。

そんなコチニールの姿を真横で見ていた葡萄は、

(橙人の女子(じょし)に完璧に押されている……)と若干ではあったが呆れてしまった。

コチニールは声をほんの少しだけ震わせながら、自己紹介を開始する。

「よ、よろしく。僕はコチニール、こっちは妹のマゼンタ、こっちは葡萄、それから……」

「オレは緋色、よろしくなっ」

少年だけはちゃんと自分で自らの名を名乗った。

ヘンナは目の前の四人を見回すと、

「なんか、ツッコミどころ満載でどこから手をつけていいのやら……あんたたち赤星から来たの?」

「うん」コチニールがうなずく。

「へえ。じゃあみんな赤人なんだ」

その時コチニールと葡萄がはっとする。

「いや、マゼンタは……」

緋色が詳しい説明をしようとした。が、

「緋色ちょっと待って!」

「え?」

緋色が自分を押し留めたコチニールに視線を向けると、相手はぶんぶんと首を横に振っている。

(なになに?)緋色が前のめりになった。

(コチニール?)マゼンタも兄の行動に不思議そうな顔をしている。

するとヘンナがぷっと吹き出した。

「なんかド派手などっからどー見ても妹には見えない子と小っちゃい男子とオッサンと、バラエティー豊かなグループだねあんたたちは、あはははっ」

ヘンナの豪快な笑い声が講堂内に響いた。

しかし緋色はポカンとし、「小っちゃい?」

「オッサン……」葡萄はさすがに愕然となった。

緋色が自分を小馬鹿にするのはまだわからないでもない。

でも現地に住まう橙人にどうこう言われるのは納得がいかない。

(この学園は年齢に制限を設けないと聞き及んでいたのに……)

彼はその情報を頑なに信じ、チョウサイ軍事学園では差別云々などは有り得ないと思い込んでいたのだ。

 ヘンナは三人の前の席にどっかと座りながら尋ねる。

「いったいどういう関係性なの?コチニールとマゼンタが兄妹だってことはわかったけど」

その質問に緋色は机に乗り出して答えた。

「オレはマゼンタとコチニールの友達、あ、葡萄は友達じゃないよ」

それに対し葡萄が言う。

「彼はコチニールやマゼンタの友人でもなんでもなく吸収合併した家の子です」

「だから吸収とか言うなっ、てかガッペイって何っ?」

「もう葡萄ってば……」コチニールが溜息をつく。

けれども眼鏡の彼は止まらない。

「私は彼ら三人を見守る役目を仰せつかっております、因みにオッサンではありません、年は二十四です」

マゼンタが啞然とした。

(葡萄、気にしてるんだな)

