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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
52/130

第51話 開会式


 赤星は火山と大地で構成された星で海というものはない。

大地の隙間には川や泉というものも存在するがその面積は小さく、星のほとんどを赤い山々と赤い土が占めている。

しかしながら温泉が湧き出る地域が多く、武闘大会が開かれるウルシヤマ周辺にはいくつもの温泉旅館がここぞとばかりに立ち並んでいた。




 王宮楽坊の楽師マゼンタとシェルが、畳の上に大きな木箱をそれぞれ降ろした。

木箱には勿論着替えや衣装や楽譜や、二週間ここに滞在するために必要なものが入っている。

「あー、やっと着いたぁ」

シェルが背中をほぐすように伸びをした。

王宮から車で約六時間。さすがに肩も背中もバキバキだ。

ところが同室の友人は体の凝りを全く感じさせないかのように、窓から外を眺めている。

 障子窓からは淡いピンク色の空と、赤茶色の山々、手前には赤い葉を実らせた背の高い木々が見渡せた。

山と木々の間には灰色の丸みを帯びた建物が潜んでいる。

建物はかなりの大きさなのか、視界の右端から左端まで埋めるくらい幅を占めていた。

あれが武闘大会の会場か。

マゼンタはどっしりと佇むその建物をじっと見つめた。

「さっ、休む間もなくリハーサルだね」シェルが横笛カンショウを手に取る。「今夜は何時までかかるのか、考えただけで恐ろしい……」

横笛奏者は身震いした。

王宮内と違って全くはじめての場所で演奏をする。

音の伝わり方はどうなのか、立ち位置は、仕掛けは、今日中に全て確認しなければ、明日の本番で失敗など絶対に許されない。

窓の外を眺めていたマゼンタがシェルを振り返った。

「行こうか」

その瞳はいつも通り、冷静沈着な輝きを帯びていた。




 灰色の瓦屋根に薄茶色の壁と木造の玄関扉。

建物の入口付近だけを見ると何だかこじんまりとした旅館だな、と緋色(ひいろ)は思った。

だがその奥には何十人もの男たちを貯蔵出来る部屋や、各種行事に使用する専用の部屋があり、建物に接する庭もかなりの広さがあるらしい。

少年は父から説明された内容を思い起こした。

四年前にも一度来ているはずだが、その時の記憶はすっかり飛んでしまっている。

今両隣には父茜色(あかねいろ)と父の忠実な部下猩々緋(しょうじょうひ)が立って、自分と同じように旅館を見上げていた。

その間にも茜色家の男たちが館内に荷物を運びこんでいる。

「今年もまたこの宿に世話になりますな」

猩々緋が言った。

茜色家が四年に一度開催される武闘大会に出場する際は、いつもこの宿を選んでいた。

それは茜色自身が子供の頃から、はたまたそれよりずっと前からの定宿だ。

なんとも言えない緊張感が漂う。自分が子供だった時も、試合に出場するようになった今も。

頭首茜色は旅館を見上げながら、呼吸を整えた。

「あれ、そういえばカッパーは?」

緋色がきょろきょろと辺りを見回す。

「またどこかへ行ってしまったようだ」

茜色も周囲に目をやった。

それに対し猩々緋が笑って言う。

「あやつは大会初出場ですからな。居ても立ってもおれんのでしょう」

 ちなみに彼らが捜している男は一足先に旅館の庭へ潜りこみ、好みの木を見つけると、その枝に寝そべっていた。




 クリムスン家が大会中に滞在する旅館も、茜色家と大差はない。

重厚な瓦屋根に分厚い壁、館内は木と畳で彩られ、広い庭園には茶色い芝生が広がっている。

頭首クリムスンはその旅館の一室から窓の外をじっと眺めていた。

辺りはすっかり日が暮れて、景色の輪郭はぼやけてしまっている。

だが庭園を取り囲む茶色の木々の向こうに、他のものとはそぐわない、異質な物体が佇んでいた。

