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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
57/130

第56話 守人頭首の戦い方


 二階客席ではワイン、ボルドー、クリムスン家の男たちがリングをガン見している。

屈強な彼らが前のめりとなり瞬きさえしない様は、周囲の観客にとっては脅威だった。

これは見ないほうがいい、客は彼らに気を遣って視線を背けた。

「なんでそんな血眼なんですか?」

葡萄(えび)は隣に座るワインに尋ねる。

男たちの纏め役、ワインはリングを凝視したまま、

「頭首の戦いは勉強になるからな」と、答えた。

「ああ、なるほど」

眼鏡を掛けた葡萄は微笑んで納得した。

 リングではクリムスンとサーモンが向かい合っている。

サーモン、二十五歳。身長体重体格全てがいたって平均的。肩までの真っ直ぐな髪を七三分けにして毛先は外ハネだ。細い目元に薄い唇、白い肌、袴服。髪や瞳の色は淡い黄みの赤色をしている。

 彼が体格のよいクリムスンと向かい合うと、どうにもこじんまりとして見えた。

何が悪いというわけではないが、縦にも横にも醸し出す雰囲気も、全てがどこかしら足りない。

サーモンは額に汗を浮かべた。

(と、とにかく、クリムスンに勝つためには、こいつが刀を抜く前に片を付けなければならない。オックスブラッドのように呑気に殴り蹴りするよりも、とにかく先に首を取らねば……!)

彼は頭の中で戦略を練った。

どこをどう攻めれば勝てるのか、相手の弱点はどこなのか……?

そんな彼を眺めながら、

こいつは随分と思考に頼るタイプのようだ。

クリムスンは相手をそう判断した。

 すると、サーモンが自らの懐に手を差しこむ。

それを引き出した彼の手には、短剣が握られていた。

「短剣?」

一階客席最前列に座ったマゼンタは首を傾げた。

「おっと、サーモン選手、懐から短剣を取り出しました。実はこれまでの試合でもサーモン選手の短剣は何度も活躍しております。しかしながら今回の相手は紅国(くれないこく)守人のクリムスン選手ですが、その彼にサーモン選手の剣は通用するのでしょうか」

審判錆色(さびいろ)が解説した。

 二階の客席でカーマインが呆れる。

「守人相手に剣かよ」

葡萄も「牛だか鮭だか豆だか知りませんが、彼らはクリムスン家の相手ではございません。いえ、その足元にも及ばないでしょう」眼鏡の蔓を押し上げた。

「コチニール戦めっちゃビビッてたじゃん」

「あれはコチニールの初戦だったからですっ」

カーマインと葡萄が小競り合いをする間に、リングでは短剣の鞘を抜いたサーモンが身構える。

(刀を抜かせる前、つまりは奴が何か攻撃を仕掛ける前、その隙をついてこっちから……!)

彼はクリムスンに短剣を振るった。

 マゼンタがきょとんとした顔をする。

リングではクリムスンが相手の短剣をさらっとよけていた。

サーモンはさらに短剣を突き出す。

が、クリムスンはまた軽くよけている。

 リング脇、西側の選手入場口前ではコチニールが目を丸くしていた。

「あの人、意外と……!」

遅い。

コチニールとマゼンタは同時に同じことを思った。

サーモンの攻撃は一応続いている。

しかしクリムスンはさらりと身をかわしていた。

「サーモン選手の猛攻が続いておりますが、クリムスン選手、それをいとも簡単によけております!さすが守人頭首、この程度の攻撃ではびくともいたしません!」

錆色の説明にカーマインが叫ぶ。

「そりゃそうだろ父上だぞっ。てか父上もそんな奴相手に何やってんだよ、遊んでんのかっ?」

「クリムスン?」

普段は稽古に参加しない葡萄でさえ首を傾げた。

サーモンはそれでも短剣を突き出し続ける。

それが相手に全く刺さっていないとしても。

(簡単によけられてる……!これではマズイ……!この状況を打開するには……!俺が勝つ勝算は……!)

