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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
42/130

第41話 針を千本、飲ませる


 大量のモニターが壁を這っている。映されているのはこの国のありとあらゆる場所の映像だ。

映像のほとんどはジョーガの街の中心部だが、中には地方の映像や片田舎の映像を瞬間的に映す場合もある。

監視カメラが設置され、それが生きていれば、どんな山奥だろうと人のいない場所だろうと全てを覗き見ることが可能だ。

最近はとにかくやけにがたいのいい男共が映る確率が高くなった。

どのカメラにも、はたまた映像が切り替わってもなお、どこかしらに彼らが映っている。

守人最大派閥の力は恐ろしい。

王宮専属密偵集団ローズ一門頭首、ローズがモニターを見上げながら彼らの姿を次々確認していった。

その隣でなぜか興奮した部下の少女が、先程から一生懸命本日の成果を報告している。

「ねえ、緋色(ひいろ)が王宮に忍び込んだんだって、これってスゴくない⁈密偵顔負けだよね⁈」

ストロベリーは満面の笑顔でそう言った。

何が面白い。

それでもローズは一応「ああ」と答えると、手に持った小さなタブレット端末を指で操作した。

壁に設置されたモニターの一つが一瞬消えたかと思うと、再び映像を映し出す。

そこには王宮の西側外壁をよじ登る少年の姿が確かに映っていた。

「こっちでも確認したよ。まったく、王宮の近衛隊は昼寝でもしていたらしい」

「なんかね、マゼンタに会いに行って、行方不明事件に関して茜色(あかねいろ)家とクリムスン家が協力してるってことを伝えたかったみたい」

「それだけ?」椅子に座っていたローズは、隣に立つ彼女を見上げた。

そんなことのためだけに不法侵入を?

「本人はものすごく感動したみたいだよ」

ストロベリーが微笑む。

「へえ、そうなの」

実際は協力してるとは言えないけど。

ローズはそう思いながら数あるモニター画面に顔を戻した。

しかし彼女の興奮は未だ冷めない。

「緋色スゴイよね。感動したらそれを伝えるために王宮の壁も越えちゃうんだもん。やるなぁ」

心躍らせる部下に頭首ローズは呆れ果てる。

「感心する所じゃないでしょ。密偵ならまだしも一般人がやったら犯罪だからね」

「まあそうなんだけどさ」ストロベリーの目元が下がった。

もしこの件をそれ相応の機関に報告すれば少年は、彼の家は一巻の終わりだ。

それともどこかで誰かがもみ消すだろうか。

彼の父親が、或いは父親を評価する人間が。

 でも、とローズは考える。

依頼でなければそういった行動には出ない。

これが王宮専属密偵集団ローズ一門の掟だ。

たとえ犯罪を確認したとしても、それを逐一全て報告する義務は我々にはないのだ。

 命拾いしたな、少年よ。

ローズは緋色の行いをしっかり記憶に留めつつ、モニターたちを再度見渡した。

 ふと、大量の画面の一つに目が留まった。

なぜかたった今確認したばかりの少年の映像と、全く同じものが映し出されている。

これはいったいどういうことだ?録画したものではない。現在の映像だ。

ローズはまさか、と思った。

隣のストロベリーは無論気づいていない。

頭首ローズは普段より息を深く吐いた。

そしてまた一つ貸しが出来たと心の中で呟いた。



 王宮内の庭園に面した廊下では、今日も栗梅(くりうめ)と女官たちが韓紅花(からくれない)を探している。

もう夕日が差し込む時間帯だ。早く見つけて夕餉(ゆうげ)を、いやその前に勉学の続きをしていただかなければ……!

 栗梅たちは焦っていた。

そのせいで自然と声に棘が混じる。

「殿下!どこにおいでですか⁈」女官たちが叫ぶ。

「今度という今度はもう許しませんよ!さっさと出ていらっしゃいませ!」

栗梅も声を張り上げた。

言って出てきてくれればこんな楽なことはない。

が、相手はそう単純な姫ではないことを、栗梅は理解していた。

案の定、姫からの返事はない。

そう。韓紅花は今回も彼女たちの足元、つまり廊下の下の窪みに隠れていたのだ。

(かくれんぼなのにゆるさないってどういうこと?)

