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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第45話 箝口令


「へ?」緋色(ひいろ)がアホ面をさらす。

「なんと……!」猩々緋(しょうじょうひ)でさえ目を真ん丸にする。

茜色(あかねいろ)の口からは笑いが漏れた。

「一つ言わせてもらうよ。この子たちの存在は大勢が見ているんじゃないかい?おまえたちの家の人間も、捕らえた犯人一味も、うちの家の者だって見ている。それを全員口裏合わせてこの子らがいなかったことにすると言うのか?」

「そうだ」

クリムスンは断言した。

「何を寝ぼけたことを……!」猩々緋が吐き捨てる。

コイツ、頭大丈夫か?

緋色は啞然としつつそう思った。これで守人の頭首とは。

「私の家の者なら出来る。そっちは自信がないようだが」

途端に茜色と猩々緋に衝撃が走った。

「ふざけたことを言わないでくれ、私たちこそ出来るよ。そちらが本当に出来るのかは怪しいものだけどね」茜色が微笑む。

猩々緋も「そ、そうじゃそうじゃ!」頭首に同意する。

「心配は無用、部下の統率は完璧に取れている」

「へえ。でも娘の統率は取れていないように見えるけど」

「なんだって」今度はクリムスンのこめかみの血管が切れた。

「彼女がここにいること自体がその証しだろう、違うかい」

「なら貴様のほうも息子の管理がなってないんじゃないのか、事件現場に首を突っ込むとは」

「はははは、それはお互い様だよね」

マゼンタと緋色は口を呆けさせながら自分たちの親を見上げていた。

「だいたいなぜいつも貴様の息子は私の娘を巻き込む。何か月か前にも自分の家にこの子を拉致監禁しただろう」

「ふざけたことを言わないでもらえるかな。あれはその子が勝手に()()へやって来たんだ。それに私たちは丁重におもてなしをしたよ、本人に聞いてもらえばわかることだけどね」

「なぜこの子が勝手に貴様の家なんぞに行く。そそのかされて行ったに決まっているだろう。しかも口に合わない料理を……」

マゼンタと緋色は呆れ果てて何も言葉に出来ない。

その間も二人の頭首はいがみ合いを続けている。

「今回だって巻き込んだのは緋色ではなく君の娘のほうだろう。そうでなければこの子がこんな時間にこんな場所にいるわけがない」

「それはこっちの台詞だ。マゼンタは王宮楽坊の楽師、そもそもここにいること自体が有り得ない。何かあるとすれば貴様の息子が引き金になったに決まっている」

「なぜそう決めつけ……」

「はいそこまでっ!」

マゼンタが叫んだ。

クリムスンと茜色がやっと口をつぐんで赤紫色の少女を見下ろす。

「とにかく話を元に戻そう。つまり両家共口裏を合わせることが出来るとして、犯人一味はどうするんだ?彼らはとても協力してくれるとは思えない」

彼女の冷静な物言いに、緋色が首を縦に思い切り振る。

「そんなもの、こっちが知らないと言えばそうなる」

ええーっ……⁈

マゼンタと緋色はクリムスンに対し啞然とした。

いくらなんでもアホ過ぎる……!

しかしなぜか茜色までもが、

「確かに、守人全員が同じ証言をすれば何とかなるかもしれないね」と述べたのだ。

マゼンタは、「何とか……」

緋色も、「なるか……?」

二人の頭首の感覚が信じられない。

「ではそういうことで」と、クリムスン。

「話は付いた」と、茜色。

マゼンタは呆然とし、「本当にこれで大丈夫なのか……?」

「さあ……」緋色でさえぎこちなく首を傾げた。

まあ、元はと言えば私と緋色が見つかってしまったことが問題になっているのだが……。

マゼンタはがくりとうなだれた。

そこへクリムスン家の守人ボルドーが頭首の側に足早にやって来る。

「クリムスン」

「どうした」

頭首は忠実な部下に顔を向けた。

「それが、行方不明者たちがどこにも見当たらなくて」

「何?」

「従業員の話だと、ついさっき全員出て行ったようだと」

緋色ははっとしてマゼンタを見る。

彼女はまるで何も聞こえていない風にあらぬ方角を向いていた。

(まさか、全員逃がした?じゃあ本当はポピーって人に会えたのか?)

少年は目をぱちくりとさせる。

クリムスンはマゼンタにちらり視線をやった。

が、彼女はそれさえ無視している。

「なるほど。ならば旅館のデータや犯人たちの所持品を全て押さえろ」

マゼンタははっとしてクリムスンを見た。

ボルドーは頭首に返事をし、さっさと走り去ってしまう。

そんなことをされたらポピーの存在が……!

