表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
80/130

第79話 名刀


 緋色(ひいろ)がマゼンタの槍を刀で受け止めている。

あとほんの一瞬遅かったら、自分は串刺しにされていたに違いない。

でもそれを何とか回避した。

自分の目の前で少女は驚いたように瞼を持ち上げている。

 東側選手入場口前に立つクリムスンは思わず声を漏らす。

「なっ――⁈」

 二階客席のクリムスン家の男たちは言葉を失っていた。

「アイツっ――⁈」カーマインは頭が沸騰するように相手の少年を罵倒した。

 反対側、西側二階客席のストロベリーとローズは目を見開いたままだ。

「緋色っ……!」ストロベリーが安堵したように少年の名を呼ぶ。

 リング脇に立つ茜色(あかねいろ)は額から汗を垂らしつつも微笑んだ。

「間に合った……!」

 リング上では緋色がマゼンタの槍を刀で受け止め、互いの刃先が合わさりカチカチと音を鳴らしている。

少年が歯を食いしばる。

(すっげー力っ……!ちょっとでも気ぃ抜いたら、持ってかれるっ……!)

 三階、紅国(くれないこく)特別室では韓紅花(からくれない)姫が窓ガラスにへばりついて瞳を輝かせていた。

「緋色っ‼」

姫は思わず少年の名を叫んだ。

でも周りの誰もそれを気にしない。

誰も自分たちが友人だと気づきもしない。

なぜなら室内にいる全員が試合に集中していたからだ。

韓紅花姫は思う存分、少年を応援することにした。

上段中央の席に座る紅色(べにいろ)王が言う。

「おお、あの子もやるのお」

「さようでございますな」

王の斜め後ろに控える退紅(あらぞめ)がお決まりの返答を述べた。

上段端の席に座る執政灰桜(はいざくら)は拳を握りしめる。

(さすが守人の子、刀も扱えるか……!)

灰桜の少年への評価は一気に上昇した。

 紅国特別室の隣にある朱国(しゅこく)特別室では、真朱(しんしゅ)王子が頬っぺたを窓ガラスにこすり付けている。

「アイツすげーっ!」

紫人(むらさきびと)の武器を赤星の刀で受けるとは、あのガキ……!」

王子に負けず劣らず額を窓ガラスに付けた朱色(しゅいろ)王も感心していた。

 朱国特別室の隣にある丹国(にこく)特別室では、丹色(にいろ)王が長机の上に立って大声を張り上げている。

「おっしゃあっ‼その意気だっ‼そのまま突っ込めぇいっ‼」


 「これは緋色選手、父親の茜色選手から刀を得てマゼンタ選手の槍を寸での所で防ぎましたっ!なんともハラハラさせられるじゃないですかっ!」

選手たちから距離を取った審判錆色(さびいろ)が汗を拭って解説する。

茜色が緋色に放った刀は、第二試合でクリムスンと戦った時に使用した刀だった。

彼は腰に戻してあったその武器を息子に投げ飛ばしたのだ。

 二階客席の通路に立つ臙脂(えんじ)が無表情で言う。

「危機一髪だな」

「まぁ、あのくらいはやってもらわないとね……」

彼の隣に立つアガットはほっと胸を撫で下ろした。

 リング上では未だ緋色がマゼンタの槍を刀で受け止めている。

だがその腕はぷるぷると震えていた。

(くっそ、もう手がもたないっ……!)

相手の力は想像以上だった。

これが齢十七の女の力かと思うほど強かった。

自分だって大の大人を軽く投げ飛ばすし、相手が何らかの武術を習得していたとしても、それなりに対処は出来る。

なのに、こいつの、この力は、異常だ……!

緋色のこめかみを無数の汗が伝った。

「なるほど、刀も練習したのか。ならば」

少女の言葉に緋色がはっとする。

マゼンタが不意に力を抜いた。

(来る――‼)

少年がそう思った次の瞬間、少女の槍が炸裂した。

槍の穂は次々と緋色に襲い掛かる。

少年はその穂を刀で払いのけていった。

瞬きが間に合わない。

相手のスピードについていくにはずっと目を開いて、ずっと腕を動かして、体を動かして、己が刀に命令を下さなければやられてしまう。

審判錆色が思わず逃げ腰になる。

「こっ、これはっ、物凄い斬り合いが始まりましたっ!と、申しますか、マゼンタ選手が、一方的に緋色選手を、追い込んでいるようにも見えますが……!」

 西側選手入場口前に立つ茜色が啞然とする。

速い!あの少女はこんなにも槍に長けていたのか……!

