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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
47/130

第46話 赤星武闘大会


 夜のクリムスン家道場はしんと静まり返っている。

威勢のいい男たちは夕食に向かい、残っているのはカーマインだけだ。

彼は床に仰向けの状態になり両手を後頭部に添えると、頭を持ち上げて膝のほうに近づける。いわば腹筋をこれでもかと鍛えていた。

残って練習を続けていたのはカーマイン一人だけだった。が、側には胡坐をかいて見守っている人物がいた。

その人間に対し彼は、

「なんでアイツ、茜色(あかねいろ)家の息子なんかと、関わりやがってんだよっ、ありえねえだろっ……!」腹筋を続けながら愚痴を吐く。

「うん、でもね」

「なんだよっ」

「実は僕も、一度だけ緋色(ひいろ)と話をしたことがあって……」

「えっ⁈」

カーマインは思わず腹筋を鍛えるのをやめ、兄の顔を見た。

コチニールは焦ったように「でも本当偶然、たまたま会って、マゼンタのことを聞かれて、でもたいしたことは話してなくて……!」

「兄貴もかよ……!」

「でもそれだけなんだ、ほんの少し話しただけで……!」

「兄妹揃って何やってんだよ」

カーマインは呆れながら、また腹を鍛えることに専念し始める。

マゼンタも兄貴もとんだアホだとは思うが、今自分がやるべきことは二人を非難することじゃない。とにかく体を作って、兄に妹に父に勝つこと、それだけだ。

コチニールは目の前でひたすら頭部を膝に寄せる弟を眺めつつ、

(クリムスン家と茜色家が協力して上手くやっていければと思っていたけど、まさかマゼンタと緋色のほうがそんなに親密だったなんて、思わなかった……)

妹とライバル家の息子との関係に、どこか切ない気持ちを感じていた。




 朝の王宮楽坊の教室はたいてい楽師たちが世間話に花を咲かせている。

この曲はどうだとか、あの女官はどうだとか、新人楽師はこうだとか、王宮の外ではああだとか、とにかく情報を交換するのに忙しい。

ところがだ。

とある楽師が弦楽器ツキソメを抱え入室すると、彼女たちは皆口を閉ざした。

そしてその楽師が自席に向かって何食わぬ顔で椅子に座ると、彼女たちはひそひそと小声で話し出す。その楽師を横目で盗み見ながら。

「どうしてまた楽坊に?」

「追い出されたのではなかったの?」

彼女たちは口々に噂を重ねた。正しいことも、間違ったことも。

 そこへ賑やかな声が教室にやってくる。

声の主は自分の後ろに続く人間に対して何やら不満があるらしい。

「もうっ、あの時マゼンタが〝パステル様が呼んでる〟って言うから行ってみたら、すごく不審な顔をされて〝何のことだ?〟って言われて、もうっ、すっごく気まずかったんだからあっ!」

