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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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49/162

第48話 求婚


 コチニールとカーマインは愕然とした。

二人と向かい合うように座っている葡萄(えび)も言葉を失っている。

少しの(のち)、兄コチニールは喉の奥から声を絞り出した。「え……」

「なんで?」弟カーマインも我に返って言う。

頭首クリムスンは息子たちを眺めながら、

「全員の練習を見ての判断だ」

いつもと変わらぬ表情で答えた。

「で、でも、僕は大会なんて、出たことないし……」

「誰にでも初めてはある」

「でも兄貴はまだ十四で……!」

「私が初めて大会に出たのは十六だった」

「でもいくらなんでも若すぎます……!」やっと葡萄が反論する。

「コチニールの著しい上達を褒めていたのはどこのどいつだ?」

「し、しかし……!」

コチニールもカーマインも葡萄も押し黙る。

上手く理解が追いつかない。

中でもコチニールはその状態が著しかった。

(僕が大会に、武闘大会に出る……?)

わけがわからない、なぜ自分が?

コチニールの瞳はこれでもかと左右に揺れた。

さすがに息子の状態に気づいたクリムスンは、

「無理強いはしない、怖いならやめてもいい。とにかく考えてみろ」

できるだけ落ち着いた声音で述べた。

これはあくまで提案だ、強制ではない。

それでもコチニールは呆然とする。

大会、武闘大会に、僕が、出る……?

何とか言われたことを呑みこもうとする。

だが脳がそれを拒否するように全く動かない。

これは、今言われたことは、いったい、どういうことなのか……?

コチニールの頭をそれだけがぐるぐると回った。

 しかしその隣で弟のカーマインは、全く別のことを思っていた。

(なんで、なんで俺じゃないんだ……!)

弟はうつむきながら指の爪を手の平に食いこませていた。




 王宮楽坊の中庭には様々な石が置かれている。

灰色のそれらは人の背丈ほどのものから、指でつまめる大きさまで、庭のあちこちに配置されている。

きっと芸術的な感性を持つ者なら、その素晴らしさを心ゆくまで楽しめるのだろうが、あいにく赤紫色の少女にそこまでの情熱はなかった。

 彼女は庭の真ん中にある割と平べったい石に腰掛けている。

石の高さが彼女の腰のあたりまであって、座るのにちょうどよかったのだ。

彼女の手の中には弦楽器ツキソメが握られている。

勿論右手は弓を振り、棹に張られた弦を(こす)っていた。

〝ヒファリルア〟武闘大会開会式の曲だ。

光栄なことにツキソメの独奏箇所を任された。

が、なぜか少女はいつになくぼんやりしながら指を動かしている。

彼女の脳内には曲の楽譜ではなく、とある言葉が何度も繰り返されていた。


「オレは大会に出たいんだ」


緋色(ひいろ)がこの間侵入した時に言っていた言葉。

おまえは赤星武闘大会にそんなに出たいのか……

 緋色は十歳。身長はまだ成長途中だし、体重も軽い。体もこれから作られていく。

といってもそこら辺の大人では彼を相手には出来ない。

たとえ武術経験者でも相当手こずるだろう。

もし彼が大会に出たら、そこそこよい成績を残せるだろうか。

いや……少女は首を振った。

武闘大会はかなり危険な大会だと聞いている。

簡単に治る怪我で済めばいいが、もしそうでなければ……

でも本人は出たいと言う。

ならどうすれば?

