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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
62/130

第61話 ライフル


 赤紫色の少女の手には、派手な装飾が施されたライフルが握られていた。

これは楽坊特別室のガラスケースに飾られていた目で楽しむ用の武器である。

とても実用的ではない。

だがいざ撃ってみるとちゃんと発砲して、ありがたいことに大きな音が出た。

おかげでリングでコチニールをいたぶっていた王子の手を止めることが出来た。

でもこれだけでは終わらない。

弾はまだもう一発残っている。

マゼンタはライフルの銃口を空に向けたまま、リングを睨んだ。

彼女の周囲の客は驚きのあまり目を見開いて、その身を引いていた。

もし銃口が自分に向けられたら……そう思うと恐怖でしかない。

 二階の客席通路に立っていたアガットと臙脂(えんじ)は、教え子の姿に気づいて啞然とした。

楽師である彼女がなぜか銃を握っている。これはいったい……?

 二階の客席に座るクリムスン家の男たちもマゼンタの姿に気づき始めた。

「あいつ……!」と、カーマイン。

「マゼンタ……⁈」

葡萄(えび)が自らの眼鏡の蔓を握りしめた。

 三階の屋根から吊るされた大型モニターが、赤紫色の少女を大きく映し出した。

勿論彼女がライフルを持っている姿を。


「マゼンタが来ていませんか⁈」

三階の楽坊特別室に執政官紅樺(べにかば)が跳び込むなり叫んだ。

ところが楽師たちは全員立って、窓ガラスに張り付いている。

どうした、何かあったのか……?

楽坊の主桃色(ももいろ)が紅樺を振り返る。

「それが……」

彼女の顔は今まで見たこともないほど動揺していた。

紅樺は窓辺に急ぐ。

真正面、天井から吊られた大型モニターがやけに鮮やかな色を映している。

「これは……⁈」

 楽坊特別室の隣の紅国(くれないこく)特別室でも、上段端の席に座った執政灰桜(はいざくら)が予期せぬ展開に驚いていた。

異様に鮮やかな色の小娘がライフルを握っている。

まさか今の発砲音はこの娘が……?

彼が上段の席で驚く間に、下段の席でお絵描きをしていた韓紅花(からくれない)姫は大型モニターに気づいてはっとした。

「あ、マゼンタだ!」

顔見知りの楽師が画面に大きく映っていて、姫は喜びの声を上げた。

 三階の丹国(にこく)特別室では丹色(にいろ)王が長机の上に立ち(・・)、窓ガラスにへばりついている。

その額はガラスに酷く擦りつけられ、王の脂がべったりと跡を残した。

「あの女子(おなご)、何を……」

丹色王には理解が追いつかなかった。

なぜ異常に派手な女子がライフルなんぞを持っているのか、いったい何をしたのか、これから何をしようとしているのか?

しかしその答えはすぐに披露された。


三階客席の間に位置する階段の上で、マゼンタはライフルの銃口をリング上のテラコッタに向けた。

 リング脇に立っていたクリムスンが息を吞む。

 紅国特別室の灰桜も目を見張った。

「マゼンタ?」韓紅花姫は彼女の行動の意味がよくわからず首を傾げる。

 二階客席のクリムスン家の男たちが目を見開いた。

「なっ……⁈」と、カーマイン。

「なにを……?」葡萄の眼鏡が傾く。

 東側の選手入場口前にいた煉瓦(れんが)王子も、三階階段の派手な少女を見上げていた。

「あの女……!」

まさかあの位置からテラコッタを撃つつもりか……⁈

 派手な少女は銃口をテラコッタに向けたまま階段を降りていく。

彼女が通るたびに周囲の観客は身を引いた。

その理由は自分が撃たれるかもしれないという恐怖の他に、彼女の全身からほとばしる〝本気〟というものが感じられたせいでもあった。

 リングでは銃口を向けられたテラコッタが、網に巻かれたコチニールの襟元を掴みながらマゼンタを見上げている。

テラコッタは自分が狙われているのはよくわかっていた。

だがやはりそこは丹国の王子。怖気づくとは一切無縁で、むしろここで(たわむ)れは終了かと嘆いたのだ。

彼は少女に聞こえるほどの舌打ちをすると、ぐったりとした獲物を手放した。

 その瞬間に「審判!」クリムスンが叫んだ。

「は、はいっ!カウントを、取りますっ!一・二……!」

啞然としていた錆色(さびいろ)が声を震わせてカウントを取り始める。

 しかし少女の歩みは止まらない。

彼女はテラコッタに銃口を向けたまま二階客席の階段に到達した。

アガットと臙脂はすぐ近くを通るマゼンタをじっと見ている。

 リング上でもテラコッタが彼女を見上げていた。

まさか本気で撃つつもりじゃないだろうね……!

