第70話 カッパー対カーディナル
二階客席へ続く階段を今回も駆け上がる男たちがいた。
「お、なんとか今回も間に合ったね」
塾講師アガットが階段を上り切って言う。
「今日は元々塾が休みだったのに何をもたもたしていたんだ」
彼の隣に立った同僚の臙脂はやはり文句を述べた。
大会を生で観戦するのに、ちゃんと最初からこの場にいたことがない。
それもこれも全てアガットのせいである。
「塾の先生っていうのは休みの日もやること山積みなんだよ。子供たちの為に課題だ、宿題だ、補習だ、進路相談だ……って君は要領良すぎだから僕の気持ちはわからないだろうけどもね」
アガットは一応言い訳を積み重ねたが、当の相手はうんともすんとも言わずにリングを見下ろしている。
「ねえ聞いてるかい?」
「あれ」
臙脂はリングを見つめたまま呟いた。
「え?」
アガットも同僚に倣う。
東側選手入場口前にはクリムスンとカーディナル、西側選手入場口前には茜色とカッパーがそれぞれ顔を揃えていた。
が、カーディナルの手には薙刀が握られ、カッパーの手には柄が鎖で繋がれた二つ斧が握られている。
東側のクリムスンはカーディナルを横目で見ると言った。
「おまえが最初からそれを持ち出してくるとは、相手はよほど使える奴らしい」
カーディナルはリング向こうのカッパーをじっと見ていた。
その視線は登場時からまるでぶれない。
反対の西側では茜色が、
「君がそんな武器を使うとは知らなかったよ」と、カッパーに言った。
「こいつじゃなきゃ、あの男とは戦えないんでね」
「え?」
その時、リング中央に立っている司会者錆色が苦笑いで告げる。
「両選手共、早めに来て頂いて何よりです……それでは、カッパー選手、カーディナル選手、前へ!」
歓声が響く中、東側のクリムスンが言う。
「頼むぞ」
「ああ」
いつも通りにカーディナルが答えると、彼はリングへ歩を進めた。
西側では茜色の隣に立っているカッパーが呼びかけた。
「頭首」
「え?」
茜色の瞳が思わず丸くなる。
「俺は全力であいつを倒す」
「カッパー?」
カッパーはそのままリングへと歩き始めた。
茜色が呆然とする。
私を〝頭首〟と呼んだことも驚きだけど、彼は君が全力を出さなければならない程の相手ということか……!
カッパーの後姿からは、いつものやる気のない雰囲気は一切感じられなかった。
リング上にカーディナルとカッパーが対峙する。
彼らの間にぽつんと立った錆色は、
「お、お二人共、今大会で初めて見る武器をお持ちですが、果たしてどんな戦いとなるのでしょうか。それでは第一試合、カッパー選手対カーディナル選手、はじめっ!」
そう宣言すると、会場から大歓声が上がった。
東側二階客席のクリムスン家の男たちが声援を贈る。
カーマインが選手の名を呼べば葡萄やワインもそれを後押しする。
西側二階客席の緋色も選手の名を叫び、隣のストロベリーも応援する。
ストロベリーの隣に座るローズはうんざりしていたが。
リングではカーディナルが先に動いた。
彼はカッパーのほうへ自らの薙刀を向けると、相手はそれを見て鼻で笑った。
「そうこなくっちゃ」
カッパーはそう言って自分も二つ斧を構える。
カッパーのその姿を見ていた緋色は驚いていた。
「カッパーが、笑った……⁈」
いつもやる気が皆無の彼が笑ったところなど、見たことがなかった。
三階の楽坊特別室ではマゼンタが彼らを見つめている。
珍しい武器を使用する二人が、いったいどんな戦い方をするのか……
するとカーディナルの薙刀が微かに動いた。
同時にカッパーの斧を僅かに持ち上がる。
マゼンタが息を吞んだ、もうその次には目にも止まらぬ速さでカーディナルがカッパーに薙刀を振るいまくり、カッパーはその攻撃を二つの斧で受け止め続けていた。
