第62話 爆弾
リング上で煉瓦がフラフラしながらも立ち上がろうとする。
しかしすかさずカーディナルが彼の目の前に跳ぶと、王子への猛攻撃を再開した。
カーディナルの拳が炸裂する。
その光景は先程行われた第二試合の比ではなかった。
「またもやカーディナル選手の攻撃が始まりました!煉瓦選手は成す術なしでしょうか⁈」
錆色の説明に、客席からは野次が飛んだり歓声が上がったりした。
三階の紅国特別室では、韓紅花姫が窓ガラスにへばりついて試合を見ている。
「あの人すごーい!」
たとえ六歳の姫でも、カーディナルが自分の国の選手だということは理解出来たらしい。
上段中央の席に座った紅色王は、
「あのような民が我が国にいるとは、何とも心強いの」
ほのぼのと笑顔を浮かべた。
二階の客席に並んで座っていたカーマインとワインは、口をポカンと開けている。
「カーディナルって」と、カーマイン。
ワインも、「や、やるな……」
通常ジョーガの都のクリムスン本家にいる二人は、今まで会ったことも見たこともない優秀な選手、いや仲間の存在に心底驚いていた。
二階客席の通路では、アガットと臙脂が手摺の前に立って試合を観戦している。
臙脂は敢えて何も言いはしなかったが、アガットは「ふうん」とだけ言葉を発した。
リング上でカーディナルが煉瓦王子を蹴り飛ばす。
王子は再び転がって、リングの端に倒れた。
「煉瓦選手、カーディナル選手に全く歯が立ちません!それではカウントをスタートします!一・二……!」
審判の声にリング脇のテラコッタ王子が呆れている。
「マジ?噓だろ」
兄の煉瓦が負ける?ありえない……!
もしそんなことになったら、自分たちは準決勝敗退だ。
そうしたら、もし仮にそんなことになってしまったら……!
三階の丹国特別室でも、王の丹色が長机に立って窓ガラスにへばりつき憤慨していた。
「立てえっ‼立つんだボケえっ‼」
準決勝で負ける。
自分たちのチームはシード枠で、試合は準々決勝からの出場だ。
つまりたった二回戦っただけで、また今年も負ける……⁈
そんなことは絶対に許さない‼許さんぞ煉瓦ああっ‼
丹色王の雄叫びが特別室内に鳴り響いたが、西側の選手入場口前ではクリムスンが非情な目で煉瓦を眺めていた。
コチニールが受けた痛みは兄である貴様に返される、大男の瞳はそう語っていた。
リング上のカーディナルは、煉瓦から離れた所で彼をただ見下ろしている。
そこには何の感情も抱いていないようだ。
頭首から命令を受けた。だからそれを実行した。それだけだった。
「五・六……!」
錆色のカウントが続いている。
倒れた煉瓦は朦朧としながらも、何とか脳を動かしていた。
(こ、このままここで、終われない……こんな所で、終わってしまったら……!)
煉瓦は僅かに動く手を腰へと伸ばす。
カーディナルは相手のその動作にすぐさま気がついた。
三階の殺風景な室内ではマゼンタが紅樺、桃色の二人と向かい合っている。
彼女たちの周囲には数人の近衛隊が控えていた。
「桃色様、ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
マゼンタが楽坊の主に向かって頭を下げる。
コチニールを助ける為だったとはいえ、楽坊全員に迷惑をかけたことは充分理解していた。
「お気持ちはわかります」
大切な兄が目の前でいたぶられているのを黙って見過ごすことは出来なかった。その気持ちは痛いほどよくわかる。でも……
桃色はやるせないように首を振った。
その時だ。
会場内に爆発音が響いた。
衝撃で室内の窓ガラスがぶるぶると震える。
マゼンタ、紅樺、桃色、それに近衛隊までもが咄嗟に窓辺へ寄った。
会場のリングから真っ黒な煙がもくもくと立ち上っている。
「これは……⁈」桃色が目を疑った。
その間にもマゼンタは扉へ走る。
「マゼンタ⁈」
紅樺が彼女を引き留めるように名を呼んだが、相手の姿は既に扉の外だった。
二階客席のカーマインとワインは、リングから上がっている煙に呆然とする。
「な、なんだ……⁈」と、カーマイン。
