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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第75話 リベンジ


 こんな天気はいつ以来だろうか。

武闘大会会期中は連日ほぼ雲がなく、爽やかな秋晴れの日が続いていた。

ところがなぜか今になって雲がどこからともなく湧いてきて、試合会場上空はすっかり厚い鱗に覆われている。

その灰色の雲の真下、大地に横たわるリングでは、クリムスンとマゼンタが茜色(あかねいろ)緋色(ひいろ)親子と対峙していた。

クリムスンが早速口を開く。

「さて、役者は揃った。決勝戦第三試合を始めようか」

茜色が言う。

「泣いても笑ってもこれが最後。この結果で勝ったほうの家が負けたほうの家を傘下に収める、それでいいね?」

「どっちにしろ貴様は後悔するぞ」

「さあ、それはどうだろう」

「審判」

クリムスンが自分たちの間に立つ錆色(さびいろ)を呼ぶ。

「は、はいっ」

「始めてくれ」

「は、はあ……」

ほんとにやるんですか……?

審判錆色は全く気乗りがしなかった。

十歳の少年と外見年齢十七歳くらいの少女が、武闘大会決勝戦の最終試合を戦うのだ。

やる気が出るほうがどうかしている。


 三階、紅国(くれないこく)特別室の紅色(べにいろ)王も瞬きを繰り返した。

「これはこれは、子供と女子(おなご)が赤星武闘大会で戦うなど前代未聞ではないか」

「さようで」

王の斜め後ろに控える退紅(あらぞめ)は当たり障りのない返答をした。

上段端の席に座る執政灰桜(はいざくら)は、とかくつまらなそうにしている。

(茜色の息子とクリムスンの娘、どうせろくに戦えはせんだろう。だのにそんなに我が子をこの最終試合で自慢したいか……?守人も地に落ちたものよ)

灰桜が肘掛けに肘をついたそのだいぶ横の席で、同じく執政の紅樺(べにかば)はがっくりとしながら座席に座っていた。

(マゼンタ、あなたは王宮楽坊の楽師ではなく、守人としての道を選ぶのですね……私ではなく、やはり家を取るのですね……)

紅樺の中には試合云々ではなく、恋をした相手への非難が渦巻き始めていた。

自分がジョーガの都で彼女を見つけ、楽坊に招き、何度も所望を重ね、共に花火大会へ出掛け、家にも招待し、父親にも会わせ、求婚をし、断られ、それでも諦めきれなかったのは、彼女が自分より音楽を取ったから、楽坊の楽師として生きると知ったから。それならそれで構わない、そう思っていたのに……

こうも容易く寝返るとは……

紅樺は(こうべ)を垂れながら、ブツブツと怨念めいた考えを巡らせていた。

が、王や執政らの思いとは別に、第二王女の韓紅花(からくれない)姫は、

(まえにガクボウで緋色とマゼンタと会ったとき、二人は知りあいの知りあいの知りあいみたいなことを言っていたけど、守人どうしの知りあいだったってこと?)