姫は心の中で栗梅に反論しながらその場を後にした。



同時刻、本日も外壁を越え王宮内部に侵入した緋色は、林を抜けこの前と同じ庭園へと顔を出した。そしてそのまま庭園に面する建物の廊下の下に身を潜める。

彼の行動は以前と違って手慣れたものだった。

今回は場所がわかってるもんな。楽坊への道は……

少年がこの前案内された方向へと歩みを進めようとした、その時だった。

「いたっ!」

自分の背後から声がした。

しかもそれは明らかに自分へと向けられている。

まさか……

緋色は恐る恐る振り返った。

そこにいたのは、やはりこの前道順を教えてくれた小っちゃい女官だった。

彼女は今日も頭ボサボサ、着物もそこかしこが土で汚れている。

「おまえ、またっ……!」

少年は声を抑えて言った。

彼女はにんまり微笑むと、

「あそびに来てくれたの?ありがとう」素直に礼を述べる。

「いやそういうワケじゃ」

「えー、このまえまたかくれんぼしてくれるって言ってたのにぃ」

彼は彼女との別れ際に、そんな約束をしたことをなんとなく思い出した。

「そりゃ言ったかもしんないけど、今はそれどころじゃ」

途端に相手の目が吊り上がる。

「いっしょにかくれんぼしてくれないと大きい声出すわよ、おまえのこと知らせちゃうわよ」

緋色はぎょっとした。「ちょ、それは困る……!」

自分のことがもしバレたら、バレたら、どうなる……?

が、彼は信じられないほど前向きだ。

だから敢えて悪い未来を想像しないことにした。

「じゃあかくれんぼしよう」

怒っていたはずの小っちゃい女官が、またにっこり笑顔になる。

こちらもまた単純らしい。

少年は「わかったよ」と、うなだれた。

オレはこんなことしてる場合じゃないのに……!