 東側選手入場口前のクリムスンは息をつくのも忘れて娘の勇姿を見守った。

マゼンタのスピードが戻った……!いや、それ以上か⁈

リングでは相変わらず赤紫色の少女が緋色少年に槍を突きまくっている。

少年はそれを何とか刀で防いでいた。

(くっそ、速ええっ!)

少年の額から大粒の汗が次々と飛び散った。


 三階、楽坊特別室では、窓辺に集まる楽師たちが皆真剣に試合を見つめている。

「マゼンタ、すごい……!」

少女の友人である横笛奏者のシェルがやっと言葉を口にした。

「目で追いかけるのがやっとですわね……!」

シェルの横に立つ自称ライバルのポピーも少女の姿を追う。

 楽坊特別室の隣にある紅国特別室では、上段の座席から執政紅樺(べにかば)が身を乗り出していた。

彼は呆然と呟く。

「あなたは、いったい……」

紅樺が知るのは、真面目でひたすら音楽に向き合う楽師の少女だった。

こんな風に戦う彼女を、彼は知らなかったのだ。

 東側二階客席に立つ葡萄(えび)が言う。

「これが、紫人の力……!」

「俺たちが敵わないわけだ……!」

男衆の纏め役であるワインが溜息をついた。

二人の隣で、マゼンタの兄であるカーマインは悔し気に拳を握りしめる。

 しかし西側二階客席の密偵二人は、ある事象にちゃんと気づいていた。

「でもでもっ、そんなマゼンタ相手に緋色もよくやってるよ!ねっ⁈」

ストロベリーが隣に座るローズに聞く。

「ああ、確かにあの少年の力も尋常じゃない」

茜色の息子だから?幼い時より練習を積んできたからか?

密偵集団の頭首ローズは考え込むように顎に指を添えた。

 東側選手入場口前のクリムスンもずっと疑問に思っていた。

本来の力とスピードを手に入れ、それ以上を発揮しているマゼンタに対し、奴はどうしてついていける……!茜色、貴様いったい自分の息子に何を教え込んだ……!

クリムスンはリングの向こう側に立つ相手を睨む。

 ところがその相手はひたすらに息子の姿を追い続けていた。

(緋色がずっと押されている……!相手に反撃することはおろか、防戦するしかないだなんて……!)

茜色家頭首にはその光景が信じられなかった。


 会場の側にある病院の談話室では、患者やスタッフたちがテレビに群がっているその最前列で、茜色の右腕である猩々緋(しょうじょうひ)が少年を応援している。

「緋色様っ‼」

猩々緋はテレビ画面いっぱいに自らの唾を飛ばしまくった。

勝てばクリムスン家が自分たちのものになり、負ければ自分たちが相手の家のものになる。

これは何が何でも緋色様に勝ってもらわねばならない!

彼の気迫に負けたのか、周囲の患者とスタッフたちも少年を応援し始めた。

 会場のリングではその緋色がマゼンタに押されまくっている。

反撃したい、何とかやり返したい、でもそんなことが出来る余裕はなかった。

(くそっ!これじゃやられっぱなしじゃねーかっ!なんとか、なんとか、こいつの隙をついてやり返さなっ……!)

その時、マゼンタの瞳に光が差した。

(ヤバっ――!)

