第82話 都立チョウサイ軍事学園
宇宙は果てしない。
どこまでも永遠に続く黒い闇が星々を抱え込み、その場所で生きる全ての生命を常に見守っている。何も言わず、何も手出しをせず。
ただただ全てが生まれ、死に、また生き返るのを、途方もない年月をかけて育て上げている。
そこにはきっと何か理由があるのだろうが、そこで命を全うする存在には知ったことではない。
日々生きることに、日々死に行くことにかかりきりなのだから。
それでも星々が輝くのは美しかった。
今まさに誕生した星も、現在活動中の星も、既に役目を終えた星も、全てが美しく完璧な輝きを放っていた。
色世界は、この宇宙の中に存在する。
赤、橙、黄、緑、青、紫に輝く六つの星が円を描くように並んで、宇宙の暗闇の中をどこまでも漂っていた。
その中の二つ。赤い色に輝く赤星と、橙色に輝く橙星の間を航行する一隻の宇宙船があった。
四角い菱形を平べったくしたようなその船は、外観こそ灰色で表面はゴツゴツと盛り上がっていたが、実際は淡い赤色を放ち、暗い宇宙の中でもすっかり溶け込んでしまうことはなかった。
船内はそれほど広くはない。
菱形を上手い具合に廊下で四方八方に分け、客室は約二百五十。室内はとても快適とは言えないが、天井は大の大人でも余裕で立てるほど高かった。
簡易的なベッドに小さなテーブル、風呂と手洗い付き、足元には真っ赤な絨毯が敷かれ、運よく船の一番外側の部屋を確保できれば、四角い窓から真っ暗な宇宙を拝むことが出来る。
船内には立派な娯楽施設などはないが、大人数が収容できる食堂やラウンジが完備され、旅の間も決して精神的に苛立つようなことはなかった。
ラウンジは宇宙船の中でも割と広い面積を有していた。
真っ直ぐな白い廊下を突き当たると、一面窓に覆われた空間が広がり、赤い絨毯の上に複数のテーブルと、それに合わせた椅子が綺麗に置かれている。
船内の客人は部屋に籠ることに飽きるとよくこの場所を訪れ、窓の外の景色を眺めたり、見知らぬ旅人と会話を楽しんだりした。
今現在も数人の旅人がラウンジを利用している。
その中で、一際目立つ一行がテーブルにひたすら噛り付いていた。
一人は異様に鮮やかな赤紫色の髪と瞳を持つ少女だ。
外見は十七歳くらいか。割と背が高く細身で、長い髪を頭の高い位置でポニーテールにし、袴服を着用している。
彼女の向かい側には十五歳ほどの少年が座っていた。
紫みを帯びた鮮やかな赤色の髪と瞳のその少年は、彼女よりほんの少し低い背丈で、肩下までの髪をやはりポニーテールにし、布を体の前で重ね合わせ帯で締めた服装をしている。
少年の隣には、紫みの深い赤色の髪と瞳をした眼鏡の男が座っていた。
年は二十四くらい。あくまで平均的な体格で、髪は低い位置でお団子にし、服装は隣の少年と同じような格好をしている。
赤紫色の少女の隣には、幼い少年も座っていた。
年齢は十一歳ほど。背丈や体格は年齢相応だが、やけに逞しさを感じさせるその少年は、黄みの鮮やかな赤色の髪と瞳を持ち、背中までの髪はボサボサの寝癖まみれで、道着を着用している。
彼らは皆テーブルの上に教科書やノート、タブレット端末を置き、それぞれ教科書を読んだり何かをノートに書き込んだりしていた。
すると幼い少年が体をほぐすように背伸びをした。
「うあーっ!あとどんくらいで橙星に着くんだ?もう勉強ばっかで飽きたーっ!」
「あと半月はかかりますよ」眼鏡の男が少年に答える。
「半月っ⁈それまでずっと橙星語の勉強すんのっ⁈」
「当然です、現地に着いてから学んだのでは遅すぎるでしょう?」
「マジでぇ……」
少年がげんなりすると、隣に座る赤紫色の少女が口を開いた。
「ワタシのナマエは、マゼンタだ。ヨロシクタノム」
今彼女が喋った言葉がどうやら橙星語らしい。
まだまだ言葉の癖は酷いが、ちゃんと通じてはいる。