「だから私の勘違いだったと謝っただろう」

「そう、だけ、どっ」

シェルがマゼンタに文句をぶつけつつ、二人は自分たちの席に近づいた。

そこでやっと、ここ何週間か空いていた斜め後ろの席が埋まっていることに気がつく。

マゼンタはその席を埋める楽師と視線が合った。

しかし互いにすぐ目を放す。まるで示し合わせたかのように。

反して横笛奏者シェルはあっけらかんとその楽師に言った。「あ、ポピーおはよう」

「お、おはようですわ」

ポピーの顔が引きつる。

「また楽坊に戻ってこれてよかったね」

「え、ええ、まあ」

マゼンタは何も言わず席に着いた。

「なんだっけ、超~有名なお屋敷に勤めるのやめたの?」

シェルの言葉にポピーがギクリとする。

あまりに素直、あまりに正直、あまりに天然、それがシェルだ。

皆それを理解してはいるものの、教室は水を打ったように静まり返った。

「え、ええ。桃色(ももいろ)様からお許しが出たので……」

「そだよねー、やっぱお屋敷より楽坊だよねー」

「そ、そうですわよね」

シェルとポピーが話す間もマゼンタは何も言わずツキソメの準備をしている。

ポピーは思わず赤紫色の少女の背中をチラ見した。

その時、楽坊の(あるじ)桃色と参謀パステルが今日の授業を始めるために入室する。

楽師たちはわらわらと自席に戻り始めた。

朝の挨拶を告げた桃色は、

「今日は練習の前にお知らせがございます」と、室内の楽師全員を見回す。

これでやっと皆が揃った。

桃色はいつもより口角を上げると話を続ける。

「今度紅国(くれないこく)で開催される赤星武闘大会あかほしぶとうたいかいの開会式に(わたくし)たち楽坊も出演いたします」

赤星武闘大会?

聞き慣れない単語をマゼンタは覚えるように復唱した。

「赤星武闘大会は四年に一度開催される、その名の通りこの星の中で一番強い人物が誰かを決めるための大会です。国内は勿論、国外からも選手や観客の皆様、各国の王族や重要な方々が一堂にご来場されます」

桃色が説明する間に、パステルが最前列の楽師たちに楽譜を配り始める。

「その開会式で私たちが演奏する曲は、華やかな舞台に相応(ふさわ)しい〝ヒファリルア〟となりました。開会式には楽坊全員で臨みますので、皆さんいつも以上に練習に励んでくださいね」