その物体はちょうど中で何か催しをしているのか、夜にも関わらず白い明かりが煌々と灯っている。

クリムスンはまるでそこから何かを聞き取ろうとするかのように、その建物を見つめ続けた。

 同時刻、旅館内にあるコチニールにあてがわれた部屋では、葡萄(えび)が何枚もの着物を箪笥にしまっていた。

これは明日着るもの、これは明後日(あさって)、これは明々後日(しあさって)……服が毎日かぶらないようにきちんと整理していく。

葡萄はやはり相当几帳面な性格をしていた。

室内は簡素な畳部屋だ。

家具は低い机と箪笥のみ。部屋の脇にある襖を開ければ、中には数枚の布団が収められている、その程度だ。

我々はこの地で戦うために宿泊している。だから豪華な飾りや立派な調度品は一切不要だ。

……が。

先程から葡萄の背後をひたすら行き来している者がいる。

彼は宿に到着してからというもの、全く落ち着くことなくあっちへうろうろ、こっちへうろうろ、とにかく体が勝手に動いてしまうようだった。

葡萄はさすがに心配になって彼を振り返った。

「大丈夫ですか?」

不安げな顔をしたコチニールが、やっと立ち止まる。

「えっ、あ、なんとか……」

「本当に?」

「う、うん、大丈夫だよ」

とてもそんな風には見えないのですが……

今朝ジョーガの都を出た時は、幾分落ち着いているようだと頭首からは聞いていた。

しかしいざこの旅館に着いてみると、落ち着きとはだいぶかけ離れた所にいるではないか。

これで本当に大丈夫なのだろうか?まだ開会式さえ始まっていないというのに。

 そこへ部屋の襖戸が外からぴしゃりと開けられた。

戸を開けた人物はずかずかと裸足で敷居を跨ぐと、

「今から緊張してるなら俺が代わりに出てやるわ」

「カーマイン」

コチニールの弟が腰ほどまである窓辺の(さん)に、どっかと腰かけた。

コチニールは乾いた笑い声を漏らす。

(本当はお願いしたい。今すぐここから逃げ出したい。でも……)

兄は大きな息を口から吐いた。

(これは自分で決めたことだから)

それを今さら覆したくはない。

 その時不意に葡萄は何かを(ひらめ)いた。

「そういえば、楽坊が開会式で演奏するそうですよ」

「え?」

「らしいな、テレビで言ってた」

「ということは恐らくマゼンタも出演するのでしょうね」

そう言って葡萄はコチニールの顔をちらと盗み見る。

「そうなんだ、マゼンタが開会式に」

コチニールの表情が明るくなり、声音も軽くなっている。

カーマインはというとそっぽを向いて、鼻を鳴らしていたが。

それでも葡萄にとっては満足だった。

これで少しは気が紛れる、そう確信したからだ。




 武闘大会が開催される会場は、赤や茶色い木々に囲まれた土地の真ん中にどっしりと収まっていた。

外壁は凹凸もなくつるりとし、地上から見るといたって平坦な円柱状の建物だが、中に入ると会場内は三階建てで、中央に丸く分厚い石造りの闘う場、即ちリングがあり、その周囲は赤茶色の土で覆われている。

土の周りには大の大人が二人は立てる高さの壁で囲まれ、その奥は一階から三階まで全てが客席だ。

客席といっても一つ一つ椅子が設置されているわけではなく、石製の階段状となっている。

 現在、闘う場であるリングには、様々な楽器を手にした楽師たちが勢揃いし、一つの曲を何度も何度も弾き続けていた。

彼女たちを会場のあらゆる角度から照明が照らし、真夜中でも互いの位置や音が充分に確認出来る。

赤紫色の少女マゼンタも、彼女たちに交じってツキソメを演奏していた。

立ち位置は覚えた。暗譜も申し分ない。

彼女はツキソメを奏でながら頭上を見上げる。

会場は三階の客席までは屋根で覆われているが、中央のリングやその周辺には屋根がない。

つまり空間がぽっかりと空いて、夜空が丸見えだ。

(明日、この場所で開会式が行われる)