「うん、いい感じ、だいぶ慣れてきたね」
彼女の向かい側に座る少年が言った。
「ワタシはトテモツヨイ。ワタシにチカヅク、ミナ、ブットバス」
向かい側の少年の口角が引きつる。「それじゃ逆に捕まっちゃうよ」
赤紫色の少女を見かねた眼鏡の男が口を挟む。
「マゼンタ、とにかくあなたは敬語をなんとかしましょう」
男は流暢な橙星語で彼女に言った。
「ケイゴ?」
「ええ、日常会話は話せるようになったのでしょう?だったら次は敬語です」
少女の動きが一瞬止まる。
「ケイゴ、ニガテ」
「赤星語もそうでしたね」
少女はふうと息を吐いた。そして、
「コチニールと葡萄は橙星語が流暢に話せるのか?」
使い慣れた赤星語で目の前の二人に尋ねる。
「葡萄はペラペラだけど僕はそうでもないよ」向かい側に座る兄のコチニールが答えた。
それを耳にした少女の隣に座る緋色は、
「またそんなこと言っちゃって、コチニール超頭いいじゃん。言葉でつまずいてんのはオレとマゼンタだけだよ……!」拗ねるように唇を尖らせた。
葡萄が言う。
「それがわかっているのならさっさと勉強の続きをしましょうね。因みに橙星に着いたら赤星語は一切禁止ですから」
「はあっ⁈なんでそーなんのっ⁈」緋色が叫んだ。
「当然です、これから橙星で生活するのに赤星語を喋っていたら上達するものもしませんよ」
「葡萄……」コチニールが苦笑いを浮かべる。
何もそこまでしなくても、と明らかに言いたげな表情だ。
「あのさぁ、ずっと気になってたんだけど……」
緋色は勢いよく立ち上がって眼前の葡萄を指差した。
「なんでオッサンがオレらと一緒に橙星の学校に通うわけ⁈入学するのはオレとマゼンタとコチニールってクリムスンは言ってたじゃん!しかもあんたどー見たって三十だろっ⁈」
「二十四です」葡萄のこめかみが疼いた。
「聞いた話だと赤星の大学とっくに卒業してるらしいじゃん!その後社会人としてクリムスン家で働いてたんだろ⁈」
コチニールが呟く。「僕たちのお世話を社会人と言っていいのか……」
「なのになんでまた橙星の軍事学園にわざわざ入学するワケっ⁈そんなにオレたちのことが心配なの⁈」
緋色の問いに葡萄はさらり答える。
「ええ心配ですよ。コチニールは言わずもがなクリムスン家次期頭首、あなたは私たちが吸収した……」
「吸収とか言うなっ」緋色が瞼を吊り上げた。
葡萄は言葉を一応改める。「あなたは茜色の子息ですし、マゼンタに限っては……」
赤紫色の少女が葡萄を見つめていた。その視線はとても静かだった。
葡萄は咳払いをする。
「とにかく、あなたたちだけで遠く離れた橙星の軍事学園に通わせるわけにはいかないでしょう?何か起きた時対処できる人間が側にいないと」
「そりゃそうかもしんないけど、なんでよりによってアンタみたいなのが」
緋色は気を取り直したように席に座った。だがその顔は全く納得していない。
コチニールが言う。
「緋色ももう知ってると思うけど、葡萄は父上からの信頼が厚いんだよ」
「それは充分わかってる。けどさ、なんならもっと学生っぽいヤツについて来てもらえばよかったんじゃないの?」
こいつ、超ー苦手。勉強勉強っていちいちマジうるさいし。
緋色が心の中で葡萄への愚痴を十述べる間に、眼鏡の彼が反論を開始する。
「お言葉ですが私たちがこれから通う橙星都立チョウサイ軍事学園は年齢性別出自その他一切の制限を設けておりません。つまりどの星の人間であろうと何歳だろうと入学が可能なのです」
「だから緋色も葡萄も一緒に通えるんだよね」と、コチニール。
「ええ、赤星のように何歳だから小学生、何歳だから高校生という考えは一切ありませんのでその点よく頭に叩き込んでおいてください、茜色のご子息様」
緋色はぶんぶんと頭を横に振り回した。
「ああーっ!もうこいつの小言にはつきあってらんねえっ!」
