表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
68/130

第67話 猩々緋


 (とび)猩々緋(しょうじょうひ)がリング上で向かい合っている。

勿論、猩々緋の背中には数本のナイフが刺さったままだ。

「ならば俺のスピードについてこい。ついてこられるならな」

「望むところよ……!」

猩々緋は槍を構えた。

相手はどこから取り出したのか、両手の指の間に八本のナイフを一瞬で現した。

 三階の楽坊特別室では、マゼンタとシェルがソファに並び座ってリングを見下ろしている。

「あの人大丈夫かな……」

横笛奏者シェルが両手で拝みながら言った。

紅国(くれないこく)守人の意地だ」マゼンタが呟く。

 東側の選手入場口前では、大男ドラブが仁王立ちでリングを睨んでいる。

「瘦せ我慢が……!」

彼の目には猩々緋がそのようにしか映らなかった。

 三階の朱国(しゅこく)特別室では、朱色(しゅいろ)王と真朱(しんしゅ)王子がテーブルと座席の間に立って声を張り上げている。

「鳶ーっ!!」

「いけーっ!」

二人の斜め後ろに控えた洗朱(あらいしゅ)は、一切何も喋らず試合の行方を見守っていた。

 リングで槍を構える猩々緋は鳶を睨む。

こういう奴と戦うのは、決して初めてではない……今までだって、何度も、数え切れん程、相手にしてきた……思い出すのじゃ、あの感覚を……!

鳶が姿を消した。

正確には、物凄く速いスピードでリングを駆け抜けている。

(来るか……!)

猩々緋は気持ちを落ち着けた。

相手が跳びながら四本のナイフを放つ。

(そこか!)

猩々緋は槍を振り、ナイフを(はじ)いた。

鳶の瞼が僅かに持ち上がる。

弾かれたナイフがリングを転がっていった。

「猩々緋選手、放たれたナイフを槍で弾きました!」

リングの隅に追いやられた審判錆色(さびいろ)が説明する。

 会場内からはやはり野次が飛びまくった。

二階客席の緋色(ひいろ)が息を吞む。「猩々緋……!」


 リングではさらに四本のナイフを鳶が放った。

(見えてきた……!)猩々緋はそのナイフも槍で弾いた。

彼の周囲を駆け巡る鳶が舌打ちをする。

 東側の選手入場口前に立つ大男ドラブが苛立つ。

「あのジジイ……!」

反対に西側の選手入場口前にいる守人頭首茜色(あかねいろ)は、

「慣れたね……!」と、猩々緋の動きからそう判断した。

 リングの鳶はまた四本のナイフをどこからともなく取り出して、相手に放つ。

しかし猩々緋は再度槍でそれらを弾いた。

錆色が興奮して言う。

「鳶選手の猛攻が続いておりますが、猩々緋選手の槍が全てのナイフをリングに叩きつけております!」

 二階客席に座る緋色は口をポカンと空けていた。

「スゲー……!やっぱただのじっちゃんじゃなかった……!」

少年の隣でストロベリーも後押しする。

「だって茜色の右腕なんだよ!って、あたしに言わせてどうするのっ!」

 リングの鳶が息を切らしながら立ち止まる。

試合開始からほとんど走りっ放しだ。しかもただ走るだけではなく常に全力疾走。さらには相手が視線で追えない程の動きを見せなくてはならない。

そんなものをずっとやらされたらさすがに息も切れ、体力も消耗してしまう。

「どうした、(しま)いか……?手持ちが、切れたか……?」

猩々緋が苦しげな呼吸を整えて言った。

(背中にナイフが刺さったままとはいえ、なんだこの体力と精神力は……!)

