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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
36/131

第35話 花火


 皆一様に同じ格好をした人々が同じ方向に向かって歩いている。

同じ格好と言っても個性は出ているらしく、服の色や柄、帯の形に変化はある。

白、灰、黒、赤、ピンク、橙、茶、黄など、使われている色は無彩色と暖色、柄は花や草木、昆虫、鳥、扇子などが散りばめられ、帯は背中でリボンの形やそれを崩したもの、筒状や四角い箱型のものなど性別、年齢、好みによって自分らしさを表現しているようだ。

 彼らはすっかり日の暮れた歩道を、川の匂いに誘われるかのごとく歩き続ける。

いや、川ではなく香ばしい食べ物の香りに誘われているのかもしれない。

視線の先、闇夜に浮かぶように屋台の温かな光が連なって人々を呼び込んでいた。

 彼らの中をひときわ目立つ人物がしゃなりしゃなり歩いている。

暗闇に溶け込む黒地の着物を着ているが(あで)やかな大輪の赤い花柄のせいか、女性にしては背が高いせいか、はたまた豪華絢爛な金色の(かんざし)を十本も頭に挿しているせいか……

とにかく、周りの人々は彼女を振り返り、その顔を確認せずにはいられなかった。

白粉(おしろい)を塗りまくった肌に、はっきりと描かれた目元と真っ赤な唇、確かに相当な美人だ。

彼女を見た者たちは男女問わず驚いたり溜息をついた。

 しかし彼女の隣をちょこまかと歩く少女は、居ても立っても居られない。正直、うんざりしていた。

(なんでよりによってこの姿なの?これじゃあまるであたしがローズの引き立て役みたいじゃない。しかも密偵のくせに人より目立ってどーすんのよ。結局一緒に花火観るみたいだしっ)

ストロベリーはつい先ほど彼の口から出た言葉を思い出す。


「だって私も茜色家(あかねいろけ)の息子には興味があるからさ」


だったら最初からそう言ってよぉ……

ありったけの勇気を絞りまくって調査対象の、年下の、男の子を花火に誘った後悔を思い返して、ストロベリーはがくりとなった。

「で、どこで彼と待ち合わせなんだい?」

普段より声のトーンを高めたローズが尋ねる。

え、

「待ち合わせ……?待ち合わせっ⁈」

ストロベリーの全身に衝撃が走った。

「まさかとは思うけど、場所を決めていないだなんて言わないよね」

「そのまさかです……」

ストロベリーの目から光が消えていく。

「ああ、本当に君という子は」

ローズ一門頭首が眉根を寄せる。

仕事は出来るのに私用となると何かしらやらかしてしまう、それがストロベリーだ。

齢十五の少女は今まで見せたこともない機敏な動作で四角い携帯端末を取り出すと、そのままの勢いで画面を指で押そうとした。

が、不意に思いとどまり、

「番号、聞いてない……」

さすがのローズも呆然とする。

「君本当に密偵?」

ストロベリーはローズにすがりつく。「密偵権限で緋色(ひいろ)の居場所を調べられるよね⁈ねっ⁈」

確かに彼女の言う通りだ。

彼らには全ての人の居場所をありとあらゆる手法で調べることが可能だった。

ただし、それは王宮からの正式な依頼があってこそ。

「だめに決まってるでしょ、てか声が大きい」

艶やかに変身した頭首は少女を置き去りにして歩き続ける。

取り残されたストロベリーは体から魂が抜けていくのをひしひしと感じていた。



 そんなストロベリーが今夜お誘いした少年は、久々の休日にはしゃぎながら屋台を回っていた。

基本彼に休みというものはない。

平日は学校に通い、授業が終わったら塾へ行き、塾が終わったら家で稽古をし、世間一般の子供たちが休みの日さえ彼は塾と稽古に明け暮れている。

どこかへ出掛けるとか誰かと遊ぶということは守人一族に属する彼にとって、大変貴重なものだったのだ。

 だから彼は普段やりたくても出来ないことを目いっぱいやった。

射的に金魚すくい、ひょっとこのお面もかぶって、食べたいものを食べ、飲みたいものを好きなだけ飲んだ。

次は何を食べよう、何を飲もう、何を買おう、何をしよう!

