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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
58/130

第57話 珍しい武器


 二階の客席に緋色(ひいろ)、ストロベリー、ローズが並んで座っている。

結局緋色は自分の家の男たちが見つけられず、ストロベリーたちと一緒に試合を観戦することにしたのだ。

「やべぇ!ついに始まるっ!」

「すごい熱気……!」

ストロベリーは観客席を見回して言った。

客の半分以上は男性客のようだが、中には若い女性客や小さな子供たちも紛れている。

ワクワクと心躍らせる二人の隣で、密偵集団ローズ一門頭首のローズは腕組をして呆れていた。

なぜに自分はこんな興味もない、仕事と何ら関係もないものをこれから見させられないといけないのか。

彼は無言の圧力を部下のストロベリーに向けようとしたが、相手は一向に気づく気配がない。

 そうこうしているうちにリングに立った司会者の声が会場内に響く。

「それでは選手入場です!」

西側の選手入場口から二人の人間が登場し、東側の選手入場口からは三人の人間が登場した。

客席からは観客が歓声を上げたが、三階の楽坊特別室では楽師たちが呆然としていた。

茜色(あかねいろ)チームは二人だけ……」

入場口前の選手をよく見ようと、前のめりになったシェルが呟く。

「まるでどこかのチームと同じみたいですわね」

ポピーが嫌味ったらしく述べた。

マゼンタは窓ガラスの向こう側に見える、天井から吊るされた大型モニターに目をやる。

そこには案の定、出場する選手の名前が明記されており、

「茜色、猩々緋(しょうじょうひ)……カッパー?」

 紅国(くれないこく)特別室では楽師たちと同様、灰桜(はいざくら)がリング脇に佇む茜色と猩々緋をじっと見下ろしていた。

こやつらも二人か。

と、執政は呆れたように鼻から息を吐いた。


「カッパーがいない」

二階の客席に座った緋色が言った。

少年は西側の選手入場口前にいる父と猩々緋を見つめている。

「カッパーって?」

「ウチのすごく強いヤツ。いつも稽古つけてもらってた」

「ふうん」

緋色は父親の茜色にじゃなくて、そのカッパーって人に稽古してもらってたのか。

ストロベリーが少年の情報を脳に書き留めた。

 一階の地面に横たわるリングの脇では猩々緋が苛立っていた。

「まったくあやつときたら……!この地に着いてからほとんど姿を見ておりませんぞっ」

「そうだね」

「名前を呼ばれたらちゃんと出場するんでしょうな……!」

「そんなに心配しなくても大丈夫さ」

頭首茜色はいつもと同じ笑顔で、物凄く冷静に言った。

 彼らの反対側、東側選手入場口の前では二人の男と、その後ろになぜか足元のおぼつかない大柄な男が立っていた。

三人は茜色と猩々緋のほうを睨みながら、

「相手チームが一人欠けてる」弁柄(べんがら)が言った。

「なんだなんだぁ、やる気あんのかあ?」

ろれつの回らない大柄なバーントシェンナが大声を上げた。

「ただの体調不良か、それとも作戦か、それとも相手は紅国守人、これは明らかに俺たちを錯乱させる策か何かの……」

「はーいストップ」オクサイドが弁柄の前で両手を広げる。「考えるのはいいけどそこまでにしておこうね」

「なぜ俺の思考を断ち切る?」弁柄が感情を一切出さずに尋ねた。

「おまえ考え過ぎて深みにハマるからさぁ」

「んだんだ」バーントシェンナがオクサイドに同意する。

「そんなことはない。俺の頭脳はいつも正確でこれまでの試合にも散々役立ってきた。第一回戦から述べるに……」

「わかったわかった、それは後で聞くから」

「おーう、後で酒を交えて聞いてやっぞおぅ」

オクサイドはバーントシェンナを振り返る。

「あの、これから試合なんだけど、酒抜けてます?」

「オツケー」

バーントシェンナの目はとろんと垂れ下がり、頬はどことなく赤みを帯びている。

「抜けてねえな……」

バーントシェンナはいつものように夕方から今朝方まで飲み続けていた。勿論瓶ではなく樽で。