少女の中に焦燥感が生まれた。

どうすれば、どうすればいい?

データを先に押さえる?犯人の所持品を先に処分する?

いや、どちらも現実的じゃない。

どう考えても今の私がそれらを実行するのは無理がある。

ならどうすれば……!

クリムスンは娘の葛藤を感じ取りつつ、去りゆくボルドーの姿を目で追っていた。

(おまえが何を隠そうとしているのか、徹底的に調べさせてもらうぞ。そうしなければ護るものも護れんからな)

マゼンタは必死に脳内を搔き回していた。

何かいい方法はないか……⁈ポピーの存在が明るみに出ない方法は……⁈

 彼女が思い悩むその間に、茜色は大男に対してとある提案を始めた。

「その旅館のデータや犯人の所持品だが、私たちが調べようか」

「なんだって?」

クリムスンが胡散臭そうに目を細める。

「君の家は犯人の取調べで忙しいのだろう?何十人も捕まえたみたいだし。だから物品の調査は私たちで行ってあげるよ」

「おお、それは良い考えですな」

猩々緋もにんまりと微笑んだ。

「何をふざけたことを。我が(いえ)の構成が何人かは把握しているはず。貴様らの手など借りるくらいなら猫の手を借りるわ」

緋色はもううんざりしたように父親らを見上げている。

なんでこうもアホな言い争いを続けられるのか?

「この件はお偉方から依頼された合同警備。それを片方の家だけが全て調査するというのはいかがなものだろうか」茜色が涼やかに言う。

「依頼内容に反しますな」当然猩々緋も賛成する。

「だったら我々より先にこの場所を発見し犯人を確保すればよかっただろう。人の後をこそこそついて回るような真似などせずに」

「なっ……!」

「もういい加減に……」少年はいい大人たちの喧嘩を止めるのももはや面倒臭くなっていた。

彼らの言い争いを瞳に映しながらも、赤紫色の少女はポピーの存在が表に出ない方法を必死に考えていた。




 数日後、塾の敷地内にある広場で二人の生徒が話をしていた。

一人は広場の隅に申し訳なさそうに生えた一本の木の枝に腕を伸ばし、ひたすら懸垂を繰り返す。

もう一人はその木の側に立って、懸垂をする少年を見上げていた。

「ででで、どうだった?あたしの情報、正しかったでしょ?」

密偵のストロベリーが緋色に尋ねる。

「あー、それはー」

「ねえ教えてよぉ、あの後どうなったの?」

ローズに聞いても全っ然教えてくれないし……!

 ストロベリーはマゼンタから電話があった後、頭首ローズに電波障害が起きている場所を調べてもらって、それを彼女に伝えた。

そこまではよかったのだが、その後の動きがストロベリーにはまるで伝わってこない。

本当はローズには情報が入ってきているはず。でも自分には敢えて話さないようにしているのだろう。

まあ、行方不明事件の情報を緋色や塾の先生たちに漏らした挙句、マゼンタの願いを無理矢理聞き入れてもらったのだから仕方ない。

でも気になるものは気になる!

だから彼女は事情を知る当の本人に聞くしかなかった。

緋色少年は懸垂を続けながら言う。

「その、ストロベリーが教えてくれたことは本当に助かったんだけど」

「うんうん」

「家のルールで口止めされてるんだよね」

「ええーっ⁈」

少年は木の枝から跳び下りる。そして勢いよく頭を下げると、

「ごめんっ!この件については誰にも言っちゃダメって言われてるんだ。だから、ほんとごめん!」

ストロベリーはのけぞった。

あたしはローズに頼んで電波障害のあった場所を調べてもらったのにぃ……

彼女の期待という苗がどんどん(しぼ)んでいった。

「けどさ、ストロベリーはなんでそんなに色んな情報を知ってたり調べることが出来たりすんの?」

緋色が下げていた頭を上げ、彼女を凝視している。

「へっ?」

「事件のこともすごく詳しかったし、電波障害のある場所もすぐ調べられたし。それって簡単なことじゃないだろ?」

ストロベリーの全身に汗が滲む。

「そそそそんなことないよ、すっごく簡単すっごく単純誰でもすぐ調べられるのっ」

「そうなの?」

「そうなのそうなの、あはははは」

「へー、そうなんだ」

「そうそうそうそう、はははは」

少年から真相を聞く予定だったのに、自分のほうが逆に窮地に陥るとは……!

