表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
65/130

第64話 処分


 会議室の扉が力任せに開けられた。

観音開きの扉は反動ですぐにまた閉まりそうになったが、それを両手で殴りつけるように中から大きな男が現れた。

「このクソがっ!」

丹色(にいろ)王は誰に言うでもなく悪態をつくと、そのまま無機質な廊下をドシドシと歩いて去っていった。

彼が去った少し後に、灰桜(はいざくら)や他国の王、執政たちがわらわらと室内から出てくる。

「やれやれ……」

あの二人が顔を合わせると大抵こういう結果になる。

灰桜は疲労感を湛えた表情で会議室を後にした。

その後ろを他国の王たちもついていく。

 やがて、最後に残った朱色(しゅいろ)王が会議室から出てきた。

すると廊下の隅に控えていた洗朱(あらいしゅ)が、素早く朱色の側へ近づく。

「陛下」

「ったく、やってらんねえわ」

朱色は頭をボリボリと掻きながら廊下を進んだ。

頭を掻いたせいで頭頂部でぐるぐる巻きにした髪が少しほつれている。

しかしそんな些細なことを気にするような王ではなかった。

朱色王の後を洗朱はぴたりとついていく。

 洗朱。朱色王の忠実な右腕だ。朱色王の命令ならばどんなことでも従う。彼の家は代々朱国(しゅこく)の王に仕える、それが定めだった。

 ふと、朱色の足が止まる。

合わせて洗朱の歩みも止まった。

廊下の分かれ道に紅国(くれないこく)の執政官、紅樺(べにかば)がひっそりと佇んでいる。

「いかがでしたでしょうか」

紅樺は視線を下げたまま尋ねた。

「いかがも何も」朱色王が答える。「俺はただあの試合を見せられて思ったことを言っただけだ。あんな胸糞悪りぃ」

「大変申し訳ございませんでした。あのような映像をお見せしてしまって」

「いや、前々から丹色の奴は気に食わなかったからな。親が親なら子も子だし、まともな戦いをやる気がねえ」

陛下のその言葉に洗朱のこめかみがぴくりと動いた。

「ですが今回の件に口添えを頂いたこと、決して忘れは致しません」

紅国の執政官が姿勢を正して言う。

「とにかく、俺は自分の言いたいことを言っただけ。決してあの姉ちゃんやおまえのためにやったわけじゃねえからな」

「はい」

朱色王はその場を後にした。

洗朱がその後を静かについていく。

紅樺は朱色王の後姿に深々と頭を下げた。




 病室は個室ではなかった。

けれど四つあるベッドの内埋まっているのは一つだけで、他の三つはありがたいことに空席だった。

コチニールが窓際のベッドで眠っている。

頭には包帯が巻かれ、顔には絆創膏、手にも包帯、病院から支給された服を脱げば全身包帯まみれだ。

父クリムスンはそんな姿になってしまった息子の側の椅子に座り、ひたすら見守っている。

命は無事だった。だが意識が戻らない。

昨日の第二試合、審判のカウントが終わってコチニールの元に駆けつけた時、息子の意識はあった。

だから大丈夫だと、信じてはいるが……

 すると病室の扉がゆっくりと開いた。

クリムスンが顔を上げる。

眼鏡を掛けた葡萄(えび)が入室し、自分とコチニールに近づいた。

「カーマインたちは一旦宿に帰しましたよ、昨晩はここに泊まりでしたから」

「ああ、悪い」

「あなたも一度帰って眠ったほうがいいです」

「それはおまえも同じだろう」

「私は今朝少しだけ仮眠を取りましたから」

クリムスンは忠実な右腕をじっと見つめた。

「……で、執政の紅樺とはどういう繋がりなんだ?」

葡萄はコチニールのベッドを挟んで、頭首と向かい合うように椅子に座る。

「朱国に留学していた頃、ちょっとしたアルバイトをしていまして」

クリムスンは葡萄から目を放さない。

「いやそんな目で見ないでください」

「どんな目だ」

「とにかくですね、朱国の大学生がどんなものなのかを紅国の執政官に報告するアルバイトだったんです。その時の執政官が」

「紅樺」

「表向きはお優しすぎて覇気のない方でしたが、実際は朱国の王とも交流があったようですし、それに朱色王と丹色王が幼き頃からの喧嘩相手で、言いたいことをなんでも平気で言い合う仲だということも教えてくださいましたし」