赤紫色の少女は眼鏡の彼の思いにちょっとだけ寄り添った。

ヘンナはさらに尋ねる。

「見守る役目?」

「簡単に言うと見張り役だね、僕たちが何かやらかさないように」コチニールが答えた。

しかし葡萄は訂正する。「いえ、見守り役です」

「う、うん、そうだね」

葡萄のゴリ押し……

コチニールの額に汗が浮かんだ。

「あははっ、なんかおもしろいね、あんたたちって」ヘンナがまた豪快に笑った。

 その時だ。急に講堂内から歓声と拍手が上がったのは。

マゼンタたちは声と拍手の音のほうに顔を向ける。

「ん?」コチニールが瞬きを重ねる。

「なんだ?」緋色も身を乗り出した。

 一人の少年がちょうど講堂内に入った所だった。

年はコチニールよりは若い。背丈もヘンナには届かない。体格はいたって普通で、日に焼けた肌、短めの髪をきっちりと整え、髪と瞳の色は黄みの強い橙色をしている。

自分たちと同じ制服を着たその少年は、穏やかな微笑みを浮かべながら、他の生徒たちに囲まれていた。

「ホントにこの学園に入学されたんですね⁈」

「もう感激です!王子、いえ、殿下と一緒に学べるだなんて!」

彼を囲む生徒たちのはしゃぎようは尋常じゃない。

けれど少年はその反応に慣れたように穏やかに言葉を返す。

「こちらこそ、色々とわからないこともあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

生徒たちから歓喜の声が沸き上がった。

その少年は端の階段を上ろうとして、異様に鮮やかな色をした集団に気づいた。

コチニール、緋色、葡萄はポカンとしたまま、マゼンタは冷静に彼を見つめている。

少年はマゼンタたちに向かってにこっと微笑むと、そのまま階段を上って席へと向かった。

彼の後を他の生徒たちがぞろぞろとついていく。

「なにあれ」

緋色が彼の姿を目で追いながら言った。

顎を手の平で支えたヘンナが答える。

「ああ、この星の第一王子、柑子(こうじ)殿下」

「おっ――⁈」と、コチニール。

「王子っ⁈」緋色も目を見開いた。

あの少年が?

マゼンタも口にさえ出さなかったが、内心驚いていた。

「王子殿下が都立学園に通われるんですか⁈しかもここは軍事学園ですよ!」

葡萄が信じられないように尋ねる。

「ね、あたしもニュースで見た時はありえないって思ったけど、マジだったんだ、スゴイよね、しかも同じクラスになるなんて」

そうは言うものの、ヘンナの口調はまるでたいしたことがない風だった。

緋色が彼女に聞く。

「これってこの星じゃフツーのことなのか?」

「いやまさか、王子様が学校に通うとかないでしょ」

「ですよね、紅国でも王族の方々は王宮内で教育を受けますから」と、葡萄。

「それは橙星でも一緒だよ。でもなんでかあの殿下はここに通うことにしたみたい、しかも戦闘部」

「ええっ⁈」緋色と葡萄の叫び声が揃った。

「確か対人学科だったかな?」

「マジかよっ⁈葡萄と一緒じゃん!」緋色が目を真ん丸にする。

「あのお方は、余程武術に長けていらっしゃるのでしょうか……!」葡萄は前のめりになった。

「さー、それは知らないけど」

「あっ!でも赤星にも武術やってるとんでもない王子たちがいるし、そこまで珍しくはないのかもしんない!」

緋色の言葉にコチニールがぎくりとした。

まるで自分の体が無理矢理縦に縮められた気分だ。

「ふうん、そうなの」

「そうそう」

ヘンナと緋色が相槌を打っている。

でもコチニールはそれどころじゃない。

彼のこめかみから一粒の汗が流れ落ちた。

「そういえば、橙星には国という境がないんだよな?」

マゼンタがヘンナに尋ねる。

「えっ⁈マジでっ⁈」

驚く緋色を葡萄は横目で見やった。「ここに来るまでの間に橙星について学んだじゃないですか」

「言葉の勉強でそんなの忘れたよっ」

葡萄の額に筋が浮かぶ。あんなに時間をかけて教えてあげたというのに……!

マゼンタは緋色と葡萄の小競り合いを放っておいて、ヘンナに確認する。

「つまりあの王子は橙星全体を代表する第一王子ということか?」

「まあそういうふうになるね」

マゼンタは生徒たちに囲まれて席に着いている柑子を見つめた。

(橙星第一王子、柑子)

柑子王子は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。

「王子かぁ、まさか王子とおんなじ学校のおんなじクラスになるなんて……」

緋色がそう口にした時だ。

あれ?