鳶がそう思った時だ。

「ならば次は、こちらから行くぞ……!」

「!」

「といやああっ!」

雄叫びを上げた猩々緋が相手に槍を突き刺そうとする。

が、鳶はそれをよけた。

けれどもそれで終わりではない。

猩々緋は次々と槍を繰り出す。

鳶はよけてはいるものの、かなり体力を消耗したようで動きが鈍い。

「おおっと、今度は猩々緋選手による反撃開始です!鳶選手、必死によけておりますが、ここから脱する手はあるのでしょうか⁈」錆色が両手を握りしめて叫んだ。

 三階の楽坊特別室、前列のソファに座った楽坊の主桃色(ももいろ)と参謀パステルも、各々体に力が入る。

「さすが紅国守人……!」と、パステル。

桃色も「ええ……!」と同意する。

 朱国特別室では朱色王と真朱王子がブチ切れていた。

真朱は「なんだよあのジジイ!背中にナイフ刺さってんだぞ!」と信じられないように目を見開き、朱色は「おら鳶っ!貴様なんとかしろっ!」と自国の選手をたきつけている。

二人の斜め後ろに控えている洗朱は、そんな王と王子の姿に呆れるしかない。


 猩々緋は次々と槍を繰り出していた。

背中が傷む。でもそんなことを気にしている暇はない。

とにかく目の前の相手に勝たなければ……!

彼の槍の先は、だんだんと鳶の肩や脚に触れ始めた。

「くっ……!」

鳶が顔をしかめる。

だがやめる気はない。

(おまえが何年、そのナイフと、戯れてきたのかは知らんが、わしも、槍の扱いには、相当な時をかけたのでな……!)

猩々緋はひたすら相手の隙を狙って槍を繰り出した。

 東側の選手入場口前にいるドラブがリングを睨む。

「鳶の奴……!」

 西側の選手入場口前の茜色は二人の戦いを見つめながら、

「彼はもう、猩々緋に近づくことが出来ない……!」鳶の状態を見切った。

 猩々緋の槍は止まらない。

彼の意図をくんだ槍はまるで手足のように触手を伸ばす。

(狙った獲物は、逃しはせんのだ!)

猩々緋の勢いに圧倒された鳶が息を吞んだ、その時だ。

槍が鳶の脇腹に刺さっていた。

 朱国特別室の朱色王と真朱王子が言葉を失う。

今までとどまることを知らなかった二人の選手が、一切の動きを停止している。

 やがて猩々緋が鳶から槍を引き抜いた。

鳶の髪や瞳の色と同じ色をした血液が、傷口から滴り落ちる。

鳶は脇腹を手で押さえて膝をついた。

そしてそのままばたりと倒れてしまった。

すかさず審判錆色が彼の側に近づく。

「鳶選手、ダウンです!カウントを取ります!一・二……!」


 二階客席でストロベリーが口を押さえている。

隣に座る緋色も「猩々緋……!」と仲間の名を呼びつつ、やけに驚いた顔をしていた。

二人が驚いたのは、猩々緋の強さに対してというのもあったが、流血を生で見るのが今大会初だったからである。

赤星武闘大会は毎度怪我人続出の大会だと認識はしていたが、それをこの目で見てしまってさすがに動揺したのだ。

 東側の選手入場口前では大男ドラブが悪態をついていた。

「あのクソが……」

彼の隣に立つ中肉中背のメンバー、柿色(かきいろ)は、

「とととと鳶が、ま、負ける……⁈」なぜかブルブルと震えている。

 朱国特別室では真朱王子が怒り心頭だ。

「おい立てよっ!おまえ朱国代表だろっ⁈」

王子が喚く隣で、王の朱色は腕組をしながら、「あの手傷では無理だな」

先程まであんなに熱く応援していたのに、すっかり冷静さを取り戻して述べた。

真朱が背丈のある父朱色を見上げる。

「なに言ってんだオヤジ!」

「オ、オヤジ……⁈これでも俺は朱国の王だぞ!」

「朱国の王がカウントの途中であきらめんじゃねーよっ!」

「うっ……!」朱色は一瞬面食らった。「でもな、これは今までの俺様の経験から判断して……!」

「そんなの関係ねえだろっ!」

「大ありだろうがっ!」

王と王子が言い争う斜め後ろで、洗朱はいつもの如く呆れている。

(まったく、この親子は……)