「そうだったのか」

「それに何より、紅樺様はマゼンタに気がありましたからね、進んで協力してくださいました。というより接触する前からご自身で既に動かれていましたよ、マゼンタの処分をどうにか軽くするために」

「ちょっと待て」

「はい」

クリムスンは一度しっかりと瞬きをした。

「マゼンタに気がある?」

「求婚なさったそうです、断られたらしいですが」

「……その報告は受けてない」

「ええ、私も昨晩知りましたから」

二人の間に微妙な空気が流れた。

マゼンタに求婚?

いつの間にそんな話になっていたのだ。

だが今はコチニールの容体やマゼンタの処分のほうが優先されて、求婚云々どころじゃない。

「それで?」頭首は溜息をついて先を促した。

「それで、紅樺様が朱色王に働きかけてくださいましたから、悪い結果にはならないと思います」

「だといいが……」

クリムスンは背後の窓に顔を向けた。

窓からは大会会場の灰色の建物が、まるで迫りくるかのように見えた。



 楽坊専用旅館の一室で、マゼンタは畳の上に正座をしていた。

同室のシェルは横笛の練習をする為に部屋を空けている。

いくら武闘大会会期中とはいえ、ずっと楽器に触れないでいるわけにはいかない。

それに謹慎中の自分と、この部屋に一緒に籠るわけにもいかないだろう。

マゼンタは友人を快く部屋から追い出した。

でも自分は何もすることがない。

楽器を弾くわけにもいかないし……

少女は壁に立て掛けてある弦楽器、セキエに視線が行った。

 その時、部屋の扉を叩く音が聞こえてくる。

音の主はこっちが何も言わなくても扉を開け、さらにマゼンタがいる室内の襖も開けると、

「入るぞ」

と言って彼女の目の前に立った。

「少しいいか」

「はい」

楽坊の参謀パステルが、マゼンタの前に正座をした。

何となくやつれただろうか、少女はパステルの顔を見て思った。

パステルは元々ほっそりとした体型をしている。

そのせいかもしれないが、どことなく頬がこけた気がした。

私がしたことは、やはり楽坊にとんでもない迷惑をかけたのだな……そして、父上や家にも……

「どうしてあんなことを……いや、愚問か」

パステルが首を振る。

「他に何か方法はなかったのか?あの試合を止める、そなたの兄を助ける方法が」

「わかりません。ただ、あの時の私にはそれしか思い浮かばなかった」

「なんということだ。先のことは考えなかったのか?」

「先?」

「そなたがああして試合を止めたことで、その影響が自身や周りに及ぶことを考えなかったのか?」

それを問われるとぐうの音も出ない。

「あの時はただ、コチニールを助けることと、父上のチームを先に進めることだけを考えました。だからあの方法が最善だと」

ハクア奏者は呆れてしまう。

「まったく、そなたはクリムスン家の出かもしれぬが今は、紅国王宮楽坊の楽師なのだぞ……!その立場を絶対に忘れてはならなかった、なのに……!」

「なら教えてください」

「なに?」

マゼンタはパステルを真っ直ぐ見つめた。

「もしパステル様の大切な人がコチニールと同じような目に遭っている時、あなたならどうしますか?」

今度何も言えなくなってしまったのは、楽坊の参謀のほうだった。




 「昨日の試合、現地で観てたんですよね?」

ストロベリーが塾講師のアガットと臙脂(えんじ)に尋ねる。

ジョーガの都、緋色(ひいろ)やストロベリーが通う塾の教員室に、いつもの面々が揃っていた。

アガットと臙脂はそれぞれ自分の席に座って、生徒のストロベリーが二人の側に立っている。

