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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第59話 王族と戦うということ


 二階客席ではカーマインも兄の異変に気づいていた。

「まだ自分の番も来てないのに今からめっちゃ緊張してんじゃん……!」

「それはそうでしょうね……」

カーマインの隣に座った葡萄(えび)が肩を落として呟く。

 そうこうしているうちに司会者錆色(さびいろ)が、第一試合の選手を促した。

「クリムスン選手、土器(かわらけ)選手、前へ!」

 東側の選手入場口前では土器、煉瓦(れんが)、テラコッタの三人が向かい合っている。

「ちぇっ、兄貴が一番か」

三男テラコッタが言った。

「この俺様の戦いを目の玉をひん()いてよーく見ておくがいい弟よ」と、長男土器。

「うん、やだね」

「なんだって?」

「言っとくけど、別に勝たなくてもいいからね、オレの出番がなくなっちゃうかもしれないからさ」

「悪いがそうはならん、許せ」

「うん、その時は絶対許さない。だってオレがあいつらにカッコよく勝つんだもん。だから兄貴負けて」

「戯言を。運命はもう決まっているのだ、ほら、俺様の勝利を叫んでいる」

「兄貴難聴になったんだな、気の毒に」

「おまえにはこの歓声が聞こえないのか?こんなにも俺様を讃えているじゃないか」

「うん、オレには罵声に聞こえるよ」

笑顔で言う一番下の弟に、土器は言葉を失った。

どうしてこいつはいつもこうなのだ。

すると次男煉瓦が兄と弟に割って入る。

「ほらその辺にしてさっさとリングに上がれよ、出番なんだろ?」

土器は鼻から息を吐くと、弟二人を残してリングに向かった。

「そんなに試合に出て勝ちたいのか?」

煉瓦は弟に尋ねた。

「当たり前だろ、勝たなかったらここにいる意味がないもん」

「まあな」

煉瓦は三階にせり出す丹国(にこく)特別室を見上げようとして、やめた。


 誰かが自分の名前を呼んでいる気がする。

でもそれより心臓の音のほうが大きくて、そっちに気を取られてしまう。

いや、そうじゃない。そうじゃなくて、どうしてこれから僕は……

「コチニール!」

コチニールははっと我に返った。

気づけば隣に立つ父クリムスンが自分を見下ろしている。

コチニールの瞳はプルプルと横に揺れていた。それと共に体も小刻みに震えている。

クリムスンは努めて穏やかに言った。

「私が出ている間に心を落ち着けておけ」

「う、うん」

「大丈夫だ、相手は丹国人(にこくじん)紅国人(くれないこくじん)ではない」

「うん……」

でも……

「私の戦いをよく見ておけ」

「うん……」

でも……

「行ってくる」

クリムスンはそれだけ言うとリングへ向かった。

「い、いってらっしゃい」

でも……


「両選手、出揃いました!」

錆色が言う。

リング上ではクリムスンと土器が対峙していた。

クリムスンが土器をじっと見下ろし、土器が相手を見上げている。

 土器、二十六歳。背は高め、よく鍛えた体、日に焼けた肌に細い目元。癖毛の長髪を頭の下のほうで一つに結び、服装は襟のついた足元まである布を帯で締めている。髪と瞳の色は柔らかな赤みの茶色だ。

「では第一試合、クリムスン選手対土器選手、はじめっ!」

錆色の声に観客が地鳴りのような歓声を上げ、会場中が震える。

 「なんだこの地響きは……!」

二階客席のワインが会場を見回した。

まるで地震のように会場全体が震えている。

そのくらい丹国人の応援には熱がこもっていた。

 三階にせり出す丹国特別室でもそれは同様だった。

丹色(にいろ)王が窓辺に設置された長机の上に立って(・・・)両腕を振り上げていたのだ。

「土器っ!やったれえいっ!」

息子を応援する王の隣で、補佐役鉛丹(えんたん)は相変わらずちょこんとその場に立ったままだ。

恐らく寝てはいないだろうが、眉毛が長いせいでよくわからない。

 楽坊特別室では楽師たちがソファの所々に座って、会場を眺めている。

その中で前列のソファに座った楽坊の主桃色(ももいろ)と、参謀パステルはとあることに気がついた。

「あの丹国代表チームというのは」と、桃色。

「ええ」パステルもうなずく。

 リングに立つ司会者錆色が説明する。

「今回出場の土器チームもクリムスンチーム同様シード枠での出場となります。そしてメンバーの土器選手、煉瓦選手、テラコッタ選手は何を隠そう、丹国の王子様でいらっしゃいます」

女性客の黄色い歓声が上がった。

 一階客席の最前列に座ったマゼンタが、自分の隣に腰掛ける執政紅樺(べにかば)に顔を向ける。

「あいつらは王子なのか?」

「はい。上から土器王子、煉瓦王子、テラコッタ王子のご兄弟です」

もしかして、相手が王子だから緊張しているのか?