その時頭上から声が降ってきた。

「おまえは頭でごちゃごちゃ考え過ぎだ」

サーモンがはっとする。

次の瞬間、クリムスンがサーモンの手首を手刀で叩き、短剣がリングにカランと落ちた。

「しまっ……!」

だが遅かった。

相手はサーモンの腕を捻じり上げ、背中に回していたのだ。

「あ」

サーモンのチームメンバーである蘇枋(すおう)は声を漏らす。

 二階客席ではクリムスン家の男たちが喜びの声を上げていた。

「ちっ、時間かけやがって」

カーマインがポツリと言う。

隣に座る葡萄は拍手喝采だ。

リング上ではクリムスンがサーモンの腕を捻じり上げ、背中に回したまま動きを止めていた。

「クリムスン選手がサーモン選手の腕を颯爽と捕まえて動きを封じていらっしゃいます!これはどこかで見たような光景ですが……ああ、逮捕術のようですね!」

錆色の解説に蘇枋がポカンとする。「タイホ?」

サーモンはクリムスンから逃れようと必死だ。

「貴様っ、その手を放せ!」

けれど相手はその言葉を無視し、「審判、このままカウントを取れ」

「はい?」と、錆色。

「なっ⁈」と、サーモン。

「無駄に倒す手間も、場外に連れて行く必要もない」

クリムスンは淡々と述べた。

「でも……」

「私が押さえている限りこいつは動けん」

「なんだとっ⁈」

サーモンはさらにジタバタする。

が、相手の言う通り、全く身動きが取れない。

「これ本当に試合?」

マゼンタの隣に座ったシェルが、啞然として言った。

「父上と比べて奴の動きは遅すぎるし、力も弱すぎるし」マゼンタが説明する。

 リング脇のコチニールも同じことを思っていた。

「実力差があり過ぎるんだ。父上とでは」

 東側の選手入場口前では、

「やっぱそうだよね、クリムスン家頭首だもん」やはり蘇枋が微笑んでいる。

 リングに佇む審判錆色はオロオロしながらも、

「で、では、カウントを取りますね。一・二……」とりあえず十数え始めた。

それに対してサーモンが叫ぶ。

「これは武闘大会の試合だぞ!相手の意識があってリングの上にいて戦う気満々なのにカウントを取るなんてどうかしてるだろ!」

するとまた頭上から太い声が降ってきた。

「クリムスン家頭首の私に短剣で向かってきた勇気だけは買ってやる」

「はあっ⁈」

「おまえは戦いに向いてない」

「なにっ⁈」

「そんなに頭が回るならそっちの方面で活かせばいいだろう」

「なんだとっ⁈」

「無駄に怪我をしたり意識を失うなんて阿呆のすることだ。おまえもそうは思わないか?」

対戦相手の言葉にサーモンは唇を嚙む。

確かに正論ではあるが……!

その時、審判のカウントが終了した。

「勝者、クリムスン選手!」

錆色はあっという間にそう宣言する。

客席からは歓声が上がり、クリムスンはサーモンの腕を解放した。

サーモンは振り返って相手を睨む。

クリムスンは試合前と変わらぬ表情でサーモンを見下ろしていた。

「よって先に二勝したクリムスンチームが準決勝に進みます!」


錆色の宣言にリング脇、東側選手入場口前にいた蘇枋は呆けた顔のままだった。

「あら、ここで敗退?」

蘇枋、二十三歳。背は少し高めだが、体格は平均的。真っ直ぐな長い髪を下のほうで一つに結び、顔はとにかく整っているので女たちは彼を放っておかない。服装は足さばきの悪そうな着物姿。髪と瞳の色は赤みの柔らかな茶色だ。

 彼は出番がなかった。でもそれでいい。

オックスブラッドは病院に運ばれてしまったが、サーモンは無駄に怪我を負わなかったし、賞金が貰えないのは残念だが、準々決勝まで進んで優勝候補のクリムスンチームと戦えたことは誰にでも自慢出来る。

