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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
79/130

第78話 彼女の正体


 リング脇のクリムスン、二階客席のカーマイン、葡萄(えび)、クリムスン家の男たち全員が目を見開いている。

 西側二階客席に座るストロベリーとローズも彼らと同様の表情だ。

「なにあれ……⁈」

ストロベリーの声が尻すぼみになる。

「まさか……!」

ローズも自分自身の目を疑った。

 二階客席の通路に立つ塾講師たちは愕然としている。

「おいおいおいおいおいおいおいおい……!」臙脂(えんじ)が首を小刻みに振れば、

「マジですかあっ⁈」アガットが手摺から身を乗り出した。

 リング脇で息子に向かって微笑んでいた茜色(あかねいろ)は、明らかにおかしな背景に顔が凍り付く。

リング中央に立つ緋色(ひいろ)は、自信満々に茜色を振り返っていた。

けれども父の顔がどんどん変化していく。

「父上?」

その時、少年は背後に何かただならぬ気配を感じた。

緋色はついさっき倒したはずの少女を振り返る。

そこには有り得ない光景が広がっていた。

マゼンタが弓を構えて(つる)を引き絞り、自分に狙いを定めていたのだ。

「え……?」

少年の瞼が嫌でも持ち上がる。

彼女の弓は彼女の髪や瞳と同じ色をし、弦と矢は白色だった。

少女はその弦を力の限り引いて、緋色に矢の先を向けている。

(なに、これ……?)

緋色がそう思った瞬間、マゼンタは矢を放った。

矢は少年の髪をかすめ、茜色のすぐ側を通り、一階客席の壁に突き刺さった。

 茜色が突き刺さった矢を見て息を吞む。

リング上の少女が呟いた。

「まだ外れるか」

「えっ、ちょっ、えっ、なに、これ、どういう……!」

わけがわからず緋色がその場で固まっていると、相手はまた弓を構える姿勢を取る。

すると突然、彼女のその手の中に矢が勝手に出現した。

何もなかった空間に、矢が独りでに現れたのである。

「えええっ⁈」

緋色は驚かずにはいられない。

いったいこれは、どうなって……⁈

彼の思考が停止する間にも、マゼンタは引き絞っていた矢を放つ。

「わっ⁈」緋色は自分に向かってきた矢をよけた。

矢はまた一階客席の壁に突き刺さった。

(なっ、なんだこれ、なにがどうなって……⁈)

少年は考えたかった。

今自分の目の前でいったい何が起きているのか。

でもその時間を与えてはもらえなかった。

相手の手中にまた矢が現れ、自分にしっかり狙いを定めている。

マゼンタは緋色に向けて矢を放った。

「ぅぎゃっ!」

少年は身を翻して矢をよける。

しかし彼女の手の中に矢が出現するスピードが上がった。

マゼンタは弓を引き絞る姿勢のまま、矢を次々に放った。

「わっ!やっ!ぅえっ!ちょっ!まっ!」

緋色はありとあらゆる体勢で、何とか矢をよけていく。

 二人の脇に立つ審判錆色(さびいろ)は、啞然としながらその光景を解説する。

「こ、これはいったい、どういうことなので、しょうか……⁈突然、マゼンタ選手の手の中に弓が現れたと思ったら、なぜか矢まで次々と現れ、緋色選手が狙われているという、カオスな状況になっておりますが……‼」


 三階、楽坊特別室の楽師たちは窓辺に立ち尽くして口を呆けている。

「これはいったい……?」と、楽坊の主桃色(ももいろ)

