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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
81/130

第80話 決着


 西側のリング脇に立つ茜色(あかねいろ)も上空の彼女に気づいた。

「浮いて――⁈」

 西側二階客席に座るストロベリーとローズも空を見上げながら啞然としている。

「なっ……⁈」と、ストロベリー。

紫人(むらさきびと)……‼」と、ローズ。

 東側二階客席に立つクリムスン家の男たちも上空を見上げている。

カーマインが疑問をただ口に出す。

「なんで、浮いて……⁈」

「あれも紫人の特徴の一つです……!」

葡萄(えび)が何とか気持ちを抑えて答えた。

「すげー……」

ワインが何度も瞬きを重ねた。

 三階の客席にせり出す丹国(にこく)特別室では、王の丹色(にいろ)が長机の上に立って呆然としている。

「なっなっなっなっなっなっなっなっ……」

丹色はそれしか言葉に出来なかった。

 丹国特別室の隣、朱国(しゅこく)特別室でも朱色(しゅいろ)王と真朱(しんしゅ)王子が窓ガラスにへばりついて空を見上げている。

「もう人間じゃねえ……」

真朱がポカンとして言った。

「あれが紫人だ……!」

朱色王もゴクンと唾を飲み込んだ。

 楽坊特別室の楽師たちも窓辺から空を見上げている。

「マゼ、ンタ?」

横笛奏者のシェルが何とか言葉を発した。

楽坊にマゼンタが入ってきてからいつも側にいて、いっぱい練習をして、いっぱい話をして、互いに切磋琢磨してきた友人が、なぜか人間離れした技をやってのけているその姿に、彼女は理解がとてもじゃないが追い付かなかった。