サーモンがリングを下りたらオックスブラッドの見舞いにでも行ってやろう、蘇枋はそう考えていた。

 二階客席ではクリムスン家の男たちが拍手を送っている。

「まあ当然ですね」と、葡萄。

「そうに決まってんだろっ」

腕組みをしたカーマインも自信満々に言い放った。

 一階客席ではシェルがほっとしている。

「準決勝に進めてよかったね」

彼女は隣の友人に言った。

「ああ」

父上たちならきっと大丈夫だと思っていたがな。

マゼンタはやはりいつもの無表情だったが、内心安堵していた。

 クリムスンがリングを下りる。

その側に息子コチニールが近づいた。

「お疲れ様」少年は笑顔だった。

父は息子の変化に気づく。

「その顔、勝利の感覚が掴めてきたのか?」

自分がリングに上がるまでは呆けたような顔をしていたが。

「ううん。なんか今の戦い方、父上らしいなと思って」

相手をむやみに傷つけない、倒さない。

それがたとえどんな相手でも。

クリムスンはふっと笑った。

「無駄な労力を使う必要はないからな、私も、奴も」

「そうだね」

「じゃあ行こうか」

「うん」

親子は入場口の奥に続く通路へと向かった。

「結局カーディナル来なかったね」

「それでいいのさ」

「でもこれ、一応赤星武闘大会なのに……」

「奴はその時になれば必ず現れる」

二人はもう一人のチームメンバーについて話をしながら去っていく。

その後姿を、特にクリムスンのほうを、サーモンがリング上から睨んでいた。

 三階の紅国特別室では執政官たちが拍手を送っていた。

さすが紅国守人だ、これで我が国も安泰だ、と。

執政紅樺(べにかば)も手の平を叩きながら、

「さすがマゼンタの父君、素晴らしかったです!」

一時は年若い息子を武闘大会に出場させるなどどうかしている、と息巻いたものの、今では賛辞を贈らずにはいられない。

やはり彼らは素晴らしい!さすが私の大切な人のご家族!

 その横で執政灰桜(はいざくら)は溜息をついていた。

相手が弱すぎて話にならん。

彼が望むものはこんな戦いではなかったのである。



 会場の外壁には観客が出入りする入口と、選手が出入りするための専用の入口とが分かれていた。

試合に出場する選手はその専用の入口から中に入り、出る時は健康な者は自ら歩いて外に出て、そうでない者は担架に乗せられ白装束の男たちに運ばれる。運ばれた者の行き先は勿論、側に建てられている病院だ。

 しかしその必要がなかったクリムスンとコチニールは、のんびりとした足取りで出口から外に出た。

日がまだ高い。

午前中から始まった自分たちの試合は想像以上にあっけなく終わってしまったため、今日という時間はまだたっぷりと残っている。

周囲には屋台が並び、店主たちが会場を訪れた客人を忙しそうに相手していた。

 その中にやけに屈強な男の集団が集まっていた。

彼らは皆笑顔でこちらに視線を向け、何なら今すぐ飛びかかってきそうな勢いだった。

彼らの中にはカーマイン、葡萄、ワイン、ボルドーも交じっている。

「みんな!」

コチニールが彼らに駆け出した。

「おかえりなさい、お疲れ様でした!」

ワインがコチニールを受け止める。

「お、お疲れ」カーマインも一応兄を(ねぎら)った。

初めての大会で初めて戦った相手があんな野郎だったし、そりゃ緊張もしただろうし。

 そこへゆったりと歩いていた頭首が息子に追いついた。

「ああ、皆も応援ご苦労」

男たちはクリムスンに、にっと笑った。

葡萄が早速コチニールの体を見回す。「大丈夫ですかっ?どこも何ともありませんっ?」

「どこも怪我してないよ」

眼鏡の葡萄はほっと息を漏らす。

「それはよかったです。もう私はそれだけが心配で心配で、もしもあなたの身に何かあったらと思ったら寿命が縮みまくってしまって……!」

「失神してたもんな」すかさずカーマインが突っ込む。

「本当⁈葡萄こそ大丈夫なの⁈」

「どうぞお構いなく、今はこの通りピンピンしておりますよ。なんせ順調に準決勝に進むことになったのですからね」

現金な奴。

クリムスンは自分の右側ながら葡萄をそう評価した。

「何かおっしゃいました?」

葡萄が頭首に笑顔を向ける。

「いや別に」

クリムスンは表情を変えずに答えた。

心を読まれた。

葡萄とは長い付き合いだ。そのせいでたとえ言葉に出さなくてもこっちの思いを見透かしてくる。気をつけねば……

 コチニールが男たちに言う。

「あの人が、オックスブラッドが、見た目は大きくて強そうだったけど、それ程でもなかったんだ。だから僕でも楽に勝てたんだよ」

ワインやボルドー、男たちが啞然とした。

「え、なに?」

「いや、あいつは強かった」

「えっ?」コチニールが父を振り返る。

「でもおまえがあいつより強くなったから勝てたんだ」

コチニールの心臓に何かがぐさりと刺さった。

しかしそれは痛みを伴うものではなく、喜びにも似た感覚だった。

僕が、強くなった……⁈

コチニールは目をぱちくりとさせる。

「もう俺たちでも敵わないかもしれないな」ワインが言った。

「そ、そんなことは……!」コチニールが首を激しく横に振る。

ワインもボルドーもみんなも僕より強いし、戦闘経験だって僕なんかよりずっと多いし……!