窓ガラスにへばりつきながら真相に辿り着いていた。

 紅国特別室の隣にある朱国(しゅこく)特別室では、席に着いた真朱(しんしゅ)王子が隣に座る朱色(しゅいろ)王に尋ねる。

「緋色ってオレと同い年くらいだろ?なのに戦えんのか?」

「まあ守人一族の人間だからな、しかも茜色の息子だし、ちっとは使えんじゃねえのか」

朱色は適当に述べた。

「マジかよっ」

「それよりあの姉ちゃんのほうがどっからどう見ても戦えるようには見えんだろ。王宮の楽師だし、いや、元楽師か」

「まーな」

と、ここで王と王子のやり取りを斜め後ろで聞いていた洗朱(あらいしゅ)が口を挟む。

「しかしあの者は準決勝戦で丹国(にこく)の王子にライフルを使用しておりますが……」

それに対し朱色が反論する。

「使用したっつったって空に一発撃って、その後はあのクソ王子に銃口をただ向けてただけじゃねーか。それじゃあ戦える証明にはなんねーよ」

「確かに」

洗朱は深くうなずいた。

 朱国特別室のさらに隣、丹国特別室では王の丹色(にいろ)が酒で酔っ払った目をしながら席に座っていた。

王の隣には補佐役の鉛丹(えんたん)がちょこんと立って微笑んでいる。

「ガキと女子なんぞの試合などクソつまらんだろうが、ひっく……!これからそんなもん見せやがるっていうのか、ええっ?ひっく……!」

丹色王が虚ろな眼差しで会場を見下げた。

すると隣に立つ鉛丹が、

「あの女子はぁ、テラコッタ殿下に銃を向けた女子ではありませんかのぉ?」目を細めて述べた。

どうやら視力があまり良くないらしい。だが王にはその言葉だけで充分だった。

丹色はガバッと立ち上がると、

「なにいいいいいいいっっっ⁈」

目の前のガラスに唾液を飛ばしまくった。

「ほれぇ、あの激しい色に見覚えがぁ」

鉛丹がリングに向かって指を差す。

「冗談じぇねえぞこらっ‼茜色家のガキっ‼貴様絶対勝てっ‼絶対勝つんだあっ‼」

すっかり酔いの冷めた丹色王は、緋色少年を真剣に応援し始めた。


 リングではそれぞれの親が自らの子に向かい合っている。

茜色が息子に言った。

「緋色、いつものように、カッパーと稽古をした時のようにおやり」

「おうっ!」

「たとえ相手が女子(じょし)でも手加減しなくていいからね」

「それはよくわかってる」

緋色は急に真面目な顔になって父に答えた。

手加減が出来る相手ではないことを、少年は重々承知していた。

その側でクリムスンが娘に伝える。

「マゼンタ、私が言うことはないと思うが」

「なんだ?」

「ほどほどに。相手の状態を見て手加減してやるんだ」

「わかった」

二人のその会話を茜色と緋色がしっかりと耳にしていた。

「ほどほどにって、随分な自信だね」

茜色がクリムスンに言うと、

「マゼンタっ!手加減すんなっ!本気でかかってこい!」緋色も叫ぶ。

赤紫色の少女は少し呆れて「はいはい」と答えるが、少年の怒りは収まらない。

「〝はい〟は一回っ!」

「はぁい」

「のばすなよっ!」

子供たちが小競り合いをする横で、クリムスンが茜色に告げる。

「貴様の息子の為に言ってやってるんだ、再起不能にはさせたくないだろう?」

「それは君の娘も同様だよ、二度と人前に出られないようにはされたくないでしょう?」

クリムスンと茜色はもう何度目かわからない睨み合いを繰り返した。

彼らの間に立つ審判錆色は、

(この人たち本気なの……?)

その場にいる自分以外の精神を心から疑った。

「じゃあ、始めようか」とクリムスン。

「ああ」茜色も同意する。

クリムスンがマゼンタを見下ろすと、彼女は頭首を見返した。

茜色が緋色の肩に手を置くと、息子は父を見上げてうなずいた。

二人の頭首が各々リングの下へと退(しりぞ)いていく。

子供たちの間に残された審判錆色は、

「え、えー……色々なやり取りがございましたが、会場の皆様、お聞きいただけましたでしょうか?」何とも言えない表情で会場を見渡した。

 観客のざわめきは尚も続いている。

きっとこの場のほとんどの人間が納得していないのだろう。

中には野次を飛ばしたり非難したりする者も交じっていた。

それでも自分の仕事は試合を滞りなく進めること。

これをやらなければ武闘大会は幕引きが出来ない。

錆色は意を決して説明をする。

「つきましては、決勝戦第三試合は、茜色家頭首、茜色の息子、緋色選手と、先程まで紅国王宮楽坊の楽師だった、クリムスン家頭首、クリムスンの娘、マゼンタ選手の戦いとなることが決定いたしました」

 西側二階客席に座るストロベリーは、さっきからハラハラしっぱなしだ。

「もう、ありえない……!」

 錆色の説明は続く。

「さらに、この最終戦の結果によって、勝ったほうの家が負けたほうの家を傘下に収めるという盟約が、頭首同士によって再度なされました」

 二階客席の通路に立つ塾講師たちの目は()わっている。

「どうしてそういうことをさせるのかなあっ……!」

アガットがぶつくさと文句を垂れた。

 リングの錆色が困り顔を全開にして言う。

「果たして、この試合の行く末はいったいどうなるのか、もう誰にもわかりません……!」

 東側二階客席に立つ葡萄(えび)は、審判の文言に対し首を振った。

「いえ、行く末はわかります。むしろクリムスン対茜色のほうが読めませんでした」

隣のワインもうなずく。「ああ、お嬢は必ずあの子に勝つ」

カーマインは悔しそうに言った。

「クソ、マゼンタ……!」

俺が出てれば、俺がアイツと戦ってれば……!


