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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
64/130

第63話 再会


 会場内に客の姿はほとんどなかった。

いるとすれば、日中客が汚した座席を掃除する清掃係と、選手たちが破壊したリングの補修工事に当たる業者くらいだろうか。

とにかく夕日が差し込む会場は、日中人で溢れ返った場内とは全く違う(おもむき)(たた)えていた。

 それは三階にある楽坊特別室でも同じだった。

室内には一人の楽師を除いて紅国(くれないこく)王宮楽坊の全員が顔を揃えていたが、彼女たちの様子は日中のそれとは全く異なっている。

「処分⁈」

横笛奏者のシェルが耳を疑った。

「はい、明日の協議会で決まるそうです」と、楽坊の主桃色(ももいろ)

「そんなっ!」

桃色は室内の中央に立ち、不安げな楽師たちが彼女の周りに集まっていた。

主から新人楽師の報告を受けた楽師たちは、互いに顔を見合わせざわめく。

(マゼンタは丹国(にこく)の王子に銃を向けた。会場では当然丹色(にいろ)王も試合を観戦していたはず。あの光景を見て王はどう思われたか、それが処分にどう影響するのか……)

楽坊の参謀、パステルが唸った。

すると彼女たちの喧騒を切り裂くように一人の楽師が言う。

「なによ、マゼンタはただ見るに堪えない試合を早く終わらせただけじゃありませんのっ」

楽師たちがいっせいにツキソメ奏者ポピーに注目した。

「ポピー?」

桃色が目を丸くする。

「あたくしの勝手な推測ですけど、血が上って熱くなった殿方の頭を冷やすには、あのくらいの衝撃がないと止められなかったと思いますわっ」

その場の全員が言葉を失った。

彼女の言った内容にも驚きだが、それを口にした人間が人間だったからだ。

「そ、そそそうだよねっ、ホントそうっ、ポピーの言う通りっ!」

シェルが慌てて彼女の背中を押す。

パステルはポカンとしながら、

(あんなにマゼンタのことを目の敵にしていたのに……)

最近になってようやくつるんでいる所を見かけるようにはなったが、これほど仲良くなっていたとは……

楽師たちがポピーの意見に対してまたざわめく中、桃色だけは悲しげに微笑んでいた。




「父上っ!」

緋色(ひいろ)