彼女の背後では、緋色が先程からずっと辺りを行ったり来たりしていた。

「見てましたよ」

教え子の質問にアガットが答える。

「そんなに、その、悲惨だったんですか?」

「それはまあ……」アガットは口を濁した。

「あなたたちにはとても見せられません」

臙脂がきっぱりと言い切る。

ちゃんと教えるのも教師の務めだろう。

しかしストロベリーは何とも言えない顔になり、

(でも録画してたの見ちゃったけど……)と、心の中で呟いた。

 ふと、緋色が彼女の後ろで立ち止まる。

「マゼンタの処分っていつ出るんだろ、どんな処分になるんだろ……!」

少年が心配そうに言った。

アガットは「相手が丹国(にこく)の王子ですからね」

「はあ、だよなぁ、王子にやっちまったもんなぁ……」

「極刑、になるようなことはないとは思いますが」

緋色は頭を抱え「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!」と雄叫びを上げた。

アイツが処刑とかされちまったらオレはっ……!

自分でも上手く説明出来ない思いが少年の中に渦巻いた。

「ねえ、マゼンタのことも心配だけど、明日は茜色(あかねいろ)チームの準決勝でしょ?そっちは心配しなくてもいいの?」

ストロベリーが純粋に尋ねる。

「そりゃそうだけどっ……!」

もうそれどころじゃねえってゆうかっ‼

生きてさえいれば、試合は何度でも出来る。

王宮守人になるチャンスだって、いつかまた巡ってくるかもしれない。

でも死んでしまったら、もう何も出来ないし何も掴み取れない‼

緋色は抱えた頭をガリガリと搔きむしった。




 協議会の結果はあっけなく伝えられた。

まさに午前中、各国の審査員と協議が行われた会議室内に紅樺、桃色(ももいろ)の両名が呼び出され、楽坊の主に付き従うように参謀パステルも無理くりその場に顔を揃えた。

三人の前には執政灰桜がどっしりと立っている。

彼から伝えられた新人楽師の処分に、桃色と紅樺は愕然とした。

「一年間の楽師としての活動禁止⁈」

パステルが叫ぶ。

「そうだ」

「それは、一年間楽器に触れるのを禁じるということでしょうか⁈」

「そういうことだ」

「一年も楽器に触らなかったら指が(なま)って感覚を取り戻すのにいったいどれだけの時間を有するか……!」

「パステル」桃色が彼女をたしなめるように言った。

「それは私の知ったことではない」灰桜は淡々と答えた。

紅樺が彼に尋ねる。

「一年間楽師として働くことを禁じたとして、彼女は楽坊にいられるのですか?」

「無論だ」

「楽坊で楽器を弾かずに何をしろと?」

「パステル」桃色が再度彼女をたしなめた。

「女官でもなんでも仕事を言いつければよい。楽坊にも雑事はあるだろう」

「女官⁈」と、紅樺。

パステルも啞然とする。

執政灰桜は楽師について何もわかっていない……!

「とにかく、四肢が繋がっているだけでもありがたいと思え」

そう言い放ち、灰桜はその場から去ろうとした。

けれど彼の前に紅樺が立ちはだかる。

「今一度、協議をしていただくわけには参りませんでしょうか。彼女はただ自分の兄を助けたかっただけなのです。確かにやり方は浅はかだったかもしれませんが、あの状況でいったいどうすればよかったというのです?」

紅樺の言葉にパステルが息を呑んだ。


「もしパステル様の大切な人がコチニールと同じような目に遭っている時、あなたならどうしますか?」


パステルの脳にマゼンタの言葉が響く。

私なら、どうするか……?