緋色の頭の中に、赤星で出逢ったとある人物たちの顔が思い返された。

一人はおてんばでいつも泥だらけの格好をした紅国の韓紅花(からくれない)姫、もう一人は態度が異様にデカくて人に肉巻きをおごらせた朱国(しゅこく)真朱(しんしゅ)王子だった。

緋色は今一度教室内にいる柑子王子に視線を向ける。

(なんかオレ、王子や王女の知り合いがいっぱいいるな)

緋色がそんなことを考えていた時、葡萄は隣に席るコチニールの異変にやっと気づいた。

コチニールは柑子のほうを凝視したまま固まっていたのだ。

「コチニール、大丈夫ですか?」

葡萄の言葉にマゼンタも兄を振り向く。

「コチニール、コチニール?」葡萄がコチニールの顔の前で手を振った。

だが彼は柑子を凝視したまま「お、王子……」とだけ呟いた。



 学園の男子寮は中央棟から二十分程歩いた場所にある。二階建てで幅のある石造りのその建物は、手前から奥へと綺麗に列をなすように並んで、新入生から上級生まで、それぞれの学年が一か所に固まることのないように部屋を割り当ててあった。

とはいうものの、やはり学園側の配慮のおかげか、コチニールと葡萄と緋色は同じ棟の隣同士の部屋に割り当てがなされた。

 室内はかなりこじんまりとしている。

部屋の正面に窓が一つ、勉強用のデスクとその隣には小さなクローゼット、それらと向かい合うようにベッドが一つ。室内に唯一存在する扉の中にはトイレとシャワーがあるにはあるが、やはりクリムスン家の屋敷のものと比べるとどうにも狭い。

 が、ここで文句を言っても仕方ないだろう。

我々はここに住むのではなく、学びに来ているのだから。

「生徒一人に対し一部屋の完全個室、勉強するには完璧な環境ですね」

部屋の中央で仁王立ちになった葡萄がそう言って背後を振り返る。

そこにはコチニールが心もとない様子でポツンと立っていた。

「コチニール」

コチニールは我に返ったように目を開く。

「ん?」

「大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫だよ」

葡萄はしばし彼を見つめた。

大丈夫と言っておきながら、コチニールの表情は全くもって冴えない。

葡萄は、傷をえぐることになるかもしれないと思いつつ、彼に尋ねた。

「橙星の王子が気になりますか?」

「え……」

コチニールの脳裏に〝あの時〟の出来事がよぎった。

赤星武闘大会、準決勝戦、第二試合。

網をかけられた自分は、身動きを封じられ、相手から殴られ、蹴られまくった……

「いや、別にそんなことは……」

コチニールは軽く首を横に振る。

「とてもそんな風には見えませんよ」

「いや、本当に大丈夫……」

しかし葡萄はコチニールを見つめ続けた。

コチニールが大丈夫でないことが、痛いほど察せられたのだ。

葡萄の視線にいたたまれなくなったコチニールは、重い口を開く。

「いや、その、なんていうか……ちゃんとわかってはいるんだ。橙星の柑子殿下が、あの……丹国(にこく)の王子様とは全く違うお方だっていうのは……ただ、なんか、どうしていいのか、どう接したらいいのか、自分でもよくわからなくて……」