自分と弁柄は今日の為にある程度は節制したからすこぶる快調だが、リーダーは……

オクサイドの頬が若干の心配で引きつった。


リングの上では嫌な予感がしている錆色(さびいろ)が茜色のほうに顔を向けた。

「あの、茜色チームはお一人遅れていらっしゃるようですが……」

茜色は微笑む。

「後で参りますので先に進めてください」

「そ、そうですか」

なんか昨日も聞いたような……

しかし彼はふるふると頭を動かすと気を取り直した。

「では、第一試合を始めたいと思います」

 楽坊特別室ではポピーがマゼンタを横目で見やる。

「ほんとデジャヴュですわね」

けれどマゼンタはポピーの嫌味が耳に入らないほど、リング脇の茜色に注目していた。

「さて、第一試合の選手は誰になるのでしょうか?大型モニターにご注目ください!」

司会者の言葉を受け、大型モニターが選手の顔写真と名前を高速で表示していく。

やがて表示はぴたりと止まり、

「第一試合は猩々緋選手と弁柄選手が選ばれました!」

錆色が声高らかに言った。

 「猩々緋だ!」

二階客席で緋色が叫ぶ。

仕方なくリングを薄目で見下ろしていたローズも頭の中で整理する。

茜色の右腕、猩々緋。家でも戦場でも茜色をサポートする、なくてはならない存在……

 楽坊特別室でもマゼンタが茜色から隣の小柄な男に目を移していた。

「猩々緋」

「あのおじさんだね」と、シェル。

行方不明事件の時に茜色が連れていた男か。

マゼンタはその時の彼の姿を思い返した。


「やれやれ、あの若造が相手とは」

西側の選手入場口前で猩々緋が相手チームを眺めて言った。

「お手柔らかに頼むよ」

茜色が隣に立つ彼に微笑む。

「無論でございます」

猩々緋は早速リングへと向かった。その足取りは相当軽い。

 東側の選手入場口前では、オクサイドが弁柄を正面から真剣に見つめていた。

「おまえマジ本気でやれよ」

弁柄はほんの僅かに驚く。

「何を言う、俺はいつでも本気だ。なぜなら俺の行動にはすべて意味があって無駄なことなど何一つ存在しない。今こうしてここに立っていることだって本気であり意味があるのだ。よって……」

「わかったわかった、ただ最初から全力でやってほしいだけだよ」

「何を言っている、俺は毎回最初から全力だ。なぜならそれが俺の生き様であって手を抜くことなど有り得ないからだ。おまえは俺の傍でいったい何を見てきたんだ。手を抜くだって?俺の世界にそんな文言は……」

「はいはい、よくわかったから、とにかくよろしく頼むわ」

「ああ、頼まれてやってもいいだろう」

弁柄はオクサイドにそう言い残すとリングへ向かった。

オクサイドは呆れ果てて彼の後姿を見送っている。

やっぱ俺とバーントシェンナでカバーだなこりゃ。

オクサイドはそう思ったが、当のバーントシェンナは後ろで胡坐をかき、コクコクと居眠りをしていた。


リングの上で猩々緋と弁柄が対峙する。

会場内に歓声が響き、その中には緋色のものも含まれていた。

「猩々緋ー!ガンバレーっ!」

心臓がドキドキする。これから猩々緋はどんな風に戦うのか、相手はどんな技を持っているのか、楽しみで仕方ない。

興奮する少年の隣で、密偵ストロベリーはあることに気がついた。

「あの弁柄っていう人、てゆうかあのチーム全員……」

「ああ」

ローズが気づくのが遅いと言わんばかりに相槌を打った。

「第一試合、猩々緋選手対弁柄選手、はじめっ!」

リングで審判錆色が宣言する。

「いけーっ!」

緋色が他の観客に負けじと声を張った。

リングでは猩々緋が相手を睨み、相手は無表情で猩々緋を見下ろしている。

 弁柄、二十七歳。身長も体格も平均的だが、体質はどうやら筋肉がつきやすいようだ。くるくるとカールした短い髪に、薄い顔。襟のついた足元まである布を帯で締めている。髪や瞳の色は深い赤茶色だ。

二人から少し離れた所で試合を見守る錆色が解説する。

「茜色チームはこちらも言わずと知れた紅国守人であり、今大会もシード枠での出場なので今回が初戦となります。対するバーントシェンナチームは遊牧民で構成された珍しいチームメンバーとなっております」

