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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
53/130

第52話 大会進行とセキエ再び


 歓声の中、リング中央に一人立っている彼の声が会場中に響き渡る。

「申し遅れました、(わたくし)、今大会の司会進行を務めさせていただきます、錆色(さびいろ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

どうやら彼が耳にはめているもの、そこから細く短い棒状のマイクが伸び、彼の声を拾っているようだ。

それだけではない。リングの周囲には至る所にマイクが仕掛けられている。

リングの端から端、二つの選手入場口、リングを囲む地面と客席を隔てる壁際など、選手の試合中やその前後、作戦会議の様子まで声を拾えるようになっていた。

おかげで楽坊の演奏もかなりの爆音が会場の外まで届けられたのだ。

 司会者錆色の挨拶は続いている。

だがそれをつまらなそうな顔で聞き流している者がいた。

 三階の一部には客席にせり出すように特別室がいくつか設けられている。

その一つは紅国(くれないこく)特別室。

紅国の王や王族、執政が観戦する上下二段に分かれた部屋だ。

その紅国特別室の隣には同じような部屋があった。

上下二段にこそ分かれていないが、前面はガラス張り、足元には分厚い絨毯、ゆったりとくつろげる椅子がいくつか並んでいる。

椅子の前にはガラス窓に接するように長テーブルが設置され、背後の壁にはめこまれたガラスケースの中には豪華な宝石で覆われた槍が飾られていた。

 この場所は通称朱国(しゅこく)特別室。

紅国の隣国である朱国の王族が試合を観戦するための専用部屋だ。

朱国の王、朱色(しゅいろ)は窓辺に並ぶ中央の椅子に座り、毎度お馴染みの大会挨拶をつまらないように聞いていた。

五十歳、大柄で頑強な彼は長い髪を頭頂部でぐるぐると巻き、険しいまなざしと口髭を生やしている。服装は足元まである煌びやかな衣を体の前で重ね合わせ、帯を締めていた。彼の髪や瞳、髭の色は鮮やかな黄赤だ。

朱色王の斜め後ろには王と比べるとやけにほっそりとした男が一人、控えている。

名は洗朱(あらいしゅ)、五十八歳。後頭部でお団子にした髪、細い目と薄い唇。服の形は朱色王と同じだが、生地はいたって質素だ。洗朱の髪や瞳の色は朱色よりもだいぶ柔らかい黄赤だった。

洗朱もまた大会挨拶をつまらぬ気持ちで聞き流していた。

でもそれを顔には出さない。口にもしない。

彼の目的は朱色の命に応えること。絶対に、確実に。

そのために自分の感情など必要ない。だから洗朱は気持ちを常に押し殺している。

全ては朱国のため、朱色のためだ。

 朱色と洗朱が観戦する朱国特別室の隣には、さらに部屋があった。

作りは朱国特別室と全く同じだ。

しいて言えば背後の壁のガラスケースの中には、豪華な装飾の斧が飾られているくらいか。

この部屋は通称、丹国(にこく)特別室と言った。

室内に置かれた椅子の一つには、縦にも横にも充分鍛えられた男がどっしりと座っている。

丹国の王、丹色(にいろ)、五十歳。燃え盛るような癖毛の短髪と眉に口髭、目はつり上がり唇は分厚く、髪や瞳の色は朱色よりは幾分落ち着いた黄赤だ。服装は襟がついた足元までの衣に太い帯を巻いている。

丹色王のすぐ側には背丈も体格も小さい老人が立っていた。

名は鉛丹(えんたん)、七十五歳。髪型や服装は丹色とほぼ同じだが、眉が長く垂れ下がって目元を覆い、口には胸まである長い顎髭をたくわえている。髪や瞳の色は丹色王と似ているが、それより若干白色が多めか。

 丹国の王、丹色とその補佐役鉛丹もまたガラス張りの窓から会場を見下ろしていた。

丹色は眼球をぎょろつかせ、鉛丹は眉で覆われたその奥から。

 リング中央に立つ錆色の挨拶が終わる。

彼は一呼吸置くと、話の内容を次に移行した。

「では大会のルール説明をさせて頂きます。赤星武闘大会は三人一組によるチーム戦で、先に二勝したほうが勝者となり次の試合へと進むことが出来ます。チーム内の対戦相手はつど大会のシステムでランダムに選ばれ、一度選ばれた者が再度選ばれることはありません」