 リングでは錆色のカウントが終了しようとしていた。

「九・十!勝者、猩々緋選手!」

会場内に朱国人(しゅこくじん)の野次と罵声が響き渡る。

中にはほんの少しの歓声も交じってはいたが、やはりすっかりかき消されてしまった。

 それでも二階客席の緋色は喜んでいた。

「やったー!勝ったっ!」

しかし隣に座るストロベリーの表情は暗い。

「なんか、勝ったけど……」

緋色が彼女に顔を向ける。「え?」

ストロベリーはリングをずっと見下ろしていた。

 楽坊特別室のマゼンタは試合状況を整理する。

「まずは茜色チームが一勝」

あと一勝すれば、決勝に進む……

 楽坊特別室の隣、紅国特別室では韓紅花(からくれない)姫がガラス窓のすぐ側に座り込んで拍手をしていた。

自分の国のチームが一人勝ったのだと、理解したらしい。

上段中央の席に座る紅色(べにいろ)王も誇らしげに言う。

「さすが紅国守人じゃ。素晴らしい戦いだったぞ」

「はい」

王の斜め後ろで世話役の退紅(あらぞめ)がしっかり相槌を打った。

上段端の席に座る執政灰桜(はいざくら)は、

「これが茜色家の実力か……」

一度見限ろうとした家を、一旦保留とすることにした。

 リングで倒れた鳶が、白装束の医療班に担架で運ばれていく。

だが、それまでその場に留まっていた猩々緋が、急にどしっと片膝をついた。

「猩々緋選手?」

思わず錆色が声を掛ける。

西側の選手入場口前にいた茜色がリングに跳び上がった。


 二階客席に座るストロベリーは、何とも言えない表情をしていた。

隣で緋色が彼女を静かに見守っている。

「本当に、この大会って、命を懸けた戦いなんだなって、改めて実感しちゃって……」

ストロベリーがぼそぼそと言った。

「うん、それはオレも思った」

少年もいつになく神妙な面持ちだ。

父上にも言われたけど、今の猩々緋の試合を生で見て、さらに感じさせられたっていうか……

緋色は隣の彼女からリングへと視線を移す。

すると何やら状況が一転していた。

「あ……!」少年の口から声が漏れる。

リングに片膝をついている猩々緋の側に、父茜色が寄り添っていた。

 茜色が錆色を見上げて言う。「医療班を……!」

「は、はいっ!」

錆色が耳にはめた機械を押さえて何やら話をし始めた。

「その必要は……」

猩々緋が茜色や錆色の行動を引き留めようとする。

が、彼の額には脂汗が滲み、呼吸も荒い。

「何を言ってるんだ、背中にナイフが五本刺さっているんだよ。病院でちゃんと抜いてもらわなければ」

茜色が諭すように言う。

「ですが、自分の足で歩いて……」

猩々緋がそう言おうとした時、既に担架を持った医療班がリングに上がっていた。

「せっかく準備してくれたんだから、大人しくお世話になっておけ」と、茜色。

「しかし……!」

 楽坊特別室ではマゼンタがその光景をじっと見つめていた。


 猩々緋はうつ伏せ状態のまま担架に乗せられた。

彼の側に立つ茜色が言う。

「後のことは心配しなくていいよ」

「心配はしておりませぬが……!」

「じゃあ運んじゃってください」頭首は猩々緋の言葉を遮って医療班に伝えた。

「あ、ちょっ……!」

猩々緋は何か言いかけたが、医療班は彼をさっさと運んでいく。

「必ず勝ってくださいませよ……!」

去り際に猩々緋が叫んだ。

「任せておけ!」

そう答えた茜色は、運ばれていく猩々緋の姿を見つめる。

(猩々緋がリング上で膝をついたということは、かなり体に痛みがあるということだ……)

 二階客席では緋色とストロベリーが心配そうにリングを見下ろしていた。

「おじいちゃん、大丈夫かな……」

ストロベリーが目を潤ませる。

「だ、大丈夫だろ……!父上と普通に話してたし……!」

緋色は前向きに言う。

大丈夫大丈夫、猩々緋は絶対に大丈夫!

