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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
77/130

第76話 少年の強さと少女の弱さ


 「っしゃあああっ!」

緋色(ひいろ)が握った拳を高々と上げた。

蹴り飛ばした相手は薄目を開けたまま、リングの端に倒れている。

二人の間に立っていた審判錆色(さびいろ)は、

「ええっ……⁈」と驚きの声を発した。

会場内からは観客のざわめきや、緋色少年を応援する声が上がった。

 西側二階客席に座るストロベリーは、口元を覆っていた手を離す。

「これ、って、どうなっ、てるの……?」

「あの子、口ほどには大したことないんだね」

ストロベリーの隣に座るローズが、冷めた眼差しで言った。

「いやっ、そんなはず……!」

 東側二階客席のクリムスン家の男たちは、その場に立ち尽くしたまま啞然としている。

「アイツ……!」カーマインが信じられないように言う。

「マゼンタ、なぜ……?」

葡萄(えび)もわけがわからず首を横に振った。

 三階の客席にせり出す朱国(しゅこく)特別室では、席に着いた真朱(しんしゅ)王子が喜んでいる。

「緋色スゲーッ!」

王子は同い年だから、肉巻きを買わせてやったから、という理由で緋色少年を応援していた。

「あいつやるじゃないか。というより、やはり女子(おなご)は女子。あの姉ちゃんには荷が重すぎる」

王子の隣の座席に座る朱色(しゅいろ)王は、鼻から息を深く吐いた。

 朱国特別室の隣にある丹国(にこく)特別室では、王の丹色(にいろ)が長机の上に立って緋色を応援している。

「いいぞっ!その意気だっ!しっかり叩きのめせえぃっ!」

丹色王にとってマゼンタは、自らの王子に銃口を向けた憎き相手。

ならばその相手選手となる緋色を応援するのは、やはり当然のことだった。


 東側選手入場口前に立つクリムスンが言葉を失っている。

マゼンタ、どうした……?

おまえなら今の攻撃を、簡単にかわせるだろう……!

クリムスンには娘がなぜそう易々と攻撃を受けたのか、意味がわからなかった。

 西側選手入場口前に立つ茜色(あかねいろ)は、冷静にリングを見つめている。

「手加減してあげなきゃいけないのは、緋色のほうじゃないのかい?」

茜色の口元が嫌でも緩んだ。

「えと、緋色選手、凄まじい攻撃でマゼンタ選手を、倒してしまいました……マゼンタ選手、ダウンですので、カウントを……」

「ちょっと待った」

「はい?」

カウントを取ろうとする錆色を、緋色が制止した。

「オレも勢いあまって〝っしゃあああっ!〟とか叫んじゃったけど、マゼンタ、おまえちゃんとやれよっ!最初っから手ぇ抜いてまともにオレの攻撃を受けてんじゃねえっ!」

少年は倒れている少女に怒鳴った。

「えっ?」錆色がマゼンタを凝視する。

倒れていた赤紫色の少女がゆっくりと上体を起こした。

彼女の顔は血の気を失っている。

「……吐きそう」

「だろうなっ!」緋色がマゼンタに同意した。

 観客がざわつき、西側二階客席のローズも呆れている。「なんなんだいこれは」

横に座るストロベリーも「あたしにもよく……」ポカンとしながら答えた。

 東側二階客席のワインが言う。「わざと相手の攻撃を受けた⁈」

「アイツ何やって……!」と、カーマイン。

「これが最終戦だということが、私たちクリムスン家全員にとって物凄く大事な試合だということが本当にわかっているんですかっ⁈」

葡萄が自らの眼鏡をずり落ちさせて叫んだ。

 東側選手入場口前に立つクリムスンも、娘の意図を何とか図ろうとする。

「マゼンタ、おまえはいったい……」

 しかしリング上の彼女は少年を見上げると、

「緋色、強くなったな」

痛みの走る腹を押さえて言った。

「感想はいいからっ、ちゃんとオレと戦えよっ!今のだって、よけるとか受け止めるとかおまえなら出来んだろっ!それをまともに食らいやがってっ!」

少年はその場で地団太を踏んだ。

 西側選手入場口前の茜色は若干呆れている。

「緋色、おまえが彼女を鼓舞してどうする」

自分が優勢であり、このまま行けば簡単に勝てるというのに……

 リング上の少女は首を傾げていた。

そう、緋色の言う通りだ。

なぜ私はよけたり受け止めたりしなかったのだろう。

彼女は腹をさする自分の手を見下ろした。

「つーかいつまで座ってんだよっ!さっさと立てこらっ!」

リングの真ん中で、少年が頭から湯気を立てていた。


 三階の紅国(くれないこく)特別室では、韓紅花(からくれない)姫が窓ガラスにへばりついて目を輝かせている。

(緋色ってすごくつよかったんだねっ!ちょうカッコイイっ!)