ポピーも「あんな弓、どこから……⁈」

シェルはポカンとしたまま友人の名をただ呟くしかない。

 楽坊特別室の隣にある紅国(くれないこく)特別室では、窓ガラスにへばりついた韓紅花(からくれない)姫が「マゼンタすごーいっ!」と、目を輝かせた。

つい先程まで緋色少年を応援していたはずの姫は、今度は元楽師の技にときめいている。

 上段の座席に座る執政紅樺(べにかば)は、マゼンタへの心配もよそに身を乗り出していた。

「これは、どういう仕掛けで……」

上段中央の席に座る紅色(べにいろ)王も、

「手品か何かかのぉ?」と目を丸くした。

「……はて」

王の斜め後ろに控える退紅(あらぞめ)は一切表情を変えず、一応相槌を打った。

ところが室内でただ一人、上段端の席に着いた執政灰桜(はいざくら)だけは息を吞む。

手品などではない!あの女子は――

 リング脇に佇むクリムスンが口を開いた。

紫人(むらさきびと)だ……!」

リング上のマゼンタは自動的に出現する矢を緋色に放ち続け、相手はその矢をあらゆる格好でよけ続けていた。

 東側二階客席のカーマインは、隣に立つ葡萄から説明を受けている。

「紫人⁈なんだそれはっ⁈」

紫星(むらさきぼし)に住まう特殊な力を持った人々のことですよ……!」

葡萄のこめかみを汗が伝った。

 西側二階客席に座るストロベリーも、隣のローズから説明されている。

「紫星って、あの紫星⁈」

ストロベリーは上空を指差した。

今は黒雲に隠れてその星は見えないが、夜になり雲が晴れれば確実に姿を現すだろう。

「そう、彼らは私たちとは全く違う生き物だ。現にああして……!」

ローズがリング上の少女を顎で指す。

 東側の葡萄がカーマインに言う。

「武器を何もない所から自由に具現化できる……!」

「ぬあっ⁈」

「それが紫人の特徴の一つです……!」

 三階の丹国(にこく)特別室では、王の丹色(にいろ)が長机の上でいきり立っていた。

「なんなんだあの女子(おなご)はっ‼なんであんな弓なんぞ持っておるんだ‼さっきまで持っておらんかっただろーがっ‼」

 丹国特別室の隣、朱国(しゅこく)特別室では朱色(しゅいろ)王と真朱(しんしゅ)王子が席から立ち、窓ガラスにへばりついている。

「あれが紫人だ!真朱、よおく見ておくんだぞっ‼その目に焼き付けろっ‼」

「なんでそんなコーフンしてんの?」

王子は隣に立つ父に尋ねた。

「紫人の力を拝める機会なんてそうそうないからなっ!これは貴重だぞっ‼」

朱色王は鼻息を荒くして言った。


 二階客席の通路に立つ塾講師アガットは、手摺を掴んで自らの体を激しく揺さぶっている。

「あーもおなんてことしてくれちゃってるのっ⁈」

「君がきっかけなんじゃないか?」

「え゛っ⁈どうしてっ⁈」

揺さぶるのを一旦止めて、彼は隣に立つ臙脂を見た。

「セキエを渡したから」

臙脂は無表情で答えた。

「だだだだってそれはっ……!」

 紅国特別室では執政灰桜がぶつぶつと呟いている。

「それにしてもなぜ紫人がこの赤星にいるのだ……⁈クリムスンはいったいどうやってあの女子を……⁈」

西側選手入場口前に立つ茜色は、

「マゼンタ地区で拾ったというあの少女……!自分が何者かわからず、言葉も喋れず、理解も出来なかったその子がまさか、紫人だったというのか⁈」

リングで彼女の弓矢から追われている息子を目で追いながら叫んだ。

 「おまえっ、いったい、その弓、どっからっ⁈」

緋色が逃げつつも少女に尋ねる。

けれど相手は矢を射ることに集中しているのか、全く聞く耳を持たない。

マゼンタは矢を放ちながら自分の命中率について考えていた。

(全然当たらない。やはりこれではダメか)

彼女がそう思った瞬間、手中から弓矢が一瞬のうちに消える。

「ぅえええっ⁈いったいどうなって……!」

緋色が叫んだのも束の間、今度は相手の右手に槍のようなものが出現した。

槍の(つか)はやはり彼女の髪や瞳の色と同じ赤紫色、柄の両端には銀色に輝く鋭い()が光っている。

「マッ、ジ……⁈」

少年が息を吞んだ。

審判錆色も愕然とする。

「マ、マゼンタ選手、今度は双頭の槍を、出現させちゃい、ましたけども……!」

 リング脇のクリムスンの額にも汗が浮かんだ。

(紫人は、どんな武器でも自由に出現させられる……!)