前向きな少年は自分にそう言い聞かせた。

 リングでは茜色が西側の選手入場口前に戻り、錆色がリング中央に立つ。

「第一試合は茜色チームの勝利となりましたが、次の試合はどのような展開を見せるのでしょうか!それでは大会システムによる第二試合目の選手を選んで参りたいと思います!」

 錆色の言葉に東側の選手入場口前では、柿色が物凄く緊張した面持ちで身を正した。

三階の天井から吊るされた大型モニターは、自分とドラブの名前や顔写真を交互に表示していく。

柿色の口があわあわとなった。

ど、どどどどうして、こんなことにぃっ……⁈

大型画面の表示が止まり、司会者錆色の声が響く。

「第二試合はカッパー選手とドラブ選手の戦いとなります!」

会場内に歓声が上がる中、柿色は安堵のあまり脱力していた。

よかった、自分じゃなかった……

が、彼の隣に立つリーダードラブは、

「俺か。相手がどんなヤツかは知らねえが一撃で倒してやる。だから第三試合は頼んだぞ」

大男の言葉に柿色の体がびくっと震えた。

「まままま任せてくださいっスススよっ……!お、おお、オレのブーメランで、ス、スパッと、こ、こう……!」

ドラブはリングを睨む。

「鳶が負けた。俺らにはもう後がねえ」

彼はそう言い放つと、手にした巨大な金棒と共にリングへ向かった。

柿色の全身が震えまくる。

な、ななな、なんで、こんなことになっちまったんだあっ……⁈

彼の脳に数週間前の出来事が蘇った。


 朱国のとある街のとある酒場。

夕暮れ時のその店に、仕事を終えた客たちがそこかしこから集まって、酒を酌み交わしていた。

だが店内でも一際目立つ大男は、日の高い時間帯から酒を煽っていた。

彼の名はドラブ。朱国軍部でも一番力の強い男だと評されている。

年は三十九歳。背が高く筋骨隆々とし、スキンヘッド、上半身は常に裸で下は袴服。瞳の色はくすんだ茶色だ。

その彼が瓶や器からではなく、大甕丸ごとを抱えて酒を飲んでいた。

ドラブの隣では大会に共に出場するメンバー、鳶が既に酔い潰れ、テーブルに突っ伏している。

「んあーっ、ひっく……まだ足りねえな……」

大甕を飲み干したドラブが店主に顔を向ける。

「オヤジ!もう一甕!」

店主が笑顔で答えると、彼の隣に一人の男がふらふらとやって来た。

年齢は二十四歳。いたって平均的な体格で筋肉もほぼついておらず、日に焼けた肌にウェーヴのかかった顎までの髪、袴服、髪と瞳の色は鮮やかな橙色をしたその男は、名を柿色と名乗った。