その気持ち、よくわかるよ。
コチニールが心の中で緋色に味方した。
すると緋色が再度立ち上がって隣の少女に目をやる。
「マゼンタ、ちょっと軽く運動しよーぜ!体がなまりまくってしょーがねえからさっ!」
「でも」
赤紫色の少女はテーブルに広がる教科書の類を見下ろした。
葡萄が呆れたように緋色に言う。
「何を言っているのですか?あと半月で橙星に到着するんですよ、そうすれば全て橙星語で対応しなければならないんですよ。授業はもちろん、生活の全てが現地の言葉になるんですよ、そこでもし話せなければ困るのはあなた自身なんですよ……!」
「んな大ゲサな、なんとかなるって」
「緋色、あなたは……!」
「ほらマゼンタ立てよ!あ、でもあの手から武器を出すのだけは禁止な、一応ここ宇宙船の中だし」
突如、場がしんとする。
それまで賑やかだった彼らの空気が、パリパリとひび割れていった。
「……え?オレなんかマズった?」
一切悪気のない緋色少年の言葉に、葡萄が溜息をついた。
コチニールが出発前に何度も確認した事項について、再度尋ねる。
「葡萄、マゼンタを橙星に連れていくことにして、本当によかったの?」
「ん?」少女が首を傾げた。
「だってマゼンタは……」
紫人――!
コチニールの脳内には、彼女が何もない手の中から弓や槍や剣を出現させる光景が浮かんだ。
彼は実際その瞬間を目にしたわけではないが、赤星で開かれた武闘大会が終わった後、録画した映像でその姿を何度も見ていたのだ。
紫人という紫星に住まう人々は、様々な武器を具現化したり空を自由に飛び回ったり、他の星の人間にはない不思議な力を持っているらしい。
マゼンタもその力を大会で発揮したから、皆に紫人だと認識されたはずなのだが……
すると少女が言った。
「その点は気にしなくていいんじゃないか?」
「でも、橙星は紫星とは反対方向でしょう?マゼンタは紫星から来たかもしれないのに、これじゃあますます遠くなっちゃうじゃない……!」
しかし葡萄がコチニールに反論する。
「その可能性は限りなく低いですけどね」
「へ、そなの?」ポカンとしていた緋色が聞いた。
葡萄が言う。
「もうこれについては何度も話しましたが、赤星紫星間は赤星橙星間とは違って宇宙船の往来がありません。そもそも紫星は雪と氷に閉ざされた謎多き星です。つまり軽々しく旅行に行けるような場所ではないのですよ。もし宇宙船で行き来するとなれば余程の政治的なイベントぐらいじゃないでしょうか。でもそんな話はもう何年も聞いておりませんし」
「でも可能性はゼロじゃないでしょ?現に紫人のマゼンタが僕たちの前に現れたんだから」
コチニールも負けてはいない。
葡萄から何度説明をされても、納得出来ないものは出来ないのだ。
「けど私が本当に紫人かどうかはわからないだろう?」
「え?」コチニールが少女の言葉に身を固める。
「いやわかるだろっ」緋色も突っ込まずにはいられない。
ところが彼女は淡々と話を続ける。
「あの大会が終わった後、何度か武器を出現させようとしてみたり、空を飛ぼうとしてみたが、どうやっていいのかわ全くわからなかったし、そもそも本当に私にそんな芸当が出来たのかどうか……」
「おいおいおいおいっ、まだオレがおまえにやられまくったこと疑ってんのかっ?」緋色が地面を踏み鳴らした。
「疑っているわけではないが」
コチニールも緋色に加勢する。「マゼンタも緋色との最終戦、録画した映像で見たでしょ?そこに紛れもなく映ってたでしょ?」
「……CG?」
「違うよっ」緋色とコチニールの声が限りなく揃った。
少女は思う。
(確かに映像は見た。そこに映っていた私は、何もない所から武器を出したり、空を飛んだりしていた。でも)
マゼンタは自分の右手の平に視線を落とす。
(まるで実感がない……)