 そんな兄たちのやり取りを側で聞いていたカーマインは、発狂しそうな思いを必死に抑えた。

「それよりも旅館に戻って体を休めましょう、お二人共初戦でお疲れでしょうから、ね?」

葡萄が促す。

「そうだな、特にコチニールはゆっくり休んだほうがいい」

「僕意外と平気だよ、まだ元気だし」コチニールは父を見上げて言った。

「緊張でほとんど寝てないんだろう?」

「あー……」

やっぱり見抜かれてた……

「さっ、そうと決まれば早速帰りましょう」

葡萄の言葉を合図に、クリムスン家の男たちが会場を後にした。




 その日の夜、赤星武闘大会が開かれているウルシヤマから遠く離れたジョーガの都では、黄みの鮮やかな赤色の少年が畳の上に正座をして、目の前で発光する画面と向き合っていた。

小さな畳が敷かれた室内。縁側は雨戸が全て開け放たれ、外から涼しい空気を運んでいる。

畳の上には丸い小さな机が一つ。その上には遠い場所にいる相手と通信出来る画面が浮かんでいた。

画面には彼の父、茜色(あかねいろ)が映し出されている。

「今日クリムスン家の試合だったでしょ、見たっ?」

待ちきれないように緋色(ひいろ)が叫んだ。

「見てないよ」

「見てないのぉっ⁈」

父上は現地で生で見られるのにそれをしないだなんて、信じられないっ!

「あいつはそもそも準々決勝で負けるような奴じゃないからね」

画面の向こうからさらりとした言葉が返ってくる。

「そりゃそうだけど、オレはさっき録画してたから試合見たよ!学校があったからリアルタイムで見れなかったんだ」

「学校は大事だからね。で、試合はどうだった?」

緋色が瞳をキラキラと輝かせた。

「コチニールの試合はおもしろかった!でもクリムスンの試合はあっという間に勝っちゃってつまんなかった」

「ふうん。奴のことだ、観客を楽しませることも考えず、さっさと片をつけたに違いない」

「でもいいなぁ、コチニールは試合に出れて。オレもあんな風に戦ってみたいなぁ」

画面の向こう側で茜色が密かに溜息をつく。

何度()われても答えは変わらないというのに。

そのことを緋色自身ももう分かり切っているはずなのに。

すると緋色は、

「そうだ!父上は明日初戦でしょ⁈」突然話題を変えた。

「そうだよ」

「オレ応援に必ず行くからねっ!」

「ああ、待ってる」

息子がまた試合に出たいと言う前に、すかさず微笑みを返した。




「うわーっ!盛り上がってる!」

 赤星武闘大会会場。

星中からやって来た人々が、円型状の客席を次々と埋めていく。

彼らの興奮やざわめきが大きな波となって、この場を支配しているようだ。

 二階の通路では茜色家の緋色も会場全体を見渡していた。

やっぱ開会式の時とはなんか違うな!父上たちの試合だからか⁈

鼻血が出そうなほど興奮していた彼は、ふと我に返る。

「って、ウチらの席ってどこだ?」

この会場のどこかに、茜色家の男たち数十人が既に席を確保しているはず。

少年は彼らを捜して歩き始めた。

 

数分後。

緋色はまだ屈強な男たちの集団を捜している。

あれぇ、どこだ?もしかして見過ごした?