 東側二階客席のカーマインはこれまでのことを思い返していた。

「だから、刀も、弓も、アイツは……!」

 リング上のマゼンタは手の中に出現させた槍を見下ろす。

「これなら当たるか」

「だからおまえ、それ、どうなって……!」

緋色がそこまで口にした時、相手はすぐ目の前に立ち、槍を振り上げていた。

 リング脇の茜色が息子の名を叫ぶ。

緋色は振り下ろされた槍を寸での所でよけた。

槍の穂がリングを削る音が響く。

(ぅひょおおおおおっ⁈なんちゅー破壊力っ⁈)

少年がその威力に驚いている間にも、少女はまた槍を振るった。

「うっ‼」

緋色は何とかそれをよけるが、ここからマゼンタによる猛攻撃が始まった。

カウントが取られる前まで優勢だった少年は、一気に追われる側へと変貌する。

錆色が声を張り上げて解説した。

「マ、マゼンタ選手、今度は槍による攻撃で、緋色選手を追い詰めておりますっ!これはいったいもうどうなっているのやら……!私にも何がなんだかワケがわかりませんっ!」


 会場の側にある病院の談話室では、患者やスタッフたちがテレビに群がるその最前列で、猩々緋(しょうじょうひ)が画面を凝視していた。

「あの女子(おなご)が、まさか紫人だったとはっ……!」

猩々緋の顔中に汗が噴き出た。

 会場三階、楽坊特別室では窓辺に集まった楽師たちがそれぞれの反応を見せている。

「さっきまでとは打って変わって、マゼンタが優位ですね……!」と、パステル。

桃色も「え、ええ……しかも、とてつもない破壊力……!」

ポピーは「あの子のあの武器はいったいどうなってるんですのっ⁈さっきは弓で、今は槍、しかも何もない所から出てきたじゃありませんのっ!ねえっ⁈」と、隣のシェルを見た。

ところが横笛奏者はポカンとしたまま、友人の名を呟くばかりだ。

ポピーがシェルの肩を揺さぶる。

「もうっ!しっかりなさいよっ!」

 紅国特別室では窓ガラスにへばりついた韓紅花姫が心配そうにしていた。

(マゼンタすごいけど、緋色がおされてる……!)

姫にとって緋色少年はよき遊び相手だが、マゼンタは遊び相手ではなく楽坊の楽師だ。

やはり両者を天秤にかけると、どうしても緋色を応援したくなってしまう。

上段端の席に座る灰桜は試合を見下ろして唸った。

(一時は茜色の息子の勝利かと思われたが一気に形勢逆転だな。紫人が相手では貴様勝ち目はないぞ――茜色!)

 西側選手入場口前に立つ頭首茜色は拳を握りしめていた。

不意に彼の瞳にリングの向こう側に立つ大男の姿が映り込む。

相手は自分をじっと見つめていた。

(なぜ紫人であるマゼンタがあの荒野にいたのか、その理由はわからない。だがこの勝負の行く末ははっきりと提示された。茜色、やはり私たちがおまえの家を貰い受けるぞ――)

クリムスンが心の中で放った言葉は、茜色にしっかりと伝わった。


 リングでは今も尚マゼンタが緋色に槍を振るい続け、少年はその槍をかろうじてよけていた。

(もうなんなんだ、なんなんだこれはあっ⁈)