マゼンタは頭を悩ませながら弦を弾いた。

 そこへ同じくツキソメ奏者のポピーが中庭に降り立った。

彼女は少女の近くで立ち止まると、

「なんですの、その蚊の鳴くような音色は?」

マゼンタはポピーに気づいて演奏を止めた。

「蚊?」

「ええ蚊よ」

「それはいったいどういう演奏だ」

「あなたの演奏がよっ」

イライラしたポピーは腕組をして、

「まったく、やる気がないならあたくしがすぐにでも追い抜いて大会の独奏箇所を頂きますわよ」

少女はさすがに我に返った。

「じ、上等だ……!」

ポピーはマゼンタをぎろり見下ろす。

「もしそうはされたくなかったらしっかり練習することねっ」

そう言って庭の小石を踏みしめながら去っていく。

ふとマゼンタに不思議な感覚が湧いた。

「なぜ私があいつに励まされている?」




 茜色(あかねいろ)家の庭では大の男と一人の少年が木刀を振るいあっていた。

いや、正しくは少年が男に木刀を振るいまくり、相手がそれを全て受け止めていた。

少年はここの所塾をサボっ……休んでいた。

勉学を教わる時間さえ惜しいと、稽古相手の男に体術と剣術を習い実績していた。

おかげで力の強さはだいぶ増したし、剣の腕もかなり上がった。

少年の木刀を受けながら稽古相手のカッパーは思った。

(少しは使えるようになってきたか)と。

 二人の姿を縁側から眺めていた茜色と猩々緋(しょうじょうひ)は目を見張る。

「なんという上達のスピード……!」

猩々緋が息をのんだ。

「確かにその辺にいる十歳児ではないね」

心の中はざわつくが、茜色は努めて冷静に言った。

我が息子ながらとんでもない才能を秘めている。

猩々緋は頭首を見上げて尋ねる。

「しかしまだ大会に出すには早すぎますでしょう⁈」

「もちろんだよ」

緋色を大会に出すわけがない……!

自分は守人一族茜色家の頭首だが、少年の父親でもあるのだから。

誰が好き好んで自らの子供を危険な大会に送り出すというのか。

茜色はカッパーに向かっていく緋色を見つめる。

緋色は父や猩々緋の視線に気づかないほど稽古に集中していた。



 同じ頃、そんな緋色とは真逆な少年がいた。

彼は屋敷の縁側にポツンと座り、瞳に映るわけでもない庭の景色をぼうっと眺めている。

頭を支配するのはたった一つ、父に言われたあの言葉だ。


「今大会の我々のチームにコチニールを選出しようと思う」


僕が、武闘大会に、出る?

コチニールはぶんぶんと首を横に振った。

ない、ない、ありえない。

だって、僕にはまだ、そんな力量なんて、あるわけないんだからっ……!

 父クリムスンが告げたあの日から、コチニールはずっと考えていた。

なんで僕なんだ、どうして僕がチームのメンバーに選ばれたんだ、と。

でも答えは一向に出なかった。

強い人はこの家にいっぱいいる、数々の戦場をくぐり抜けた人もたくさん。

なのに、なのに、どうして……⁈

コチニールは考えた。ずっとずっと考え続けた。

その考えが体全部を占めるまで考え、疲れ果て、眠って、朝起きるとまた考えた。

もういい加減嫌になるまで考え、そしてそれが今も続いている。

僕は、いったい、どうすればいいんだ……?

コチニールは大きな溜息をついた。

 そこへ庭のほうから彼に近づく人間がいた。

コチニールは顔を上げる。

弟のカーマインが自分のすぐ側で立ち止まった。

彼の眉はなぜかいつも以上に吊り上がっている。

「大会に選ばれたってのに随分余裕じゃん」

弟がぐったりとした兄を見下ろす。

その声はどこか震えているようだった。

「いや、僕はまだ、出るって決めたわけじゃ……」

「ああそうだよな、兄貴には出る勇気なんてないよな……!」

コチニールの心臓に何かがグサッと突き刺さった。

勇気が、ない……!