「あの大会のせいでトラウマになってしまいましたか……」

「ううん、そんな大げさなことじゃなくて……」

コチニールが口角を無理矢理上げようとした時だった。

「コチニール!準備出来たか⁈」

黄みの赤色の少年が部屋のドアを勢いよく開けた。

「緋色?」コチニールが振り返る。

「まったく、真剣な話の最中に……!」葡萄が悩まし気に額に指を当てた。

「なーんだ、葡萄もいたんだ」

緋色はずかずかと室内に入ってきて言った。

「そりゃおりますよっ」

「このひっつき虫」

「誰が虫ですか誰がっ」

「それより腹減ったー!早く夕飯食べに行こうぜっ」

「この食欲モンスターめ、いったい一日にどれだけ食べれば気が済むんですかっ」

「育ち盛りだと言ってくれ!どっかのオッサンはもう成長が止まって食べる必要ないかもしんないけどっ」

「オッサンじゃありませんよっ」

「じゃあ行こうぜーっ!」

緋色は葡萄とコチニールに背中をくるり向けると、たった今入ってきたばかりのドアへ向かおうとする。

「シカトですかっ⁈」

「ああちょっと待って緋色!」

コチニールが思わず呼び止めた。

「ん?」緋色が振り返る。

「マゼンタのこと、話しておこうと思って」

「へ?」

マゼンタのことと聞いて、緋色は首だけではなく、ちゃんとコチニールと向かい合った。

コチニールは隣に立つ葡萄に一旦視線を送ると、

「葡萄とも相談したんだけど、誰かにマゼンタのことを聞かれたら、彼女は赤人だって言ってほしいんだ」

「なんで?」緋色がポカンとする。

「コチニールとマゼンタは兄妹なのにコチニールが赤人でマゼンタが紫人(むらさきびと)じゃ辻褄が合わないでしょう?」

葡萄がわかりやすく説明をする。

「あー」

「マゼンタが記憶喪失で父上がクリムスン家の養女にしたって説明してもいいんだけど、なんかここではややこしくなりそうだし」コチニールがさらに付け加える。

「なるほど」

さっき講堂でヘンナに言われて気がついた。〝僕たちは全員赤人なのか〟と。

だからこそ、この件をちゃんと整理しておかなければいけない。

葡萄も言う。「それに記憶喪失であることは、未知の土地では不利になるかもしれません」

「そか?」

「そうですよっ」

「まあ、決していいことではないよね。自分がどこで生まれて、どう育ってきたのかがわからないなんて」コチニールが真剣に伝える。

「そりゃまあな。でもこのことマゼンタは知ってんの?」

「うん。むしろ赤人でいいって言ってたよ」

「へえ、ならオレは別にいいけど」

緋色は特に何の問題もないように納得した。

そんなことよりお腹が空いて、今日の晩御飯は何にしようかとワクワクしている様子だ。

緋色ならすんなり受け入れてくれると、コチニールは思っていた。

マゼンタ自身が赤人でいいと言っているなら尚更、緋色は納得するだろう。

 ただ、不思議に思うことはあった。

それは緋色のことではなく、マゼンタのことだ。

妹にとっては、なぜか赤人であるほうが自然だと思っているみたいなのだ。

紫人としての実感がないからなのかもしれないけど……


 同じ頃、男子寮と全く同じ作りの建物の一室で、赤紫色の少女が部屋の真ん中に突っ立っていた。

彼女は自分の手首につけた腕時計から浮かび上がる画面を、何やら指でポチポチと押しまくっている。

その背後でヘンナがクローゼットの扉を大きく開き、中身を覗き込んでいた。

小さなクローゼットの中には、袴や替えの制服などがずらり揃っている。

「軍事学園なんてとんだ男尊女卑の学校かと思ったけど、ちゃんと個人個人に部屋が用意されてるしバスルームも完備だし、意外としっかりしてるよね?」

「ああ」

ヘンナの言葉にマゼンタは腕時計の画面を操作しながら答えた。

「それより」

ヘンナが彼女を振り返って、にっと笑う。

「夕飯どうする?普通に学食?それともフードトラック巡りする?」

 学園内には、チョウサイ軍事学園の生徒や教師なら誰でも利用出来る学食が存在する。

またそれ以外にも、敷地内の至る所にフードトラックという橙星の名物を提供する車が駐車しており、そこで食べ物を購入することも可能なのだ。

画面を指で操作していたマゼンタが、腕時計から顔を上げる。

「コチニールたちと一緒に学食で食べると約束してる」

「ふーん」

ヘンナが目を細めて大きくうなずいた。

「あんたもけっこうブラコンなんだね」

「ブラコン?」

マゼンタは初めて聞く言葉に首を傾げた。

確か似たような言葉が橙星語(だいだいぼしご)の中にあった。

(エアコン……?)