「あんたら今度の武闘大会に出るんだって⁈さっきあっちの連中がしゃべってたよ!」

ほろ酔い状態の彼がドラブに言った。

「んああっ?ひっく……ああ、そうだ」

「スゲーじゃん!しかもシード枠だって⁈よっぽど王様に期待されてんだなっ⁈」

ドラブは上機嫌で答える。「まあな……ひっく」

「いいよなあっ!大会で優勝すれば英雄だ!一生食うに困るこたねえし、何千人もの美女を自由にとっかえひっかえできるなんて最高だよなっ!」

「それが勝者の特権、ひっく、だからな」

「いいなあー、オレも出てみてえ、武闘大会」

「なんだ、おまえ、ひっく、出たいのか?」

その時店主と従業員が二人がかりで大甕を運んでくる。

「はいお待ちっ!」

二人はそう言うとテーブルの上ではなく、地面に大甕をドスンと置いて立ち去った。

さすがにテーブル上に置いてしまうと、下が支えきれず壊れてしまう可能性があるからだ。

「そりゃあ、男子の憧れじゃん!」柿色が天井を見上げてニヤニヤする。

ドラブは運ばれてきた大甕をガシッと両手で掴んだ。

「武闘大会に出てー、みんなにチヤホヤされてー」

柿色が何やらほざいている間にも、ドラブは大甕を軽々と持ち上げて飲み始める。

「大金持ちになってー、それからー……」

ドラブはあっという間に大甕を飲み干した。

橙星(だいだいぼし)のヤツらにも自慢してやろー」

柿色がそう言った時にはもう、ドラブは空になった大甕を地上にドスンと置いていた。

「おまえ、ひっく、強いのか?」

ドラブが彼に尋ねる。

「えっ?おお!オレすっげー強えーぜ!」

柿色が満面の笑みで答えた。

「だったら、その強さ……ひっく、見せてみろ」

 それから二人は酒場の裏の空地へと向かった。

茶色い草がぼうぼうと生え、手入れのされていないその場所は、柿色の力を発揮するには充分だった。

「じゃあ行くぜ……!ちゃんと見てろよ……!」

柿色は自分の斜め後ろに立って腕組をしているドラブに言う。

ドラブはぼーっとしながら柿色を眺めていた。

柿色は懐から二つのブーメランを取り出す。

その小さな代物は、彼の手の平にちょこんと収まる大きさだった。

「これがオレの強さだあっ!」

彼は二つのブーメランを両手から放った。

飛び放たれたブーメランは遠くでぐるっと円を描くと、ちゃんと手元に戻ってくる。

まあ、それがブーメランだ。

「どうだっ⁈」

柿色がドラブを振り返って尋ねる。その顔はドヤ顔だ。

「うむ……採用!」

ドラブは言い切った。酔いの回った頭で。

「マジっ⁈オレ大会出れんの⁈」

「おお、出れんぞ。俺と鳶と、ちょうどあと一人必要だったからな、ひっく」

「やったー!マジかっ!ありがとっ!」

柿色が今まで生きてきた人生の中で、一番感動した瞬間だった。


 が、まさか、こんなことに、なろうとは……

東側の選手入場口前に一人残された柿色が震えている。

た、たたた、確かに、武闘大会に出たいとは言ったけど、ま、まさか、こんな、死と隣り合わせだ、なんて……!ま、前の、準々決勝は、ドラブと鳶が、ストレート勝ちだったから、オレの、出番がなくて、よかったけど、もし、第三試合、オレが出ることに、なっちまったら、ど、どうすりゃいいんだ……⁈