二階客席では緋色(ひいろ)茜色(あかねいろ)猩々緋(しょうじょうひ)が真剣に錆色の説明を聞いている。

錆色の説明は続いた。

「勝敗は相手を倒すかリングの外に出すことで決まります。その際私が(じゅう)カウントを数えますので、それまでに立ち上がるか、リングの外に出ている場合はリング内に戻る必要があります」

茜色家の男たちとは反対側の客席で、クリムスン、葡萄(えび)、コチニール、カーマインも錆色に注目している。

司会者の声が会場内に響く。

「そして試合にはどんな武器でも持ちこみが可能となっております。ただし銃だけは使用出来ませんのでご了承ください。また、もしチーム内で負傷者が出て次の試合への出場が困難な場合は、一人だけ補欠参加を認めております」

 リングに通じる選手入場口ではマゼンタが通路の陰に立ち、錆色を見つめていた。

「最後に、今大会の出場チームを大型モニターで確認いたしましょう」

司会者の声と共に、三階客席の天井部に設置された特大の画面が点滅し始める。

その点滅はやがて縦横無尽に線を描くと、トーナメント表を映し出した。

蠢く線の両端には代表者名と思われるチームの名前がずらり並んでいる。

「これって……!」コチニールが目を見開く。

けれども葡萄は冷静に、「毎度のことですよ」

「たいして珍しくもねえ」カーマインも言う。

灰桜(はいざくら)の計らいか。

頭首クリムスンは特大画面を見上げながら呟いた。

 クリムスン家の男たちとは反対側の客席で、緋色や茜色、猩々緋も大型画面を見上げている。

「えっと、オレたちの名前は……あった!」

緋色がずらり並ぶチーム名の中に茜色家の名を見つけた。

「今回も準々決勝から出場ですな」と、猩々緋。

「ちなみにアイツらは……」

緋色はライバル家の名前を探そうとする。が、

「決勝戦まで行けば奴の家と戦えるよ」父茜色が先に言った。

「お、ホントだ!」

「いつもと同様にございます」

息子と猩々緋が画面を見上げている間、茜色はふと、会場向かい側の座席から漂う視線に気づいた。

茜色がそちらに目をやると、クリムスンが自分をじっと睨んでいる。

守人一族茜色家頭首はその視線に対し、ふっと微笑んだ。

 選手入場口の陰では、マゼンタが三階の大型モニターを見上げている。

クリムスン家と茜色家の名をしっかり確認するように。

「優勝チームへの賞金は三百万ドミナとなりますので、選手の皆様は思い思いに戦ってくださいね!第一回戦は明日から始まります!」

錆色の声に会場中が湧き立った。

こうして約十四日間に渡る赤星武闘大会は幕を開けた。




 開会式が終わった日の夕方、クリムスン家一行が泊まる専用旅館のとある一室では、何人もの男たちが畳の上で何やら盛り上がっている。

「お嬢があんなに上手くなってるだなんて……!」

「もうすっかり王宮楽坊の楽師が板についてるよな……!」

「えっ、おまえ泣いてんの?」

「泣いてねえよっ!」

涙ぐむボルドーの肩をワインがポンポンと叩き、他の男たちがそれを見て冷やかすように笑ったり、もらい泣きで鼻をすすっていた。

そんな彼らの様子を窓辺に立ったコチニールは微笑みながら見守っている。

反対にカーマインは心底呆れたように窓枠に腰掛けていた。

「マゼンタすごかったもんね」コチニールが言う。

「バっカじゃねーのっ、あんなたいしたことねえ演奏で……!」

「またそんなこと言って」

「だって事実じゃん。じゃあ何か、兄貴にはアイツの演奏が本当に上達したってわかんのかよ。本当に音楽的に技術的に表現的に上手くなったってわかんのかよっ」

「わかるよ」

弟はガクッとなる。

「カーマインも本当はわかってるくせに」

「くぅぅぅぅっ……!」

カーマインが顔の全てを中心に寄せた時だった。

眼鏡を掛けた葡萄が彼に近づくと、

「カーマイン、そろそろ家に帰る時間ですよ」

「わかってる、明日の授業ってヤツのためだろっ」

「ええ、その授業ってヤツのためです。学業最優先ですからね」