ブラコンは空調と何か関係が?後で調べなくては……

少女がそんなことを考えていると、ヘンナがマゼンタの腕時計の画面を覗き込んできた。

「てかさっきから何してんの?」

「戦闘部のカリキュラムを見ていた」

「え、戦闘部?なんで?」

「私は戦闘部に所属しているから」

「ええっ⁈マジでっ⁈」

「マジで」

ヘンナは大きくのけぞったまま少女に尋ねる。

「あんな男しか行かないような学部に所属してんの⁈なんでっ⁈」



 学食の天井は思いのほか高い。茶色い石造りの四角い建物の中は、四方を壁で囲まれただだっ広い空間にたくさんの照明がぶら下がり、その下にある何十もの長テーブルと長椅子を柔らかく照らしていた。

室内の一番奥にはそれこそ作る所が丸見えの厨房が設置され、いくつもの台の上で数人の料理人たちが汗水垂らしながら次々と力作を生み出している。

彼らが作った大鍋料理は、さらに手前にある台に綺麗に並べられ、そこに幾人もの生徒が群がっては瞳を輝かせていた。

 室内のどこまでも続く長椅子には、制服や私服姿の生徒たちが座って、楽しげに笑いながら食事を楽しんでいる。

その彼らに交じって、マゼンタとヘンナが、コチニール、葡萄、緋色ら三人と向かい合うように座って、各々プレートの上の料理を食していた。

プレートにはへこみがいくつかあって、そこに自分が食べたい料理をよそい、好きなだけ食べるというのがこの学園のスタイルらしい。

ヘンナを除く四人は、赤星では見たこともない珍しい野菜や豆や肉料理をよそっては、最初は恐る恐る、やがてパクパクと口に運ぶようになっていた。

守人(もりひと)?」

ヘンナがフォークを持ったまま聞いた。

「うん。守人っていうのは、赤星紅国の王族の方々や国のみんなを危険から護る役目を担った一族のことだよ」

「ほお」

コチニールの丁寧な説明にヘンナがうなずく。

「私たちは皆その守人なのです。家は若干違いますが」

葡萄がそう付け加えて隣に座る緋色を見た。

緋色は話を聞いているのかいないのか、ガツガツとひたすら肉を頬張っている。

意地汚い……

葡萄は緋色の食事のマナーに呆れ果てた。

その間にもコチニールがヘンナに説明を続けている。

「だから僕たちはちゃんとした訓練を受けるためにこの学園の戦闘部に入学したんだ」

「でもマゼンタは女子でしょ?そのあんたたちの一族では女も男と同じように守人って仕事に就くわけ?」

「あー、マゼンタはちょっと特殊だけど……」

コチニールは向かい側に座る妹に視線を移した。

マゼンタはプレートに転がる豆をスプーンで慎重にすくっている。

(箸より使いやすい)

赤紫色の少女はスプーンの使いやすさに感動していた。

 すると緋色が突然、

「マゼンタをただの女子だと思ってると痛い目見んぞ」一心不乱に動かしていたフォークを止めて言った。

「え?」

ヘンナが僅かに首を傾げるも、緋色はまたガツガツと肉を食べ始めている。

コチニールの頬が無意識に引きつった。

(緋色が言うと説得力あるなぁ)

赤星武闘大会でマゼンタと戦った緋色は、文字通りこてんぱんにされていたのだ。

無論、緋色もやられっぱなしではなかったが。

「でもさ、女子が戦闘部に入るだなんて聞いたことないよ。ここにいるだいたいの女子生徒は衛生部とか、研究開発部とか……」

「妹は戦闘部でも全然大丈夫だよ。だって僕より強いんだから」

「ええっ?」

ヘンナが驚きのあまり再度のけぞった時だ。

たまたまマゼンタとヘンナの後ろを通りかかった二人組の男子生徒がいた。

そのうちの一人、年齢は十八歳程、だが大柄でがっしりとした体格の生徒がコチニールを見て吐き捨てた。

「だっせ」




















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