「今日の試合見た⁈」

 武闘大会が開催されているウルシヤマから遠く離れたジョーガの都では、茜色(あかねいろ)家の一室で緋色少年が父茜色に迫っている。

正確には緋色が畳の上に正座をし、低い丸机に置かれた宙に浮かぶ画面に映る父に前のめりになっていた。

「ああ、クリムスンのだろう?試合は見ていないが話は聞いたよ」

茜色は穏やかに述べる。

「さっき帰ってきて録画してたの見たんだけど、マゼンタとコチニールがとんでもないことになってる!」

「そうらしいね」

「どうしよう!あいつら大丈夫かな⁈」

父であり守人頭首でもある茜色は軽く溜息をつくと、

「コチニールは入院しているが意識はあるし、マゼンタは明日の協議で処分が決まるそうだ」知っている情報を一応息子に伝えた。

それを聞いた緋色は一瞬ほっとする。

「そっか、コチニールは無事なんだ……って、処分ってなに⁈」

「彼女は丹国の王子に銃を向けた、その罪は少なからずあるだろう」

「ええっ⁈でもあれはあの王子がイカれたヤロウだったから!」

「たとえそうでも試合中の人間に他人が銃を向けていい理由にはならない」

「でもそれはあいつが審判の言うことも聞かずコチニールを殴り続けたからでっ!」

「とにかく、マゼンタの処分は明日決まるそうだよ」

少年が愕然とする。

「処分って、どうなるの?」

「わからない」

「そんなっ!」

どうしてコチニールを助けたマゼンタが処分なんか受けるハメになるんだっ⁈

 画面の奥で茜色が姿勢を正す。

「緋色、これで大会がどれだけ危険なものかよくわかっただろう」

「それは……」

緋色はどうしても今年大会に出たかった。

理由はそう、ただ出たいと思ったから。だけど……

父茜色が言う。

「赤星武道大会は命の危険が伴う、そのことをよく理解してほしい」

少年は反論する言葉を持ち合わせていなかった。




 すっかり日が暮れた王宮楽坊の楽師が滞在する専用旅館では、とある締め切った部屋の中で、赤紫色の少女が窓辺に立ち外を眺めていた。

室内の明かりはつけていない。

そもそもつける気もない。

 日中、執政の灰桜(はいざくら)から謹慎を言い渡され、準決勝の第三試合を見届けた後、彼女は近衛隊にこの部屋まで送り届けられた。

処分が決まるまでここから一歩も外へ出ないように、と。

だから仕方なくずっとこの部屋の中にいる。

父上のチームが決勝に進めることになってよかった。

でもコチニールは……無事だろうか……

 暗い室内に星々の明かりが降り注ぐ。

私がしたことは、間違っていたのだろうか……

 その時、不思議な音色が室内に広がった。

一定の音しか出さないその音色は、壁際の下のほうから聞こえてくる。

マゼンタは音のするほうを振り向いた。

畳が敷かれた床から一段高い所に、四角い教科書程度の大きさのものが置いてある。

これと似たものを前に見たことがあった。

確か塾の教員室、講師アガットの机の端にも同じようなものが。

アガットのものは黒く、今目の前にあるものは外観が白い。

しかもボタンのようなものがいくつか並んでいて、ピカピカと光を放っている。

少女は音の元に近づいて、その場に両膝をついた。

そして受話器と呼ばれるものを手に取ってみた。

次の瞬間、よく知っている声が受話器から流れてくる。

マゼンタはすぐさまそれを耳に当てた。

「父上?」

「部屋にいたか」

父クリムスンの声が彼女の耳に届く。

咄嗟に彼女は言葉を発した。

「ここにいろと言われた」

「そうだろうな」

クリムスンの声は落ち着いている。

少女はすぐさま気になることを尋ねた。

「コチニールは大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。今はまだ会えないが意識もあるし」

マゼンタはほっと息を吐く。

「そうか、よかった」

「おまえ……」

クリムスンは何かを言いかけた。

だが突如として少女の中に疑問が湧き上がる。

それは無意識に口を突いて出た。

「もしかして、私がしたことで大きな問題になっているのか?まさか父上たちにも迷惑を?」

「いや、それは心配しなくていい。問題など大したことではない」

マゼンタは受話器を耳から外し、そこから聞こえる声を視認しようとした。

一瞬、父の声音が変化した気がしたからだ。

「それよりありがとう」

「え?」

少女はまた受話器を耳に当てる。

「コチニールを助けてくれて」

彼女は目を丸くした。

「あの時、本来なら私が助けるべきだった。父親としてあんなにすぐそばにいたのだから」

少女は冷静に言う。

「父上はクリムスン家頭首、チームで優勝することが第一目的だ」

大会が開かれ、試合が行われる。

皆優勝を狙って戦う。

出るからには負けることを望む人間は普通、いないはずだ。

しかし二人の間には沈黙が流れていた。

「父上?」

マゼンタが声を掛けた。

「そういえば、おまえは銃を撃ったことがあるのか?」

まるで気を取り直したようなクリムスンの声が受話器から届く。

「銃?」

「うちの敷地では銃の訓練はしていない。なのにおまえはライフルを扱っていた。だから以前に使ったことがあるのかと思ってな」

「ライフル?」

電話の前で少女が首を傾げる。

ライフルとは?