マゼンタは西側の選手入場口前にぽつんと佇む兄、コチニールに視線をやった。

 コチニールはあまりの緊張で体の震えが止まらない。

(なんで国や王族を護る僕たち守人が、王子様たちと戦わなくちゃならないんだ……!)

彼はもう何千回目かの疑問を投げかけた。

 二階客席ではカーマインが冷汗を垂らす。

「兄貴にとっちゃこの世で一番厄介な相手なんじゃねーか」

「そういう所には律儀ですからね……」

葡萄は既にぐったりとしている。

もし、次の試合、コチニールが選ばれてしまったら……

そう考えると恐ろしくて仕方ない。

 二階客席の通路では、手摺の前に立つアガットと臙脂(えんじ)が首を傾げている。

「でもなんで王子様がこんな物騒な試合なんぞに出場されるんだろうね」と、アガット。

「それは」

臙脂が言いかける。

 しかしその後を継いだのは楽坊特別室の楽師たちだ。

「この星の歴史が関係しているからですね」と、桃色。

「はい。赤星は古代より国家間の争いが絶えませんでしたから」パステルが言う。

桃色たちから少し離れた席に並び座るシェルとポピーも会場を眺め、

「国によってはその国の王や王子が先頭に立って民を率い、領地を拡大していきましたものね」と、ポピー。

「中でも丹国はその代表格。紅国(くれないこく)は王族ではなくて守人が動いてきたけど」と、シェル。

 楽坊特別室の隣にある紅国特別室では、上段端の席に腰掛けた灰桜(はいざくら)が三人の王子を見下ろし、こう思った。

それにあの王子たちは王の丹色同様戦闘好きだ。ならばこのような大会、出場するのは当然のこと。


 リングではクリムスンが対戦相手をじっと見ている。

(土器王子。戦闘の腕はなかなかだと聞いているが、王子としては……)

同じく、土器もクリムスンを見ていた。

(クリムスン。紅国守人、かなりの強者でこの大会では何度か優勝している。だがその経歴も今回で終わりだ。俺様の輝かしい勝利によってな)