葡萄が話を切り替えるように全員を見渡す。
「とにかく、今橙星に向かっている途中でどうこう言っても仕方ありません。それにこれはクリムスンの命令ですから、私はただそれに従うだけです」
「それはそうだけど……」コチニールはやはり納得がいかない。
クリムスンの命令、つまりはクリムスン家頭首の命令だ。この家に属する者は、どんな人間でも絶対にそれを守らなければならない。けど……
コチニールの表情に気づいた葡萄は、さらに畳みかける。
「それに当の本人が気にしていないんですからいいんじゃないですか?」
そう言われたコチニールは妹のマゼンタに視線を向けた。
彼女は相変わらずの無表情でコクリとうなずく。
コチニールは軽く溜息を漏らした。
マゼンタが紫星から来たのなら、そこには家族や大切な人たちがいて、マゼンタの帰りをずっと待っているかもしれないのになぁ。もちろん、僕たちと離れ離れになっちゃうのは寂しいけど……
兄は兄なりに彼女のことを考えていたのだ。
「そーいやさ、ウチの父上もクリムスンもこれからオレたちが通うチョウサイ学園の卒業生なんだろ?」
腕のストレッチをしていた緋色が突然話題を変える。
「ええ、お二人はそこで本格的に武術を学んだのです。色光化も」
葡萄の言葉に緋色は目を輝かせ、コチニールは生唾を飲み込んだ。
マゼンタの出自に関して思うことは色々あれど、これから通う学校のことを考えると、そんな余裕はなくなってしまうかもしれない。
「色光」
赤紫色の少女はポツリ呟いた。
彼女の頭の中に、荒野で巨大生物となった父クリムスンの姿が思い出された。
赤星はその多くが火山で成り立っている。
海はないが川や泉と呼べるものは存在し、大地は赤土、空は淡いピンク色で、一応四季がある。
赤星は大小様々な国で構成され、中でも紅国は広い土地と多くの民を有し、赤星の大国と認識されていた。
その紅国の首都であるジョーガの都は、政治経済の中心地でありながら、王族や執政の住まう場所でもあり、彼らを守護する守人たちもこの土地に集結していた。
守人とは、主に王族やこの国の民、土地を他の脅威から護る役目を担う人々のことだ。
彼らは〝家〟というものに属し、数十から数十万の人間で構成されている。
その中でも最大規模であるクリムスン家は、つい最近同じく最大規模で最大のライバルであった茜色家を吸収し、名実共に紅国最強の守人一族となった。
が、その内情は何百年と続いた確執のせいで、上手くまとまったとは到底言い難い状況だった。
クリムスン家の屋敷は紅国王宮の側にある。
白壁に囲まれた敷地内には頭首の屋敷や見事な庭園、畑に加え、家に属する男たちの住居や彼ら全員が食事を取る大座敷、稽古を行う道場に弓道場まで揃っている。
勿論国外にも拠点はあるので、この敷地内に住むのはほんの一握りだが、それでも敷地面積はかなりの大きさを誇っていた。
紅国の現在の季節は冬。
地面が真っ白になるくらい雪が積もる、ということはないが、厚い灰色の雲が空を占め、ここの所は手がかじかむような底冷えの日が続いている。
そんな空の下で、クリムスン家の庭に植えられている一本の図太い木の幹を、素手で殴っている少年がいた。
木はすっかり葉を落とし、茶色の皮膚をあらわにしていたが、根気よく目の前の少年に付き合ってやっていた。
少年は名をカーマインと言った。
年は十三歳、背格好は年相応だが、毎日の稽古で筋肉の付きだけは同年代とは比べ物にならない。
真っ赤な髪と瞳を持つ彼は短い髪をツンツンと立たせ、すっかり着慣れた道着姿で、ただひたすらに木の幹を拳で殴っている。
「どうして……!どうして俺だけ橙星の軍事学園に行けないんだ……!」
指の皮が向けていく。骨に痛みが伝わる。
でもこの怒りは収まらない。
いつも兄貴ばっかり、マゼンタばっかり、しかもなんで茜色家のアイツまで……!