 観客の誰もが言葉を失ったまま空を見上げている。

リングの下にずり落ちた審判錆色(さびいろ)は啞然としながらも、自らの職務を全うしようとした。

「わ、私の夢でなければ、マゼンタ選手が、空に浮いていますが……」

彼は自分でそう言っておきながら、いったい私は何を解説しているのだろう……錆色がそんなことを思った時だ。

上空に浮かぶ少女の姿が不意に消えた。

 彼女は一瞬でリングにめり込む緋色(ひいろ)の元に移動し、鋭い拳を少年に振り下ろそうとする。

が、めり込んでいた少年の瞳がかっと開いたかと思うと、彼の姿は少女が拳を打ち付ける直前で消えていた。

彼女はそのままの勢いでリングに拳を食らわせる。

リングが中央からバキバキと音を立てて砕けた。

 リングの下にずり落ちていた審判錆色がわけもわからずに風圧で吹き飛ばされる。

東と西のリング脇にそれぞれ立っていたクリムスンと茜色は、顔を腕で(かば)いながら風圧に耐えた。

目の前のリングが粉々に砕けていく。

それと共に粉塵と埃が大量に舞い上がった。

息子は、娘は、どうなったのか……⁈

彼らの脳にそれらがよぎった瞬間、リングに拳を打ち付けていたマゼンタの背後から威勢のいい声が降ってきた。

「おりゃあああああっっ‼」

少女が振り返ると、少年が拳を振り下ろそうとしていた。

が、彼女はその拳を片手で受け止める。

少年が驚いたのも束の間、少女は彼を殴りまくった。

でも少年も負けてはいない。

殴られつつも防戦なんかするはずもなく、相手をとにかく殴りまくった。

相手の姿はほぼ確認出来ない。自分の拳が当たっているのかもわからない。

それでももうやられっぱなしは絶対に嫌だった。

二人の動きはあまりにも速い。

その為周囲には、赤と紫の光がキラキラと輝いているようにしか見えなかった。

 東側二階客席のカーマインが呆然とする。

「あ、あまりに速すぎて……!」

「何も見えません!」葡萄が叫んだ。

 西側二階客席のストロベリーもとりあえず問うてみる。

「いったいどうなってるの⁈」

この問いの答えに辿り着ける者などいないだろう。

それでも言わずにはいれなかった。

 三階、紅国(くれないこく)特別室の上段中央の席に座る紅色(べにいろ)王の顔がほころんだ。

「まるで光が舞っているようじゃ」

窓ガラスにへばりつく韓紅花(からくれない)姫も瞳を輝かせる。

「きれい……」

上段の座席に座る執政紅樺(べにかば)は相変わらず身を乗り出したままだ。

「マゼンタ……」

今彼女がどうなっているのか全く予想はつかないが、恋する相手の身の安全だけをただただ祈っていた。

上段端の席に座る執政灰桜(はいざくら)は唸る。

「紫人と対等に戦える赤人(あかひと)がいたとは……!」

それは彼にとって前代未聞の出来事だった。


 崩れたリングの上に浮かぶように、マゼンタと緋色は互いを殴り蹴りまくっている。

少女の攻撃は言わずもがな相手に命中していたし、少年の攻撃もまた、相手に命中していた。

 東側のリング脇に立つクリムスンは、あちこちに移動する赤と紫の光を目で追っている。

しかし彼には納得がいかなかった。

紫人であるマゼンタが空を飛べるのはわかる。だが赤人である奴まで空を飛んで彼女と戦っているというのは、どういう……

 西側のリング脇に立つ茜色も、素早く動く赤と紫の光を目で追っていた。

「緋色、やはりおまえは……」

少年の父はポツリと呟いた。

 二階客席の通路に立つアガットと臙脂(えんじ)も、手摺の前に並んで赤と紫の光を見つめている。

「もはやセキエの毒は切れたみたいだな」

臙脂が同僚に告げた。

アガットは冷たい眼差しで舌打ちを返した。

 リング上空のマゼンタが緋色の腹に膝打ちを食らわせる。

「ぐはっ‼」少年の内臓が口から吹き飛びそうになった。

続けて彼女は彼の背中を拳で殴り落とす。

緋色が既に崩れたリング上に激突した。

リングが中央から波打つように破壊され、破片が周囲に飛び散った。

リング脇にそれぞれ立つクリムスンと茜色が腕を上げ、破片から顔を庇う。

リング上空に浮かんでいたマゼンタは、一瞬で少年の元に着地した。

緋色がまたボロボロに砕けたリングの中央にめり込んでいる。

だが彼女は普段通りの無表情で少年を見下ろした。

東側二階客席のカーマインが言う。

「やっと見えたっ!」

でもすぐさま彼の表情が固まる。

「こ、これは……」

葡萄もそれしか言葉に出来ない。

 同じく西側二階客席のストロベリーも、何も言えず、ただ口に両手を当てる。

彼女の隣に座るローズは目を薄く開き、リングを見つめた。

 丹国特別室の丹色王も、朱国特別室の真朱王子も驚きの声を上げる。

だが真朱王子の隣に座る朱色王は、リングを冷静に見下ろしていた。

 楽坊特別室の楽師たちは恐怖で固まり、紅国特別室の紅色王は息を吞む。

韓紅花姫は「ひ、緋色……?」と泣きそうになり、

執政紅樺は「マゼンタ……?」と、愛する人の名を口にした。

上段端の席に座る執政灰桜は、何も言わずにリングを見下ろした。

 二階客席の通路に立つアガットと臙脂はただただリング上の二人を見つめ、会場側にある病院の談話室では、猩々緋(しょうじょうひ)が愕然としていた。

「そんな……」


 彼ら全員の目にはボロボロになった二人の姿が映し出されていた。

瞼も頬も腫れ、口元は切れ、服は破れ、両手はぱんぱんに膨れ上がり、体の関節が不自然に曲がっている。

それでも赤紫色の少女は目の前の少年を見下ろし続けていた。

少年はリングにめり込んだまま、瞼こそ開いてはいるが、目はとかく虚ろだった。

リング脇に立つクリムスンが少女をじっと見つめている。

 反対側のリング脇では茜色が呆然と息子の名を呟いた。

そこへ、リングが破壊されたことでどこかに吹き飛ばされていた審判錆色が、ふらふらとやってくる。

「え、ええと……」

彼は原形を留めないリングに近づいた。

そしてぼうっとする頭で仕事を再開する。

「マ、マゼンタ選手が立っていて、緋色選手が、リングに、め、めり込んでいるようです……いったい、いつの間に、こんなことになっていたのか、わかりかねますが、と、とにかく、カウントを、取りたいと思います……」