マゼンタは前の席に座る楽師から渡された楽譜に目を通す。

楽譜の一番右端に〝ヒファリルア〟と曲の題名が縦書きで書かれていた。

楽坊で演奏する曲も、楽坊に入る前に練習していたツキソメの楽譜も、題名は全て昔赤星で使われていた言葉だそうだ。

なぜそうなのか理由はわからないが、とにかく現代ではこの言葉は使用しない。

その為だいたい題名の下には現代語訳が蟻ほどの大きさで記載されてある。

「百花繚乱」

マゼンタは曲の題名の意味をポツリ呟いた。




 六畳ほどの畳部屋に体格のよい男たちが並んでいる。

夏は終わり、秋の風がまもなくやってこようという季節の変わり目。それでも室温は外より三度は上がっているに違いない。

 理由は二つ。

一つは室内に座る男たちの一人が縦にも横にも大きく、彼の隣に座った男も一見中肉中背ではあるが日頃から充分に鍛えているせいだった。

しかも彼ら二人が面と向かう人物は、仕事柄その必要はないにも関わらず、背丈があり、がたいもよかったから尚更だ。

二つ目の理由は、最近彼らの内二人がとある事件を共に調査し、一応解決には至ったものの、協力どころかいがみ合って終了した為だろう。

両者の溝は埋まるどころか、余計に深く落ち込んでしまった。

「先日のジョーガの都行方不明事件だが、両家共ご苦労だった。あんなに手こずっていた事件を早々に解決し、さらには都内(みやこない)の治安も安定させ大変嬉しく思うぞ」

執政官灰桜(はいざくら)が目の前で胡坐をかくクリムスンと茜色に対し述べた。

二人の頭首は「はっ」と、声を揃える。

本当は揃えたくなどない、もっと言えば隣に座っているのさえ苦痛だが、灰桜の前では致し方ない。

灰桜は、

「特にクリムスン、そなたらの働きは素晴らしかったようだな。警察機構内でも話題に上がっているとか」

「ありがとうございます」クリムスンが視線を下げる。

茜色は隣の大男を横目でちらと見た。

気に食わない。顔には出さないが、心の中は怒りの炎で煮えたぎっている。

 確かに灰桜が言うように、都の治安は以前とは比べ物にならないほど良くなった。

自分たちが担当した西側も、奴の家が担当した東側もだ。

それはまあいい。これが守人の本来の役目であり、依頼された内容なのだから。

 しかし事件に関しては、クリムスン家がほぼ全ての利益をかっさらったと言ってもいい。

犯人一味を突き止め、確保し、取り調べて、裏を取り、世間に発表する。

それら全部をこいつの家がやり遂げたのだ。

これを気に入る輩がいるとしたら、そいつは頭がイカれてるとしか言えないだろう。

茜色は隣の大男にも、目の前の灰桜にも自分の気持ちを悟られないよう、必死に微笑みを浮かべた。

「さて、本題の王宮守人(おうきゅうもりひと)の件だが……」

王宮の警備と王族の警護を生業とする王宮守人。この職務をどちらの家が担当するか、彼らは競い合っていた。

二人の頭首は灰桜を真っ直ぐに見つめる。

クリムスンは余裕の表情で、茜色は若干の焦りを感じながら。

「どちらの家を採用するかは、今度の赤星武闘大会の結果で判断することとした」

赤星武闘大会!

彼らの瞼が僅かながらに開かれた。

やはり事件を解決しただけでは王宮守人には届かんか……クリムスンは冷静にそう思った。

対して茜色はほっと安堵すると共に、今度こそは絶対に勝つ、と心の中を先程とは違った意味で燃やし始めた。

灰桜は二人の男をゆったり吟味するように言う。

「そなたらのことだから今年も例年通り決勝まで残るだろう。つまり優勝したほうが王宮守人に採用されるのだ」

クリムスンと茜色は同時に呼吸を整えた。

いよいよ決戦の時……!