少女は空に輝く星々をじっと見つめていた。




 夜が明け、太陽が真上に昇る頃、会場は前の晩とは全く違う様子を見せた。

会場の建物は無機質な灰色の塊だったが、その周りには派手な(のぼり)のありとあらゆる屋台がずらりと並び、何やらかぐわしい匂いを放っていたのだ。

甘い砂糖菓子の匂いや、肉や野菜が香ばしく焼ける匂い……

それにつられて、或いは単純に会場の中へ入るために、大勢の人々が建物の周囲を囲んでいる。

 会場の一階外壁部分には所々ぽっかり開けられた、中へ通ずる入口があった。

入口には全国各地から、はたまた国を越えて赤星中からこの場所を訪れた人々が行列をなし、これから始まる催しに心躍らせ、それが彼らの表情や体の動きに充分反映されていた。

 その中に茜色家の息子、緋色少年も存在していた。

彼は何十分も並んだ入口を抜け、灰色の階段を勢いよく駆け上がり、二階の通路へ飛び出す。

するとそこには客席を次々と埋めていく人の波があった。

一階から三階まで、空席はほとんど見当たらない。

「うわーっ!広れーっ!すっげー人の数!」

少年は目の前に並ぶ手摺を両手で掴む。

四年前も来たけどやっぱデケえなー!父上たちはこんなとこで戦うのか、いいなぁ……!

彼が目を輝かせつつまたぼやきそうになると、突然、それまで賑わっていた周囲の人々が口をつぐみ始めた。

しかもなぜだかみんな、自分のほうを振り返っている。

「あれ?」

緋色が後ろを向いた。

そこには父茜色、猩々緋、肉体を鍛えに鍛えまくった茜色家の男たちがずらり勢揃いしていた。

彼らに気づいた客たちは、

「茜色だ……」

「優勝候補の?」

「なんかすごいオーラ……!」

と、明らかにこっちに聞こえる声の大きさでこそこそと話している。

緋色は胸を張った。

どうだっ、すげーだろこのイアツ感。これが紅国(くれないこく)守人茜色家だ!