しかし彼女はキョロキョロと辺りを見回して、

「どうするどうする?どこにかくれる?」と、息を弾ませている。

その瞬間、緋色の脳にある閃きが降ってきた。

「なら……」



楽坊の自室中央に立ったマゼンタが部屋の中を見回している。

室内は相変わらずツキソメ以外、何もない。

低い机はあるがその上には何も置かれてはいないし、襖の中も布団だけが畳まれている。

彼女の私物、服や靴、恩師アガットから託された弦楽器のセキエ、支給された教本の類は全て天井裏に隠されたままだ。

ポピーがこの部屋に勝手に入るようになってから、マゼンタは全ての荷物をそこへ移動させた。

ポピーはもう楽坊にはいない。なのに荷物は全てそのままになっている。

むしろその習慣が身について、敢えて戻す気にならなかったのだ。

 マゼンタは畳に付いた傷に目をやった。

何かで深くえぐられたようなその傷は、恐らくポピーが前のセキエを壊す際に付けたものだろう。

セキエを叩きつけて壊した。その時の傷……

マゼンタはしばしその痕を見下ろし続けた。

それから彼女は壁に立て掛けてあるツキソメに視線を移す。普段楽坊の授業や所望で使用しているものだ。

三日月型の胴から伸びる長い棹、張られた四本の弦、弓。

セキエにとてもよく似た楽器……

赤紫色の少女は今度はツキソメに目を留めた。

その時だ。

コツンという軽やかな音が部屋の外から鳴った。

まるで小石が柱にぶつかったかのような音。

マゼンタは障子戸を開けて廊下に出た。

両隣の部屋からは今日も自主練習の音が漏れ出ている。

彼女は足元に視線を下ろした。

そこにはやはり小さな、指でつまめる程の石が転がっていた。

もしや……

少女は嫌な予感を感じつつ次の反応を待った。

「よっ」

緋色が庭にせり出した廊下の下から顔を覗かせる。

少年は全く悪びれる様子もなく、満面の笑みを浮かべていた。

「おまえまた……!」

彼女が彼を叱ろうとした時だった。予想もしないことが起きた。

緋色の隣からもう一人別の人間が顔を覗かせたのだ。

髪はボサボサで片方の頬は土で汚れているが、彼女はその人間に見覚えがあった。それもつい最近。

「韓紅花姫⁈」

マゼンタから驚きの声が発せられる。

なぜ姫がここに⁈

「姫?」

緋色が口をポカンとする。

「えっ、姫⁈おまえ姫なの⁈」

「そだよ」

韓紅花は隣の少年ににこりと笑いかけた。

「第二王女の韓紅花姫君だ……!」

マゼンタが息を呑む。

どうしてここに姫と……⁈

さすがに理解が追いつかない。

「えっ、あっ、ちょっ、えっ、マジっ……⁈」

緋色の声が裏返る。

彼も理解が追いつかない。

「おまえはなんというの?」

韓紅花姫が少年に尋ねた。

「えっ、あっ、オ、オレは、緋色……」

「緋色というのね。やっと名前がわかったわ」

「ちょ、マジ、ええぇぇぇ……⁈」

彼はテレビ画面から流れる王族たちの顔を薄っすら思い出す。

そーいえばどっかで見たことあるような、ないような……!

しかしながらはっきりとは思い出せない。

これが、こいつが、姫っ……⁈

マゼンタは深い溜息をつくと、彼らと向かい合うように正座をした。

「で、なんでおまえが韓紅花姫とここにいる……!」

「それは、その……!」

緋色が言い淀む。が、

「ガクボウのばしょを知りたいというからおしえてあげたのよ。そしたらまたここに来たいっていうから。でもこのハデなガクシに会いに来たかったのね」

姫が丁寧に説明をしてくれた。

「ハデ……それ久しぶりに聞いたかも」緋色は今どうでもいいことに対し突っ込みを入れた。

女官だと思っていた相手が、実は姫君だったという真実がまだ信じられない。

マゼンタは呆れたように少年を見下ろす。

(よく楽坊の場所がわかったと思ったら、まさかこんなことになっていたとは……)

彼女の視線を感じ取った緋色は、「だ、だってオレだってまさかこいつが、じゃなかった、この方が姫だなんて思いもしなかったんだよ……!」

少年のこめかみを汗が伝う。

まあ確かに緋色の言わんこともわからないでもない。

相手がこんな身なりで王宮内をうろついていたら、さすがに姫君だとは思わない、だろう。

「やれやれ」

何度目かの溜息と共にマゼンタがそう呟いた。

「それで、二人はどういうかんけいなの?」

韓紅花の言葉にマゼンタと緋色は同時に固まった。

か、関係……⁈

「えー、それは……」

少年は何か言おうと画策する。けど何も出てこない。

オレが茜色家の息子で、こんなとこにいたってバレたら……!

そればかり脳を駆け巡る。

どうしよう、どうすれば、マゼンタとの関係、なんて言えば……⁈

するとマゼンタが口を開いた。

「し、親戚の、知り合いの、そのまた知り合いの、友人の子、です」

ものすごいデタラメだ。

しかしそれしか思い浮かばなかった。

緋色は「そっ、そんな感じ……!」と、とりあえず彼女の話に乗った。

マゼンタナイス!

何でもいいからこの場を切り抜けられればそれでいい、彼はやはり単純だ。

マゼンタはまたも呆れたように少年を見返す。

「ふーん、よくわからないわ」

韓紅花姫が首を傾げる。

これはもっと説明が必要なのか……⁈

緋色は何とか脳ミソをほじくりまくって、

「ちょ、ちょっとこいつに用事があってさ、それでここに来たんだよね」

ヘラヘラとしながら姫に言った。

「へー。じゃあなんでかくれんぼなんてしてたの?」

少年はギクッとなる。

そ、それは……!