 「両選手、準備はよろしいでしょうか?」

錆色が向かい合うマゼンタと緋色に尋ねる。

「本当にいいんでしょうかっ?」

マゼンタは錆色を見ずに「ああ」

「いいよ!」緋色も目の前の相手から視線をそらさずに答えた。

「ほんとのほんとにこれでいいのでしょうか⁈」

「くどい」

「だからいいって!」

少女と少年が同時に審判を睨んだ。

「わ、わかりました……それでは、決勝戦、第三試合、緋色選手対、マゼンタ選手……はじめっ!」

上空で雷が鳴った。

守人頭首の子供たちは、互いをじっと見つめている。


 楽坊特別室の楽師たちは全員窓辺に詰め寄り、リングを見下ろしていた。

「ウソウソっ、試合始まっちゃったよっ!マゼンタ、ほんとに戦うの⁈」

「シェルちょっと落ち着きなさいませっ……!」

ポピーが隣に立つ横笛奏者をなだめる。

「とても落ち着いてられる状況じゃないよおっ!」

シェルの手の平は汗でびっしょり濡れていた。これは姫君様の所望に応えた時以来の緊張感だ……!

彼女の汗は額からも吹き出しそうな勢いだった。

シェルとポピーの隣に立つ楽坊の主が言う。

「彼女は楽師である前に守人一族の人間です。きっと何らかのトレーニングは積んでいるはず」

桃色(ももいろ)の言葉にパステルとシェルが同時に声を上げた。

「そういえば……!」

パステルの脳にはマゼンタが畳の上で腕立て伏せをしながら教本を読んでいる光景が、シェルの脳にはマゼンタが部屋の(はり)に両脚を掛けてぶら下がりながら教本を読んでいる光景が、それぞれ思い浮かんだ。

「やってた!」シェルが瞼を大きく持ち上げて言った。

「ならそんなに心配しなくても大丈夫じゃないですのっ」

ポピーがほっと胸を撫で下ろす。

しかしパステルは首を捻って(あれは武術とは違うような気が……)と、今一度新人楽師のトレーニングを思い返した。

 東側の選手入場口前では、クリムスンが娘たちを見つめている。

マゼンタの強さはあいつの息子の比ではない。行方不明事件の際も奴は犯人一味に簡単に捕らえられていた。だからマゼンタはあの子に絶対勝つ。なのに……

頭首はリング向こうのライバルに視線を移す。

(なんなんだ、あいつのあの余裕は。いったい何を企んでいる……!)

 西側選手入場口前に立つ茜色は思っていた。

君の養女、マゼンタ。当初は身体能力が優れているらしいと風の噂で聞いたことはあった。

だがその後王宮楽坊に入り、武道とは明らかに疎遠になったはず。

確かに準決勝戦ではライフルを扱ったらしいが、それも空に向けて撃っただけ。

となると毎日カッパー相手に稽古に励んでいた緋色に適うはずがない……!

茜色家頭首は余裕の微笑を浮かべた。

 会場の側にある病院の談話室では、その場の全員が見るには小さすぎるテレビ画面に、患者やスタッフたちが群がっている。

彼らの最前列には茜色の右腕である猩々緋(しょうじょうひ)が、背中の痛みもすっかり忘れ、テレビに嚙り付いていた。

「緋色様……!」

彼の額からは大粒の汗が噴き出ていた。


「マゼンタ」

「緋色」

リング上の少年と少女が互いの名を口にした。

「まさかこんな最高の舞台でおまえにリベンジ出来るだなんて、思ってなかったよ」

緋色の言葉に、二人の頭首が思わず漏らす。

「リベンジ?」

リングに立つ緋色は目の前の少女をびしっと指差した。

「あん時は一瞬でやられたけど、今日は絶対に負けないからなっ!覚悟しとけっ!」

「え……」審判錆色が啞然とする。

「は?」と、リング脇のクリムスン。

反対側のリング脇に立つ茜色は慌てている。

「ちょっとっ‼おまえは一度負けてるのかっ⁈」

 病院の談話室にいる猩々緋もテレビ画面を揺さぶっていた。

「緋色様っ‼茜色家の息子がクリムスン家の者に負けただなんてっ‼」

 会場の西側二階客席に座るストロベリーは苦笑いだ。

「あー、そういえばそんなこと聞いたっけなぁ」

隣のローズが彼女を横目で見やる。

「その報告は受けてないね」

「だってちょっとした練習みたいなものだって言ってたから」

 二階客席の通路に立つアガットは、こめかみをポリポリと指で掻いた。

「あれって勝ち負けあったんだね」

「緋色からすればそうだったんじゃないのか」

アガットの横に立つ臙脂(えんじ)も、当時の状況を思い出す。

 東側二階客席のワインは呆れていた。「一瞬でやられたとか……」

カーマインが叫ぶ。

「もうこんな試合意味ねえだろっ!先は確実に見えてる!」

葡萄は呆然と呟いた。「というか、マゼンタ、あなた……」

 葡萄の言いたいことを、審判錆色が緋色少年に尋ねる。

「あの、前に手合わせか何かされたことがあるんですか?」

「一回だけな、その後は何度頼んでも断られた。クリムスン家のヤツと関わるのは家で禁止されてたから」

「そ、そうだったんですか……」

しかも負けてるとか……

錆色は大きな溜息をつきたくなるのを必死に(こら)えた。

 西側選手入場口前に立つ茜色は、

(緋色っ!もうそれ以上醜態を(さら)さなくていいっ!)