少年は必死に穂をよけながら疑問をぶつける。

でもそれを考える間もなく次の攻撃が自分に向けられる。

つまりよけることに集中しないと、すぐにでもやられてしまうのだ。

だから彼は疑問を叫びながらもよけ続けるしかなかった。

反対にマゼンタは槍を振るいながら考えていた。

(槍でも当たらないのか……!いったい私の感覚はどうなってしまったんだ……⁈)

命中率には自信があった。

弓矢でも槍でも木刀でも、それは変わらない。

なのに感覚がおかしい。

まだずれる、まだ遅い、まだ何かが引っかかる、まだ何かが自分を引き止める。

赤紫色の少女は自らに疑問を呈しつつも、槍を振り続けるしかなかった。

 二階客席の通路に立つアガットが呆然とする。

「もし私が彼女にセキエを渡して教えなかったら、今頃彼は……」

「かもな」

最悪の結果を想像して臙脂が答えた。

 丹国特別室では長机の上に立った丹色王が苛立ちをあらわにしている。

「こらガキっ‼何を逃げまくってるっ‼さっさとやり返さんかっ‼」

 丹国特別室の隣、朱国特別室ではその丹色に答えるように朱色王が叫ぶ。

「無茶を言うなっ!相手は紫人の姉ちゃんだぞっ!やり返すことなど出来んっ!」

王の隣に立つ真朱王子はポカンとして、

「オヤジ、誰としゃべってるんだ?」独り言を叫ぶ父親のことを心配した。

すると斜め後ろに控える洗朱が言う。

「殿下、あまりお気になさらずに。時々あるのです、こういうことが」

「え゛……」

王子は顔を引きつらせた。

 東側二階客席のワインが冷汗を垂らして言う。

「とりあえず、お嬢が紫人だってことはわかった……!その武器の破壊力もよくわかった……!だけどなんでっ」

「緋色がそれを回避出来るんだ⁈紫人ってスゲーヤツなんだろっ⁈」カーマインが勢いよく葡萄に顔を向けた。

「それは私にもわかりませんっ!」

葡萄が眼鏡の蔓を押さえて叫んだ。

 西側二階客席のストロベリーは両手の平を合わせて拝んでいる。

「緋色……!」

彼女の隣でローズも不思議に思っていた。

「確かに、紫人を相手にした赤人(あかひと)に勝ち目があるとは思えない。でもあの子はそれをやってのけている……」


 西側選手入場口前に立つ茜色は必死に考えていた。

何かこの情勢を変える手立ては……!どうにかしておまえを勝たせる方法は……!

すると茜色がはっと何かに気づく。

 東側選手入場口前に立つクリムスンは、リング上の娘を目で追っていた。

(マゼンタの動きが少しずつだが元に戻ってきている。相変わらず的やタイミングは外れているが、(ちから)、スピードはだんだんと前のように……!)

赤紫色の少女は槍を振るって少年に叫ぶ。

「緋色動くな!」

「そりゃ動くわっ!」

緋色は寸での所で相手の穂をよけた。

審判錆色が解説する。

「マゼンタ選手の猛攻が、続いておりますが、緋色選手は、何とかそれを、よけております!果たしてマ、マゼンタ選手が、このまま緋色選手を、押さえて、しまうのでしょうかっ!」

マゼンタが緋色に槍を突く。

その穂先が相手の腕に触れた。

緋色は転がるように倒れる。

(しまっ――!)

少女が槍を振り下ろそうとする。

「――‼」

会場全体が息を吞んだ。

ストロベリーもローズも、カーマインも葡萄もワインも。

紅国特別室の韓紅花姫も。

 リング下のクリムスンが叫ぶ。「ゆけっ――‼」

マゼンタの槍が緋色へと向かっていた。

(やられる――‼)

少年がそう思った時だ。

「緋色っ‼」

父茜色の声が聞こえ、その次には自分の目の前に一本の刀が突き刺さっていた。

緋色は咄嗟に刀の(つか)を握り取った。




















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