テラコッタの額に汗が滲んだ。

相手の顔は全くの無表情。何を考えているのか全然読めない。

なのに足だけが確実に自分のほうへと近づいている。

 リング脇のクリムスンは彼女の思いを感じ取り、呼吸が浅くなっていた。

(早まるな、絶対に早まるな、マゼンタ……!)

すると、錆色の声が会場内に響き渡る。

「九・十!勝者、テラコッタ選手!」


 マゼンタは立ち止まった。

そして掲げていたライフルを下に下ろす。

彼女は一階客席の階段に到達していた。

 その隙にクリムスンがリングに跳び上がる。

テラコッタ王子はマゼンタからぷいと視線をそらした。

マゼンタはライフルこそ下ろしていたが、テラコッタから目を放さなかった。

「もう何もしないよ。試合には勝ったしね」

テラコッタ王子はそう言うと、東側の選手入場口前に立つ煉瓦のほうに足を向けた。

その背後でクリムスンが息子に駆け寄る。

「コチニール!」

頭首は息子に絡まる網を外しながら彼の様子を確認した。

殴られ蹴られた痕が酷い。

頭も顔も腫れ、服で覆われていない部分は傷だらけだ。

きっと脱がせたらもっと酷いことに……!

だがコチニールは僅かではあるが、薄く目を開けていた。

「コチニール、聞こえるか……⁈コチニール!」

クリムスンは息子を抱きかかえその顔を覗き込んだ。

「……父、上……」

「気づいたか⁈」

「ごめんな、さい……」

「謝るな……!」

「僕、やっぱり……王子様と、戦う、なんて……できなくて……」

「わかってる」

最初からわかっていた、コチニールには難しいだろうと。それでも私は……!

クリムスンが目をつぶった。

 普通の父親なら愛する我が息子にこんな過酷な試練など与えないだろう。

それでも私たちは普通とは違う、守人一族クリムスン家の人間だ。

この家に生まれたからにはその人生は、未来は、既に決められている。

強くあらねばならない、誰よりも何よりも、大切なものを護る為に……

「すぐに病院に運びます」

担架を持った医療班の二人が、クリムスンのすぐ側に待機していた。

「頼む」

クリムスンはコチニールを彼らに託した。


 二階の客席に座っていたクリムスン家の男たちがわらわらと席を立つ。

担架に乗せられたコチニールが医療班によって運ばれていったからだ。

「コチニール……!」

ボルドーも彼らに交じって席を立つ。

しかし隣に座っていたワインは立ち上がる気配がない。

「ワイン?」ボルドーが相棒を振り返った。

男衆の纏め役でもある相棒は、「まだ試合は終わってない……!」リングを見つめたまま言った。

「それはそうだが……」

ワインも勿論コチニールのことが心配だった。

コチニールが幼い頃から稽古に付き合い、彼を育て、同じ飯を食って今日まで共に生きてきた。

その彼が試合とはいえ、とんでもなく酷い目に遭わされたのだ。

本当なら今すぐ駆けつけて側に付き添っていたい。

でも全員が席を立ってしまったら、残る第三試合を誰が見届けるのか⁈

誰かはこの場に残って結果をちゃんと見ておかなければ!

ワインはボルドーを見上げる。

「おまえは行ってコチニールについていてくれ」

相棒はワインの意図をしっかり受け止めた。

「わかった」

ボルドーはそう言うと、一人男たちの後を追った。


 一階客席の階段では、マゼンタが数人の近衛隊に囲まれていた。

その周囲では席に着いた客たちがざわついている。

 近衛隊。皆髪を後頭部で一纏めにし、布を体の前で重ね合わせ、帯で締めた服装をした二十代から三十代程の男たちだ。普段は紅国の王族や執政の護衛をしたり、王宮の警備を担当している。

が、彼らの行いはあまり評判がいいとは言えず、王宮内に不審者を侵入させることもままあった。

そのおかげで今回、クリムスン家や茜色(あかねいろ)家に王宮守人としての話が回ってきたのだ。

「楽師殿」

近衛隊の一人が少女に声を掛けた。

マゼンタは手に持っていたライフルを彼に差し出す。

彼はライフルを受け取ると、

「こちらへ」

彼女に階段を上るよう促した。

 リングに立っていたクリムスンは娘の後姿を見つめていた。

マゼンタは全く抵抗することなく近衛隊に付き従っている。

頭首は二階の客席に目をやった。

その視線は眼鏡を掛けた葡萄の姿を捉えた。

 葡萄の視線がクリムスンと重なる。

頭首は首を微かに傾けた。

それが合図だったかのように、葡萄は席を立った。

自分がやるべきことをするために……!