「速い……!」
彼女は目を見開いたまま呟いた。
西側の選手入場口前では茜色が啞然とし、東側の選手入場口前では、
「これがおまえの本気か……!」と、クリムスンが呆然としていた。
リング上ではカーディナルの攻撃が続いている。
彼の薙刀はありとあらゆる角度から相手を狙い、カッパーは二つ斧を自由自在に操り攻撃を受け止めていた。
審判錆色は後退するようにリングの端に追い詰められている。
「えっと、これは、あまりの速さに、何が起きているのやら……!」
東側の二階客席でクリムスン家の男たちが啞然としていた。
「な、なんなんだこれ……⁈」
カーマインも目をしばたたく。
三階の丹国特別室では席に着いた丹色王が、酒樽を両手に持ったままリングを凝視していた。
「なんも見えんぞ!いったいどうなっとるんだっ⁈」
隣の朱国特別室でも朱色王が真朱王子と試合を観戦している。
真朱は屋台で購入した肉巻きをむしゃむしゃと頬張っていた。
「すげえ速えー……!あんな奴らが紅国にいたとは……!」朱色が呆然とする。
「父ちゃんアレ目で追える?」
真朱が咀嚼しながら尋ねた。
「いや、さすがの俺様でもあれは……てか父ちゃん⁈」
西側二階客席のストロベリーは困惑していた。
「試合はどうなってるの⁈」
隣に座ったローズが言う。
「私たちの目では追いつけないよ」
紅国王宮専属密偵集団ローズ一門頭首は、冷静に考えていた。
(あんな人間をクリムスン家と茜色家が囲っていただなんてね。調査範囲を広げておくべきか……)
彼がこれからの調査を思案した時、
「カッパーが押されてる……!」
視線を激しく動かしている緋色が言った。
「えっ?」
ローズの口から思わず声が漏れる。
ストロベリーも「緋色、見えるの⁈」
「なんとなく……!」
ストロベリーとローズは、瞳孔を小刻みに動かす少年に言葉を失ってしまった。
リングのカッパーは、相手の薙刀を二つ斧で必死に防ぎつつ思っていた。
(まだ力の半分も出してないって感じか……!だったら!)
カーディナルが薙刀を振るいながらはっとする。
カッパーが斧の一つをカーディナルの背後に向けて放ったのだ。
斧の柄は鎖で繋がれている。
放たれた斧は自分の真横を円を描くように飛行した。
カーディナルは一瞬視線を横へずらし、背後の気配を感じようとする。
「お待ちかね!」
カッパーが叫ぶと、もう一つの斧をカーディナルの真っ正面に振ろうとした。
が、相手は一瞬のうちにその場所から消えてしまう。
カッパーは舌打ちをし、放物線を描いて戻ってきた斧を片手で掴み取った。
カーディナルはどこへ姿を消したかというと、カッパーの真横のリング端に着地していた。
三階の紅国特別室では韓紅花姫が窓ガラスにへばりついている。
「やっと見えた!」
さすがに姫の目には二人の動きは追えなかったのだ。
室内上段の席に座る執政紅樺は啞然としている。
(今彼らが動きを止めるまでの間に、何が起こっていたのか……⁈)
端の席に着いた執政灰桜は、
「クリムスン家、茜色家、共に良い守人を飼っておるな」と呟いた。
会場内はしんとしている。
目の前で何かが繰り広げられているのはわかるが、何が起きているのかわからない。
だから誰もが皆、何も口に出来なかった。
リングの端に縮こまっている錆色が言う。
「え、えー、彼らのスピードでは、スロー映像でも確認出来そうにありませんが、お二人はどうやら、ご無事のようですね……」
カッパーがリング中央に立ち、カーディナルがリング端に立って互いをじっと見ていた。
楽坊特別室のシェルが文句を言う。
「もぉ、全然わかんなかったよ。あの二人何をしてたのっ?」