ストロベリーはカラカラに乾いた喉から笑い声を絞り出した。

 そんな彼らを教室の窓から眺めている人影があった。

勿論、塾講師アガットと臙脂(えんじ)の二人である。

「何にしても、彼らが無事に帰って来てよかったよ」

アガットが言った。

二人の塾講師はほっとしたように微笑んでいた。




 クリムスン家の敷地内にある屋敷の隣には、割と広大な畑が広がっている。

家のたくましい男たちが朝昼晩と頂く飯の副菜になるのだ、それはそれは結構な眺めのよい畑だ。

品種も様々、葉野菜に根菜、今の季節ならまだ実野菜も充実している。

ただし色だけは赤や橙、黄に茶色、白と相場は決まっているのだ。根も葉も茎も花も実も、全てがそれらの色だ。

 ここは赤星紅国(あかほしくれないこく)。土の色は赤く、実る作物はほとんどが暖色か無彩色。その定義は決して変わらない。

クリムスン家の畑もそれは同様で、大地からは茶色の茎や葉が伸び、白い花や黄色の花を咲かせ、中には赤や橙色の実をつけているものもあった。

畑には数人の男たちが点在し、今日の付け合わせとなる葉や実をもいでいる。

男衆の纏め役であるワインと、その相棒ボルドーも彼らに混じってしゃがみ込み、作物を収穫していた。

しかし二人が熱中していたのは野菜の実り具合云々ではなく、別の話題についてだった。

「まさかお嬢と茜色家の息子がね」ワインが言う。

ボルドーも、「けっこう仲良さげに見えたよな」

「ああ、遠目でもわかったよ」

「そういえばさ、前にもそんな噂があったよな?」

「お嬢が茜色家に拉致されたっていうヤツだろ?」

「お嬢に限って有り得ない話だけど」

「でも確かに二人は同じ塾に通っていたわけだし、何かがあったとしてもおかしく……」

その時だ、二人の背後に近づく影があったのは。

その影は、「マゼンタがなんて?」と、彼らに尋ねた。

ワインとボルドーが驚いて振り返る。

後ろに立っていたのは、頭首クリムスンの長男コチニールと、次男カーマインだった。

ワインとボルドーは思わず立ち上がって言う。

「な、なんでもないよ……!」

「妙に揃ってんな」カーマインが言い捨てた。

コチニールは一歩前に出て、

「今マゼンタのこと話してたでしょ?あと、緋色のことも」

「いやっ、そんなことはないと思うぞ」と、ワイン。

「そうそう、ただの空耳だ」と、ボルドー。

兄コチニールと弟カーマインは二人の大人をじっ……と、見上げた。

ワインとボルドーの咽を生唾が通過する。

「なんか隠し事してんなら父上に頼んでどっか辺境の地に飛ばしてやってもいいんだぞ」

カーマインの言葉に大人二人は一気に頬がこけた。

「それは言い過ぎだよ」コチニールがとりあえずかばう。

「でも最近おまえらみんな様子がおかしすぎる。なんか妙にコソコソしてるっていうか」

さすがいいとこ付いてる……!

ワインとボルドーはカーマインの洞察力を改めて見直した。

だが彼の追及は終わらない。

「この間の行方不明事件でなんかあっただろ?」

「それはーそのー……」ワインが視線を背ける。

「マゼンタがなんか関係してんのか?」

「もしかして、マゼンタと緋色に何かあったの?」コチニールも心配そうに言う。

「それは……」

「ワイン!ボルドー!」

コチニールの叫びに二人の大人は大きく息を吐いた。

これ以上、お嬢の兄であるこいつらに黙っていることは出来ないだろう。

ワインは口を開いた。

「実は……」



「マゼンタと、緋色が……?」

「あ、ありえねえ……」

ワインから話を聞いたコチニールとカーマインは愕然とした。

まさか自分たちが知らない所でそんな大事(おおごと)になっていたとは……!

ワインとボルドーの二人は再度溜息を漏らす。

隠しておくことは出来ないと思ったが、コチニールとカーマインに真相を伝えてしまってよかったのだろうか……?