葡萄は客席の階段を駆け上がった。

取り残されたカーマインは、ワインの隣で尚も呆然としている。

「兄貴……」

弟は兄コチニールのことが心配ではあったが、その場から動けなくなるほど放心状態だった。

しかも妹マゼンタがライフルをぶっ放して試合を止め、挙句の果てに丹国の王子に銃口を向けるとは……さすがのカーマインでもそれらの衝撃を受け止めるには、ある程度の時間が必要だったのだ。


 三階の楽坊特別室では、執政紅樺と楽師たち全員が呆然としながらガラス窓にへばりつき、リングを見下ろしている。

背後の壁のガラスケースは粉々に割られ、中身は勿論空っぽとなり、温かな照明だけが銃が鎮座していた赤い敷物を照らしていた。

「マゼンタ、なんで?」シェルが口をポカンと開けて言った。

「銃、使えたんですの?」同じ形相でポピーも呟く。

すると桃色がはっと我に返った。

「こ、こうしている場合ではないわ……!」

彼女の声に紅樺もはっとする。「そうだ……!」

桃色と紅樺は慌てたように扉に向かった。

 三階の丹国特別室では、丹色王が長机に立ったまま憤慨している。

「なんなのだあの女子(おなご)はあっ⁈相手が丹国の王子と知ってのことかっ⁈」

王の唾液がガラス窓に飛び散り、足元の長机はミシミシと音を立てた。

双方まだ割れないのが不思議なくらいである。

丹色王の隣で、床に立った補佐役の鉛丹(えんたん)は相変わらず微笑んでいた。

 東側の選手入場口前では、テラコッタが兄の煉瓦と向かい合っている。

「なんだったんだよあの女。こっちはせっかく楽しんでたってのに途中で邪魔しやがって」テラコッタ王子は首を振った。

「あの女もわけがわからんが、おまえ、あっちの守人に相当恨み買ってるぞ」

「え?」

テラコッタはリングに顔を向ける。

一人の大男がテラコッタを鬼の形相で睨んでいた。

その様子はまるで今にも掴みかかってなぶり殺しにしそうな雰囲気を漂わせている。

だがテラコッタはふっと笑うと、

「そんなの知ったこっちゃない。丹国では勝ったほうが称賛されるんだ、たとえどんな手を使ってもね」


 三階の紅国特別室に紅色(べにいろ)王と世話役の退紅(あらぞめ)が入室する。

その後ろから試合観戦を放棄した執政官たちもぞろぞろと姿を現した。

「おや、第二試合はもう終わったのか?」

紅色王がのんびりと述べる。

第二試合の成り行きも結果も退紅のおかげで一切知らないようだ。

それを聞いた韓紅花姫は慌てたように上段へ続く階段を駆け上る。

「タイヘンなことがおこったの!」

姫は顔を上気させて王に近寄った。

 二階の客席通路では、手摺の前に立ったままのアガットと臙脂が教え子の行動に若干呆れていた。

「やってくれちゃったね」と、アガット。

「まったくだ」臙脂も同僚に同意する。

一介の楽師が王子に銃を向けるとはどういうことか、彼女は理解していたのだろうか。

「それにしてもクリムスンチームが一勝、土器(かわらけ)チームが一勝となると……」アガットが自らの顎を指でトントンと叩いた。


 気を取り直した錆色がリングの中央に立つ。

「えー、両チーム一勝一敗ですので、第三試合を行いたいと思います。第三試合はまだ選ばれていない残りの選手での戦いとなりますので、クリムスンチームはカーディナル選手、土器チームは煉瓦選手となりますが……」