「主にカーディナルが薙刀で相手に攻撃を仕掛けていたが、カッパーがそれを二つの斧で全て防いでいたんだ」
「えっ……」
シェルはぎょっとして隣に座るマゼンタの顔を見た。
彼女は無表情のまま続ける。
「でもカッパーが斧の一つをカーディナルの背後に投げた時均衡が崩れて、カーディナルが真横に跳んだ。カッパーはそのままもう一つの斧で相手を叩き切ろうとしたのだと思う」
「てかマゼンタ、全部見えてたの……?」
横笛奏者は啞然とした。
東側の選手入場口前ではクリムスンがカーディナルを見上げている。
(我が部下ながらこんな力を持っていたとは……)
西側の選手入場口前では茜色がカッパーを見上げている。
「さすがだね、カッパー……!」
リング上ではカッパーが斧をまた僅かに上げ、カーディナルが薙刀を微かに動かした。
西側二階客席に座る緋色が呟く。
「来る……!」
次の瞬間、カーディナルとカッパーは互いを目掛けて跳んだ。
同時にカッパーは二つ斧を相手に次々と振るい、カーディナルも相手に薙刀を振るいまくる。
リング端の錆色は、
「ま、また、両選手の凄まじい攻撃が始まりましたっ!相変わらず何が起きているのか、全く見えませんがっ……!」オロオロしたまま実況した。
二階客席の通路に立ちっ放しのアガットと臙脂は、口をポカンと開けていた。
「なんなんだこれは」と臙脂。
「あーあ」
アガットも溜息をつく。
東側の二階客席ではカーマインが呆然と呟いた。
「カーディナルって、もしかして、父上より……」
その言葉を耳にした葡萄が我に返る。
「そっ、そんなことはありませんよっ!」
クリムスンより強いだなんてことは……!
彼らの会話が聞こえたわけではなかろうが、リング脇に立つクリムスンは、ふっと微笑んでいた。
リングではカッパーが振るう斧の刃先が、カーディナルの腹にほんの少し触れた。
しかしカーディナルが下から払った薙刀の刃先も、相手の額に僅かに触れる。
西側二階客席のストロベリーが興奮して緋色に尋ねた。
「ねえねえ今どうなってる⁈」
「お互いの刃先が相手に触れるようになってきた……!」
「ええっ⁈」
ローズは、リングから目を放さない緋色をじっと観察していた。
西側選手入場口前の茜色が拳を握る。
「カッパー……!」
リング上のカーディナルが薙刀を横から払う。
カッパーの胸元がその刃先で切れた。
カッパーは顔をしかめながらも、斧を下から振るう。
斧の刃先はまたカーディナルの腹に触れた。
カーディナルの目元がぴくりと動く。
三階の朱国特別室では朱色王が目を細めて言う。
「あんな奴が相手だったんじゃ、ドラブが負けたのもわかる気がするわ」
隣に座る真朱王子が口から飴玉を吹き出した。
「なっ、何言ってやがるクソオヤジっ!」
「あーもうなんとでも言え」
「クソクソクソクソクソオヤジっ!」
二人の斜め後ろに控えた洗朱は、もう呆れ果てるしかない。
リングで戦う選手たちは互いの体に相手の刃先が触れて、傷だらけになっていた。
端に追い詰められている審判錆色は、
「こ、これは、よくは見えませんが、両選手の体に互いの武器が当たっているようです!」
目をひん剝いて解説した。
東側のクリムスン、西側の茜色がそれぞれ仲間の戦いを見守っている。
二階客席のカーマインが「カーディナル……!」と名を呼べば、
反対側の客席で「カッパー……!」と、緋色が両手に力を込める。
楽坊特別室でもマゼンタが試合の行方を見つめていた。
リングのカーディナルは全く表情を変えず、寸分の狂いもなく薙刀を振るい続けている。
カッパーは若干顔をしかめながら、二つの斧を振るい続けた。
(俺にしては久々にまともにやったほうか……でも、そろそろ終いだな……!)