どうして……!どうしてなんだよ父上っ‼
カーマインは奥歯を噛みしめて木の幹を殴り続けた。
その頃、敷地内にある頭首の書斎では、縦にも横にも大きい男が机の椅子に座り、机上にぼんやりと浮かぶ画面を眺めていた。
大男の年齢は四十一歳。紫みの深い赤色の髪と瞳を持つ彼は、真っ直ぐな髪を高い位置でポニーテールにし、よく鍛え上げた体に布を前で重ね合わせ、帯で締めた服をまとっている。
現在、彼が座る椅子と机の前には、座り心地の良さそうなソファが二つあり、それらは低いテーブルを丁寧に囲んでいた。
ソファもテーブルも、基本は客人用だ。この部屋を訪れた者は当然目の前のソファに座る。
しかし今室内にいる奴は、縁側に立って窓ガラスの向こう側をぼんやりと見つめていた。
年は自分と同い年、体形はいたって平均的。背中までの真っ直ぐな髪だが、前髪は眉のところで切り揃え、服装は自分と同じ風だ。
黄みの穏やかな赤色の髪と瞳を持つ奴は言った。
「緋色たちはもう橙星に着いただろうか」
椅子に座っていたクリムスンが、ちらり茜色の背中を見る。
「私からあの子を、いやあの子だけじゃない。猩々緋や家の重鎮たちまで他国へ遠ざけて満足か?」
茜色はクリムスンを振り返った。
だが大男は机上に浮かぶ画面に視線を戻していた。
茜色の口角が上がる。
「君はそんなに私と二人きりになりたかったのか」
「なんだって?」
クリムスンの顔が思わず茜色のほうを向く。
その表情は言わずもがな、虫唾が走っていた。
けれど茜色の攻撃は止まらない。
「そういうことだろう?私の家の者は今やほぼ朱国や丹国に派遣されている。派遣と言えば聞こえはいいが要は私を孤立させるのが狙いなんだろう?いやいいよ、私が頭首でも君と同じことをするだろうからね、これが最善の判断だ」
クリムスンの口から溜息が漏れた。
「私を頭首だと認めるならさっさと吐け。あの夜おまえに聞いたことの答えを」
茜色の脳裏に数か月前の料亭での一コマが流れる。
「おまえの息子、緋色。あれはいったいどこから貰い受けた養子だ?」
今度溜息を漏らすのは茜色のほうだった。
でも彼はすぐに気持ちを切り替え、
「それを君に話すつもりはないよ。たとえ相手がどこぞの頭首だとしてもね」
「貴様……」
茜色は大男から視線をそらすと、また庭のほうを向いて灰色の冬空を見上げた。
今にも小さな白い粒が舞い降りそうだった。
「それにしても、君の子供たちはともかく、緋色は大丈夫だろうか。橙星の軍事学園で上手くやっていけるだろうか……」
空は淡い橙色で白い雲がふわふわと浮かび、地面には石のような平たく固い素材が敷き詰められている。
遠くのほうは茶色い幹に同じ色の葉をつけた木々が所狭しと並んでいるが、なぜかその辺りは視界が歪むようにゆらゆらと揺れていた。
ここは宇宙船が離着陸する基地だ。主に他の星からやって来た宇宙船がこの場所を利用するらしい。
現在灰色の地面には、薄っすら赤みを帯びた一隻の宇宙船が着陸している。
その菱形の宇宙船からは金属で出来たような幅広いスロープが伸び、赤や橙の色を帯びた髪の乗客が次々と姿を現していた。
彼らは皆重そうな荷物を手に持ち、人によっては四角い箱にタイヤが付いたものをガラガラと引きずって、先を急いでいる。
彼らの中には勿論、鮮やかな髪と瞳を持つ一行も混じっていた。
若い四人はスロープの奥から顔を覗かせると、遠くの淡い景色を眺めた。
「着いた……ここが、橙星なんだね……」
「ええ、学園都市、カイクウの都です……」
コチニールと葡萄が感慨深げに言った。