その為緋色は、とあることをすっかり忘れていた。

けれども歩きながら串揚げを頬張っていた時にそれは突然起こった。

(そういえば、ストロベリーとはどこで待ち合わせしたんだっけ?)

少年は手に持った串揚げに目をやる。

串には衣をまぶしてサクサクに揚げた肉が順序よく並んでいた。半分はもう胃の中に収まってしまったが。

緋色はその場で立ち止まる。

「待ち合わせ、してねーな」

周囲の人々がごった返すように少年の両隣を過ぎ去っていった。

彼はほんのひと時だけ固まったかに見えた。脳内の思考が停止してしまったのだろうか。

でもすぐに気を取り直したかと思うと、

「まあなんとかなるよな!テキトーに歩いてればそのうち会えるさ!」

そう言って残りの串揚げを口の中に突っ込んだ。

都心のほとんどの人間が集まるこの花火大会会場の真ん中で。



 ほぼ同時刻、河川敷にはぞくぞくと人が集まってきていた。

彼らは屋台で買った飲み物や食べ物を両手に川辺を埋めていく。

皆の瞳はこれから始まるであろう光の祭典に湧き立っているようだった。

紅国(くれないこく)の民にとって花火大会は毎年行われる恒例行事だ。決して珍しいものではない。

しかしながら男も女も大人も子供も皆が着飾り、わざわざ仕事や勉強や遊びを早々に切り上げ、この祭りに揃って出席するのにはそれだけ、心惹かれる魅力があるからなのだろう。

毎年毎年、空に打ち上げられる光の内容は違えども、彼らはこの行事を心から待ち望んでいた。

 河川敷の中に一つ、ぼんやりと佇む人影があった。

こんなに暗い、屋台の光も届かない場所なのに、その人物は発光するかのごとく白く輝いていたのだ。

それは彼女の真っ白な浴衣のせいでもあり、シェルが勢い余って白粉を多めにはたいたせいでもあったのだが、友人の狙い通り、闇夜でも見つけやすいのは確かだった。

「マゼンタ」

隣に座った紅樺(べにかば)が声を掛ける。

彼も普段の服装とは違って、茶色の浴衣を着ていた。柄は縦縞だ。

「今日のあなたはいつも以上にお美しい。その浴衣、とてもよく似合っています。その髪型も」

暗くて表情はよく見えないが、紅樺の声は震えている。こんなに蒸し暑いのに寒いのだろうか。

「もう何度も聞いたがありがとう、ございます。ちなみにこれはシェルが貸してくれた浴衣だ、です。髪もシェルがやった、やってくれました。何度も説明したと思う、思いますが」

普段ポニーテールのマゼンタの髪は、後頭部でお団子のように纏められていた。

「浴衣じゃなくてもいつもお美しいんですよ、でも今日は本当に……」

「よくわかった、わかりました。紅樺、様もとてもお似合い、です」

「いえいえ、私はそれほどでも」

この会話、いったい何度繰り返せばいいんだ?

紅樺と待ち合わせてからというもの、彼は自分の見た目ばかりをとにかく褒めまくった。

何回も、何十回も……さすがに飽きた。

「それよりたくさんの光はいつ観られ、ますか?」

少女が彼から視線をそらして空を見上げる。

「もうそろそろだと思いますよ」

紅樺は大きく息を吐いた。

何もかもが完璧。

容姿も芸の才能も真っ直ぐな性格も、全てが……

彼女に見惚れていた紅樺は、ふと自分とマゼンタの間の空間に目を下ろした。

そこには屋台で買った食べ物、串揚げに、焼きそば、綿飴などが並んでいる。彼女が喜ぶだろうと思って、花火と言えばこれというものをとりあえず買い込んだ。

が、紅樺ははっと息を吞む。

なんてことだ、自分としたことが……!