少年は心の中でそう叫んだ。

「まったくどこに行ったかと思えば、お一人でウロチョロせんでください」

猩々緋が緋色に言う。

「だってもうコーフンが抑えきれなくてっ!」

「さあ客席に行くよ」茜色が息子を促す。

緋色は右手を掲げ、「おーっ!」と先頭を切って歩き出した。

 彼らが向かったのは二階の客席だ。

そのとある一帯を屈強な男たちが占めている。

彼らの周囲で一般の客人はひそひそ話をしてはざわついた。

男たちの中心には茜色がいた。彼の両隣を猩々緋と緋色が固めている。

彼らは席に着いて会場の中央に鎮座するリングを見つめていた。

「ねえ、あそこで戦うんだよねっ?」

緋色が息を弾ませる。

「そうだよ」

「ああっ、いいなーマジうらやましいなー!」

「緋色、少し落ち着こうか」

「うん落ち着く落ち着くっ!」

「って全然落ち着いておりませんな」猩々緋が親子の会話に割って入った。

「だってめっちゃワクワクするじゃん!」

「こちらはとても冷静になれます」

「え、なんでっ?」

「緋色様が興奮しすぎてるからにございます」

「マジでっ⁈」

茜色は息子と猩々緋のやり取りにくすりと笑った。

 その時だ。

自分の家の男たちをはじめ、周囲の人々がまたしんとしてしまったのだ。

「ん、今度はなんだ?」

緋色が辺りを見回す。

が、ふと異様な気配を感じ、前方に目をやった。

リングを挟んで向こう側、二階の客席に、自分たちと同じようながたいのいい奴らが集っている。

彼らはまだ席に着いていない。

しかしそのほとんどが自分たちのほうをこれでもかと睨んでいた。

その中には頭首クリムスン、長男コチニール、次男カーマイン、頭首の右腕葡萄も含まれている。

ただし葡萄は冷静に自分たちを観察し、クリムスンに関しては茜色だけを直視していた。

茜色はその視線に見事に応えてやった。

「奴らめ、来おったか」猩々緋が唸る。

「ああ」

「なんだか今にも掴みかかって来そうですな……!」

「やる気満々みたいだね」

茜色はクリムスンを睨みつつ微笑んだ。

けれど、

「あーっ、コチニールだぁっ!」

緋色はクリムスン家でただ一人、心配そうにリングを見下ろしている彼に目が行った。

「アイツは試合に出れるんだよなぁ、いいなぁ、ほんっといいなぁ、マジ代わってくんねーかなぁ」

少年の言葉に猩々緋が呆れる。

「緋色様には緊張感というものがないのでございますか?」

「え?」

少年はポカンと口を開けた。



 大会会場は確かに三階建てで、その全てを客席が網羅している。

しかし三階の客席の一部には四角い箱型の部屋がいくつか設けられ、特別室としてとある人間たちを取りこんでいた。

 その中の一つ、紅国特別室は横に長い作りで室内は二段構造になっており、前面は総ガラス張りで会場内がよく見渡せる。

室内全体には分厚い絨毯が敷かれ、上段下段共にゆったりと座れる椅子がずらり並んでいる。

部屋の両端には階段が設置され、上段と下段を自由に行き来出来るような作りになっていた。

上段中央の背後の壁にはガラスケースがはめこまれ、中に一本の豪華な装飾がされた刀が飾ってある。(つか)の部分も刃の部分も赤や黄の宝石が埋めこまれたその刀は、決して実用的ではないが、見て楽しむには充分な代物だ。

 室内上段端の椅子には、執政灰桜(はいざくら)紅樺(べにかば)が並んで座っている。

灰桜は鋭い目つきで、

(いよいよこの大会で王宮守人(おうきゅうもりひと)が決定する。クリムスン家か茜色家か)

と考えていたが、彼の隣に座った紅樺は、

(開会式ではマゼンタが演奏するんですよね。ああ、ワクワクがもう止まりません)

と、顔をにやつかせていた。

 すると、背後にある両端の扉のうち一つがゆるり開いた。

灰桜と紅樺は振り返るとその場で立ち上がる。

紅国の王、紅色(べにいろ)が現れたのだ。

紅色王は五十三歳、背はそれほど高くはないが、腹にはだいぶ貫禄がある。

真っ直ぐな長い髪を頭頂部でお団子にし、口髭を綺麗に整え、目元は小さく垂れ下がった柔和な顔をしていた。細かく繊細に輝く足元まである布を体の前で重ね合わせ、帯で締めた服装をしている。髪や瞳の色は紫がかった鮮やかな赤色だ。

 紅色王は背の低い老女を連れていた。

彼女は名を退紅(あらぞめ)と言った。年は六十九、くすんだ黄みのピンク色の髪と瞳。長い髪はただ背中に下ろし、皺に埋もれた顔に艶は一つもないが、眼光だけは鋭い。

退紅の仕事は紅色に付いて回り世話を焼く、それが役目だった。

 彼女の後にはルンルンと足を躍らせながら続く者がいた。

第二王女韓紅花(からくれない)である。

今日も寝癖で髪があらゆる方向に飛び跳ねた姫は、ふっくらとした女官栗梅(くりうめ)を伴って入室した。

紅色は上段中央の席にどっかと座り、退紅が王の斜め後ろに控える。

韓紅花姫は下段に降りていき、目の前のガラス窓にへばりついた。

姫の後ろに栗梅が待機する。

もし姫がガラス窓をバシバシ叩こうものなら、さすがに止めなければならないからだ。

ここには紅色陛下もいるというのに。

栗梅は一層気を引き締めた。

上段の端の席では王や姫に頭を下げていた灰桜と紅樺が顔を上げる。

紅樺はそのまままた自分の席に腰を下ろしたが、灰桜は紅色をじっと睨んでいた。



 二階の客席に座っているコチニールはとにかく落ち着きがなかった。

自分の隣には弟カーマインが、反対隣りには葡萄が座り、さらにその奥には父クリムスンが掛けている。

男衆の纏め役ワインやその相棒ボルドー、大勢のクリムスン家の男たちも皆自分の後ろの席に座って、その瞬間を今か今かと待ちわびている。

が、コチニールはそれどころじゃない。

そわそわそわそわそわそわそわそわ、体が勝手に揺れてしまう。

息を深く吐いて吸っても、変わらない。

自分の意志ではもう止められない。

そんな兄の姿を見たカーマインは、

「今から緊張してどうすんだよ」呆れて言った。

「き、きき緊張なんてしてないよっ」

「言葉噛みまくりだけど」

「そ、それはカーマインのき、きき聞き違いじゃないっ?」

本当にこんな奴試合に出して大丈夫なのか?