二人の隣に立つ緋色も思いはひとしおだった。
宇宙船に乗るのも、赤星を出るのも、橙星に来るのも、人生初めての経験だ。
が、少年はどうしても口に出して言いたいことがあった。
「てゆうかさ……暑っっ‼」
そこら中全てをもわ~んとした熱気が漂っている。
まだ橙星の大地に降り立ってすらいないというのに、少年の全身から汗が吹き出した。
「なんなんこれ、めっちゃ湿度高いんだけど!今何パー⁈」
コチニールも顔を手で扇ぐ。「まるで紅国の夏みたいだね」
「いや、それ以上ですよ……」
葡萄の顔からも汗が滴り落ちた。
「橙星は赤星より温度も湿度も高い。赤星のように四季はなく一年中暑い、とガイドブックに書いてあった」
「おまえなんでそんな冷静なん⁈」
落ち着いて解説する赤紫色の少女に緋色は呆れた。
「マゼンタ暑くないの?」
コチニールが妹に尋ねる。
「暑い」
「全然汗をかいていないようですけど……!」葡萄が眼鏡の汗を袖の先で拭った。
「ああ、だが暑いことは暑い」
そうは見えない……!
緋色とコチニールは同時に同じことを思った。
マゼンタは暑いと言っているが、汗一つかいていないし、顔色もいつもと同じく真っ白だ。
「とにかく、早く先へ進みましょう……!」
葡萄に促され、彼らは各々四角い荷物を引きずりながらスロープを降りていった。
「そういえばここに着いたら赤星語禁止じゃ……」
スロープを降りながらマゼンタが気づいた。
「そうでした……」葡萄が既にぐったりとした様子で呟く。
「おまえいらんことを!」緋色が少女に突っ込む。
「もう学校に着いてからでいいよ……」コチニールがその場を収めた。
マゼンタを除く三人は、あまりの暑さに一刻もこの場所から離れたかったのである。
彼らが降り立ったカイクウの都は、広大な茶色い森の中に作られた学園都市だ。
周囲は鬱蒼とした森がどこまでも広がっているのに、都の中心には近代的な建物やビルが立ち並び、人々は様々な分野の学園に通って学びを深め日々の生活を送っている。
また、生徒は橙人だけにとどまらず、赤星、黄星からも毎年多くの留学生がこの都市を訪れている。
その中でも都立チョウサイ軍事学園は敷地面積、生徒数でも橙星で最大規模を誇る全寮制の学園で、戦闘部、衛生部、研究開発部など、軍事において必要不可欠な教育プログラムを展開していた。
生徒たちは約三年でカリキュラムを履修するが、この軍事学園にはもう一つの役目があり、それは有事の際、その本拠地に変貌することだった。
チョウサイ軍事学園はとにかく広い。
在学中に全ての場所を網羅出来る生徒はいないとさえ言われている。
勿論、自分と関わりのない学部もあるから、敢えてその場所へ行こうとする生徒が少ないだけかもしれないが、新入生が迷子になるのは日常茶飯事だった。
基本的に学園には、学園自体を囲む仕切りのようなものが存在しない。壁もなければ柵もない。
道を歩いていたら既に学園の中だった、これがチョウサイ軍事学園である。
だから彼らも自分たちと同じような格好をした生徒たちに交じって、整備された歩道を歩いていた。
歩道の脇には茶色い幹に同じ色の葉を生やした木が等間隔に並び、その隣には車道も一応整備はされているのだが、そこを走る車の姿はほとんどない。
視界の奥には茶色い石造りの校舎がどっしりと構えている。四階建ての四角いその建物が、これから自分たちが主に授業を受ける校舎となるらしい。
しかし淡い橙色の空も、交通量のほとんどない道も、チラホラと歩く他の生徒たちも、これが本当に軍事学園なのだろうかと疑いたくなるほど、のんびりとしていた。