彼はまだリングの上に残っていたクリムスンに、恐る恐る視線を向けた。

大男は全身から殺気を漂わせるように相手チームを睨んでいる。

しかし当の彼らからはおどけたような反応が返ってきた。

「あれー?」テラコッタ王子がきょとんとする。

「そっちの選手は随分遅れてるみたいだな」煉瓦王子も嫌味たっぷりに言った。

「来ないんじゃないのお?怖くなっちゃってさあ」テラコッタが兄を後押しする。

 二階客席の一部はがらんとしていた。

クリムスン家の男たち数十名が、たった二人を除き全員病院に向かってしまった為である。

残されたカーマインとワインは、空席で取り囲まれた中にぽつんと並び座っていた。

が、二人の表情は愕然としている。

「カーディナルは?」カーマインの瞳が揺れ動いた。

「まさか……!」ワインも息を呑む。

クリムスンチームのもう一人のメンバー、カーディナル。

彼は大会が始まってから、いや、それ以前から、誰の前にも姿を現していない。

クリムスン家の男たちが滞在する旅館でも、ジョーガの都の本家でも、誰一人彼の姿を見たことはなかった。

カーマインとワインが震える。

もし、カーディナルがこのまま出てこなかったら、相手チームの勝利となり、自分たちのチームは準決勝、敗退……

恐ろしい考えが二人の脳をよぎった。

そうなれば王宮守人は、自動的に茜色家のものになって……

 だがカーマインとワインの考えは強制的に中断される。

「心配無用だ。カーディナル!」リングに立ったクリムスンが声を響かせた。

会場がざわつく。

大男がメンバーの名を呼んだものの、そいつは今この場にはいない。

と、皆が思った時だ。

西側の選手入場口から、一つの影が現れた。

年齢は三十代半ば、背中までの真っ直ぐな髪に、袴姿。身長も体格も平均的ではあるが、筋肉はしっかりとつき、髪や瞳の色は紫寄りの深い赤色をしたその男は、ゆっくりとその場で立ち止まった。

 観客が彼の姿を確認して口々に感想を述べる中、二階客席の通路に立ちっ放しのアガットと臙脂はその男を観察するようにじっと見下ろした。

 二階客席に座るカーマインとワインは心底ほっとする。

「出てきた……」

カーマインの肩から力が抜けた。

これで戦わずに負けることだけは回避出来た。

 東側の選手入場口前に立ち並ぶ煉瓦王子とテラコッタ王子は拍子抜けしている。

このまま相手選手が出てこなければ、戦わずして勝利することが出来たというのに。

「なんだ、いたんだ」と、テラコッタ。

「いるなら最初から出てこいよ」

煉瓦王子は溜息をついてリングへ向かった。

その兄の背に、「適当に頑張れよー」テラコッタ王子は声援を送った。


 クリムスンがリングから下り、本来の立ち位置である西側の選手入場口前に戻る。

彼はひっそりと佇むカーディナルの隣で立ち止まった。

「好きにやっていい」

頭首は目の前の壁を睨んだまま告げた。

「わかった」

カーディナルがそう答えるや否や、彼はリングへ一瞬で跳び移り、中央で待機していた煉瓦の目の前に立っていた。

煉瓦王子が目を見開く。

(なんだこいつ、いつの間に……⁈)

本当に一瞬だった。

リング下の大男の隣に立ち竦んでいたと思ったら、いつの間にか自分の目の前に移動していたのだ。

こいつは、いったい……?

 二階客席に座るカーマインも隣のワインに尋ねる。

「なあ、カーディナルってどんな奴?普段俺たちの前にはいないじゃん?」

「それが、よくはわからなくて」

「え?」

男衆の纏め役であるワインすらカーディナルのことを知らない?

「でもクリムスンが大会メンバーに選ぶほどの腕を持っていることは確かだ」

ワインはそう言い切って、これから戦う仲間に期待の視線を向けた。


 カーディナルと煉瓦の間に立った錆色が声を放つ。

「この試合で決勝に進むチームが決定します。それでは第三試合、カーディナル選手対煉瓦選手、はじめっ!」

観客が地鳴りのような歓声を上げる。

泣いても笑ってもこれが最後。ならば我が国の王子を徹底的に応援するしかない。

 三階の丹国特別室でも王の丹色が息子に声援を送っていた。

「いけ煉瓦ーっ‼必ず勝てーっ‼」

 二階客席の通路では、アガットと臙脂が冷静に選手たちを眺めている。

「はてさて、どんな試合を見せてくれるのやら」

アガットが微かに口角を上げた。

 リングでは煉瓦王子があからさまに相手を挑発していた。

「もしかしてそっちの跡取りがボコボコにやられて怒ってる?」

 煉瓦、二十四歳。身長は兄土器よりは低く、弟テラコッタよりは高い。兄弟と同じく鍛えた体に日に焼けた肌。癖毛の短髪に、服装は兄弟とやはり同じで、髪と瞳の色はテラコッタよりも少しだけ鮮やかな茶色をしている。

 カーディナルは顔の筋肉を一切動かさずに煉瓦を見ている。

顔立ちは端正だが、表情が信じられないほど皆無だ。

「でも仕方ないよな、これが武闘大会なんだから」

しかし相手選手は何も答えないし、瞬き一つしない。ただただ自分をじっと見ている。

なんだよこいつ、反応なしか?