カーマインは呆然としつつ思った。

ふと、カーマインは一階の地面に横たわるリングに目が行く。

「あ、誰か出て来た」

「ひゃっ」弟の言葉に兄は思わず肩をすくめた。

リングの中央にはカーマインが言った通り、真っ白な地に金色の豪華絢爛な華が刺繍された服を着た楽師が一人立っている。

彼女の腕には胴が三日月型でそこから棹が伸び、四本の弦が張られた楽器が収まっていた。

途端に周囲の喧騒がやむ。

会場全体がその楽師に注目した。

それを合図に彼女は弓を構える。

そして一人演奏を始めた。

 コチニールやカーマインが座る座席とは反対側の二階客席でも、緋色や茜色、猩々緋、茜色家の男たちがリングを見つめていた。

「あの人誰?」

緋色が父に尋ねる。

「楽坊の首席、桃色(ももいろ)様だよ」

「ふーん」

会ったことないけど、あの人がマゼンタの上司か。

 クリムスンと葡萄も自分たちの座席から桃色を眺めていた。

「あの方がマゼンタを?」クリムスンが問う。

「ええ」

スカウトなさった張本人。

葡萄が楽坊の主を見下ろした。

 軽やかかつ穏やかな桃色の演奏が続いている。

その間リング上には各々楽器を手にした楽師たちが集まってきていた。

皆衣装は桃色と同じだ。

だが髪や瞳の色が違うため、それぞれ個性を演出している。

彼女たちは自分たちの担当楽器を奏で、桃色の音に合わせていく。

その中にはマゼンタ、シェル、ポピーも含まれ、リングに上がるため両サイドに設置された階段を上っていった。

「あっ、マゼンタだ!」

赤紫色の少女を見つけた緋色が笑顔で言った。

その隣で猩々緋が彼を睨み、茜色は我が息子に呆れている。

 一方、クリムスン家の皆もリング上のマゼンタに気がついた。

「お嬢……」ワインとボルドーが呟く。

「アイツ……!」カーマインが息をのんだ。

「ツキソメ、上手くなりましたね……!」葡萄も驚いている。

コチニールは感動のあまり言葉を失っていた。

父クリムスンは娘の姿をいつもと変わらぬ表情で見つめている。

縦横無尽に弦を押さえる左手と、柔らかく弓を支える右手。

彼女の演奏は他の楽師に一切後れを取ることなく、むしろぴったり息が合い、その才能を大きく開花させていた。


 華やかで楽しげな曲調は一旦落ち着き、桃色がまたリング中央で独奏箇所を演奏し始めた。

楽坊の主の滑らかなツキソメの音が響き、他の楽師たちはリングの端を等間隔に並んでいる。

するとその中から一人、マゼンタがツキソメを奏でながら桃色に近づいた。

(練習通り、いつも通り、教わったことを全て出す)

桃色とマゼンタが向かい合って演奏を続ける。

軽やかな二つのツキソメの音が重なっていった。

なのに、なんだろう。

この感情の起伏のような音色は……

桃色は指を動かしながら目の前のマゼンタを見た。

赤紫色の少女はひたすら自分のツキソメに集中している。

(さすが、完璧)

桃色がふっと微笑んだ。

リングの端でツキソメを構えていたポピーは、中央の二人をじっと見つめていた。

 客席は静まり返っていた。

観客はリングを凝視し、そこから響く音に耳を傾けていたが、中でも異様に鮮やかな赤紫色の少女を目で追わずにはいられない。

「な、なんかよくわかんねえけど、すげーな」

「にしてもあの楽師の色、ハデっ」

「あんな人楽坊にいたか?」

「なんでも新人らしいよ」

「つーか超美人……!」

彼らは口々に感想を漏らした。

 三階にある紅国特別室でも二人の人間が彼女の姿に気づいていた。

うち一人、韓紅花は前面のガラス窓にへばりついてリングを見ている。

(あの人マゼンタだ!)