ハクア奏者の思考が飛んでいる最中にも、紅樺は灰桜に突っかかっている。

「あの試合を止める為にはあの方法しかなかったのですよ!」

「紅樺様……」

桃色が瞳を潤ませた。

しかし灰桜は冷めたように若造を見下ろすと、

「紅樺、楽坊を私物化しているという話、よく耳に入ってくるぞ」

「!」

「中でも守人出身の楽師ごときに(うつつ)を抜かしているとか。そうするといつか足元をすくわれる、必ずな。しかと憶えておくがよい」

紅樺は拳を握りしめた。

「それでもかまいません」

桃色とパステルが目を見開く。

「どうかもう一度お考え直しを……!」

「くどい。既にこの件は紅色(べにいろ)王に承諾を得ておる、結果は覆らん」

灰桜は三人を置いて退出した。

紅樺は言葉を失くしている。

「そんな……」パステルがぽつりと呟いた。

紅色陛下の承諾を得た。つまりはそういうことだ。

いくら自分たちが灰桜に食ってかかった所で、もうどうしようも出来ない。

楽坊の主、桃色の肩から力がふっと抜けた。




 夕闇迫る病室にカーマインがやって来た。

彼はベッドで眠る兄の側から片時も離れない父の元へ歩みを進めると、隣に丸椅子を引っ張ってきて、自分もそこに腰掛けた。

包帯と絆創膏だらけの兄はまだ目を覚まさない。

昨日の試合の後、ほんの少しだけ話は出来たらしいけど、それからずっと目を閉じたままだ。

 病室は静かすぎる。

四人部屋なのに病院側が気を遣ってくれたせいか、兄コチニールの個室みたいになって他に聞こえる会話はないし、当の本人はまだ起きないし、とにかく手持ち無沙汰のカーマインは昨日の振り返りをした。

そうしないと沈黙が苦しかった。

「あんな試合になるなんて、オレだったら相手が王子だろうがなんだろうがひるんだりしない」

「そうか?」父クリムスンが穏やかに言った。

「そうだよ、オレだったら絶対勝ってた……!兄貴は優しすぎるんだ……!」

「そうかもしれないな」

クリムスンは遠くを見るような目をする。

決して疲れているわけではない。

ただ、昨日試合があって、コチニールが重傷を負って、マゼンタに処分が下されることになって、息子たちのことや家の今後を揺るがすような出来事が重なり、精神的に全く参っていないと言えば嘘になるだろう。

頭首の望みはコチニールが無事に目を覚まし、マゼンタの処分が軽く済むこと。

その二つを今はひたすらに願っていた。

 クリムスンの隣でカーマインは拳を握る。

これは父上の人選ミスだ、絶対そうに違いない……!兄の代わりに自分が出ていれば、こんなことには……!

 すると、病室の扉がまたゆっくりと開いた。

眼鏡を掛けた男が音もなく室内へ入ると、コチニールのベッドに近づく。

クリムスンが彼を見上げた。「どうだった?」

「それが……」

葡萄が口を濁した。


「一年間楽師としての活動禁止か」

「はい」

葡萄があくまで冷静に報告し、クリムスンもそれを冷静に受け取った。

この処分をいったいどう捉えればいいのか。

自分たちは音楽のプロではないから正しい判断は出来ないが、楽師にとって一年間楽器に触れないというのは、相当なリスクではなかろうか。

しかも楽坊で雑事だけを任されるというのは……

「なんだ、たったそれだけ?丹国の王子に銃を向けたんだから、もっと重い処分になるかと思った」

クリムスンと葡萄が同時にカーマインを見る。

その目は呆れて物も言えない。

「え、なに?」

カーマインが二人を見比べた。

なんかマズいこと言った?

クリムスンはほんの僅かに息を吐くと、

「しかしそれだけ軽く済んだのはおまえたちのおかげだな」

と、優秀な右腕を見上げた。

「いえ。にしてもこれからどうしますか?」

頭首は何かを思案するように前方をじっと見つめた。




 今夜も室内の照明は星明かりだけだ。

なぜか室内の明かりをつける気にならず、それに明かりがなくても星の光だけで充分だったのだ。

この部屋から出られず、何をしてもいけない今の自分に、明かりは必要ない。

同室の横笛奏者はまだ外で練習中らしく、どこからか他の楽器と合わせる音が聞こえていた。

でも自分はただただ部屋の真ん中に正座をして、何を見るでもなく視界に映る景色を眺める。それだけだった。

 いや、それは間違いだ。

このところずっと気になるものが目の前をチラついている。

弦楽器セキエだ。

壁に立て掛けてあるその楽器だけが、やけに目に入る。

ツキソメもその隣に立て掛けてあるのに、どうしてかセキエばかりが目に付くのだ。

だからマゼンタは仕方なく弦楽器セキエを見つめ続けていた。

 その時、部屋の固定電話が着信音を鳴らした。

もしかして、また父上から?