土器は自らの腰に手を当てた。

そこには何重にも巻かれた太い紐がぶら下がっている。

彼はそれを手に取ると、リングに放った。

茶色の鞭がぴしゃりと音を立てた。

 一階客席のマゼンタがその光景を見つめている。

審判錆色がすかさず説明する。

「土器選手、お得意の鞭を取り出しました!これでクリムスン選手を調教、じゃなかった、叩きのめすのでしょうか⁈」

 二階客席の通路に立ったアガットが呆れた。

「調教て……」

 しかしリングの土器王子は「別に調教と言っても構わないさ。この俺様に従わない奴は全て再教育が必要だからね」

と、さらに鞭をリングに叩きつける。

その行動をクリムスンは冷静に眺めていた。

 東側の選手入場口前に並び立つ煉瓦とテラコッタは、さして興味もなさそうに目を細めている。

「悪趣味ヤロウが」と、煉瓦王子。

テラコッタ王子は、「いーんじゃない?兄貴らしいよ」と吐き捨てた。

 するとリング上で土器が、

「ではゆくぞっ!」言うと同時に相手に鞭を振るった。

クリムスンはそれを身を翻してよけた。

 二階客席の葡萄が両手を合わせ拝んでいる。

頭首クリムスンが負けるわけがない。それはわかっているが相手は丹国の王子。

何がどうなるかわかったものじゃない。

「父上……!」

葡萄の隣に座ったカーマインも、思わず言葉が口をついて出た。

 土器はクリムスンに鞭を振るい続ける。

だがその鞭は相手を捕らえることなく、リングばかり叩きつけていた。

クリムスンの動きは完璧だった。

土器王子の動作と鞭の向かう先、それらを見越し最小限の肉体運動でよけていく。いつもと同じ表情で。

「土器選手の鞭による猛攻撃が続いておりますが、クリムスン選手はそれを素早くよけていきますっ!これは速い!」

錆色の説明に観客たちが嘆く。

なぜ我らが王子の攻撃をよけやがるのか、と。

 ところが東側の選手入場口前の王子たちは、自国の民の反応とは全く違っていた。

「兄貴、完全によけられてんな」

次男煉瓦が冷静に観察している。

三男テラコッタに関しては「それでいーよ、オレの出番が確実になるし」と笑顔まで浮かべている。

「おまえはどっちの味方なんだ?」煉瓦王子が弟に尋ねた。

弟は「オレの味方」と、にやり笑った。


 三階にせり出す丹国特別室では、王の丹色が相変わらず長机の上に立って息子を応援している。

「土器っ!ゆけーっ!」

彼の唾が窓ガラスに飛び散った。

その隣で補佐役の鉛丹が微動だにせず微笑んでいた。

 リングでは土器王子が鞭をクリムスンに振るい続けているが、相手はそれをさらりとかわしている。

(まったく手応えがない!あっさりかわされている!)

土器の額に汗が滲んだ。

(だったら……!)

クリムスンは相手の動きを読んで、はっとする。

「とりゃあっ!」

土器が今までとは違う手の動きを見せた。

その命に従うよう、彼の鞭がぐるり渦を巻くと、クリムスンはあっという間に拘束されてしまった。

 一階客席のマゼンタが、これまでより僅かに瞼を開く。

 西側の選手入場口前で震えていたコチニールも「父上⁈」と、思わず叫んだ。

「これは土器選手、鞭を自由自在に操りクリムスン選手の動きを一瞬で奪ってしまいました!さすがのクリムスン選手もこれでは手が出せないかあっ⁈」

錆色の説明に会場内が沸き立つ。

クリムスンは土器王子の鞭によって、上半身がぐるぐる巻きにされていたのだ。

「ふっ、これで貴様の動きは封じたぞ」

土器が口元を歪ませて微笑んだ。

しかし相手は、試合開始からずっと同じ表情で土器を見据えていた。

 二階の客席通路に立つアガットと臙脂は啞然としている。

「あれまあ」と、アガット。

「あっさり敵の手に落ちたな」と、臙脂。

これが紅国守人一族クリムスン家頭首か?

 二階客席に座るカーマインと葡萄は愕然としている。

「そんな……」

葡萄が口をパクパクとしつつ、何とか言葉にした。

「まさか……!」

カーマインも目を疑う。

ありえない、父上に限ってこんなことあるはずが……!