 緋色が首を傾げる。

「ユウボクミン?」

「荒野を放浪しながら生活してる人たちだね」

ストロベリーが簡単に説明した。これなら緋色でもわかるだろう。

「へー」

少年はなんとなく理解した。

 リングでは錆色の声が続いている。

「彼らはあらゆる場所から流れてきてたまたま一緒に酒を飲み意気投合。そのまま酔った勢いでこの武闘大会に出場することになったそうです」

 楽坊特別室ではポピーやシェルが呆れている。

「酔った勢いって……」と、ポピー。

シェルも、「それで大会に出ちゃったの?」

だがマゼンタだけは弁柄、オクサイド、バーントシェンナの力を計るように見つめていた。

「それでも予選を通過し、ここまで勝ち残ってきた」

つまりそれだけの力はあるということだ。

 東側の選手入場口前ではオクサイドが観客を見回している。

「そーよ、結構やるだろ⁈酒の勢い!」

彼が叫ぶその背後でバーントシェンナは居眠り中だ。

その鼻からは今にも風船が膨らみそうである。

 リングでは猩々緋が相変わらず弁柄を睨み、弁柄は彼を見下ろしている。

弁柄は、

(たとえ酒の力が発端だったとしてもここまで来れたのは俺の実力、いやチーム全員の力の賜物に違いない。だからこの戦いに必ず勝って準決勝に進むことが俺たちの今の目標だ。しかしやはりなんと言っても俺の力が一番貢献していると言っても過言ではない。なんせ俺にはあの能力があるのだから、よって……)

と、猩々緋を見下ろしながらつらつらと考えていた。

反対に猩々緋は、

(ふざけた奴らめ……!さて、この若造をどう調理していこうか)

いかに早く片をつけるか、その方法を練っていた。

 猩々緋の考えを感じ取った茜色は、リング脇でふうと溜息を漏らす。

審判錆色が両選手を見比べた。

「さて、両者睨み合ったまま動く気配がありませんが……!」

 猩々緋は背が低い。

その低さは十歳の緋色少年といい勝負だ。だから一般的な身長である弁柄を目の前にすると、どうしても見上げる体勢になってしまう。

しかしそれを侮ってはいけない。猩々緋の戦闘経験は伊達じゃないからだ。

彼はたとえ相手がどんな若造だとしても、これから戦う人間をしっかりと観察していた。

(こやつ、武器も何も持っていないようだが、素手でこのワシとやり合うつもりか?或いはその懐に隠して……)