緋色と共にかくれんぼをして楽坊に行った時、超ハデな楽師に会ったことを思い出した。

さらにもう一人、執政紅樺は上段端の席に座り、ぽっと頬を染めながら演奏に聞き入っていた。

 リングでは桃色とマゼンタのツキソメが続いている。

二人は向かい合わせから背中合わせの状態に体勢を変え、客席のほうを向きながら演奏していた。

二人の両隣には弦楽器ハクアを奏でるパステルと、横笛カンショウを奏でるシェルも加わっている。

王宮で演奏する楽曲は基本伸びやかで、とことん音が途切れない。

でもそれでは武闘大会には不釣り合いだ。

男たちが自分たちの力や技を競い合って戦うのに、あまりに伸びやかで上品な曲はどう考えたって似つかわしくない。

だから〝ヒファリルア〟は楽坊では珍しく、曲調が速く、音も多く、そのおかげで大胆な、興奮を搔き立てるような曲でもあった。

 自席に座った緋色はマゼンタを見守っている。

(いつも話しするばっかでアイツの演奏しばらく聞いてなかったけど)

 リングを挟んで緋色の反対側の席に座るコチニールも妹を見つめている。

(こんなに上達していただなんて。いったいどれほどの練習と努力を重ねてきたんだ……!)

リングでは曲が盛り上がり、楽師たち全員が音を重ねていた。

いよいよ最終到達地点……!

パステルがハクアの円型の胴を掻き鳴らす。

桃色、シェル、ポピー、楽師たちも激しく指を動かす。

マゼンタもツキソメの弓を激しく鳴らす。

そして楽坊の楽師全員がいっせいに動きを止め、演奏が終わったかに見えた、その時。

リングの上にぽっかり空いた空に向かって、真っ赤な花火が打ち上がった。

それと共に観客の拍手や歓声が降ってくる。

桃色は微笑み、パステルとシェルはほっとし、ポピーは不完全燃焼のように会場を見上げた。

マゼンタは、

(やり切った)と息を吐き、ツキソメとその弓を体の脇に下ろした。

 二階客席では彼女の兄たちが拍手喝采を浴びる妹を見つめている。

「マゼンタ、すごい……」

口を開けっぱなしのコチニールが言った。

「ふんっ、なんだよあれくらいっ」

カーマインはすかさずそっぽを向く。

兄弟の隣でクリムスンと葡萄もマゼンタを見下ろしていた。

葡萄は眼鏡の蔓を持ち上げ、

「楽坊の首席、桃色様とお二人で演奏するということは、かなり良い立ち位置にいるみたいですね」

そう冷静に分析したが、クリムスンは「ああ」とだけ答える。

あの子の努力の賜物だ。

頭首は純粋に娘を心の中で褒めていた。

 楽坊の楽師たちがリングを下りていく。

向かう先は土で固められた地面の奥、一階客席と地面を隔てる壁の一部に開けられた穴だ。

その穴は通路になっていて、本来の用途は選手がリングに上がるための入場口だった。

つまり入場口は会場に二箇所ある。

東側と西側、戦うチームがそれぞれ自分たちの姿をお披露目するために。

 入場口へと去っていった楽師たちを確認した緋色は、

「イエーイ!マゼンタあっ!」

と、笑顔で拍手を送った。

猩々緋は「ぬあっ⁈」少年に唖然とし、茜色は息子に対して溜息をついた。

 会場内は熱気と興奮でざわめいている。

それに応えるように一人の男が片方の入場口からやってきた。

三十代前半、平均的な身長と体格、真っ直ぐな髪を後頭部で一纏めにし、丈の短い上着と足首までの袴服。髪と瞳の色はほんのり赤みのある茶色だ。

右耳に何か機械のようなものをはめこんだ彼は、

「はい、紅国王宮楽坊の皆様、ありがとうございました。開会式に相応しいとても華やかな演奏でしたね。それではこれより、赤星武闘大会を開催いたしたいと思います!」


















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