「だったら早く父上に言えよ、出ないって。うじうじ迷ってるのは他の奴らにも迷惑だからさ」

兄の心臓に刺さった何かは、さらに中身をえぐるように傷口を深くした。




 目の前に分厚い木製の門がそびえ立ち、その両側に白く長い塀が続いている。

塀の先はあまりに遠くて確認出来ないが、クリムスン家と同等かそれ以上あるのではないだろうか。

門の前には一本の舗装された道。それも塀に合わせてどこまでも続いている。

道を挟んだ向こう側もやはり白い塀が伸びているが、そちらには人が出入り出来そうな入口は見当たらない。

道路には車の往来もほとんどなく、歩道を通る人もまばらだ。

 ここは閑静な屋敷通り。

ジョーガの都の中でも王族や執政が好き好んで住む場所らしい。

治安が良い、王宮から近くて便利、というのがその理由だとか。

その屋敷通りに面するとある門の前に、マゼンタが立っていた。

彼女の隣には執政紅樺(べにかば)もいる。

なぜこんなことになってしまったんだ……

マゼンタは門を見上げながら事のきっかけを思い出す。


「今なんと?」

「ですからね、あなたを私の屋敷に招待したいのです」

 王宮内にある紅樺の部屋にいつものように呼ばれ、用意された椅子に座り、ツキソメを奏でていた時だった。

机の向こう側に座った彼の言葉に演奏の手が止まった。

「なぜ?」

「それは……」

紅樺の頬が染まる。

場がしんと静まり返った。

「紅樺様?」

「だっ、だからですねっ、あなたはずっと楽坊に閉じ込められているでしょう?」

そうでもない。

花火を見に行くために外出許可をもらったし、ついこの間行方不明事件を解決するために楽坊を抜け出した。

「それでは苦し過ぎますし、たまには気分転換も必要じゃないですか……!」

気分転換って、以前にも聞いたような。

「あと私が育った場所をぜひ見て頂きたいのです」

「場所?」

「ええ、あなたに」

紅樺の目が急に真剣味を帯びる。

「でも」

「ああ、例のごとく外出許可に関しましては私が桃色(ももいろ)殿にちゃんと話をつけますからどうぞご心配なく」

「あ……はい?」


本当に、なぜこんなことになってしまったんだ。

マゼンタは紅樺の屋敷の前で門を見上げながら思った。

彼の手際のよさにも、桃色の許可が簡単に下りたことにも舌を巻いた。

私は王宮楽坊の新人楽師。

普通ならそう簡単に外出許可が下りることはない、と思っていたのだが……

「さあ、中へ入りましょう」

紅樺が屋敷の中に少女をいざなう。

彼女は溜息をつきつつ、敷地内に足を踏み入れた。



 同時刻、コチニールは学校で授業を受けていた。

教師が教壇に立ち黒板に何やら文字を書いていく。

生徒たちはそれを一心不乱に書き写したり、前後左右の友人とこそこそ話し笑いあっている。

けれども窓際の席に座ったコチニールだけは、授業とも友人とも全く関係ないことで必死に頭を悩ませていた。


「今大会の我々のチームにコチニールを選出しようと思う」


またあの言葉だ。

父クリムスンがあの夜言ったこと。

それが一時も離れない。

だって、僕は……


「そうだよな、兄貴には出る勇気なんてないよな……!」


今度は弟カーマインの言葉がひっついて回る。

勇気が、ない……

コチニールは胸の辺りをぐっと掴んだ。

カーマインの言葉は鋭い刃となって自分の胸に突き刺さったままだ。

ただそう思うのは、それが真実だから、それを自分でもよくわかっているから、だからこんなに痛いのだろう。

コチニールは目をぎゅっとつぶった。

僕は、いったい、どうすればいいんだ……



 コチニールが必死に思い悩む頃、紅樺の屋敷に招待されたマゼンタは庭園に面した廊下を歩いていた。

といっても王宮内のように廊下が庭に対してむき出しな状態ではなく、ガラスの窓で覆われた向こう側に巨大な庭園が広がっている。

赤や茶や橙色で連なる植物たちに、灰色の大きな石が並べられ、手前には池が配されている。

池の中には色鮮やかな魚が悠々と泳ぎ、時たま息継ぎをしにぷくぷくと泡を立てた。