 それまで彼女の周りには数人の取り巻きが常に存在した。

朝授業が始まる前、授業の練習中、休み時間、昼休憩、一日の授業終わり、夕食、入浴時、休日まで、取り巻きはいつも彼女の側にいて、彼女を盛り上げ、彼女に賛同した。

 理由は簡単。

彼女の家が名門であり、彼女自身ツキソメの腕が相当なものだったからだ。

側にいて損はない。むしろ利益しかない。

何かあれば自分も引き立ててもらえるし、逆を言えば彼女の意見に反対などしようものならこの界隈から追放されてもおかしくない。

だから取り巻きは彼女に必死に媚びた。

彼女に常について回り、彼女の意見に常に賛成し、彼女の全てを応援した。

彼女が楽坊の主にここを追い出されるまでは。

 今彼女の周りには以前のような取り巻きは一人もいない。

むしろ彼女を追いかけていた取り巻きは他の楽師と同様、教室の離れた所に固まって雑談をしながら、少し前まで(あが)(たてまつ)っていた相手をこそこそと観察している。

どうして楽坊に戻ってこれたのか、桃色様に謝ったのか、今まで何をしていたのか……

取り巻きも他の楽師たちも、地に落ちた彼女の噂話で楽しく盛り上がっていた。

 そんな中、今までと全く変わらない態度で話をしている二人の楽師がいた。

二人は各々自分の席に座りながら、新しい曲について何やら述べている。

「あー、今度の赤星武闘大会開会式の曲、ヤバいよねー。わたしもちゃんとしっかり練習しなきゃなー」

「シェルなら大丈夫だ」

「それはそうなんだけど。ねっ、もう譜読みした?」

「ああ、だいたい」

「もしかしてもう暗譜してる?」

「そこそこ」

「早……」

シェルがマゼンタに呆れた時だ。

二人の斜め後ろに座ったポピーが席を立ち、教室の出口へと向かった。

室内の全員がポピーの後姿を目で追う。

もれなくマゼンタも彼女の去り際を見ていた。

教室を出たポピーは肩を怒らせつつ、

(ツキソメの腕で全員見返してやりますわ……!)と、意気込んだ。




 塾の教室では子供たちが賑やかに騒いでいる。授業が始まるのはこれからだ。

講師はまだ入室しておらず、子供たちは皆思い思いに自分自身を表現していた。

冗談を言って笑いあったり、室内を駆け回ったり、突然大声で叫んだり、彼らは本当に自由だった。

子供たちより四つ年上の少年と十歳年上の少女は、彼らに交じって同じように騒いでいるわけではなかったが、黄みの赤い少年の瞳は子供たち同様、キラキラと輝いていた。

「もうすぐ赤星武闘大会があるな!」

最後尾の席に着いた緋色が、窓際の斜め前の席に座ったストロベリーに言った。

彼女は体を少年のほうに向けながら、

「今年も緋色のお父さんが出場するの?」と、尋ねる。

「もちろん!今まで三回優勝してるし!あとはたぶん、猩々緋(しょうじょうひ)とかが出るんだろうな」

「そっか、三人で一チームのチーム戦だもんね」

密偵ストロベリーは四年に一度開催される大会の概要を思い起こす。同時に調査対象である緋色の家がこれまで挙げてきた功績も辿り始めた。

 確か少年の父、茜色はここ何年か常に出場している。

チームメンバーは頭首の右腕、猩々緋。

そしてもう一人のメンバーは毎回入れ替わって、定まってはいなかったはず。

優勝回数は緋色の言う通り三回。

ただしこの記録は茜色が出場するようになってからだ。

対戦相手は……

 ストロベリーが調査対象に関するデータを脳内で掘り起こしていた時だった。

緋色が天井をうっとりと眺めながら、

「オレも出たいなぁ、武闘大会」そう口にした。

「うーん、緋色にはまだ早いんじゃない?」

ストロベリーは思わず苦笑いを浮かべる。

武闘大会に十歳の子が出場なんて、冗談だよね。

しかし緋色は「そうかなぁ」と、さらに瞳を輝かせた。




 王宮楽坊の廊下は他に人がいなかった。

庭園に面したその廊下は長く真っ直ぐに伸び、片側は白い障子戸がずらり並んでいるけれど、どれもぴしゃりと閉じている。

どこからか微かな楽器の音が聞こえてきてはいるが、楽師たちの多くはちょうど夕餉(ゆうげ)を頂いているのか、いつもよりは静かな夕暮れだった。

 マゼンタはその廊下をツキソメを抱えて歩いていた。

今度の武闘大会開会式で演奏する曲〝ヒファリルア〟を教室で練習していたのだ。

この曲は今まさに授業でも奏でている。

それでも所望されることが多いマゼンタにとっては、楽坊の楽師たちに追いつくため、時間の許す限り居残り練習は欠かせない。

最初は横笛奏者シェルも一緒に練習をしていたが、彼女は先に自室へ戻っていた。

 やっと教室での居残り練習がひと段落した。

マゼンタは楽坊内にある自分の部屋へと歩いていく。

部屋に着いたらまた〝ヒファリルア〟の楽譜を開いて、細かい箇所を詰めて……

 その時、廊下の向こう側から、同じくツキソメを胸に抱えた一人の楽師がやってきた。

彼女はマゼンタを目にすると、その場で立ち止まった。

ここで顔を合わせたくなかった、そんな雰囲気を醸し出している。

けれどマゼンタはお構いなしにそのまま進み、彼女の近くで歩を止めた。

「自主練か?」

マゼンタがポピーに尋ねた。

「え、ええまあ」

「そうか」

少女はそれだけ言うと、その場を後にしようとした。

「あっ、あの……!」

何やら上ずったような声がポピーから放たれる。

赤紫色の少女は彼女を振り返った。

「その、えっと、なんていうか……」

マゼンタは首を傾げる。

こんなポピーの姿は今まで見たことがない。

いつも自信満々で、高圧的で、嫌味や人の悪口など数知れず、気に入らない相手の物を勝手に破壊し、自分の過ちを人になすりつける、そんな彼女が、いったいどうした?