カーディナルが薙刀を大きく横に振るい、カッパーは斧の一つを大きく縦に振るう。
その直後、二人の動きが止まった。
会場内の観客が呆然とする。
二階客席のカーマインや葡萄、ワインが息を吞み、反対側の緋色とストロベリーも呼吸を忘れた。
楽坊特別室のマゼンタが呟く。
「決着がついた」
カーディナルとカッパーは同時に倒れた。それぞれ頭を北と南に向けるように。
錆色が恐る恐る二人に近づく。
「こっ、これは、両選手、同時に、ダウンです……!カウントを、始めます……!一・二……!」
東側のクリムスンが目を見開く。
「相打ち……?」
西側の茜色が仲間の名を呼ぶ。
「カッパー……⁈」
二階客席通路、手摺の前に立ちっ放しの臙脂は表情を変えない。
でも隣に立つアガットは「なんてこったい」と、溜息をついた。
楽坊特別室、前列のソファに並び座った楽坊の主桃色と、参謀パステルが目を伏せる。
桃色は「力の強い者同士が戦うと」
パステルも「どうしてもこうなってしまいますね……」
彼女たちは呟いた。
丹国特別室ではすっかり酔っ払った丹色が、
「紅国の守人めがっ!いい気味だわいっ!」と唾を飛ばしていた。
西側二階客席のストロベリーが震える。
「ね、ねぇ……あの人、死んじゃったわけじゃ、ないよね……?」
緋色は息を吞む。
「カッパー……?」
東側の客席でもカーマインや葡萄が、カーディナルをじっと見つめていた。
「九・十!」
審判錆色のカウントが終了した。
だが両選手共に倒れたまま動かない。
「両者、立ち上がりませんので、この試合は引き分けとなります!」
錆色の声に観客がざわついた。
楽坊特別室のマゼンタがポツリと言う。
「引き分け」
ということは……
茜色がカッパーの名を呼びながら、倒れている彼の元へ駆け寄った。
クリムスンもリングへ上がり、カーディナルの元へ近づく。
茜色はカッパーを抱え起こした。
カッパーの腹は見事に斬られていた。
「カッパー⁈」
カッパーは虚ろな目で茜色を見上げている。
「カッパー!わかるか⁈」
「そんな大声、出さなくても、生きてますよ……」
茜色が息を漏らす。
「よかった……!」
クリムスンはうつ伏せで倒れているカーディナルの側に片膝をついた。
「カーディナル、起きてるか」
カーディナルはゆっくりと仰向けになる。一応自力では動けるようだ。
しかし彼の胸から腹は、しっかりと斬られていた。
「おまえ、わざと相打ちにしてやったのか?」
カーディナルの瞳はぼうっと何かを見上げているが、彼は何も答えない。
「まあいい。傷は確かに深いようだからゆっくり休め」
担架を抱えた医療班が、激闘を終えた二人の元へそれぞれやって来た。
西側二階客席の緋色とストロベリーがほっとしている。
「カッパー、意識はあるみたいだな……!」
「よかった……」
ローズが真剣な眼差しでリングを見下ろしている。
(これが命を懸ける戦い、赤星武闘大会か……)
東側二階客席、クリムスン家の男たちも胸を撫で下ろしていた。
「カーディナルも大丈夫なようですね」と、葡萄。
「ああ……!」カーマインも大きくうなずく。
その頃、三階の紅国特別室、上段中央の席に座る紅色王は首を傾げていた。
「しかし、第一試合が引き分けということは……」
医療班が去ったリング上に、二人の男が向かい合っている。
彼らは相手から一瞬たりとも視線をそらさない。
「えー、決勝戦第二試合を始めたいと思いますが……」
二人の間に立った錆色が恐る恐る言った。
けれど片方の選手が、
「うちのコチニールは試合には出れない」
そしてもう片方の選手も、
「こちらも猩々緋は欠場いたします」と述べた。
それを受けた錆色は、
「となりますと、自動的に茜色選手とクリムスン選手が第二試合に出場ということでよろしいでしょうか?」一応二人に尋ねる。
「構わん」と、クリムスン。
「もちろん」と、茜色。
審判錆色がうなずく。
「かしこまりました。それでは第二試合は茜色選手対クリムスン選手となります!」