 東側の選手入場口前では、土器の弟たちがやはり自国の民とは全く異なる反応を見せていた。

「まあ兄貴もちょっとは使えるからな」

煉瓦がつまらなそうに言うのに対し、

「勝ったら絶対許さない!」

テラコッタがリング上の土器を睨んでいた。

 一階客席の最前列に座っている紅樺は啞然としている。

「こんなことって、彼は、守人なのに……!」

紅樺のこめかみを汗が伝おうとした時だった。

「でも」

「はい?」

隣から恐ろしく冷静な声がして、彼は彼女に視線を向けた。

「父上は余裕だ」

マゼンタがリングを見つめたまま言った。


 リングに立つ土器が、手に巻いた鞭を自分のほうへと引っ張る。

それに合わせて鞭の先に巻かれたクリムスンが、土器のほうへじりじりと寄せられていった。

クリムスンは重い。

身長もあるし横幅もあるし、体重のほとんどは筋肉と言っていいだろう。

けれど土器王子もそれなりに鍛えているらしく、いとも容易(たやす)く鞭を引っ張っている。

「後は、こちらの自由にさせてもらうぞ」

土器のすぐ目の前にクリムスンが引き寄せられた。

「とりゃあああっ!」

王子は鞭を持っていないほうの手でクリムスンを殴ろうとする。

しかし、

「それはどうだろうか」

目の前の大男がそう呟いたかと思うと、何かが頭上高く持ち上げられた。

次の瞬間、土器は顔面からリングにめり込んでいた。

クリムスンが自らの右脚を持ち上げ、土器の頭に踵落としを食らわせていたのだ。

 「あ」煉瓦とテラコッタが同時に声を上げる。

土器王子はリングにめり込んだまま、視界ではチラチラと星が回っていた。

「土器選手、クリムスン選手の強烈な踵落としでダウンです!なのでカウントを始めます!一・二……!」

呆気にとられる会場内に、審判錆色の声が響く。

 ただし、丹色王だけは特別室内で怒りの爆音を張り上げ、その声が観客に届いたかどうかは定かではないが、正気に戻った彼らが次々に野次を飛ばし始めた。

 でもクリムスン家の男たちはほっと胸を撫で下ろし、

「よっしゃあっ!」と、カーマインも拳を振り上げていた。

 錆色のカウントが続く間、クリムスンは自分に絡まった縄を解く。

太い縄はバラバラとその場に散らばり、ぐったりとなった。

 その様子を西側の選手入場口前から見守っていたクリムスンは、

「さすが父上……!」と、ほっと安堵していた。

 二階客席通路に立ったままのアガットと臙脂も同様で、

「やっぱそうだよね」と、アガット。

「紅国守人だからな」と、臙脂。

ふとアガットは隣の同僚を見上げると、

「あれ、一瞬敵の手に落ちたみたいに言ってなかったっけ?」意地悪そうに尋ねる。

「あれは言っただけだ」

臙脂はぷいと余所を向いて顔を隠した。

アガットは彼の様子にふふふ、と笑った。

 一階客席では執政紅樺が感動していた。

「さすがあなたのお父君です……!」

やはり大切な人の養父、そう簡単に負けるわけがない。一時は疑いそうにもなったけど……

彼は隣に座るマゼンタに視線を向けた。

「ああ」

彼女はいつもと変わらぬ無表情でそう答えた。

 三階の客席にせり出す紅国特別室でも、クリムスンを評価している者がいた。

(丹国の王子はクリムスンの相手ではないということか)

執政灰桜が口角をほんの少しだけ上げた。


「十!勝者、クリムスン選手!」

審判錆色の声に、客席から野次が飛んだ。

中には歓声も交じってはいたが、圧倒的な丹国人の多さにすっかり飲み込まれてしまっている。

「なんだよこのブーイング!」

客席に座るカーマインが周りを見回して叫んだ。

「今日は丹国人が大半ですからね。自国の王子である選手が負けたのですから批判もしたくなるのでしょう」

冷静さを取り戻した葡萄が落ち着いて答える。

「こっちはちゃんとルールにのっとって戦ってんのにアッタマくるわっ!」

カーマインが彼らに嚙みつく間に、リングでは土器王子が医療班に担架で運ばれていった。

 弟の王子たちはその光景を眺めながら、

「兄貴あっさり負けやがった」煉瓦が淡々と述べ、

「よしっ!」テラコッタは思い切り拳を握りしめた。

これで自分が活躍する確率が増える!

「なんというか、可哀想だとは思わないが、ある意味後が怖いねえ」

煉瓦王子がそう言った通り、三階の丹国特別室では王の丹色が顔を真っ赤にしながら眉を吊り上げていた。

「土器め、一国の王子が負けるとは……!国に帰ったらただで済むと思うなよっ!」

王の唾液がガラス窓にへばりつく。

その隣で補佐役の鉛丹がにこにこと微笑んでいた。


 リングを下りたクリムスンがコチニールの元に戻ってきた。

「お、おかえりなさい」

「ただいま」

クリムスンは顔を引きつらせたコチニールの横に立つ。

「少しは落ち着いたか」

コチニールはビクッとなって、

「えっ、あ、うん、まあまあ……!」

クリムスンは息子を見下ろした。

コチニールはリングを見て小刻みに震えている。

(ち、父上が勝った。つまり、残りあと一試合勝てば、決勝に進むことが出来る。でも、それには……!)

 その時、司会者錆色の声が響き渡った。

「クリムスンチームが決勝へ駒を一つ進めましたが、次の試合はどうなるのでしょうか!第二試合の選手はこちらになります!」

否応なしに三階の天井にぶら下がる大型モニターが選手を選んでいく。

コチニールはそれを見上げながらごくり唾を飲み込んだ。

(も、もし僕が選ばれたら、ど、どうしよう……)

画面の表示がぴたりと止まる。

表示を確認した錆色が告げた。

「第二試合は、コチニール選手対テラコッタ選手に決定しました!」

コチニールの心臓が一瞬止まった。

(ボ、ボク……?)

クリムスンは息子の名を示した大型モニターを睨んだ。

 二階客席ではクリムスン家の男たちが愕然としている。

「そ、そんな……」と、葡萄。

「マジか……」

カーマインの声は消え入りそうだ。

 二階客席の通路に立ちっぱなしのアガットと臙脂は、西側の選手入場口前を見下ろしていた。

「守人が王子と戦うとは」

臙脂が息を吐きつつ言う。

「他国の王子だけどね」と、アガット。

「それでもあの子には相当なプレッシャーだろう」

「そうだねぇ」


 一階客席の最前列では、マゼンタが兄コチニールをじっと見つめていた。


















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