三階の楽坊特別室でも、窓ガラスにへばりついていた楽師たちが騒然としていた。
「もうどうなってるのこの大会!」
シェルが泣きながら叫ぶ。
観客もざわめいたり咳込んだりする中、マゼンタが客席の階段を何段もとばしながら駆け降りていた。
彼女は駆けながら西側の選手入場口のほうへ顔を向ける。
(父上は⁈)
リング脇の煙が先に晴れ、一人の大男の姿が目に入った。
父クリムスンが顔を腕で庇うように立っている。
「無事か!」
マゼンタは一階の最前列まで階段を駆け下りた。
いったい何が⁈
少女はリングに目を凝らす。
すると、東側の選手入場口前でテラコッタが笑いながら咳込んでいた。
その目は煙で潤んでいたが、
「いいじゃん、兄貴……!」
王子は確かにそう言った。
衝撃でリング下に飛ばされていた審判錆色も、咳をしつつ煙の中から姿を現した。
「え、えーっと、リングの外に、吹き飛ばされて、しまいましたが、今、何が起こったので、しょうか……大型モニターで、確認してみたいと思います」
審判が言うと、三階の天井に吊るされた大型モニターに映像が映し出された。
映像は爆発が起こる数秒前のもののようだ。
リングに這いつくばった煉瓦が、相手選手に向けて何かを投げつけていた。
錆色の口の中が途端に乾く。
「えっと、これは、まさか……爆弾、でしょうか……」
一階客席最前列の階段から身を乗り出していたマゼンタは息を呑む。
会場内の観客もざわついた。
二階客席のワインは言葉を失う。
「爆弾って、使っていいのかよっ⁈」彼の隣でカーマインが叫んだ。
その問いに答えるように審判錆色が告げる。
「い、一応、銃ではないので、使用不可ではありませんが……」
本当に使う人がいただなんて……
錆色の顔から血の気が引いた。
「冗談だろっ⁈」
カーマインが耳を疑う。
これは赤星武闘大会。あくまで武闘を競う大会だ。
なのにそこで爆弾を使うだなんて、選手のすることじゃねえっ‼
だがリング脇のテラコッタ王子は、にやり笑ったまま、
「勝つためにはどんな武器でも使うってことだよ!」と、言い捨てた。
リングの下に飛ばされた審判錆色は、煙の中を見定めるように言う。
「果たして両選手は、無事なのでしょうか……⁈」
だんだんと煙が晴れていく。
すると、リングの端にフラフラとした煉瓦王子が立っていた。
さらにもう一方の端では、カーディナルが煤けた姿で佇んでいる。
爆弾を直接浴びたわけではなさそうだが、爆風によるダメージは負っているようだ。
「これは、奇跡でしょうか!二人共、何とか立っております!」
錆色が目を見開いて解説した。
一階客席最前列の階段では、マゼンタが初めて拝むクリムスンチームのメンバーを見つめている。
(あいつが、カーディナル……!)
家で見たことは恐らく一度もない。普段はクリムスン家の敷地内にはいないのか?
三階の紅国特別室では、上段中央の席に座った紅色王がほっと胸を撫で下ろしていた。
「いやはや、二人とも無事で何より」
その言葉に窓ガラスに張りついていた韓紅花姫がぱっと振り返る。
「父君様はどっちをオウエンしているの⁈」
頬を膨らませる姫に対して、王は朗らかに笑った。
同じく三階の丹国特別室では丹色王が、
「よしっ!よしっ!よしっ!よしっ!煉瓦、よくやったっ‼」
と、両手の拳を握りしめている。
爆弾だろうが何だろうが勝てば問題ない!
王の隣では、補佐役の鉛丹がやはり微笑みを浮かべていた。
「爆弾……」
リング上のカーディナルが呟く。
「ああ……でも今のだけじゃない」
煉瓦王子は、両手に乗せた何かを差し出すように持ち上げた。
「まだこんなにある」
にやりとした王子の手には、黒い物体がこんもりと積まれていた。
二階客席でカーマインが叫ぶ。
「あいついったいいくつ持ってんだよ!」
西側の選手入場口前にいるクリムスンも、
「とんだイカれ王子だ」と、吐き捨てた。
リング下の審判錆色は腰が引けている。
「れ、煉瓦選手、いったいどれだけの爆弾を持ち込んで、いや、持っていらっしゃるのでしょうか……⁈」
一階客席最前列の階段で、マゼンタが睨む。
あの王子、全ての爆弾を使うつもりじゃ……!