「兄貴は二週間もここにいられんのにっ……!」

「当然でしょう、コチニールは大会出場者なのですから」

「くっそっ」

弟は重い腰を上げた。

そしてそのまま去ろうとしたが、

「試合の時、絶対に見に来るからな」

振り返って兄に言った。

「うん」

兄は困ったような笑顔で返した。



 夜が更け、クリムスン家の男たちが寝静まった頃、彼は旅館の庭園にある小さな池の側に立っていた。

夜でも灯る白い電灯が庭の所々を照らしているが、敷地内のほとんどは暗く、人の姿は勿論ないし虫たちの声すらしない。

池の中にいるであろう魚たちも、ひっそりと底深くに沈んでいる。

 落ち着かない。

コチニールは一人そわそわしながら佇んでいた。

池の中を見るでもなく、周囲を見回すでもなく、とにかく自分の心臓の音ばかりを内側に響かせていた。

開会式が終わった。

ということは明日から第一回戦が始まっていく。

そうすればいずれは準々決勝にまで進んで、そうしたら僕たちの出番がやってきて……

彼は思わず両手の中に顔を埋めた。

はあ、どうしてこんなことに……

「コチニール」

少年ははっと顔を上げた。

「葡萄」

すぐ側に眼鏡の彼が立ち竦んでいる。全く気配に気づかなかった。

そのくらい今の自分は動揺しているということか。

「大丈夫、ではないですね」葡萄が心配そうに言う。

コチニールは力なく笑った。

「……なんかね、マゼンタの演奏を久しぶりに聞くことが出来て、それは本当によかったんだけど、でも、同時に、今度は自分の出番が来るんだなって思ったら……」

部屋でじっとなんかしていられなくて……

「緊張するなと言うほうが無理ですね」

「うん、そうかも」

「初めての大会ですから、緊張するのは当然のことですよ」

「うん、そうだね」

コチニールは相変わらずそわそわしたまま池の中に目をやった。

池の魚たちはすぐ側に人間がいるというのに、全く動かない。

今まさに取って食われでもしたらどうするのだろうか。

少年は絶対にしないであろう行動を想像して体を揺らし続けた。

 葡萄は彼の姿を見守りながら思った。

コチニールをチームに選んだクリムスンの気持ちはよくわかる、それが家の為だから。そしてクリムスンの気持ちに応えようとするコチニールの気持ちもよくわかる、それが家の為になるから。

でも、まだこんなに若いあなたに荷を負わせてしまうのが心苦しくなるのは嘘じゃない。それはきっとクリムスンも……

 葡萄は旅館の壁に埋め込まれた窓を見上げる。

ほとんどの部屋は既に室内の明かりが消えて真っ暗だった。

しかしその中に一つ、まだ部屋の明かりが灯っている窓があった。

その部屋の明かりは、大きな男の影を背中から映し出していた。



 武闘大会が開催されるウルシヤマから遠く離れたジョーガの都では、二人の塾講師が夜中にも関わらず職場の教員室で作業をしている。

一人は自分の席に座って何やら書き物をし、もう一人は机の側にある黒いソファに座って本のページをめくっていた。

「開会式を見に行かなくてよかったのか?」

本を読みながら臙脂(えんじ)が尋ねる。

「テレビで見たよ」

彼を振り返ったアガットが答えた。

「直接会場に行かなくてよかったのか、という意味だ」

「ああ、いいんだ」

アガットはそう言ってまた書き物に戻った。

「彼女が演奏したのはツキソメであってセキエじゃないし」

「まあな」臙脂がページをさらにめくる。

「第一チケット取れなかった」

アガットの言葉に臙脂は呆れたように視線を向けた。




 その後赤星武闘大会ではトーナメント表通りに試合が始まり、多くの観客が会場を訪れ、歓声を上げた。

試合を現地で直接観ることの出来ないカーマインやクリムスン家に残った男たちは、普段皆で食事を取る大座敷に大画面のテレビを置き、連日群がっては大騒ぎをした。

それは茜色家の緋色も例外ではなく、学校に行っている間は試合を全て録画し、塾にいる際は教員室の隅っこにある棚に置かれたテレビの前に仁王立ちをして、画面に食い入った。