「マゼンタ?」

受話器から父の声がする。

「あの時、自然に体が動いた」

彼女の脳に、自分がテラコッタに銃口を向けている映像が流れた。

でも今思えばどうやって銃を扱ったのだろう。どうやって弾を込めたのだろうか。

「あの試合をなんとか止めなければと思って。だから、自分が何をどうしたのか、よくわからない」

「おまえはいったい、どんな過去を送ってきたのだろうな」

クリムスンが呟いた。

「私の過去……」

マゼンタは窓の外を見上げる。

夜空にはたくさんの星たちが輝いていた。

 が、その光景をつんざく声が廊下から響いた。

声は少女の名を呼びながら、真っ直ぐこちらへ向かってきているようだ。

我に返ったマゼンタが受話器に言う。

「連れが来るからもう切る」

「そうだ、処分のことは心配するな」

「え?」

父は通話を切った。

少女は受話器を耳から放すと、手に握ったそれを見下ろす。

どういうことだろうか?まさかまた、行方不明事件の時みたいに……

 けれども彼女の思考は強制的に打ち切られた。

同室の楽師が襖を勢いよく開け放ったからである。

「大丈夫っ⁈」

シェルが叫んだ。

マゼンタは受話器を固定電話にそっと戻した。

「わっ、部屋真っ暗!」

シェルは壁に埋め込まれた電灯のスイッチを押し込む。

室内に柔らかな明かりが灯った。

「おかえり」

マゼンタは立ち上がって友人を出迎えた。

シェルはマゼンタの両肩をがしっと掴むと、

「てゆうかわかるよ、真っ暗な部屋にいたい気分だよね、だって謹慎だし、明日には協議会があるっていうし、それで処分決まるっていうし、てゆうかマゼンタ悪いことしてないのにっ……!」

「シェル、落ち着け」

しかし彼女はマゼンタの肩を揺さぶって、

「こんなことになってるのに落ち着けるわけないじゃないっ!ああーんっ!」

と、まるで自分事のように涙ぐんだ。

マゼンタは横笛奏者にグラグラと揺さぶられながら目を伏せた。



 王宮楽坊の楽師たちが滞在する専用旅館の近くには、紅国王宮の関係者が宿泊する旅館が存在している。

建物は三階建ての木造建築で、傍目には割と小さく見えなくもないが、紅国の王族や執政官を全員収容出来るだけの部屋数はあったし、室内の大きさも相当余裕があった。

無論、紅色(べにいろ)王や韓紅花(からくれない)姫が滞在する部屋の広さは、ウルシヤマ付近の旅館の中では最大規模だった為、赤星武闘大会が開かれる際はこの宿に宿泊するのが常だった。

 宿の一室は執政官紅樺(べにかば)にあてがわれている。

分厚い絨毯の上に大きな机とソファ、壁には赤星語で書かれた掛軸、前面には天井から床までガラス窓がびっしりとはめ込まれている。

隣室には一人で寝るには大きすぎるベッドやクローゼット、その脇には洗面所と浴室も完備されていた。

 夜も更けた。

今日の試合はとっくに終了し、本来ならばさっさと入浴してベッドに横になる時間帯である。

けれど紅樺は机の椅子に掛けたまま、固定電話の受話器を耳に当て、電話の相手とひたすら言葉を交わしていた。

「はい、その件でぜひご連絡したいことがあるので……はい、はい、何時でもお待ちしております。では」

彼は受話器を置く。

いったいもう何度同じ作業を繰り返したことか。

それでもやめるわけにはいかない。確かな手ごたえを得られるまでは……!