廊下はかなり年季が入っているのか、足元や天井の木目板が黒々と輝いている。

庭を望めるガラス窓の反対側には白い障子戸がはめこまれ、部屋の中が見えないよう全て閉じてあった。

敷地の大きさはクリムスン家の比ではなかった。庭の両端は王宮並みに見通せないし、屋敷の広さも二階建てではあるが横幅が尋常じゃない。

これならクリムスン家の男たち全員が屋敷一つに収まるのではないだろうか、赤紫色の少女はそんなことを考えながら廊下を歩いた。

すぐ目の前には紅樺が自分を案内するように先を行く。

「少しだけ私の話をしてもよろしいですか?」

歩きながら紅樺が言った。

「どうぞ」

彼は前方を見つめたまま、

「私の父は執政の職に就いておりますが、母は元々王家の人間で、一般人である父の元に嫁いだのです」

「……あ」

シェルの言葉がマゼンタの頭をよぎる。

確か、紅樺は執政だが王族でもある、そう言っていた。

「ですから私は半分は一般人、半分は王族。(ちまた)ではそのように判別されています」

「なるほど」

「と申しましても全然王族らしき欠片は見当たらないのですがね」

王族らしさが何なのかはよくわからないが。

少女は自分の前を進む背中を見つめた。

「あるとすれば名前に〝(べに)〟の字が入っていることくらいでしょうか」

紅色(べにいろ)王の紅?」

「ええ」

「まあ他に〝(うめ)〟や〝(さくら)〟なども王族の文字とはされておりますけど」

マゼンタは今まで接したり目にしてきた人物を思い返す。

紅梅(こうばい)〟に〝梅鼠(うめねず)〟〝薄紅(うすくれない)〟〝韓紅花(からくれない)〟そして〝紅樺〟……

ふむ、そうやって見分けるのか。

するとずっと前を向いていた紅樺が振り返った。

「とにかく、母はもう他界しておりますが父は今も元気ですので、ぜひ会ってあげてください」


 マゼンタが通された部屋はクリムスン家でいう所の大座敷のような場所だった。

薄茶色の畳がずらり敷かれ、その周囲を白い障子戸が囲み、所々に年代物の箪笥や物入が置かれてはいるものの、部屋のほとんどをだだっ広い空間が占めている。

そのちょうど端のほうに、四角い低めの机がポツンと置かれ、厚い座布団が三つ敷かれていた。

片側に一つ、向かい合うように二つ。

二つ並んだほうに紅樺とマゼンタが座り、向かえ側には五十代半ば、ほっそりとした体型に穏やかな微笑み、髪型は後頭部でお団子、服装は衣を前で重ね合わせ帯で締めた、紅樺によく似た男が座っていた。彼の髪や瞳の色は明るい茶色だ。

「おお、こちらが」

「はい、王宮楽坊の楽師、マゼンタといいます」

紅樺が少女を紹介した。

「これはまた鮮やかな方で」

それ久々に聞いたな。

普段は楽坊から一歩も出ない。

既に楽師たちは自分の色を認識しているし、所望に応えるため王宮内を歩いても中の人間はこそこそと話をするばかりで面と向かって〝鮮やかな〟とは言わない。

最後に言われたのは……楽坊に侵入した緋色が韓紅花姫を連れてきた時だろうか。

姫は少女のことを〝ハデな〟と言っていた。

「こちらが父の樺色(かばいろ)です」

「はじめまして、どうぞよろしく頼みますよ」

「こちらこそ」

と返したものの、何をよろしくなんだ?

マゼンタは思ったが、一応彼に合わせて頭を下げた。

「父上、以前からお話している通り、マゼンタはもう本当に素晴らしい方なのです。楽師としての腕はもちろん、桃色殿やパステル殿にも認められておりますし、既に王妃様や王女様からのご所望も受けております」

紅樺が目を輝かせて説明する。

「それに自分をおとしめようとした者にも寛大で、許す心を持ち、皆に優しく尊敬もされておりますし」

少女はちらり隣の紅樺に目をやった。

「さらにこの容姿と美貌、もう非の打ち所がございません」

なんなんだこれは?

彼女には紅樺が自分を褒めまくる理由がわからない。

「本当に、いいお嫁さんが来てくれてよかったのぉ」

樺色が言った。

「ヨメ?」

少女がポカンとする。

ヨメ?ヨメとは?