ところが、だ。

赤紫色の少女はめり込む少年のすぐ傍まで歩くと、自らの右手を光らせた。

その光は最初は丸く形作られたが、やがて長く伸びると、(つか)がマゼンタ色の(けん)となった。

 リング脇に立つクリムスン、茜色、錆色が目を見開く。

 東側二階客席のカーマインはうろたえた。

「な、なんでアイツ、剣なんか……」

カーマインの隣に立つ葡萄とワインも、少女の行動の意味がわからない。

 西側二階客席のストロベリーとローズも目を見張る。

「ど、ど、ど、ど……⁈」と、ストロベリー。

ローズも「何をする気だ……⁈」

 二階客席の通路に立つアガットと臙脂がはっとして手摺から身を乗り出す。

リングの少女が剣の柄を両手で掴んだ。

 西側のリング脇に立つ茜色が思わず歩み出る。

「君はいったい何を……⁈」

 その反対側でクリムスンも歩を進めていた。

「マゼンタ!もういい充分だ!もう勝負はついた!私たちの勝ちだ!だから……!」

クリムスンは彼女に叫んだ。

しかし少女は剣を上に持ち上げる。

その刃先は緋色の心臓を狙っていた。

 会場中の人間が息を飲み込んだ。

カーマインも葡萄もワインもストロベリーもローズもアガットも臙脂も紅色王も灰桜も紅樺も韓紅花姫も朱色王も真朱王子も丹色王も桃色(ももいろ)もパステルもシェルもポピーも楽師たち全員、クリムスン家の男たち、茜色家の男たち、観客、試合の中継を見守る猩々緋や赤星中の民全てが己が目を全開にした。

 少女が少年に剣を勢いよく下ろそうとする。

茜色もクリムスンも息子、娘の名を叫ぼうとした。その時、


「マゼンタああああああああっっ‼‼」


しんとした会場内に大声が響き渡った。

その声にマゼンタの動きが止まる。

剣の刃先は緋色の体に達する寸前で止まっていた。

マゼンタは自分の名を呼んだ方角に目を向ける。

 東側、二階客席の通路に、見覚えのある少年が立っていた。

全身に絆創膏と包帯を巻かれ、緩い着物を身に着けた彼は、ボルドーに体を支えられて何とか姿勢を保とうとしている。

彼は心の中で叫ぶ。

(マゼンタ、もうやめて……‼)

 少女は彼の姿を認識すると、

「コチニール……?」

兄の名を口にした。

その途端、彼女の手の中から剣が消える。

そして足元に倒れている少年を見下ろした。

「緋色……?」

マゼンタの首が僅かに傾いた。

クリムスンが叫ぶ。

「審判っっ‼」

「は、はいっ!一・二……!」

崩れ落ちたリングの脇で、審判錆色がカウントを取り始めた。

マゼンタは相変わらず緋色を見下ろしている。

緋色は瓦礫に埋もれ、虚ろな目をしたまま気絶しているようだ。

会場の全員が審判のカウントを見守った。

試合中継を見守るこの星の民も同様に固唾をのんだ。


「九……!」

錆色の声が響く。

 西側のリング脇に立つ茜色が目を見開いたまま息子の名を呟く。

 東側のリング脇ではクリムスンが拳を握りしめた。

錆色が告げる。

「十!勝者、マゼンタ選手!よって、今大会優勝チームは、クリムスンチームに決定いたしました!」

会場内はしんとしたままだった。

本来なら拍手なり歓声なり罵声なりしそうなものだが、誰もが一切それらの行動を取らない。

 東側二階客席の通路に駆け付けたコチニールが言う。

「勝った……」

その瞬間、彼の体から力が抜けた。

「コチニール……!」

ボルドーが慌てて彼を支える。

 客席に立つクリムスン家の男たちは呆然としていた。

「勝った……」カーマインが言う。

「勝ちました……」と、葡萄。

ワインも「ああ……」と、呟く。

 会場の側にある病院の談話室では猩々緋が両膝をガクンとつき、涙を大量にこぼしていた。

 紅国特別室の執政灰桜は微笑する。

「これでクリムスン家が王宮守人を獲得したと同時に、茜色家も手に入れたか……!」

灰桜の唇は小刻みに震えていた。

 けれど崩れ落ちたリングでは、マゼンタが呆然と緋色を見下ろしたままだった。

緋色は相変わらず虚ろな目で気絶している。

これは、なんだ……?

少女が自分に問いかける。

なぜ、こんなことに……?

彼女にはこの状況の意味がわからなかった。

「緋色……私、は……」

少女がそう口にするや否や、意識が途切れた。

 倒れていく娘を目にしたクリムスンが瓦礫に駆け上がる。

反対側でも茜色が呆然としたまま息子の名を呼んで瓦礫に上がった。

クリムスンと茜色が、それぞれ瓦礫の中央付近に進む。

そこには共に虚ろな目で向き合うように倒れる、緋色とマゼンタの姿があった。




















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