「男の子ってほんとこういうの好きだよね」

緋色の後ろに立ったストロベリーが言った。

彼女は王宮専属の密偵で今年十六歳だが、緋色を調査するために彼に近づいて同じ塾の授業を受けている。

「もう授業始まりますよ」

講師アガットが二人の生徒に声を掛ける。

「今いいとこっ!」緋色が叫んだ。

アガットが顔を引きつらせる。

塾に来てまで試合に熱中するとは……

「そういえばマゼンタはどうでした?」

もう一人の塾講師臙脂が少年の背中に尋ねた。

マゼンタも以前はこの塾で緋色と共に授業を受けていたのだ。

「すごく上手かった、ツキソメ」

画面に釘付けのまま少年が答えた。

「あたしもテレビで見ました。独奏もあってすごかったですよ」と、ストロベリー。

「そうですか」

まあ私たちも一応テレビでは見たけどな。

アガットはそんな臙脂を横目で見ると、

「なぁに、気になるの?」

「そ、そういうわけではない」

「本当は気になるんでしょう?」

「だから違うと言っているだろう……!」

「隠さなくてもいいんだよ、私は君のことをちゃんとわかっているから」

「何をわかっているんだ……⁈」

アガットと臙脂は普段から仲がいい。

それは勿論本音を言い合えるという意味でだ。

大きな喧嘩をしたり張り合ったりするわけではないが、互いが互いを気遣っているのは傍から見てもよくわかる。

いや、気遣っているのはむしろ臙脂のほうか?

とにかく二人が何とか上手くやっていこうとする思いは、密偵ストロベリーにしっかり伝わっていた。

時々こうしてアガットが臙脂をからかってはいるものの。




 大会が順調に進むある日の夕方、ウルシヤマの楽坊専用旅館では一人室内にいたマゼンタが、王宮から持参した木箱に手を突っこんでいた。

この中には着替えの服や開会式の衣装に楽譜、それから……

彼女が手を引っ張り上げる。

手の先には弦楽器セキエの姿があった。

胴は逆三角形、そこから棹が伸び、四本の弦が張られ、一見するとツキソメに似ている楽器ではある。

が、ツキソメに比べてものすごく弾きづらく、慣れていないととんでもなく酷い音が出る。

マゼンタは手の中にあるセキエを眺めた。

今まで楽坊ではずっとツキソメを奏でてきて、セキエを弾く時間は全くなかった。でも開会式が終わってしばらくは楽坊の練習もないし、ちょっと弾いてみようか。

彼女は胡坐をかいたままセキエと弓を構える。

そして弓を弦と腹の間に差しこむと、指を動かし始めた。

セキエの音が鳴る。

深く、伸びやかに。ただ、

重い……弓も弦もこんなに重かったか?

少女は改めてセキエに目を見張った。


 同時刻、同じ旅館内の縁側では楽師のシェルとポピーがお茶をしていた。

低く小さなテーブルの両側に置かれた、体を包みこむような椅子。

そこに座った二人は花柄に彩られたお茶碗を抱え、その中身をゆったりと味わっている。

茶は苦みがあったが、ほんのり甘味も感じられた。

 するとどこからともなく不思議な楽器の音が聞こえてきた。

弦楽器だということはわかる。

でも今まで聞いたこともない楽器の音だ。

どことなくツキソメに似ているような気もするが……

二人は椀を傾ける手を止めた。

「これは……」

「なんの楽器?」

シェルとポピーは顔を見合わせた。

 また、別の場所でその楽器の音に気づいた者たちがいた。

彼女たちは館内の廊下を並んで歩いていた。

大会会期中とはいえ、紅色(べにいろ)王にいつ所望を受けてもいいよう、予定を打ち合わせていたのだ。

ふと楽坊の主桃色(ももいろ)が立ち止まり、パステルもそれに合わせる。

二人は廊下の天井を見上げながら耳を澄ませた。

「あの楽器を持参してきたのか……?」パステルが呟く。

「これがセキエの音なのですね」

桃色は目を見開いて聞き惚れた。

 さらに同じ時間帯、ジョーガの都にある塾の教員室ではアガットが窓辺に立ち、空を見上げている。

臙脂はその彼の背後に立っていた。

「おい」

臙脂が声を掛ける。

「うん」

アガットが上空を見上げたまま返事をした。


















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