「サイズぴったり!」
緋色がはしゃぎながら先頭を歩いている。
「また制服のお世話になるとは」葡萄が自らの服装を何とも言えない顔で見下ろした。
「みんな似合ってるね。マゼンタもカワイイ」
「カワイイ?」
「うん、カワイイよ、すごく」
「あ、ありがとう」
兄コチニールの褒め言葉に、妹はなぜかむず痒さを感じた。
マゼンタ、コチニール、葡萄、緋色の四人は、学園指定の制服を着用していた。
首に添うような少し高さのある襟、長袖で体に密着するような白い生地に茶色の縁取りが入り、女子はそれが肩から足首まで覆い、男子は肩から膝までの丈となっている。そして下は縁取りと同じ色の足首まであるパンツを着るのが学園の決まりだった。
「てかさ……」緋色が立ち止まり、皆も歩みを止める。
「暑……」
緋色、コチニール、葡萄の言葉が揃った。
自分たちの周囲を、もわ~んとした熱気が漂っている。
立っているだけで、何もしていないのに、体中の汗が次から次へと滴り落ちていった。
この熱気は橙星に到着した時からずっ……と、辺りに充満している。
緋色は思わず制服の襟を引っ張った。
「なんでこの制服首まで詰まってんの⁈」
「ちょっと、赤星紅国一守人が制服を着崩さないでくださいよ」葡萄がすかさず注意する。
「なにキクズスって、赤星語でしゃべってよ」
「赤星語は厳禁だって言ったじゃないですか」
「じゃあ何言ってるかわかんなーい」
「あなたのお父上にご報告いたしましょうか?ご子息は素行が悪くていつも先生方から注意を受けていますと、制服の件で」
「おまえほんと性格悪りぃな……!」
「私はただあなた方が無事この学園を卒業するのを見守る義務があるだけですので、性格のことはどうぞお気遣いなく」
「こいつっ!暑いのにますます暑くなんだろーがっ!」
「まあまあ二人共落ち着いて。葡萄もその辺にしてよ、ね?」
コチニールが緋色と葡萄の間に割って入る。その顔はもうこの地に着いてから何百回目かの苦笑いだ。
「私は別に」葡萄が僅かに唇を尖らせる。
するとマゼンタが言った。
「でも、皆橙星語が上手いな。緋色もちゃんと喋れてるし」
三人の男たちは一瞬ポカンとなる。
(そういえば……)葡萄は緋色に目をやった。
コチニールとマゼンタについてはそんなに心配はしていなかったが、緋色の橙星語に関しては絶望的だと思っていた。
けれども確かにマゼンタが言う通り、緋色の言葉は割と様になっている。
「だろっ⁈やっぱオレスゲーっ!」
「宇宙船の中で朝から晩までみっちり勉強したもんね」と、コチニール。
「うんうん!葡萄のしごきにも耐えたし!」
緋色はわざと泣きべそ顔を作って見せた。
「あれはしごきでは……とにかく先に進みましょう、ここは暑すぎますので」
葡萄はそう言うと皆に背中を向け、一人さっさと行ってしまう。
眼鏡の彼の後姿を見つめる緋色は、マゼンタとコチニールに尋ねた。
「なんか葡萄ってさ、オレにだけやけに冷たくない?」
「葡萄はだいたいあんな感じだ」
マゼンタが噓偽りなく正直に答える。
赤星紅国にあるクリムスンの屋敷で出逢った時から、葡萄はマゼンタに色々なことを教えてくれたが、決して甘やかすようなタイプではなかった。
「そうなの?おまえたちも苦労してんだな」
緋色の言葉にコチニールが苦笑いをさらに追加する。
でも、緋色が言っていることはちょっと当たっているかもしれない。その理由は明確だ。
緋色が茜色家の人間だから……
コチニールは妹とは違って、葡萄の態度から彼の本当の思いを感じ取っていた。