「かくれんぼ?」妙な単語に今度はマゼンタが首を傾げる番だ。

姫は続ける。「用があるならさっさとここに来ればよかったのに」

「えっと、それは……そ、そう!オレ、忍者になりたくって!」

「忍者?」

またも聞いたことのない単語にマゼンタが混乱する。

韓紅花は「あっ、わかる!かくれてコソコソしながらいろいろしらべたりする人のことね!」

隠れてコソコソ?それはいったいどんな職業だ?

マゼンタは二人の会話に全くついていけない。

「ま、まあそんなとこ。だからあれは実はかくれんぼじゃなくて、忍者のマネをしてたってゆーか……!」

「なるほど、そういうことだったのね」

「そうそう、そういうことっ」

納得した……

マゼンタは姫を眺めて呆然とした。

「だからオレがここに来たことを誰にも言わないでほしいんだ……!ほら、オレ忍者の見習いだからさ……!」

「うん、わかった、だれにも言わないわ、ヤクソクする」

緋色は大いに胸をなでおろす。

よかった、これでもう安心だな。

それに対しマゼンタは韓紅花姫をじっと見つめていた。

「はい」

突然、姫が自分の右手の小指を立てて緋色に突き出した。

「え?」

「おまえのことをだれにも言わないかわりに、また私とあそんでちょうだい」

「あー……」少年が頬を引きつらせる。

「はいっ」

姫は自分の小指をさらに緋色のほうへと突き出す。さも当然だろうという風に。

彼はこめかみをポリポリと指で搔くと、

(まあいっか、またかくれんぼするだけだし)

諦めたように自分も右手の小指を立てた。

「はい」そしてその指を韓紅花の指と絡ませる。

「ヤクソクよ。やぶったらゆるさないからね」姫が言う。

「わかった」

彼らの様子を眺めていたマゼンタは不思議そうな顔で、

「なんだその妙な儀式は」と、尋ねた。

「ユビキリよ、知らないの?」

「初めて見、ました」

「ウソー、この国で知らない人なんているはずないわ」姫の声音が高くなる。

この国の人間ではないかもしれないので……

マゼンタは久々にそれを自覚した。

緋色も苦笑いで(こいつ記憶ねえからな)と、心の中で言う。

少年は、

「こうやって、お互いの小指を繋いで約束するんだ」

記憶喪失の彼女のために自分たちの小指を掲げてみせた。

「へえ」

「もしヤクソクをやぶったらハリを千本のませるのよ」

「は?」

針を千本、飲ませる⁈約束を破っただけで⁈

「それは、子供でも適用されるのか……⁈」

韓紅花姫はにやり口角を上げると、「もちろんよ」

マゼンタは愕然とした。

なんて残酷な!この国の人々はなんて(むご)い仕打ちを……!

 彼女は今まで紅国(くれないこく)の民は熱心で真面目で親切で、総じて素晴らしい国民だと思っていた。

中には勿論それに当てはまらない人間も存在するし、行き過ぎた行動に走る者もいる。

が、多くは自分よりも他人を優先し、全ての調和を図る人間たちだと思っていたのだ。

なのにまさか、まさかこんな拷問のような罰を与えるとは。

しかも小さな子供たちまでもがそれを受けるだなんて……!

彼女は紅国の民の人間性を疑い始めた。が、

「冗談だよ」

「え?」

マゼンタが緋色に顔を向ける。

「一応そう言ってるだけで実際はそんなことしねーよ。したら大変だろ」

「そ、そうなのか」

今度は少年が呆れる番だ。

韓紅花姫がくくくと笑いを(こら)えている。

(からかわれた?)

