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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
56/130

第55話 鉄球と木刀


 コチニールは啞然とする。

対戦相手が放った鉄球は相当な重さがあるらしく、リングの床にめり込んで、その破片を辺りに散らした。

これが、この人の、武器……?

 二階客席に座るカーマインもあまりの驚きに言葉を失っている。

その隣で葡萄(えび)は失神寸前だ。

 一階客席最前列ではシェルが目を見開いている。

「て、ゆうか、どこに隠し持ってたの……?」

鉄球の大きさは大人が両手で抱えられるほど大きかった。

それを今まで服のどこにしまっていたのか?

素朴な疑問はさておき、彼女の隣に座るマゼンタもさすがに呆然としている。

「オックスブラッド選手の得意アイテム、鎖付きの巨大鉄球を取り出しました!これまでの試合でも数々の選手を打ちのめしてきたこの鉄球に、果たしてコチニール選手はどう対応していくのでしょうか!」

審判錆色(さびいろ)の朗らかな説明が会場に響いた。

「じょ、冗談だろ……」カーマインが吐きそうに言う。

「前もって対戦相手のこと、調べてなかったのか?」

ワインが葡萄に尋ねた。

「し、調べてはおりましたが、あの選手がコチニールに当たるとは、必ずしも言えませんでしたし……」

「なんてこった」

ワインは首を横に振った。

 三階の客席にせり出す楽坊特別室もざわめいている。

後列のソファに掛けたツキソメ奏者のポピーもその中の一人だ。

「あの子死んじゃうわよ……!」

ライバル奏者の兄とはいえ、さすがに心配せずにはいられない。

少年が鉄球で叩きのめされる光景など想像したくもなかった。

 楽坊特別室の隣にある紅国(くれないこく)特別室でも執政紅樺(べにかば)が息を吞んでいる。

「これは、子供相手に、やり過ぎなのでは……⁈」

しかし彼の隣に座った灰桜(はいざくら)はふっと口角を引き上げる。

「これからが本番よ」

そう言って彼は会場を見下ろした。


「当たったら当然骨は砕けるだろうし、命の保証はしないが大会に免じて許せよ」

オックスブラッドがにやりと言った。

コチニールのこめかみを汗が伝う。

大会には普段僕らが目にしないような武器を使う選手も出場する。

それこそが醍醐味だって父上も言っていたし、僕がここで怖気づくわけにはいかない。

だから……!

コチニールは腰に差した木刀を抜いた。

 マゼンタがはっとする。

リング脇のクリムスンも、「やはりここで使うか」と呟いた。

 コチニールは木刀を構える。

その刃先は勿論、対戦相手オックスブラッドのほうを向いている。

「コチニール選手、オックスブラッド選手の鉄球相手に木刀を取り出しました。クリムスン家は刀使いの一族とも言われるほど刀を得意としておりますが、あの巨大鉄球に果たして通用するのでしょうか⁈」

錆色の説明が響く。

 東側の選手入場口前ではサーモンと蘇枋(すおう)が笑っていた。

「そんな木刀でアイツの鉄球に敵うわけがない」と、サーモン。

「これで勝ちは見えたね」と、蘇枋。

二人共オックスブラッドの鉄球さばきには一目置いていた。

 リング上のコチニールは目の前の男をじっと見上げている。

あんなに緊張していたのに、木刀の先は全く震えない。

 少年は大会に出るにあたって、本当は木刀ではなく、真剣でもよかった。

しかし父クリムスンから止められたのだ。

何かあったとき真剣は、自分自身をも傷つけてしまうから。

でも、これでよかったんだ。だって……

コチニールの目つきが変わる。

(これで僕は君を倒すから)