その時だ。
背後から自分の名を呼ぶ声がした。
マゼンタは振り返る。
桃色と数人の近衛隊が自分の背後に立っていた。
彼女たちの意図をくんだ少女は、
「少しだけ時間をください、お願いします……!」楽坊の主に懇願した。
桃色は小さな溜息を漏らすと、仕方なさそうに目を伏せた。
すると、
「たとえおまえがどんなに強かろうと、爆弾の前じゃ手も足も出るまい!」
煉瓦王子はカーディナルに爆弾を勢いよく投げつける。
王子の手から放たれた物体は相手へ真っ直ぐ向かうと、すぐさまその身を開かせた。
爆音と共に炎が舞い、黒い煙が発せられる。
審判錆色の悲鳴が会場中に響いた。
ところがカーディナルは、その爆発をよけるようにリングを走っていた。
彼の動きは素早い。直接的なダメージは決して食らわない。
それでも爆風が容赦なく襲ってくる。
「ははははっ!形勢逆転だな!」
煉瓦は笑いながら再度爆弾を投げつけた。何度も、何度も、何度も、何度も。
その度に爆弾は次々と爆発していった。
西側の選手入場口前に立つクリムスンは、吹き荒れる爆風から顔を腕で庇いつつ思った。
(認められているとはいえ、こんな卑怯な手を使うとは……!)
これが丹国のやり方か……!
頭首は身をもってそのことを実感した。
二階客席のカーマインは呆然としている。
「こんなことされたら、いくらカーディナルでも……!」
カーディナルが強いことはわかった。動きが素早いことも充分理解した。
でも、爆弾を投げつけられたら、生きていられる保証はない……!
三階の楽坊特別室でも楽師たちが騒然としている。
「爆発に巻き込まれたらあの人……!」と、ポピー。
「もう見ておれん……!」
パステルは会場に響く爆発音から顔を背けた。
東側の選手入場口前ではテラコッタ王子が微笑んでいる。
「これで勝ちはもらったな」
王子はそう確信した。
あの爆発で生きていられる奴などいるはずがない。
しかし赤紫色の少女の見立ては違った。
一階客席最前列の階段から身を乗り出したマゼンタは、次々と上がる爆発に目を凝らしていた。
よけてる……煙の中で、爆弾が直接当たらないように……!
彼女はカーディナルの動きを目で追っていた。
「これで終わりだっ!」
煉瓦が手持ちの最後の爆弾を投げつける。
するとそれを待っていたかのように、カーディナルはその爆弾のほうへ跳んだ。
黒煙の中の彼の行動を感じ取ったクリムスンとマゼンタがはっとする。
カーディナルは自分に投げつけられた爆弾を、逆に煉瓦のほうへ蹴り飛ばした。
「ははははっ!俺様の勝ちだな!」煉瓦が笑っている。
そこへ今放ったはずの爆弾が自分の元へと返ってきた。
「なっ……⁈」
爆弾は見事に持ち主の元で爆発した。
煙が上がるリングの下で、クリムスンは目を見開いている。
「爆弾を、蹴り飛ばした……⁈」
最後の爆発が起こるほんの僅か前、確かにカーディナルはその動きをしていた。
一階客席最前列の階段で、マゼンタも呆然としている。
「なんてヤツ……!」
爆発する寸前の爆弾に自ら突っ込んでいくなんて……!