 金棒を持ったドラブはリング中央に仁王立ちをし、西側の選手入場口前に佇む茜色を見下ろしている。

「おいこら、そっちの奴はどうなってんだ……!」

ドラブの近くに立つ審判錆色も、

「あのお、カッパー選手は……」恐る恐る茜色に尋ねた。

 茜色はドラブを見つめながら、「カッパー……!」まだ一度も姿を見せていないチームメンバーの名を呟いた。

 観客がざわつき始める。

二階客席の緋色もそわそわし出した。

「カッパーが出てこない……⁈」

 三階の紅国特別室では王の紅色が首を傾げる。

「何かトラブルか?」

「そのようでございます」退紅が答えた。

上段端の席に座る執政灰桜は、

「茜色家守人カッパーについての資料はほとんどない。もしやこの大会に恐れをなしたか?」ぼそりと呟いた。

 リングに立つドラブが苛立つ。

「てめえのチームはやる気あんのか⁈」

彼は茜色を睨んで金棒を振り下ろした。

金棒がリングを削り、その衝撃で錆色が宙に跳び上がって小さな悲鳴を上げた。

 楽坊特別室のソファに座ったシェルは不安げに言う。

「なんで出てこないの……?」

「わからない」

彼女の隣でマゼンタが答えた。

けれど、茜色が選ぶほどの人材なのだろう?なら逃げるようなことはないはず……


 二階客席へと続く階段を二人の男が駆け上がっている。

彼らは階段から通路へ飛び出すと、会場内を見渡した。

「おー、なんとか間に合った!」と、アガット。

「君がもたもたしていたからだろう」臙脂(えんじ)は同僚に文句を言う。

「だって塾の課題準備は大切な仕事でしょう?」

「それはそうだが、要領が悪いのでは?」

「うっ……!君が良すぎるんだよっ……!」

二人は緋色とストロベリーが通う塾の講師、アガットと臙脂だった。

以前はそこにマゼンタも加わっていたが、彼女は王宮楽坊に引き抜かれてしまった為、今はほとんど顔を合わせることはない。

しかし何を隠そう、マゼンタに音楽を教えたのはアガットだ。

マゼンタにとってアガットは勉強を教えてくれる先生、だけではなく弦楽器セキエの師でもあった。

アガットと臙脂は前回のクリムスン家準決勝戦も観戦に来ている。

そして今回の茜色家準決勝戦も僅かな時間を縫って観に来たのだ。

大切な教え子の家族が出場する武闘大会。

来れるものならなるべく来て、この場でちゃんと応援してあげたい。

ところがよくよく会場を見回してみると、観客が何やらざわついている。

「ん、何かあったのかな?」アガットは首をキョロキョロとさせた。

臙脂は三階の天井から吊られた大型モニターを見上げる。

「第一試合は猩々緋の勝利だったようだ」

アガットも大型画面を見上げて、「茜色家の人だね。で、第二試合はこれから?」

「カッパー対ドラブ」

「え?」


 朱国特別室では今もなお朱色王と真朱王子の口喧嘩が続いていた。

「だから脇腹をあんな風に刺されたまままともに戦うのは無理なんだよっ!」

王が鳶の状況を真朱に説明する。

「そんなのやってみなきゃわかんねーだろっ!」

「わかるわそんなもん!今までこの俺様が何百万回戦ってきたと思っていやがるっ!」

「アイツは橙人(だいだいびと)なんだからその辺なんとかなるだろっ!」

「なんとかなるかいっ!」

「あの……」さすがに耐えられなくなった洗朱が口を挟もうとした。

けれど朱色親子は聞く耳持たずである。いや、そもそも洗朱の声が耳に入っていない。

「橙人を不死身かなんかと勘違いしてるようだが、俺らと同じ人間だからな!普通に傷も負うし倒れだってするんだよっ!」

「だって……!」

「あのっ!」洗朱がいくらか声を張った。

「なんだよさっきからっ!」朱色が思い切り振り返る。

「もう第二試合目に入ってます」

洗朱の言葉に朱色と真朱はポカンとなった。

その数秒後、親子の奇声が室内に鳴り響いたのは確実だった。


 苛立つドラブがリングを金棒で叩く。

その度にリングは削れ、審判錆色が衝撃で跳び上がった。

「いつまで待たせんだよ!このまま不戦勝にするつもりか⁈」ドラブが声を荒げる。

観客がざわつき、野次を飛ばした。

当然だろう、選ばれた選手が姿を現さないのだから。

 二階客席のストロベリーはそわそわと、「ど、どうなっちゃうの、これ……⁈」誰に尋ねるというわけでもなく口にした。

「カッパー……!」

緋色が両手を握りしめる。

少年の頭に、家の木の枝に寝そべって、うんざりしたような顔で自分を見下ろしてくる男の顔がよぎった。

いつもやる気がなくて、オレの稽古にも無理矢理つきあってもらって、大会にも本当は出たくないんだろうって、わかってた、わかってたけど、でもっ……!


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