緋色が思わず(つか)に力を込める。

相手の槍が自分に振ってくる。

少年はそれを刀で受けようとした……次の瞬間――

目の前の刀が真っ赤な炎に包まれた。

炎は刃の部分を覆うように勢いよく燃え盛っている。

緋色とマゼンタ両名が目を見開いた。

同時に二人の刃がガチっと合わさった。

 リング脇に立つそれぞれの頭首も、彼らの家に属する男たちも、二人を応援する者たちも、全員が自分の目を疑った。

 紅国特別室の窓ガラスにへばりつく韓紅花姫が叫ぶ。

「なにあれっ⁈火ぃ出てるよ火ぃっ‼」

 リング上の二人は炎で包まれた刀と槍とを押し合わせている。

が、緋色少年は心底驚いていた。

「なんか出たあっ‼」

少年は目の前で燃える刀に釘付けになっている。

「なんだこの刀は⁈」

マゼンタが問う。

「オレにもわからないっ!」

「はあっ⁈」

 リング脇に佇む少年の父、茜色は目を見開いたまま呟く。

「あれは名刀オモヒ。我が茜色家に代々伝わる家宝で、いつの時代もその頭首が受け継いできた。あの刀には不思議な力が宿って……!」


 「いるわけなかろうがあっ‼」

病院の談話室でテレビを凝視する猩々緋が頭首の台詞を打ち消した。

確かに茜色が言う通り、オモヒは名刀だ。

でもこんなおかしな力が宿っているなど聞いたことがない。

 会場の東側選手入場口前に立つクリムスンが少年の刀に啞然としている。

「なんだあの刀は……!そういう仕掛けなのか⁈」

武器によっては様々な仕掛けが施してあるものも存在する。

茜色が今大会に持ち込んだあの刀も、炎を吹き出すよう細工がしてあってもおかしくはない。

 しかしリング上の少年は、

「とにかくなんかわからんけど、めっちゃ強そうっ!」

自分の手に収まった刀から出た炎に心を弾ませていた。

選手たちから離れた所に立つ審判錆色が叫ぶ。

「緋色選手、思いがけず刀から炎を吹き出させましたっ!これはいったいどういう仕組みなのでしょうかっ!」

少年の刀に槍の穂を打ち付けているマゼンタが心の中で突っ込む。

(いや本人もわかってないけどなっ!)

 丹国特別室では丹色王が緋色を応援している。

「よっしゃあっ‼よくわらんがそのままいけえっ‼」

 隣の朱国特別室では真朱王子が目を真ん丸にしていた。

「緋色やっぱすげーっ!」

「紫人の姉ちゃんが明らかに優勢だったはずだが、これはどうなるか……!」

王子の隣で額をガラス窓にこすり付ける朱色王も手に汗を握っていた。

 二階客席の通路に立つアガットは引きつった笑顔を浮かべている。

「へえ、やるじゃないの、あの子」

同僚の顔を見た臙脂が尋ねる。

「なんで嫌そうなんだ?」

 東側二階客席のクリムスン家の男たちは騒然としていた。

「なんなんだよあの刀はっ⁈」

カーマインが緋色の刀を非難する。

「あの子の父親が何か仕込んだに決まってるでしょうっ!」

葡萄が自分の眼鏡の蔓を両手で鷲掴みにした。

 西側二階客席のストロベリーは少年を笑顔で応援している。

彼女の隣に座るローズは、

「君はほんと応援する対象を一つに絞ったほうがいいよ」

今更ながら部下の彼女に助言を与えた。

 リングでは尚も二人が刀と槍を押し合わせている。

するとマゼンタが熱そうに顔をしかめた。

それと同時に、物凄い力で刀を押さえ込んでいた槍がほんの少しだけ緩む。

(マゼンタが刀の熱でやられてる⁈もしかして今なら……!)

緋色はさらに刀で槍を押した。

押されたマゼンタの眉間に皺が寄る。

その時だ。

槍の穂先がぬるぬると揺らぎ始めた。

少女が目を見開く。

(炎で、溶けてる……⁈)

 リング脇のクリムスンもその状況に気がついてはっとした。

マゼンタが持つ槍の穂先がどんどん溶け始めている。

(このままでは武器がもたない……!)