彼女はすぐさま電話に近づくと受話器を取る。

が、聞こえてきたのは父クリムスンよりもかなり若い少年の声だった。

「マゼンターっ!」

少女が目を見開く。

この声はまさか……!

「緋色?」

「おまえ大丈夫か⁈もう処分って出た⁈てかなんでそんなことになっちまったんだ⁈だいたいあっちの王子が悪いことしたんじゃんか!おまえは悪くないって!てか処分てなんだよ!処分されんのはあっちだろっ!てか聞いてる⁈」

少年は一思いに喋った。

「ああ、聞いてるよ」

「てかマジ大丈夫か⁈」

「大丈夫だ。それよりよくこの番号がわかったな」

「へへっ、茜色家のつてを使って調べてみたらわかっちゃった」

少女は呆れる。

「それっていいのか?」

「いいんだよ、キンキュージタイだもん。それで、処分ってもう決まったのか?」

「ああ、さっき伝えられた」

電話の向こうで唾を飲み込む音がした。

「……で?」


「そっか……でもそれって楽坊にはいられるけど、楽器は弾けないってこと?」

「そうなるな」

マゼンタは自分に出された処分を電話口で緋色に伝えた。

いずれ多くの人間がこの結果を知ることになるのだ。それに隠す必要もない。

「なんだよそれ、そんなの楽坊にいる意味ないじゃん」

「私もそう思う」

楽坊で楽師としてではなく女官として働くことがクリムスン家の為になるなら、それでも構わない。けどそうではないのなら……

「セキエ、弾きたい?」

不意に緋色が尋ねた。

「え?」

「セキエとか、ツキソメとか、弾きたいかなって」

少女は壁に立て掛けてあるセキエを見る。

もう何十回も何百回も飽きず、視線が勝手に行ってしまう楽器を。

この行動は、弾きたいという欲求なのだろうか。

「セキエ……」

突然、彼女の脳にとある光景が映し出された。

それは、塾の教員室でアガットが奏でるセキエを初めて目にした時のことだ。

理由はわからないが、その音に、その楽器に、異常なまでに惹きつけられたのだ。

脳はアガットや臙脂、ルビーや珊瑚(さんご)と演奏した際の光景も流し始める。

初めてレストランのステージに立った時は、臙脂が色々とやらかしてくれた。

楽坊に入ってからは、紛失してしまったセキエを、アガットが王宮に侵入してまで持ってきてくれたこともあった。

そうまでしてくれるなんて、本当に感謝でしかない。

最後に、脳は今いるこの旅館の部屋で、セキエを荷物の箱から取り出した時のことを思い出させた。

その時私はどう思っただろうか。何を、考えただろうか……

 マゼンタは壁に立て掛けてあるセキエを見続けている。

私は、セキエを、弾きたい……

「なんかオレにはよくわかんないけどさ」

受話器から緋色の声がする。

「きっとなんとかなるよ。だって今までマゼンタ、すごく頑張ってきたんだから」

「頑張る?」

「そう、だからなんとかなる!」

少女の肩から力がふっと抜けた。

なんとかなる……なんとかなる……

「おまえのその明るさには助けられる」

マゼンタは緋色に言った。

「そか?」

「ああ、確かになんとかはなるだろう」

「おーよっ!だからあんま凹むなよっ!」

「そうだな」

彼女は受話器を耳に当てたまま、窓の外を見上げた。

星々が今夜も少女を照らしていた。


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