マゼンタは口をぼんやりと開けた。

「じゃあ指きった」

姫の一声で二人は繋いでいた小指を放す。

「で、姫。その、いつまでもこんなとこにいていいの?」

緋色が尋ねる。

途端に韓紅花の顔色が変わった。

「そうだ!もうもどらないと栗梅にしかられる!じゃあね緋色、じゃあね、えっと……」

姫が派手な色の楽師を見上げる。

「マゼンタ、といいます」

赤紫色の少女は韓紅花姫に自分の名を伝えた。

「じゃあね、マゼンタ」

そう言って韓紅花は人目もはばからず庭を大胆に走っていく。

マゼンタと緋色は彼女の背中を見送った。

しかし姫が途中で立ち止まったかと思うと、少年を振り返り、

「緋色、ぜったいヤクソクだからねっ!」

彼女の声はかなり大きかったが、それも楽器の音にかき消された。

ここが楽坊で本当によかった。

「おう!」

緋色が姫に手を振り、韓紅花はまた背を向けて去っていった。

「あれが姫か……なんかイメージとちょっと、てかだいぶ違ったな」

彼にとっての姫とは、上品で丁寧でおしとやかで、いつも着物や髪をきちんとしている、そんなイメージだった。

「彼女が誰にもおまえのことを言わないといいな」

マゼンタが姫の去った方向を見つめながら言った。

「い、言わないよ。だって今約束したばっかだし……!」

「そうだな。ま、もしバレたらおまえも私も、果てはクリムスン家も茜色家も終わりだ」

考えたくなかったことをマゼンタがさらりと述べる。

「なっ、そ、そんなこと……!」

あるワケないと願いたい!

少年は単純だった。

だが心配が完全に拭えたわけではない。

だからとりあえず韓紅花姫を信じることにした。

「それで」

赤紫色の少女が地面に立つ少年に視線を移す。

「ここに韓紅花姫まで連れてくるほどの大事な用があったのか?」

聞きたいのはそれだ。

ここまでの危険を冒してくるにはよほどの……

「お、そーだ。事件の追加報告に来たんだった」

「はあっ?」

マゼンタはそれ以上の言葉を失った。



楽坊、マゼンタの自室前廊下。

時刻は夕暮れ時。周囲からは相変わらず楽器を練習する音。

彼女は庭に面する廊下の縁に正座をし、奥の林を眺めている。

彼女が座る廊下の下には緋色が潜り込んだまま、頭上の楽師を見上げていた。

「でさ、いなくなった人の中には、仕事が上手くいってない人がけっこういたみたいで、テンショク活動?とか、シューショクする先?を探してた人もいたんだ。って、ストロベリーが言ってたよ」

行方不明事件に関する緋色の報告を聞きながら、マゼンタは考え込んでいた。

色々な人間がこの件について述べていた様々な言葉が蘇る。


「なんでも若い女性ばかりが突然いなくなるらしいですわ」

「その部屋の周りで変なヤツを見かけたとか、そういう情報もないって」

「部屋からなくなってた物があって、それは……数日分の服と、化粧?それとケータイ?がないとかって」

「ポピーはこれから、紅国でも一二を争う超~立派で有名なお屋敷のお抱え楽師として働くらしいですわ」

「そんなに有名な方の所に勤めるなら、私の元に情報が来ても良さそうなものだと思ったので」


行方不明者とポピーの状況が異様に重なってる。これはただの偶然か?それとも……

マゼンタは首を捻った。

「マゼンタ?おい聞いてっか?」

あまりに無言が続くため、廊下の下に隠れている緋色は彼女に声を掛ける。

「ストロベリーはなぜこの件に詳しいんだ?」

お、ちゃんと聞いてくれてた。

少年は安堵した。

「さあ。メディアでやってたって本人は言ってたけど、先生たちもフシギそうな顔してた」

「メディアね……」

テレビ、紙媒体、タブレット端末、携帯端末、ネットの情報……

彼女が目の前を呆然と眺めていた、その時だ。

「マゼンタ!」

廊下の奥からよく知った声が足音と共に近づいてきた。

「ヤバっ、誰か来たっ」

緋色が廊下の下で焦る。

「静かにしていろ」

マゼンタが彼に言い、少年は口元を両手で押さえた。

「ここにいたんだ」

声の主が彼女の側にやってくる。

「どうした?」

「どーしたもこーしたもないよ、ちょっと聞いてくれる?」

横笛奏者のシェルがマゼンタの隣に腰掛けると、庭のほうへ足を投げ出した。

廊下の下に隠れていた緋色は突然現れたシェルの両足にぎょっとする。

「なんかね最近楽師の中で練習についていけない人たちがいてね彼女たちが言うにはとある一部の楽師が上手すぎて楽坊全体のレベルが上がっちゃってねそれでついていけなくなったっていうの。それってマゼンタとかわたしのことって思ってね」