息子に伝わるよう心の中で大声を張り上げた。

 東側選手入場口前のクリムスンは思う。

これがおまえたちが必死に隠そうとしたことだったのか。

なんとなく予想はついていたが、手合わせまでしていたとは……にしても、これで結果は見えた。

リングの反対側で茜色がぞくりとする。

東側の大男が自分の全身をしっかりと捉えていた。

(茜色、私は貴様の家を頂くぞ)

茜色は拳を握りしめる。

(負けられない……この戦いだけは、絶対に負けられない……!緋色‼)

 選ばれた子供たちだけでなく、リング脇の父親たちをも視界に入れて、二階通路のアガットが大きくうなずいた。


 リングの緋色が宣戦布告する。

「だから今日はオレがおまえに勝つ!絶対に勝つからなっ!」

マゼンタはあくまで冷静に述べる。

「やれるものならやってみるがいい」

「なんだよその上から目線はっ!」

「実際上からだ、身長も体格も年齢も」

「そういうことじゃねーよっ!」

 丹国特別室で座席から立ち上がっている丹色王は喚き散らす。

「おいこらあっ‼何を漫才などやっとるんだあっ‼さっさと試合をせんかっ‼」

王の声にガラス窓がビリビリと鳴った。

 丹国特別室の隣の朱国特別室では、席に着いた朱色王と真朱王子が呆れている。

「あのガキあかんわ」王が言えば、

「やっぱまだガキだからなー」真朱王子も目を細める。

そんな王子の斜め後ろで、

(真朱殿下もにございます)洗朱が心の中で本音を言った。

 紅国特別室の上段の席に着いた執政紅樺は身を乗り出す。

これは、もしかしたらもしかして、マゼンタが勝つのでは……⁈

先程まで彼女に怨念めいた思いを抱えていた紅樺は一転、やはり彼女を応援し始めていた。

それとは反対に、窓ガラスにへばりついた韓紅花姫は、

(緋色!ガンバって!)

黄みの赤色の少年を口には出さず応援した。


 リングに立つマゼンタが緋色に言う。

「ならさっさと片を付けよう、天気も怪しくなってきたし」

彼女は空を見上げる。

雲がさらに黒さを増し、雷が至る所で鳴り響いていた。

「天気の心配なんかしてんじゃねーよっ!オレを見ろっ!オレとちゃんと向き合えっ!」

 楽坊特別室の窓辺に張りついたシェルの汗は急激に引っ込んでいた。

「なんかマゼンタ余裕で勝てそう」

「これ試合になるんですの?」ポピーの顔も引きつっている。

 リングのマゼンタは少年に顔を下ろした。

「見たぞ」

「〝見たぞ〟じゃねーよっ!」

「どこからでもかかってこい」

「またそれかよっ!今の言葉、絶対後悔させてやるからなっ!」

「はいはい」

 東側二階客席のクリムスン家の男たちは口を開けっぱなしだ。

カーマインがぼそりと言う。

「見てらんねえわ」

 リング上の緋色が叫ぶ。

「じゃあいくぞっ!」

「どうぞ」

少年はマゼンタに走り向かった。

「とりゃああああああっっ!」

「ひ、緋色選手がマゼンタ選手に向かっていきます!」

審判錆色が一応解説する。

が、赤紫色の少女は直立不動のままだ。

「マゼンタ選手は、微動だにしません!」錆色の声が裏返る。

緋色が跳び上がった。

「オレを、なめるなあっ‼」

それぞれリング脇に立つ頭首たちがはっとする。

緋色はマゼンタの腹を思い切り殴った。

「⁈」

少年は続けて相手の腹を殴りまくる。

 「マゼンタ……⁈」クリムスンから声が漏れた。

リングでは緋色が勢いをつけ、

「おいやあっ!」と、相手を回し蹴りする。

赤紫色の少女はその衝撃でリングの端へ飛ばされた。

 二階客席のカーマイン、葡萄、ワインが啞然とし、反対西側客席のストロベリーも驚きのあまり口を手で押えている。

 紅国特別室では執政紅樺が、楽坊特別室の楽師たちも全員目を見開いたまま、凍り付いてしまった。




















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