少女は眼前の緋色に目をやった。

さすがに少年もそのことに気づき、

「といやあああっ‼」と、力の限り刀で槍を押し返してくる。

「――‼」


 会場の側にある病院の廊下は(せわ)しなかった。

普段はほとんど人のいない場所なのに、今は屈強な男たちが幾人も廊下を行ったり来たり、とある病室とどこかを往復している。

病室の前に立つボルドーは、その彼らから何かを小声で告げられていた。

「わかった、ありがとう……!」

彼に何かを告げた男たちは廊下を去り、残されたボルドーは病室の扉を静かに開ける。

まったく、試合はなんてことに……

彼がそう思いながら病室に入って窓際へ進んだ時だ。

それまで絆創膏と包帯だらけでベッドに横たわり、準決勝以来一度も目を覚まさなかったコチニールの目がふわり開いていたのだ。

「コチニール⁈」

ボルドーが少年のベッドに近づく。

「ボルドー……?」

ボルドーの目の縁に涙が溜まり始める。

「やっと目が覚めたか……!」

「あれ……僕……」

「準決勝戦で戦ってからずっと眠っていたんだ……!でもよかった、目を覚ましてくれて……!」

「準決勝……?」

放心状態のコチニールの記憶がやっと動き出す。

確か、テラコッタ王子に、殴られて……

コチニールははっとする。

少年は上体を起こそうとしながら「えっ、じゃあ大会は⁈」

「それが……」


 会場のリングでは緋色がマゼンタの槍を炎の刀で押し込む。

「やあああっ‼」

しかし少女は咄嗟に槍を消しつつ後方へと跳んだ。

「ぅああっ!」

それまで拮抗していた力が途端に解放され、緋色は前のめりに倒れそうになる。

が、その間にマゼンタは手中に弓を出現させていた。

「また弓っ⁈」

少女はすぐさま矢を放ち、それは少年の肩をかすった。

「っ――!」

緋色が痛みで顔をしかめる。

(的が近づいてきた!)

マゼンタは再度矢を出現させて放った。

だが少年はそれを刀で斬り落とす。

斬られた矢はその場でさっと消えてなくなった。

少女が少年の刀を睨む。

(なるほど、あの炎の刀を何とかしないとだめか……!)

彼女は緋色の目の前に一瞬で跳んだ。

「マっ……⁈」

少年が彼女の姿を認識してその名を口にしようとした時、相手は脚を振り上げ炎の刀を真横に蹴っていた。

「――⁈」

刀は緋色の手を離れ一階客席の壁に突き刺さる。

 リング脇のクリムスンが驚愕し、反対側のリング脇でも茜色が叫ぶ。

「オモヒがっ――‼」

 その僅かな間にも、マゼンタは相手の胸を高速で殴り、さらには脚で蹴り飛ばす。

緋色は一瞬で一階客席の壁に激突した。

客席の壁は少年をかたどるように亀裂が入り、破片がボロボロと崩れ落ちた。

けれど少女は()めない。

彼女は壁にめり込む緋色に向かって飛んだ。

が、その瞬間少年の目がかっと開く。

少女は彼を殴ろうと構えていた。

でも彼の姿はどこかに消えていたのだ。

「⁈」

マゼンタが背後を振り返ろうとする。

次の瞬間、自分の背中に衝撃が走った。

少女はそのまま真横の壁に激突していた。

壁にひびが入り破片が落ちていく。

「っしゃあああっ!」

緋色はリング脇に滞空したまま、喜びをあらわにする。

これでやっとマゼンタに一撃を食らわせることが出来た!

「何がだ」

「っ――⁈」

少年がたった今壁に蹴り飛ばしたはずの相手を目の前で確認した時、彼は既に殴られまくっていた。

そして彼女は脚を高く上げ、緋色に踵落としを食らわせる。

緋色はリングに勢いよく落下してめり込んだ。

リングの中央がひび割れて破片がそこら中に飛び散った。

「んぎゃぁっ!」

突然どこからともなく現れて、しかもリングにめり込んだ少年を目にした審判錆色は、叫び声を上げつつリングからずり落ちた。

 会場の誰もが目を見開いている。

客席の人間も、特別室の人間も関係なく、全員がリングに突然叩きのめされた少年に言葉を失っていた。

 楽坊特別室の桃色(ももいろ)が問う。

「今、何が……?」

 リング脇に佇む茜色が息を呑む。

見えなかった……!オモヒが壁に突き刺さった所までは、目で追うことが出来た……!でもその後は、気づいたら緋色がリングに……!

 反対側のリング脇に佇むクリムスンも思っていた。

(まるで光だった……赤と紫の光が、ぶつかるように(はじ)け合って……!)

リングでは緋色がうつ伏せでめり込んだまま動かない。意識があるかどうかもわからない。

リングの下にずり落ちた審判錆色は、恐る恐る顔を出す。

「こ、これは、いったい、どういうことでしょう……?緋色選手がいつの間にか、リングに倒れて、いや、めり込んでおります……いったい、何が、どうして……」

錆色の声は恐怖で裏返った。

 二階客席の通路に立つアガットは(うめ)き声を漏らし、隣に立つ臙脂は冷静にリングを見つめている。

審判錆色はリングの上に顔だけ出しながら、

「そして、マゼンタ選手の姿が、どこにも見えませんが……」と、辺りを見回した。

リング脇に立つクリムスンがはっとして上空を見上げる。

赤紫色の少女が空の高い所に浮いて、めり込む少年を見下ろしていた。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