紅樺は再び受話器に手を伸ばす。「さてと次は……」

その時、部屋をノックする音が聞こえてくる。

「この忙しい時に……!」彼は愚痴りながらも扉のほうへ向かった。

紅樺が扉の前で返事をすると、

「お待たせしました」

部屋の外から懐かしい声が届く。

「ああ」

紅樺は何の躊躇もなく扉を開けた。

部屋の外に、クリムスン家頭首の右腕と言われる男、葡萄(えび)が立っていた。

「お久しぶりです、紅樺様」




 翌日、武闘大会の会場は昨日に引き続いてリングの補修工事を行っていた。

本日の試合の予定はない。

その為客席には人っ子一人おらず、工事を続ける業者だけが轟音を余すことなく響かせていた。

しかし会場の奥、会議室と呼ばれる一室には大会の審査員がずらり顔を揃えている。

審査員といってもそのメンバーは各国の王や執政ばかり。

彼らは中央に置かれた長方形の机の周りに並ぶ椅子に、どっかと腰を据えていた。

室内に窓はないが、奥の壁面にはめられたガラスケースの中には、派手な装飾がされた二本の短剣が交差するように飾ってある。

「集まって頂いたのは他でもありません。昨日のクリムスンチーム対土器(かわらけ)チームの第二試合において……」机の短辺側に座った紅国審査員の灰桜が口を開いた。

が、彼の言葉はすぐにかき消される。

机の長辺側に掛けた丹国審査員の丹色王が、

「いったいあの女子(おなご)はなんだったのだ⁈我が王子に銃を向けるとは言語道断!厳罰に処するべしっ!」机を拳でドンドンと叩いたのだ。

灰桜は「丹色陛下、落ち着いてください」と、冷静に述べるが、

「これが落ち着いていられるかっ!聞けばあの女子はクリムスン家の娘だというではないかっ!きっと自分のチームが王子に負けるのが悔しくてあんな野蛮な行為に及んだのだ!そうに違いない!」丹色は唾を飛ばしまくる。

「丹色陛下」灰桜がたしなめるように言う。

けれど相手は止まらない。

「しかも奴は王宮楽坊の楽師とも聞いておる!まさかそんな危険な女子をこのまま王宮内に放っておくわけであるまいなっ!」

「ですからその辺りを協議しようと……」

「協議など必要ない!丹国では王子に反旗を翻した者は極刑、すなわち今すぐ拷問に処しその身をバラバラに引き裂いて……!」

丹色王の大声が続く。と、室内の誰もが思った時だ。

「何言ってんだおまえ」

丹色王の真ん前に座った男がぴしゃりと言った。

丹色は目を白黒させる。「お、おまえ?おまえだと?」

灰桜が今度は、丹色王の迎え側にどっしりと座った人物に声を掛ける。「朱色(しゅいろ)陛下」

朱国(しゅこく)審査員の朱色王は、

「ついさっき野蛮な行為とかなんとか言ってやがった気がするが、それはその楽師とやらじゃなくておまえんちの王子じゃねえのか」目を細めて丹色王に言った。

丹色が立ち上がる。「はっ⁈なにを……⁈」

「試合の映像を見せられたぞ。審判が止めるのも聞かず相手を殴り続けたのはどこのどいつだったかねえ」

「はあっ⁈」」

「まさかおまえまで頭に血が上ってワケわかんなくなってんじゃねえだろうな」

「なんだとおっ⁈」

灰桜が「朱色陛下」と、呆れたように割って入る。

しかし朱色王もやはり止まらない。

「だからっ、おまえんちの王子がルールも審判の声も無視して殴り続けたから、その楽師が銃声で止めたんだろうがっ」

「うっ……!たっ、確かに、その点はわしも王子によく言って聞かせた」

丹色王の脳内に昨晩、滞在先での光景が蘇る。

床に正座をして俯いているテラコッタに対し、丹色は何時間もブチギレたのだ。

「だが部外者が王子に銃を向けて試合を止める必要などこれっぽちもないわっ!」

「そうです、あれは行き過ぎた行為でした」

灰桜が一応丹色王の肩を持つ。

「だろうっ⁈そうだろうっ⁈だから……!」

けれども朱色王は、「わかってねーな」と吐き捨てる。

「何がだっ⁈」

「だからっ」

朱色が立ち上がった。

「周りも何も見えなくなってる男の狂った行為を止めるにはあれくらいの衝撃が必要だったんだよっ!んなこともわかんねーのか、このボケがっ!」

「ぬあっ⁈」

灰桜はもう呆れるのを通り越した。「朱色陛下……」

まったく、このお二方は毎度毎度……

丹色は拳をぶるぶると震わせる。「朱色貴様あっ……!」


















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