シェルが一息に言った。

マゼンタは冷静に聞いていたが、廊下の下の緋色は、

(なんだこりゃ、グチってんのか?グチってんだな)

と、頭上を見上げながら呆れていた。

横笛奏者の話は続く。

「そんなこと言われたって仕方ないじゃんねえっ。わたしたちは一生懸命やってるだけだしそれを上手すぎるせいだって言われてもどうしようもないじゃない。そんな風に言うくらいならあなたたちがもっと練習するなり努力するなり本気見せなさいよって、わたしにどうこう言うんじゃないわよって……!」

「そう返したのか?」

マゼンタが問う。

「返したよ、それが彼女たちの為にも楽坊の為にもなると思ったから」

シェルは肩を怒らせた。

彼女がこんな風になるのは珍しい。

だいたいいつもケラケラ笑っているし、物事のいい面によく気づくし、まあかといって楽器の練習はいつも真剣だが。

だからこそか。他を攻める暇がある奴を許せないのは。

「私もそう思う。それが赤星最高峰、紅国王宮楽坊なんだろう?」

マゼンタは彼女に同意した。

 楽坊に入る時、誰もが楽坊とは、赤星で最高の音楽機関なのだと説明してくれたではないか。

最高の音楽を提供する。その為に日々練習を重ねる。

それのどこが悪いのだろう。

「だよね、そうだよね、言ってよかったんだよね!」

「ああ」

「あは、なんかスッキリー」

シェルは解放されたかのように上空を見上げた。

反対に緋色は完全に呆れて、その場にしゃがみこんでいた。

「あ、そうだ、ポピーからまた連絡があったらしいよ」シェルが顔を下ろして言った。

「ポピーから?」

マゼンタがピクリと反応する。

「うん、なんかね、今夜新しいお屋敷に移動するとかって」

「今夜?」

「変わってるよね、夜に移動だなんてさ。あと、今いる場所はなんでか携帯がほとんど繋がらないって言ってたみたい」

携帯端末が繋がらない?そんな山奥なのか?

マゼンタはなぜか真正面の林を睨んでいた。

その拳は強く握りしめられている。

「シェル」

「ん?」

少女は隣に座る友人に顔を向けると、「さっきパステルが呼んでいたぞ」

「えっ、パステル様が?」

「急ぎの用があるとかなんとか」

「ヤバっ!もうそれを先に言ってよおっ!」

シェルはいそいそと立ち上がる。

「早く行かないと怒られちゃう!」

横笛奏者は脇目も振らずに走り去っていった。

廊下の下に隠れていた緋色が周囲を確認しつつ、庭のほうへと出て来た。

彼はシェルの後姿を見ながら、

「なんか、楽坊の楽師もいろいろと大変なんだな。レベルがどうとかこうとか」

「緋色、携帯端末を持っているか?」マゼンタがその場にすっくと立ち上がる。

「え、ケータイ?」

少年は自分の服のそこかしこをまさぐった。

「ヤベっ、忘れてきた。どこに置いたっけ……!」

ここに来るまでの間、王宮内に入ってからか?それとも車の中?塾?学校?いやそもそも今日家から持って来てたっけか?

彼が服と記憶の中を探る間に、マゼンタはすぐ背後の自室に走っていた。

「マゼンタ?」

少年がしばし呆然とすると、彼女はすぐに部屋から出てきた。

その手には平べったい靴が握られている。

「いきなりどーしたって……」

彼女はそのまま廊下の板を踏みつけると、緋色の隣の地面へと着地した。

「なっ、どしたの⁈」

マゼンタは急いで足に靴を被せると、

「行くぞ!」林に向かって駆け出した。

「えっ、ちょっ……⁈」

何が何だかわけがわからない少年は、とりあえず彼女の後を追いかけた。


















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