「なっ、なんでもございませんわ……!」

彼女はマゼンタを呼び止めておきながら慌てて立ち去った。

王宮内は基本的に走ることを禁じている。

ポピーもそれを忠実に守り通してきたのだろう。何やら足元が慣れず、もつれそうになっていた。

それでも彼女は顔を隠すように走った。

こんなの絶対に見られたくない、そういった思いが背中から溢れ出ている。

「なんだ?」

赤紫色の少女は必死に走り去る彼女を不思議そうに見送った。




「武闘大会の結果で王宮守人が決まる⁈」

二人の息子たちが叫んだ。

 クリムスン家の一室に頭首と葡萄(えび)が正座をし、コチニールとカーマインも同じような姿勢で彼らと向かい合っている。

開かれた縁側からは夜風が心地よく吹き込み、室内にいる四人の頬を優しく撫でていた。

しかし彼らは今それどころではない。

父から告げられた内容にコチニールは興奮し、ひねくれたカーマインさえ心拍が上がり、いつもは冷静な葡萄も鼓動が早くなる。

唯一頭首クリムスンだけは相変わらずの落ち着きっぷりだったが、これからのことをあれやこれやと思案していた。

「ああ、優勝したほうが王宮守人に採用されるそうだ」頭首が言う。

葡萄は緊張した面持ちで「そ、それはいつも以上に大事な大会になりますね……!」手の平の汗をぬぐった。

「父上たちなら大丈夫だよ!だって今までだっていっぱい勝ってきたもん!」

「三勝三敗だろ」

「ほらっ、いっぱい勝ってる!」

「いっぱいって言わねえよ……!」

前向きなコチニールに対し弟カーマインは真実を述べた。

(ええ、どちらかというとほぼ引き分けのような……)

葡萄もこの件に関しては珍しくカーマインに賛同した。

 三勝三敗。

その三敗した相手というのは勿論全て茜色家だ。

ただしこの結果はクリムスンと茜色が試合に出場するようになってからだが。

頭首クリムスンは息子たちを見回す。

「それでも構わん。今度は――」



「必ず勝つ」

茜色が宣言した。

 茜色家の一室、頭首である彼が、息子緋色と忠実な部下の猩々緋と向かい合っている。

開け放たれた縁側からは柔らかな夜風が舞い込んでいたが、こちらも皆それどころではない。

緋色はワクワクと心躍らせ、猩々緋はいつも以上に鼻息を荒くし、茜色は両手の拳を無意識に握りしめた。

「うん!父上なら絶対勝てるよ!」

緋色が声を弾ませる。

猩々緋は畳に勢いよく手をつくと、

「では早速人選を行いましょう。例年通り、茜色様、ワシ、それから……」

その時だ。

緋色が父と猩々緋の間に割り込んでくる。

「あのぉ」

「なんですかな?推薦したい人物でも?」

「オレも出たい」

少年は目を輝かせて言った。

ところが彼の言葉に茜色と猩々緋はものの見事に凍りついている。

(あれ、聞こえなかった?)

一時停止したような大人二人の姿に緋色はもう一度、

「だから、オレも出たい」

口をはっきりと動かして言った。

これなら聞こえただろう。

頭首茜色はしばし固まった後、

「あ、あのな緋色、今回の大会はとても大事な試合になるから、おまえは出せないんだよ」

「うん、それはよくわかってる。けどオレもう十歳だし出たいんだ」

猩々緋が唖然とした。

まだ十歳でしょうに……!