「マゼンタ」

それまで正面の父を向いていた紅樺が、隣に座る少女に向き直った。

彼女は呆然としたまま彼を見上げる。

頬を赤く染めあげた彼はこう言った。

「私と、結婚していただけないでしょうか」



 その頃茜色家の庭では、今日も緋色がカッパーと体術の稽古をしていた。

緋色がカッパーに殴りかかり、カッパーがそれをかわし続ける。

少年はまだ一発も彼に拳を当てたことはない。

でも前より相手の動きが読めるようになってきたし、自分のスピードがさらに上がったことを緋色自身もよく感じていた。

 二人の周囲には茜色家の男たちが自然と集まってきている。

彼らは皆目を見開き、少年の上達ぶりに感心し、中には自分の力を危ぶむ者まで出てくる有様だった。

そこへ茜色の右腕である猩々緋が男たちの輪へやってきた。

「これ、カッパーはおるか?」

カッパーは男たちの背後に隠れる猩々緋に視線を送りつつ、緋色の拳をかわす。

二人を囲んでいた男たちは、ぞろぞろと猩々緋に道を開けた。

「おまえらも見とらんで練習せんかっ」

猩々緋の言葉に彼らは渋々解散し始める。

その間も緋色はカッパーに殴りかかり、隙を見て蹴りを入れる。

が、相手は少年の鋭い足さばきさえよけてしまった。

「カッパー、大会の打ち合わせじゃ。中へ入れ」

緋色は仕方なく動きを止め、

「えーっ、今イイ感じなのにっ」猩々緋に対して唇を突き出す。

「悪いですがちょいとカッパーを借りますぞ」

「じゃあちょっと走ってくる!」

そう言うと緋色は門のほうへ走っていった。

今までずっと殴り蹴りしていたのに、息を切らすことなく、何ならとんでもない速さで駆けていく。

少年を見送った猩々緋は隣の男に尋ねる。

「緋色様の上達ぶりはどうじゃ?」

「見ての通りだ」

カッパーは単純明快な答えを出した。



 同時刻、紅樺の屋敷ではマゼンタが啞然として固まり、紅樺は頬を染めたまま心臓を高鳴らせていた。

彼らが座る向かい側では紅樺の父、樺色がこの部屋に入った時と変わらぬ表情で二人を見守っている。

「ケッコン……?」

「はい……!」

マゼンタの頭の中がグルグルと渦を巻く。

ケッコンケッコンケッコンケッコンケッコンケッコンケッコンケッコン????????

ケッコンという単語を知らないわけじゃない。

だが守人の家や楽坊で使ったことはない。

紅樺はいったい何を言っているのか?

少女はひとまず情報を整理することにした。

「ええと、それは……私が楽坊をやめるということか?」

「ええ、そうなりますね。結婚すればこの家に入ることになりますから、楽坊には在籍出来ません。ですがツキソメを奏でるなら楽坊でなくても出来ますし、何より私はあなたのことを、一生大切にいたします……!ですから……!」

マゼンタは必死に自分を見つめる彼から視線をそらした。

部屋を囲む障子戸の下部にガラスがはめこまれ、そこから奥に広がる庭の一部が見える。

赤い葉を実らせた植込み、灰色の岩。

そこだけ見ればまるでクリムスン家の庭と変わらない。

ふと、少女の頭に父クリムスンの言葉が蘇った。


「おまえはおまえの、務めを果たせ」


楽坊に招かれ、クリムスン家を後にする際、父上が言ったこと。

私の務め。

それはクリムスン家の皆のために、私が出来ることをする。

それが私の、務めだ。

マゼンタは隣の紅樺に視線を戻した。

「紅樺様」

「はい……!」

彼の鼓動がここまで伝わってくる。

シェルの心臓の音とは比べられないほど大きい。

でも……

彼女は彼を真っ直ぐ見つめた。

「大変申し訳ないのですが、お断りいたします」



 その頃、学校を終えたコチニールは一人トボトボと家に向かっていた。

周囲は空高く木々が生い茂り、風が吹く度に枝がしなって葉を揺らし、思い悩む少年をも優しく包みこんでくれた。

この道はいつも人通りが少ない。何なら今は彼一人だ。

考えるにしても悩むにしてもこんな最適な場所はあるだろうか。

帰り道に敢えてこの場所を選んだわけではないが、彼の足が自然と向かったのは心が何かを求めているからに違いない。

(武闘大会に、僕が出る?)

コチニールはもう何百回と問うた質問を自分に投げかけた。

それはもちろん、父上に選ばれたのはとても嬉しいしありがたいことだと思う。

けど、でも、僕より強い人は家に五万といるし、僕はまだそんなに強くないし……でも……

 その時だ。

突然、木の上から誰かが目の前に跳び降りてきたのだ。

コチニールは驚いて思わず声を上げる。

相手は体勢を整えると、

「ゲッ、誰かと思えばコチニール⁈」

えっ⁈

コチニールは目を見開いた。

黄みの赤色の髪と瞳を持つ少年……

「緋色⁈」

またこいつに会っちゃったよ……!

緋色は咄嗟に両手を瞼に当て、

「オレはおまえを見てないし、オレたちは会ってないからな!いいなっ⁈」と叫ぶ。

コチニールは呆然としつつも(緋色なりに僕と接することを気にしているんだな……)と、しみじみ思った。

寝癖まみれの少年は両目を手で覆ったまま立ち去ろうとしている。

するとコチニールの中に何かがよぎった。

「ね、ねえ……!」

ライバル家の長男に呼び止められた緋色はぎょっとして立ち止まる。

「あの、こんなこと聞いたらあれだけど……君はマゼンタと、その……連絡取ってるの?」


















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