 一階客席に座るマゼンタの呼吸が一瞬止まった。

リング脇ではクリムスンがふっと表情を崩す。二階客席でもカーマインが兄のただならぬ気配を感じ取った。

 リング上のオックスブラッドはコチニールを馬鹿にするように笑う。

「そんな棒切れ、俺の鉄球の前じゃ木端微塵になるだけだ」

彼は手に握った鎖を通じ、鉄球を重そうに持ち上げる。

そして自分の頭上でその球を回し始めた。

鈍い灰色の球が空気を割く音が鳴る。

「おお、すごい音と風圧です!コチニール選手の小さな体では一瞬で吹き飛ばされてしまいそうですが……!」

錆色が後ずさりした。巻き添えはごめんだった。

だがコチニールは微動だにせずオックスブラッドの動きを見ている。

球に充分な速度が行き渡ると、

「とりゃあっ!」

巨体の彼は掛け声と共に鉄球を放った。

 「きゃあっ!」シェルが目を両手で覆う。

しかしコチニールは鉄球をよけていた。

本来の行き場を失った鉄球はリング表面の一部をえぐる。

 二階客席ではカーマインが呆然としていた。

ついこの間まで一緒に稽古をしていたのに、武闘大会に出て、あんなとんでもない奴と戦っているだなんて……

「兄貴……」

カーマインにとっては兄コチニールの成長が信じられなかった。

「おりゃあっ!」オックスブラッドがまた鉄球を放る。

コチニールはそれもよけた。

 楽坊特別室では桃色(ももいろ)が目を見開いたまま口を手で押さえ、パステルも呼吸を忘れている。

 鎖で繋がれた鉄球は次々と放られ、リングはどんどん削られていった。

審判錆色は、

「オックスブラッド選手、コチニール選手に次々と鉄球を放っていきます!コチニール選手は逃げる一方で、成す術なしでしょうか⁈」選手の邪魔にならないよう、リング端へと身を寄せながら叫んだ。

「逃げ続けるだけかい、坊ちゃん!」

巨体の彼が鉄球を放る。

コチニールがそれをよけ、リングの破片が散らばる。

 でも少年は気づいていた。

力はあるけど動きが遅い!この人の体も鉄球も重い!だったら……!

オックスブラッドがまた鉄球を放り投げようとした時だった。

コチニールはそれより速く、彼の頭上に跳び上がる。

 マゼンタとクリムスンがコチニールを見つめていた。

コチニールがオックスブラッドの脳天に木刀を振り下ろす。

「決まった……!」クリムスンが呟いた。

コチニールがその場に着地する。

 二階客席でカーマインが呆然としていた。「え……?」

リングではコチニールの木刀をまともに受けたオックスブラッドが、何とか姿勢を保とうとしている。

が、彼の視界には細かい星々が飛んでいた。

やがてオックスブラッドはそのまま大の字になって、後ろにどすんと倒れてしまった。

 東側の入場口前ではサーモンと蘇枋が目を疑う。

「そんな……!」サーモンが啞然とする。

「うそー……」とはいうものの、蘇枋は微笑みっぱなしだ。

 客席から歓声が上がった。

観客の多くはやはり大の大人であるオックスブラッドが勝つと予想していたのか、それがいい具合に裏切られ喜びもひとしおだったらしい。

 リングでは錆色が倒れた男に近づくと、

「オックスブラッド選手、またもやダウンです!コチニール選手のなんという刀さばきでしょうか!一瞬で巨体のオックスブラッド選手を倒してしまいました!では早速カウントを開始いたします!一・二……!」