茜色は優しげな笑みを浮かべると、

「おまえの心意気は買うが、今回は諦めてくれないかい?」

息子を諭すように言う。

緋色の気持ちはわかる。でも今回は、今回だけは出場させるわけにはいかない。

「えぇーっ?」

少年はがくりと肩を落とした。

一桁から二桁の年齢に達した彼は、武闘大会に出場するのはいとも簡単なことだと思っていたのだ。

自分は強くなった。

毎日カッパーと稽古もしている。体術も剣術も。

だから大会に出れて当たり前だと思っていた。

なのに出れないとは……

しかし少年は姿勢を正し、真っ直ぐに前を向く。

こんなことでくじけるような性分でないことは、彼自身が一番よくわかっていた。




 王宮内にある執政官紅樺(べにかば)の部屋では、今日もこの部屋の(あるじ)が机と共にある椅子に座っている。

彼の部屋は書棚が多く並び、日光が直接本に当たらないよう閉め切っていることが多い。

でもこの部屋に楽師を呼んで音を奏でてもらう時は、背後の縁側に通じる戸を全て開け放つ。

そのほうが執政官にとっても楽師にとっても互いに心地よく、音の風景もより豊かになる、紅樺はそう思っていた。

 彼の前に一人の楽師がいる。

机を挟んだ向こう側、いつものように置かれた一脚の椅子。

その上に赤紫色の少女が掛け、弦楽器ツキソメの弓を動かしている。

 だいぶ慣れた。

初めは彼女の存在自体に緊張させられたが、今はもう他の人間と同じように会話をすることが出来る。他愛ない日常の出来事、楽師や楽坊の情報についても……

「例のポピーという楽師が楽坊に戻ってきたらしいですね」

紅樺は彼女に話題を振った。

「ああ、じゃなくて、はい」

演奏を続けながらマゼンタは答える。

「話によるとどうやら自分の過ちを認め、桃色殿も納得し温かく迎え入れたとか」

「そうらしい、ですね」

「なんと心のお優しい。二度も機会を与えるとは」

桃色なら確実にそうするだろう。演奏の表現と同じだ。

マゼンタはツキソメの弦を弾きつつ思った。

一音一音丁寧に、滑らかに、決して音を途切れさせない、桃色のツキソメ。

少女は楽坊の主の導き出す音から、その行動を予測していた。

「そして彼女はそれに応えるように夜分遅くまで、もちろん休日も必死に練習しているとか」

「相変わらず詳しい、ですね」

呆れたようにマゼンタは言う。

「楽坊のことを知るのは私の義務なので」紅樺は笑顔で返した。

「義務……」

「ええ義務です」

「そ、そうですか」

「はい」

義務というより若干行き過ぎた趣味のような気もするが……

少女の心中を察しているのかいないのか、紅樺はにこにこと微笑んでいる。

マゼンタは演奏を続けつつ、目の前の男から話題の楽師に思考を走らせた。

(とにかくポピーは今、自分の腕を証明するのに必死だ。それが出来なければ楽坊に戻ってきた意味がない)

 赤紫色の少女は最近のポピーの演奏を思い出す。

楽坊を出てあの行方不明事件に巻き込まれている間、あまり練習に時間を取っていなかったのか、ポピーの音にはほんの少し違和感があった。

皆の演奏に指が追いつかない、以前よりも音が小さい、音が伸びない、音が途切れる……挙げればきりがないが、そういったもの全てを改善し、前よりももっと上手く、もっと情感たっぷりに奏でるために、昼夜問わず練習に励んでいるのだろう。

 マゼンタは自分が触れているツキソメの弦を見つめた。

セキエよりも楽に弾けると思ったのに、ツキソメも案外奥が深い。

少女は弦を普段より強めに弾いた。

「ところで今楽坊では赤星武闘大会開会式の曲を練習中ですか?」

紅樺がマゼンタに問う。

「よくご存知で」

「いえね、もちろんこの大会にはあなたのご出身のクリムスン家や茜色家も出場されますから……」

へえ、父上たちの家でも大会に出るのか。

この星の中で最強の人物を決める大会、それが赤星武闘大会。

守人の最大派閥であるクリムスンや茜色の家が出場しても何らおかしくはない。

少女が思い巡らせる間も紅樺の話は続いている。

「一応お伝えしておこうと思いまして。クリムスン家と茜色家、どちらかの家が今度の大会の結果で王宮守人になることが決定したんです」

彼女の演奏の手が止まった。

「え?」

「両家共お強いですから、優勝したほうが、と言うのが正しいかもしれませんが」

「優勝したほう……」

そういえば私の楽坊入りや行方不明事件に首を突っ込んだせいで、その後どうなっているのか聞きそびれていたが、そうか、そんなことになっていたのか。

優勝したほうが王宮守人になる。

二つの家が協力するのではなく……


















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