二階客席の通路に立っているアガットと臙脂は、立ち上る煙を冷静に見下ろしていた。
「最後」臙脂がぽつり言う。
「うん」
アガットは同僚が言わんことを察して答えた。
二階客席に座るカーマインは口を開けたまま、
「カーディナル……⁈」
未だ確認出来ない仲間の安否を心配していた。
三階の紅国特別室でも韓紅花姫が、
「どうなったの⁈」ガラス窓に額を擦りつけている。
リングの煙が晴れた。
そこには煤けた煉瓦王子が倒れ、カーディナルは離れた場所から彼を見下ろしている。
東側の選手入場口前に立っていたテラコッタ王子が啞然とする。
「な、なんで?」
爆弾を投げつけていた兄のほうが、優勢だったはず。
なのにどうして兄が倒れているのか……⁈
三階の丹国特別室でも丹色王が叫んでいた。
「煉瓦⁈なぜ煉瓦がっ⁈」
会場内がざわつく。
煙に包まれていたせいで、誰もが何が起きたのか把握出来なかった。
三階の楽坊特別室でもそれは同様だ。
「あれ……?」
涙が乾いた顔でシェルが呟く。
「丹国の王子が倒れていますわね……」
ポピーも呆然と述べた。
遠くに逃げていた審判錆色が、リングに恐る恐る近づく。
「え、えっと、爆弾を投げていたはずの煉瓦選手が倒れ、カーディナル選手が立っております……これはいったい、何が起こったのか……そ、そう、映像で確認してみましょう」
審判がそう言うと、三階の天井に吊るされた大型モニターが数分前の場面を映し出した。
煉瓦が相手選手に向けて爆弾を投げつける。
そこで映像は急にゆっくりと流れ始めた。
投げつけられた爆弾に黒い影が飛びかかったかと思うと、爆弾は瞬時に煉瓦の元へと戻っていった。
観客がざわめく。映像に向かって指を差す者もいる。
「今のって……!」二階客席のカーマインの瞳が輝いた。
「ど、どうやら、煉瓦選手が投げた爆弾を、カーディナル選手が蹴り返し、その爆発によって、煉瓦選手は倒れてしまったと、そういうことのようです」
錆色が何とか解説をする。
「さすがだ」
クリムスンは我が家の者ながらその能力に脱帽した。
煉瓦の弟、テラコッタ王子の声が震える。「そ、そんな……!」
審判錆色がリングによじ登りながら言う。
「で、では、煉瓦選手はダウンなので、カウントを始めます。一・二……」
丹国特別室では丹色王が窓ガラスを叩きまくっていた。
「立つんだっ!立て煉瓦っ‼」
窓ガラスは恐らくもうそろそろ割れるだろう。
それでも王の補佐役である鉛丹は一切動じず、丹色の隣で微笑んでいた。
紅国特別室では韓紅花姫がガラス窓にへばりつき、目を真ん丸にしている。
「あの人すごい……」
二階客席のカーマインも呆然としつつ、
「カーディナルって何者?」
隣に座るワインに尋ねた。
しかし男衆の纏め役であるはずのワインは、
「さ、さあ……」と、首を捻るばかりだ。
あんな仲間がいただなんて、今大会で初めて知ったのである。
一階客席最前列の階段にいるマゼンタは、リングのカーディナルをじっと見つめた。
二階客席の通路に立つアガットは、
「いやあ、やるねえ」と微笑む。
それに対し臙脂は、ふっと顔を背けた。
錆色の声が会場に響く。
「九・十!勝者、カーディナル選手!よって決勝進出はクリムスンチームとなります!」
観客の反応は様々だ。
反論する者、野次を飛ばす者、歓声を上げる者……だがとにかく試合は終わった。
紅国特別室では韓紅花姫が拍手をし、王の紅色は微笑みを絶やさない。
楽坊特別室でも窓辺に立っていた楽師たちが、ほっと安堵の息を漏らす。
「これでコチニールの敵は取れたね」
シェルが乾いた涙を拭って言った。
二階の客席でもカーマインが肩の荷を下ろしている。
「やった、勝った……!俺たち勝ったんだ!」
そうと決まれば、とワインが立ち上がる。「さあ病院に!」
「ああ……!」
カーディナルがリングを下りる。
倒れた煉瓦王子は医療班に担架で運ばれていった。
その光景を一階客席最前列の階段からマゼンタは眺めていた。
これでクリムスン家が決勝に進むことが出来る……
「マゼンタ」
背後から桃色の声がした。
「はい」
少女は振り返る。
そうして彼女は桃色、近衛隊と共に階段を上がった。
彼女の後姿を父クリムスンはリング脇からじっと見つめていた。
マゼンタのおかげでコチニールは助かった。だが……
そこへカーディナルが頭首の元へと帰って来る。
「よくやった」
クリムスンは彼を見下ろして言った。
「ああ」カーディナルがぽつり呟く。
「おまえにとっては楽勝か」頭首が僅かに頬を歪める。
それに対し相手は無言を貫いた。
「私は病院へ急ぐ」
コチニールの所へ行かなければ……!