姫は喜びのあまり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 その隣に位置する楽坊特別室では、楽師たち全員が窓辺に立って、つい先程まで仲間だった楽師を心配そうに見守っている。

「簡単に勝てそうだと思ったのに……!」

シェルが歯をカチカチと鳴らす。

「でも今のはわざと攻撃を受けたのでしょう⁈あたくしには全く理解出来ませんけどっ!」

シェルの横でポピーが口を尖らせた。

 リングでは腹を押さえたマゼンタが立ち上がっている。

どうやら少年の攻撃が相当効いたらしい。

彼女はゆっくりリングの中央へ歩みを進めると、今一度緋色と向かい合った。

二人の間に立つ審判錆色が声を掛ける。

「えと、では、試合再開ということで……」

「今度はおまえから来いっ!」緋色が言った。

「おまえの攻撃を全部かわしてやるっ!」

「あー……」錆色の唖然とした口から声が漏れた。

 東側選手入場口前のクリムスンは、

「なぜ奴が主導権を握っている」リングの少年を睨み上げた。

 西側選手入場口前の茜色は、

「おまえが攻撃を促してどうする……」息子の言動に呆れっぱなしだ。

 リング上で赤紫色の少女が答える。

「いいだろう」

「来いマゼンタ!」

緋色は構えの姿勢を取る。

 三階の朱国特別室では王の朱色が溜息をついていた。

「まるでお遊戯だな」

「幼稚園か?」

真朱王子も突っ込みを入れる。


リングでは少女が相手に向かって走っていた。

錆色が早速解説を始める。

「マ、マゼンタ選手が緋色選手に向かっていきます!これは激しい戦いの始まりとなるのでしょうかっ⁈」

少女が少年の目の前に迫った。

(来る……!)と、緋色。

マゼンタが緋色に殴りかかる。

だが、何かがおかしい。

彼女は相手を殴ろうとしつつ、その違和感に気づいた。

緋色が自分の拳を軽くよけている。

彼女はもう片方の手で相手を殴ろうとした。

しかし緋色はまたその拳をさらりとよけている。

 リング脇に立つクリムスンも娘の違和感に気づいた。

リングではマゼンタが相手に膝蹴りを食らわそうとするも、相手はそれこそさっとよけてしまっている。

 反対側のリング脇に立つ茜色でさえ、この不思議な状況に気づいていた。

「なんだろう、この違和感は……」

敵方の行動ながら、彼は首を捻った。

 リングではマゼンタが緋色に肘打ちをしようとするも、少年はそれをいとも簡単によけてしまう。

 紅国特別室では、上段中央の席に着いた紅色(べにいろ)王が眠たげに述べた。

「うむ、なかなか決まらぬのぉ」

「やはり女子(おなご)には難しいのでございましょう」

王の斜め後ろに控える退紅(あらぞめ)が答える。

上段端の席に座っている執政灰桜(はいざくら)は、うんざりとしていた。

「これだから女子供は……!」

 東側二階客席に立つクリムスン家の男たちは騒然としている。

「なんでマゼンタの攻撃がああも簡単によけられているんですかっ⁈」

葡萄が目を潤ませて言った。

「なんか動きが変だ……!」と、ワイン。

「はいっ⁈」

「今までのアイツの動きじゃねえっ!」カーマインも叫ぶ。

「なんですって⁈」


 リングの緋色が相手の攻撃をよけながら煽る。

「おらおらどうしたっ⁈まだヤル気出ねえのかっ⁈」

マゼンタが緋色に蹴りを入れようとする。

が、緋色はさっと上に跳び上がった。

少女が少年の行動を認識した時は、もう遅かった。

緋色がそのままマゼンタに蹴りを入れ、彼女はまたリングの端へ飛ばされた。

 二階客席のストロベリーが彼女の名を呼び、楽坊特別室の楽師たちが息を吞み、丹国特別室の丹色王は長机の上で大いにはしゃいだ。

 審判錆色が告げる。

「これは、またもやマゼンタ選手が、緋色選手の蹴りによって、倒れてしまいました!やはり、元楽師のお方には、厳しい戦いなのでしょうか⁈」

緋色は倒れたままのマゼンタを見下ろした。

「おい、おまえなんか調子悪いのか?動きが遅いっつーか、タイミングが全然合ってないっていうか、とにかく変だぞ。なんかあったのか?」

 リング脇に立つ少年の父が呆れている。

「なに相手側の心配をしているんだ……!でも確かに」

 反対側のリング脇に立つクリムスンは冷静に考えていた。

(マゼンタの動きが明らかにこれまでとは違う。まるで何かに抑制されているような……!)

 赤紫色の少女がリング端でゆっくりと上体を起こす。

彼女は少年に答えた。

「調子が悪いわけでも、やる気がないわけでも、ない……」

「だったら!」緋色がリングを足で打ち鳴らした。

マゼンタは自分の右手を開いて、手の平を見つめる。

なんでだ?

なぜ力が出ない?

なぜいつものように動けない?

なぜタイミングが全部ずれる?

少女はひたすら自問自答した。

けれど答えは全くわからない。

 ただし、その答えを知っている者が会場内に二人存在した。

二階客席の通路に立つ塾講師臙脂(えんじ)が、隣の同僚に顔を向ける。

「まさか……!」

「やっとセキエの効果が出てきたみたいだね」

アガットがにこり微笑んでいた。




















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