 東側の選手入場口前に立つテラコッタは呆れている。

「兄貴の一人芝居かよ、アホくさ」

 反対に西側の選手入場口前のクリムスンは、

「今のうちに好きなだけ遠吠えしておくがいい」

地を這うような低い声で呟いた。


 リング上の煉瓦が体勢を整える。

「跡取りが盛大に負けたんだから、おまえも俺様に倒されるがいい!」

彼はカーディナルに殴りかかろうとした。

が、相手はその腕をさっと掴み取る。

「なっ⁈」

次の瞬間、煉瓦には何が起きているのかわからなかった。

気づけば自分が相手の拳を受けまくっていたのだ。

顔から胸から目にも止まらぬ速さで痛みが襲ってくる。

カーディナルの拳の威力は破壊的だった。

それが一秒の間に何十発も繰り出されるのだから、かわすことも出来ず身を守ることすら出来ない。

 観客は啞然とした。

二階客席のカーマインとワインも呆気に取られ、通路に立つアガットと臙脂は彼らの試合をじっと眺め続ける。

 当然、リング脇のクリムスンもその光景を恐ろしく静かに見守っていた。

カーディナルは拳を繰り出すのを止め、煉瓦王子を蹴り飛ばす。

相手はリングを転がって倒れた。

 会場内がしんとする。誰も何も言葉に出来ない。それほど圧倒的だった。

そこに審判錆色の声が響く。

「こっ、これはカーディナル選手、なんという攻撃力でしょう!煉瓦選手を一瞬で吹き飛ばしてしまいました!」

 東側の選手入場口前でテラコッタが啞然としている。

 三階の丹国特別室でも丹色王が息を吞んでいた。「煉、瓦……⁈」


 その部屋はがらんとしていた。

会場を望む窓は設置されているものの、椅子や机の類はなく、殺風景な室内に灰色の薄い絨毯だけが敷かれている。

 マゼンタは数人の近衛隊に囲まれていた。

一階客席の階段から彼らに導かれ、この三階の特に何にも利用しないこじんまりとした部屋に連れ込まれたのだ。

彼女の目の前には執政灰桜が仁王立ちで腕組をし、その背後に紅樺と桃色が不安そうに佇んでいる。

「おまえは楽坊の楽師でクリムスン家の娘だそうだな」

灰桜が問うた。

でも少女は何も答えず目を伏せている。

「いったいなんということをしてくれたのだ。おまえは自分が何をしたのかわかっているのか?」

灰桜の低い声が響いた。

紅樺と桃色はそわそわしながら互いに目配せをする。

「丹国の王子に銃を向けた、これは外交問題に関わることなのだぞ。それを理解しているのか?」

「ですが灰桜様……」紅樺が言いかけた。

が、

「私はただ、試合を止めたかっただけです」

赤紫色の少女が顔を上げて答えた。

「なんだと?」

「とても見るに堪えない、試合とも呼べないものだったので」

「マゼンタ……」桃色が溜息のように言う。

「そ、そうですよ、丹国王子の行いは行き過ぎたものでした。審判も何度も止めに入っていましたし……!」紅樺は少女を後押しした。

ここで彼女に加勢しなくてどうする……!

しかし灰桜は、

「たとえそうだとしても銃口を王子に向けるなど言語道断。試合を止めたかったと申したな。クリムスン家では弾を放ち王子を脅してでも止めろと教えているのか?」

「それは……」

少女の言葉が萎んでいく。

父クリムスンがそんな教えをするはずがない。

「とにかくこの件は各国の審査員と協議し、おまえの処分は追って決める。それまでは謹慎しておけ、よいな」

そう言って灰桜は退出した。

よくも面倒な問題に発展させた、後姿はそのように語っていた。

「処分……!」桃色の声が消えかかる。

「マゼンタ……」

紅樺は少女に顔を向けた。

彼女は灰桜の去った扉を見つめていた。


















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