コチニールは目の前で倒れているオックスブラッドを見下ろしていた。


「ど、どうなったんですか……?」

恐る恐る目から両手を放した葡萄が尋ねた。

彼はコチニールが鉄球で襲われている間中、ずっと視界を閉じていたのだ。

「兄貴が、やりやがった……!」

カーマインが答える。喜びも怒りも交えず、ただ驚いたそのままに。

 一階客席最前列でもさっきまで目を覆っていたシェルが呆然としていた。

「スゴい……何が起きたのか見てなかったけど……」

試合自体は見ていなかったが、音は聞こえていたし、錆色の解説もちゃんと届いていた。

だからコチニールが勝ったのはわかったんだけど……ごめん、やっぱ試合は見れなかったわ。

シェルは心の中で謝りつつ、それでも安堵していた。

彼女の隣でマゼンタは兄を見つめていた。

コチニール、強くなった……

楽坊に彼が忍びこんだ時はわからなかったが、その後もだいぶ稽古に多くの時間を割いたことは今ので充分理解できた。

「……九・十!勝者、コチニール選手!」

錆色の宣言と共に客席からまた歓声が上がる。

でもリング上のコチニールはぽかんとしたままだ。

「え……僕、勝ったの……?」

たいしたことは何もしてないんだけど……

 クリムスン家の男たちが占める客席ではワインやボルドーをはじめ、皆が笑顔で拍手を送っていた。

しかしその中でカーマインは悔しそうに唇を噛み、葡萄は一人ぐったりとしていた。

 リングでは担架に乗せられたオックスブラッドが、白装束の男二人に運ばれていく。

白い帽子に白いマスク、全身白い服を着た彼らは通称医療班と呼ばれる。

試合で動けなくなったり、倒れた選手を近くの病院まで運ぶのが彼らの仕事だった。

オックスブラッドは気絶したまま彼らに連れられていった。

コチニールは対戦相手を見送ると、リングを下りた。

「よくやったな」

クリムスンの元に戻ってきたコチニールは、父親から開口一番そう言われた。

「うん」

「どうした、その顔は」

コチニールの表情は相変わらずポカンとしたままだった。

「なんか、勝ったっていう実感がなくて」

僕があの人に勝った?あんな大きな人に?

しかも少年にとって武闘大会の試合というのは、もっと長引くものだと思っていた。

それがこんなあっさり終わってしまうとは。

「実感はそのうち湧いてくるさ」

「うん」

頭首クリムスンは息子に微笑んだ。

初出場にしては申し分ない出来栄えだった。

 対して東側の選手入場口前では、サーモンが焦りの色を浮かべている。

「オックスブラッドの奴、だから少しは考えろと言ったのに……!」

「いやー負けちゃったね」

顔立ちのよい蘇枋が笑う。なぜ、なんでっ、

「なんでおまえはそんな平然としてられるんだよっ!」

サーモンが突っかかった。

以前から不思議で仕方なかった。

蘇枋には緊張感というものが欠如しているのか、焦るとか、怒るとか、苛立つとか、そういう感情を見せたことが一切なかったのである。

「あはは、だってしょうがないじゃん、結果出ちゃってるし」

「こいつっ……!」

同じチームじゃなければとっくに殴ってるわ……!

サーモンは何とか拳を自分の手で抑えた。

 紅国特別室では試合の結果を経て、紅樺が大いに感心していた。

「あの子、さすが守人ですね。あんなにお若いのに」

さすがマゼンタの兄君……!

ですがもし私が彼女と一緒になったら、兄君というより義理の弟君になるような……?

紅樺がそんなことを妄想している隣で、灰桜はクリムスンとコチニール親子を冷ややかに見下ろしていた。

「血は争えん」

灰桜はそれだけ呟いた。

 一階客席ではシェルが瞳をキラキラと輝かせている。

「マゼンタのお兄さんすごくカッコイイ、超ステキっ!強くて、優しそうで、クリムスン家の守人だから将来も有望だし!まあ年はわたしよりちょ~っと若いけど、でもその辺は許してあげようっ!」

「でもコチニールは次期頭首だぞ」

「あ」

「シェルもいずれは婿を貰って自分の家を継ぐんだろ?」

「そうだった……わたしったら、自分の立場を忘れてた……」

がっくりとした彼女にマゼンタは呆れた。

と思ったら、シェルがガバッと顔を上げ、

「マゼンタ、なんとかなんないかな?」恐ろしく真面目に尋ねた。

「うーん……ならんだろう」

「あっはぁぅっ!」

横笛奏者は胸を両手で押さえて涙ぐんだ。


リング中央に一人残された司会者錆色が告げる。

「さて、まずはクリムスンチームが一勝しましたが、次の試合でも順調に勝って準決勝に進むのか、それともオックスブラッドチームが粘りを見せて第三試合までもつれ込むのか。次の第二試合の選手はこちらになります」