男衆を纏める立場のワインでも、これが正解だったのかわかりかねた。

 彼ら四人の様子を、屋敷の渡り廊下から眺めている人間がいた。

クリムスンの右腕の葡萄(えび)である。

彼は眼鏡の奥を光らせながら淡々と思った。

(真実は外には漏れていない。とはいえ家の中はやはり無法地帯か)

 事件後、クリムスン家と茜色家が本拠地とした寺院の畳部屋では、押収した旅館の書類やデータ、宿泊客名簿、犯人一味の所持品など、全てを調べ上げた。

それにより大勢の女たちが他の国へ売られていることが判明。この件は国際犯罪として取り扱われることになったのだ。

軟禁されていた被害者に関しては、彼女たちが突然家に帰ってきたことでマスコミが大騒ぎ。それに乗じてたちまち有名人になる者もいれば、そっとしていてほしいと身を隠す者もいて、その様子はまちまちだった。

武装していた犯人たちも今は観念したようで、皆大人しく口を割っているという。

マゼンタと茜色家の息子に関しては、クリムスン家の若手が早まって行動したということで何とか収まった。それが誰かと追求する外野の声も上がったが、クリムスンが徹底的に抑え込んだ。

マゼンタが楽坊を抜け出したこともバレてはいない。彼女が隠したかったポピーという楽師のことも表には一切公表されていない。

現在状況は落ち着いたように見える、一応。

 葡萄は眼鏡の蔓を押し上げる。

視界には畑に立つコチニールとカーマイン、それにワインとボルドーが映し出されている。

コチニールとカーマインはワインから聞かされた話の内容があまりにも衝撃的だったらしく、未だ呆然と立ち尽くしていた。

 葡萄はふっと笑みを漏らす。

たとえ真実がどこまで伝わろうと、全てもみ消してあげますよ。

このクリムスン家の為であればね。

彼はひらり衣を翻し、屋敷の中へと戻っていった。




 その日の王宮楽坊はいつもとは違っていた。

時刻は夕暮れ時、普段ならそこかしこから響くはずの楽器の音が、一切やんでいたのだ。

特別な何かがあるわけではない、全員が示し合わせたわけでもない。

ただその時だけは、誰もが楽器の練習をしなかった。

ある者は机に向かって教本に目を通し、ある者は早めの夕食や風呂を頂いて、ある者は楽師同士で話をし、とにかく楽器には触らなかったのだ。

 なぜかはわからない。

しかしそのおかげで楽坊内にある桃色(ももいろ)の執務室では、目の前に立つ楽師の声がよく通った。

彼女は思い切り頭を下げると、

「大変申し訳ございませんでした!あたくしがあの時、自分でミスを犯したにも関わらず、それをマゼンタのせいにして、しかも演奏を何とか成り立たせようとしたあの子に罪を着せるなど、楽師としてとても恥ずべき行為だったと今は深く反省しております。あたくしの一件で皆様にご迷惑をお掛けしたこと、本当に申し訳ございませんでした!」

と、一思いに述べた。

 机の向こう側には桃色が椅子に座り、その横にパステルが立っている。

二人はあわや机に額をぶつけそうになったポピーを、しばし見つめた。

「やっと自分が何をしたか認めることが出来たか」

パステルが言った。

「はい、大変愚かな行為でした……!」

やれやれ。

パステルは溜息をつきながらも安堵していた。

やはりポピーのツキソメの腕は今の楽坊には必要不可欠なのだ。

「わかりますよ」

「え?」

ポピーは頭を上げて桃色を見た。

「自分がどれだけ頑張ってもそれを追い越そうとしてくる才能の塊がとても恐ろしい。その気持ち、よくわかります」

わかります?桃色様が?

ポピーはポカンと口を開いた。

(少しでも手を抜けば簡単に追い抜かされてしまう、ほんの些細なミスも許されない)

桃色は自分の中でそう呟いた。とある楽師を思い浮かべて。

「桃色様?」パステルが隣に座る楽坊の(あるじ)に視線を向ける。

桃色は微笑むと、

「ですから(わたくし)たちは必死に練習して、必死に努力して、その成果を発揮するのでしょうね」

「あの……」

ポピーが戸惑う。

桃色様はいったい何を言わんとしているのか。

けれども彼女の思いは楽坊の主の朗らかな声にかき消された。

「おかえりなさい、ポピー。あなたのことをずっと待っておりましたよ」

ポピーの瞳が潤む。

「ありがとうございます!」

彼女は再び頭を勢いよく下げた。



 同じ頃、塾では今日の授業を終えた子供たちが次々と教室を後にした。

最後尾の席の緋色と、窓際の席のストロベリーも教科書やノートを鞄に入れ、各々帰り支度をしている。

その時ふとストロベリーは手を止めて、

「でもなんでマゼンタは電波障害のことを思いついたんだろう。携帯端末も持ってないし、ネット環境に詳しいとは思えないんだけど」

少年も、

「さあ、そういえばなんでだろうな」と、鞄を背中にしょった。


















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