クリムスンは背後の選手入場口へ足早に向かった。
残されたカーディナルは、守人頭首であり子供たちの父親でもある彼の後姿を、無表情のまま見送った。
東側の選手入場口前では、なぜかテラコッタ王子が愕然としている。
自分に銃口が向けられようと、対戦相手から恨みを買おうと一切動じなかった彼が、どうしてか小刻みに震えている。
「負けた……決勝にも行けず、こんな形で負けたら、オレは……」
王子は三階の客席にせり出す、丹国特別室のほうを恐る恐る見上げた。
そこには王であり父でもある丹色が、特別室の窓にへばりつき、鬼の形相でテラコッタを見下ろしていた。
「ひゃあああっ!」
テラコッタ王子はそう叫ぶと、選手入場口の通路へと一目散に走って逃げた。
地上四階建て、白い壁で覆われた四角いその建物は、赤や茶色の木々の中でよく目立つ。
赤星武闘大会会場の側にある病院、それは割としっかりとした作りだった。
普段は地域住民が世話になる医療機関だから当然だが、大会会期中はほとんどの選手がこの場所の世話になる。重傷軽傷に関わらず……
今日も数人の患者がここに運び込まれた。
うち一人はまだ年若い少年で、全身に殴打された痕があった。
しかも彼には大勢の同行者がおり、診察や処置が終わっても病室の前をぞろぞろとたむろしていた。
よほど室内の少年が気にかかるらしい。
彼らは皆不安そうだったり苛立ちをあらわにしていた。
そこへ患者よりもさらに若い少年と、長身の男が走ってくる。
「ボルドー!」
長身の男が、たむろしている男たちの中から一人を選んで相棒の名を呼んだ。
「兄貴は⁈」駆けつけた少年が息を切らして尋ねる。
「それが……」
ボルドーと呼ばれた男が顔を曇らせた。
するとたった今やって来た二人の背後に、縦にも横にも大きい体格の男が現れた。
彼は息こそ切らしていなかったが、走ってきたのは間違いない。髪は乱れ、服の裾もはだけている。
「クリムスン」
ボルドーが頭首の名を呼ぶと、その場の全員が彼に顔を向けた。
「コチニールの容体は?」クリムスンが尋ねる。
「骨が何本か折れてるそうですが意識はあります。今は面会謝絶ですが」ボルドーが答えた。
「そうか」
「兄貴……」
カーマインが胸を撫で下ろし、一緒にやって来たワインもほっと息をついた。
「試合の中継聞きました。決勝進出だそうですね」と、ボルドー。
「ああ、だが……」
今度顔が曇ったのは頭首のほうだった。
そこへさらにもう一人の男が彼らに近づく。
眼鏡を掛けたその者は大男の背後で立ち止まると、頭首の名を呼んだ。
全員が彼を振り返る。
葡萄が神妙な面持ちでその場に立っていた。
「ちょっと……」
クリムスンは眼鏡の彼に促され、男たちから離れるように歩く。
頭首とその右腕の後姿を見つめてワインが呟いた。
「コチニールはなんとか無事で、チームは決勝に進める。けれど……」
「けれど?」
カーマインは一瞬首を傾げたが、すぐにはっとする。
「そうだ、忘れてた……!」
兄のことやカーディナルの強さにつられてすっかり……!
クリムスンと葡萄は誰もいない廊下の窓辺で向かい合った。
葡萄が口火を切る。
「明日にでも各国の審査員と協議しマゼンタの処分を決めるそうです。それまでは旅館で謹慎だと」
「各国の審査員とは王や執政のことだろう」
「はい、丹国の丹色王、つまりテラコッタ王子の父親も含まれます」
「マゼンタがしたことは許されることではない」
「ええ、ですがマゼンタがああしなければコチニールはどうなっていたか……!」
クリムスンの中に一旦封じた思いが湧き上がる。
あの時、私が止めればよかったのか、それとも初めからコチニールを出場させなければよかったのか。世間一般の父親ならこんな危険な大会に自分の子供を出すようなことはしないだろう。だが……
「後悔などしないでくださいね」
葡萄の言葉にクリムスンの意識が引き戻された。
「あなたは紅国守人クリムスン家頭首、あなたが決めたことに間違いはありません」
「それでも私は人間だ、間違いも犯す」
「それはわかっています。だとしても皆はあなたが決めたことについていきますよ」
頭首は溜息をつく。
守人頭首というのはなんと過酷な役職だろうか。
クリムスンは一瞬瞼を閉じると、冷たい光を宿した瞳を再び開かせた。
「なら葡萄、マゼンタをどうにかできるか?」
忠実な右腕の彼はしばし考えを巡らせる。そして、
「……ちょっと手を回してみます」と、答えた。