三階天井から吊り下げられた大型モニターが点滅する。

そして画面が止まり、次に戦う選手の画像を映し出した。

それを確認した錆色は、声高らかに言う。

「第二試合の選手は、クリムスン選手とサーモン選手に決まりました」

 二階客席に座るクリムスン家の男たちはほっと安堵した。

もしこれで遅刻して今も姿を見せないもう一人の選手、カーディナルとやらが選ばれたらとんでもない事態になるかもしれない。

でも頭首ならなんの問題もないだろう。

「次は父上か」カーマインが冷静に言う。

「これは安心して見れそうです」

葡萄も胸をなでおろした。

 安堵する彼らとは対照的に、オックスブラッドチーム側ではサーモンの呼吸が幾分速くなっていた。

よりによって一番当たりたくない相手と戦うことになるとは。

正直に言うと、出来ることならクリムスンはオックスブラッドに任せたかった。

が、奴もその息子に一撃で倒されてしまったし……

「君の出番だよ」

蘇枋が笑顔で告げる。

「わかってる」

そう言いつつサーモンの手は若干震えていた。

「大丈夫?」蘇枋が彼の手の震えに気づいた。

「だ、大丈夫だ……!後は頼むぞっ」

「うん、任せてっ」

蘇枋が爽やかな笑顔を向けた。

俺たちは賞金が目当てで結成されたチーム。こいつのこともオックスブラッドのこともはっきり言ってよくは知らない。だから本当に後を任せていいのだろうか……って。

「ん?」

顔立ちのよい蘇枋が首を傾げる。

(なぜこの状況でそんな笑顔でいられるっ⁈)

サーモンは心の中で叫んだ。

「なに?どしたの?」

蘇枋は目を点にする。その表情さえ整っているから腹が立つ。

と、とにかくっ、俺がここで勝たなければ第三試合には持ち込めない。ならば相打ち覚悟であの男に臨むしか……!

サーモンは拳を握りしめた。

「サーモン?」

もうそれしか方法はない!

サーモンは覚悟を決めると、リングへと足を向けた。

そんな彼の思いに全く気づいていない蘇枋は軽やかに手を振って、

「気をつけてねー!」

と、彼を送り出した。

 リングの反対側ではコチニールも父を送り出していた。

「いってらっしゃい」

リングへと向かうクリムスンを見送りながらコチニールは思った。

父上なら大丈夫。

だって僕たちの父上で、クリムスン家頭首で、史上最強の守人なんだから。

少年は自分の試合とは打って変わって安堵の微笑みを浮かべていた。

 紅国特別室では灰桜が守人頭首を見下ろしている。

クリムスンの初戦。いったいどんな戦いとなるのか。

 一階客席ではシェルが、

「次はマゼンタのお父上の出番だねっ、なんかワクワクするよねっ」

と、心をときめかせていたが、隣に座る赤紫色の少女は静かに父を見つめていた。


 リング上でクリムスンとサーモンが向かい合う。

クリムスンはいつもと変わらぬ表情で相手を見下ろし、サーモンは相手の威圧感に若干の、本当に若干の、恐れを感じていた。

(いったいこいつのただならぬ気配はなんなんだ……⁈まるで今まで倒してきた奴を全て背負ってるみたいな……!これじゃ俺は、虎の前のハムスターに過ぎないじゃないか……!)

サーモンは決して心の中の思いを口に出して言ったわけではない。

しかしクリムスンには相手の思いがやすやすと伝わった。

(いやいやいやいや、そんな弱気になってどうする……!相打ち覚悟でやるんだろう……⁈しっかりしろっ!)

相手の思いが丸聞こえのクリムスンは、何とも言えない顔になってしまう。

普段から表情を読まれないように努めてはいるが、あまりに呆れて漏れ出てしまったのだ。

「両選手出揃いました。それでは第二試合、クリムスン選手対サーモン選手、はじめっ!」

錆色の掛け声を合図に観客が歓声を上げた。


















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