 猩々緋がそう思った時だ。

懐に片手を突っ込んだ弁柄が何かを掴んで取り出したのだ。

「ん?」

猩々緋は警戒した。

刃物か、飛び道具か、それとも……

「弁柄選手、懐から何かを取り出しました!」

錆色が状況を解説する。

「なんだっ⁈」

緋色も自らの席から身を乗り出した。

 次の瞬間、弁柄は掴んだ何かを目の前にばら撒いた。

ばら撒かれた何かは、ざあっという音を立てて四方八方に散らばっていき、やがて動きを止める。

彼の手から放たれたのは……小さな石だった。

大きさは指でつまめるほど。色は赤や茶、白に灰、黒と様々だ。

猩々緋は目の前の光景にぽかんとなる。

「ん?」リング脇で茜色も首を捻った。

「なに?」二階客席で緋色も目を見開く。

「なんだ?」楽坊特別室でマゼンタさえも呟いた。

が、東側の選手入場口前にいるオクサイドだけは両目を手で覆っている。

あかん、やはりやってしもうた……

こうなったらもう、自分には何も言えない……

 リング上では、弁柄が勢いよくその場に座り込む。

そして今ばら撒いたばかりの石たちを眺め始めた。

「ううむ……」

弁柄が顎に指を当て、眉根をしかめる。

「あの、弁柄選手、まさか今回も……」

審判錆色が恐る恐る尋ねた。

「ああ、この試合を占っている」

会場中がしーんと静まり返った。

「え?」と、茜色。

「え?」と、緋色&ストロベリー。

「え?」と、マゼンタ、シェル、ポピー。

紅国特別室で窓ガラスにへばりついていた韓紅花(からくれない)姫も、「え?」


「はあっ?」

猩々緋が言った。

「だから、この試合を占っている」

弁柄は石たちを眺めて一切表情を変えずに答えた。

「占いだあっ?」

猩々緋が唾を飛ばす。

 東側の選手入場口前では、

「やっぱ今回もそうなるよね」オクサイドが諦めたように嘆いた。

 西側の選手入場口前では茜色が苦笑いを浮かべている。

二階客席では緋色とストロベリーが啞然としていた。

「なんでここで?」と、緋色。

「さ、さあ……」と、ストロベリーもそれしか言葉にならない。

 楽坊特別室ではマゼンタが隣に座るシェルに尋ねる。

「占いってなんだ?」

「ああ、占いっていうのはね……」

 シェルが友人の奏者に詳しく説明をする間、紅国特別室では王紅色(べにいろ)がにこやかに笑っていた。「おやまあ」

韓紅花姫も「おもしろい人」と目を丸くする。

室内の端っこに座る執政灰桜は、

「よくここまで勝ち残れたな」と、心の声を思わず口にしていた。

 リング上では胡坐をかいた弁柄が、散らばり放題の石を眺めている。

「これはこうなってこうなって、こっちはこうなって、そうか、ふむふむ、そして……」

何がふむふむなのかはよくわからないが、当の本人にとってはとても理路整然とした内容らしい。

 東側の選手入場口前では、オクサイドが肩をがくりと落としている。

「あいつはやればできる子なのに、どうしてか試合の最初のあれが儀式になっちまったんだよなぁ……」

彼が大きな溜息をつく背後で、リーダーのバーントシェンナは熟睡していた。

「ったく……!」

堪忍袋の緒が切れた猩々緋は弁柄に手を伸ばす。

その手は相手の襟首をがしっと掴んだ。

「な、何をする?」弁柄が顔を上げる。その表情は占いに対して真剣そのものだ。

しかし当然ながらそれを無視した猩々緋は、そのまま場外に向けて彼を引きずっていった。

弁柄の尻がリングに擦れてずるずると音を立てる。

「おい、占いがまだ途中だぞ」

「うるさいっ!」

猩々緋の手から逃れようと弁柄はもがく。

けれど相手の力に全く歯が立たない。

「えー、猩々緋選手が弁柄選手をリングの外に運んでおります。これは場外、でしょうね」

審判錆色が苦笑いで説明した。

審判と同じような表情で、茜色も仲間の動向を見守っている。

「ああいう変わった選手と出会えるのも大会の醍醐味ではあるんだけど」

さすがに今回は何とも言葉にし難い。

 猩々緋は弁柄をリングの外、即ち場外へつまみ出した。

尻餅をついた弁柄は、

「おいこら、まだ石を読み終わっていないんだぞ」自身の行いを正当化するように淡々と述べた。

それを聞いた猩々緋のこめかみの血管が切れる。

「貴様はそこで十カウント中一切動くな」

「何を言う、ここにいたら石を読めんだろう」

「審判カウントを取れ!」

猩々緋が錆色に叫んだ。

「は、はいっ、では。一・二……!」

待ってましたと言わんばかりにカウントが始まる。

「なぜカウントを取る」弁柄が立ち上がった。

しかし彼の前に猩々緋が立ち塞がる。

「黙らっしゃい!この小僧めがっ!」

 東側の選手入場口前ではオクサイドがまた溜息をついた。

「毎回このくだりなのね」

 二階客席でも緋色とストロベリーが啞然としたままだ。

「なにこれ」と、緋色。

ストロベリーも、「さあ……」

彼女の隣で仕方なく試合を眺めていたローズも、

「これが試合かね」と、呆れ果てていた。


錆色のカウントが終了する。

「勝者、猩々緋選手!よって茜色チームが一歩リードとなります!」

会場内は歓声が上がるというより、ざわめきが大きかった。

 緋色も呆然とし、

「なんか勝ったのに嬉しくない……」と呟いた。

 猩々緋がいち早くリングを下り、頭首茜色の元に戻ってくる。

「おかえり」

「まったく、いい昇降運動になりましたわい」

「気持ちはよくわかるよ」

「あんなふざけた選手を出して来よるとは、まったく……!」

いつもとは別の意味で鼻息を荒くした彼に、茜色は苦笑いで答えるしかなかった。

 リングの反対側では弁柄もオクサイドの側に戻っていた。

「占いを邪魔されてしまった」

「てかそこっ?」

「他に何がある」

「第一試合負けちまっただろーがっ」

「……そうだったか?」

「そうです」

「ならばそれもまた運命」

「でしょうねっ」

運よく相手が大人しくこいつの占い結果を待ってくれた試合では、勝てたこともあったんだがなぁ。

オクサイドがそう思う背後で、バーントシェンナは心地よさそうにいびきをかいていた。

 緋色は二階の客席からそんな彼らを眺めている。

「あっちのチームなんかもめてる」

「わかる気がするね」

ストロベリーが困ったように笑った。

 楽坊特別室ではシェルから〝占いとは何か?〟という説明を受けたマゼンタが、リングを見下ろしていた。

「つまり不戦勝ということだな」

彼女は今の試合をそう判断した。


 リング中央に一人立つ錆色が告げる。

「それでは気を取り直しまして、第二試合の選手を選んで参りたいと思います!」

三階天井から吊るされた大型モニターが、選手の顔写真と名前を物凄い速さで表示していく。

そして結果を指し示すと、

「第二試合目は茜色選手、オクサイド選手に決定いたしました!」

司会者が声高らかに言った。


















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