 少年が男たちを捜してきょろきょろしていると、何やら通路の向こう側から一人の少女が大人の腕を引っ張ってこちらへ向かってきていた。

「ほら早く、ちゃんと歩いてよっ。ローズ一門の頭首がそんなんじゃ恥ずかしいでしょっ」

「何が楽しくてこんな野郎ばっかの大会に来なきゃならないの。というかストロベリー、声がデカイ」

「今日は緋色の父上様チームの初戦なの、って何回言わせるんですかっ?」

「茜色家ねぇ。君はいったいいつから彼らにそんな肩入れするようになったのかな?」

「肩入れじゃなくて応援かつ調査だもん」

「調査ねー」

どう見てもその域を超えているだろうに。

頭首ローズがそう思った時だ。

「あっ!」

二人の人間が同時に声を上げた。

うち一人は「緋色!」と、目の前の少年に駆け寄り、

もう一人は、「ストロベリー!もしかしてウチの応援に来てくれたの⁈」と、とびきりの笑顔を見せた。

「うん、来たよ」

「ありがとう!ストロベリー優しいな!」

少女は照れた。「そんな、とんでもない」

半分応援、半分調査だけどね。

王宮専属密偵集団ローズ一門に属する彼女は、心の中でそう付け足した。

緋色は彼女の背後に立っている大人を見上げる。

相手は若干うんざりしたような顔で少年を見下ろしていた。

「どうも」

「どうも」

緋色は首を傾げる。

花火大会で一緒だった人、だよな。なんかフンイキがだいぶ違うような……

 花火大会の時、ローズは気合を入れて女装姿を少年に披露した。

だが今は髪はただ下ろしたまま、化粧もせず、服は緩い着物姿だ。

それでも性別は女なのか男なのか、少年には判断がつかないだろう。

というか、緋色にはそんなのどうでもよかったのだが。

 ストロベリーはローズを振り返ると、

「あ、この人もついでに連れてきたよ。ローズです、よろしくね」

ついでって……

頭首は部下の少女に呆れた。

「ウチの応援をしてくれるんなら誰でも大歓迎さ!数も多いほうがいいし!」少年がはしゃぐ。

「でしょっ⁈」

少年にそう返すと、ストロベリーがローズの耳元に口を近づける。

「というわけで茜色チームを全力で応援しようね……!」

彼女は笑顔で宣言した。

これは明らかに調査の範疇を超え過ぎだ……!

頭首ローズは、優秀ながらもかなり問題のある部下にげんなりとした。


 その頃、三階の客席にせり出す楽坊特別室では、楽師たちが二列に並ぶソファのあちこちに座っていた。

これから始まる試合にも紅国人が出場する。つまり隣の部屋では王を始め、王族や執政たちがある程度顔を揃えているはず。だから見逃さないわけにはいかないのだ。

楽坊の主桃色(ももいろ)と参謀パステルも前列のソファに並んで、会場を眺めている。

また、マゼンタ、シェル、ポピーの三人は桃色たちと同じ列ではあるが、彼女たちから少し離れた場所に並んで座っていた。

「随分余裕じゃありませんの」

ポピーがマゼンタに言う。

「何突然?」シェルが尋ねる。

「最近ずっとあの楽器ばかり弾いてるみたいで」

ポピーの言葉に桃色とパステルが耳をそばだてた。

そうとは知らずマゼンタがポピーに答える。

「ずっとツキソメを弾いてきてセキエをほったらかしにしていたからな」

「だから随分余裕だって言ってるんですのよ、ツキソメの練習もしないで」

「ツキソメも弾いているしセキエも弾いている。セキエはツキソメに似ているから決してツキソメを疎かにしているわけではない」

「あらそう。でもツキソメはツキソメであってそのセキなんちゃらとは違いますわよ」

「構造はよく似ているんだ、音階も」

「いいえ違いますわ」

「ちゃんと見たことないだろう?」

「ありますわ……!」

と言ってポピーがはっとする。同時にマゼンタも固まった。

二人の脳内にはポピーがセキエを叩き割る光景が流れた。

マゼンタとポピーは何とも言えない顔でお互いから顔をそらす。

「まあまあ、二人共そんなにケンカしないで、ね?」

二人の真ん中に座っていたシェルが、両隣の楽師を落ち着かせる。

最近仲が良くなったと思ったのに、すぐこれなんだからぁ。

三人の会話を盗み聞きしていたパステルはじろりマゼンタを横目で見、桃色はというと微笑みを浮かべていた。


 同時刻、楽坊特別室の隣、紅国特別室では本日も王紅色(べにいろ)が上段中央の席に腰を掛け、退紅(あらぞめ)が王の斜め後ろに控えている。

執政灰桜は同じく上段端の席に座っていたが、いつも隣にいる紅樺の姿は今回見当たらない。

紅樺は恐らく、マゼンタの家族の試合にしか興味がないのだろう。

 その代わりと言ってはなんだが、室内には第二王女韓紅花(からくれない)姫の姿があった。

姫は下段の前面を支配するガラス窓にへばりつき、会場を見渡している。

その後ろで女官栗梅(くりうめ)が、姫がいつ何をしでかしても対応出来るよう控えていた。

 茜色家初戦。こやつらもクリムスン家同様さっさと片を付けるのか、それとも……

灰桜が試合の運びを予想していた時だ。

「姫、試合が怖くはないのか?」

紅色が韓紅花に尋ねた。

「コワくはありません」姫が王を振り返る。

「そうか、王妃や薄紅(うすくれない)姫は嫌がっておるがのぉ、試合など見たくもないと言って」

「母君様や姉君様はコワがりなのです、とっても」

「ははは、そうかそうか」

韓紅花が再びガラス窓に向き直った時だ。

地面に横たわったリング中央に、一人の男が立っていた。

彼は会場を見渡すと、

「大会九日目、茜色チーム対バーントシェンナチームの準々決勝戦を始めます!」

そう宣言した。


















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