「食べ物ばかりで飲み物を買うのを忘れていました」

少女が空から顔を下ろす。

「ああ、別になくても……」

彼女が言い終わる前に彼は立ち上がると、

「いえっ、飲み物は必須です。買って参ります」

紅樺は暗がりの中、早足でさっさと行ってしまう。

マゼンタは呆然と彼を見送った。

「これが、デートというものなのか」

少女はふうと一呼吸つくと、また夜空を見上げた。

空には小さな星々が所狭しと輝いているが、その中で二つ、他よりも大きく輝く天体がぼてっと浮かんでいる。

一つは橙色の、もう一つは紫色の光を内側から放っていた。

橙星(だいだいぼし)と、紫星(むらさきぼし)

マゼンタの中にとある言葉が思い返される。


「この宇宙には赤星(あかほし)、橙星、黄星(きぼし)緑星(みどりぼし)青星(あおほし)、紫星、これら六つの星が存在していて、この星たちで構成された場所を色世界(いろせかい)と呼んでいますね」


兄コチニールの学校に侵入した際、教師が授業で言っていた。

「色世界」

少女は無意識にそう呟いた。



 同じ頃、人々でごった返した屋台の前を、ローズとストロベリーが並んで歩いている。

ローズは透明な液体が入った瓶を手にし、ストロベリーはというと両手に大量の苺飴を抱え、口の中にも同じものを突っ込んでいた。

苺飴は、細い串の先に苺の実を刺したもので周りを水飴で固めた、夏祭りではお馴染みのお菓子だった。

「そんなに甘い物ばかり食べると太るよ」

頭首ローズが彼女を横目で見る。

「いいよ太ったって、食べなきゃやってらんないもん!」

そう言って彼女は口の中の飴をガチガチと噛み砕いた。甘さと同時に苺の酸っぱさが広がっていく。

「やれやれ、ストロベリーだけに苺飴をやけ食いだなんて絵面がイケてるね」

ローズの嫌味もどこ吹く風、彼女の頭の中はずっと後悔の嵐を迎えていたのだ。

(せっかく勇気を出して緋色を誘ったのに、待ち合わせ場所を決めてなくて連絡も取れないだなんて……!)

自分の不甲斐なさに腹が立つ。

腹が立って腹が立って煮えくり返ってどうしようもなくて甘いものを欲して気づけば苺飴を何十本も買いまくっていた。

もういいっ、食べよっ!

彼女が次の苺飴を口に入れようとした、その時だ。

「ストロベリー!」

え?

目の前の人だかりから自分を呼ぶ声がした。

それはよく知ってる、少年の声……!

彼女は立ち止まって目を凝らす。

浴衣の人々の中に、髪も瞳も浴衣も黄みの鮮やかな赤い少年が立っていた。

彼の両手にはふわふわの綿飴、顔は驚きのあまり目が見開かれている。

ストロベリーは思わずむせた。鼻の中に苺と水飴が逆流する。

「会えたじゃん!」

少年が彼女に駆け寄った。

「ひ、緋色……⁈」

ほ、本物……⁈人違い、なわけないよね……!

「オレたちマジスゲー!」少年は満面の笑みで言う。

ストロベリーはどうしてか目頭が熱くなった。

「あっ、会えたよぉぉっ……!よかったよぉぉっ……!」

「やっぱなんとかなるもんだな!」

「うううううっ……!」

「ちょ、どうした?泣いてんのか?」

「泣いてなんかないよぉぉぉ……!」

そういう彼女の目からは透明な液体が流れ出る。勿論鼻からも。

緋色は慰めるようにストロベリーの背中をバシバシ叩いた。

彼は力を入れているつもりはなかったが、一般の人間にはほんのばかし力が強かった。

彼らの側で、密偵集団ローズ一門頭首、ローズは冷めたように少年を観察していた。

緋色とストロベリー、共に引きが強いと思いながら。

「大丈夫か?」

少年が彼女の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫……!」

彼が励ましてくれた背中に痛みが走ったものの、今の彼女はそれどころではない。

こんなに大勢の人が集まる場所で何の連絡も取らずに偶然会えるだなんて、それは奇跡でしかない、でしょ?

ストロベリーは心の底から感動していた。

緋色はここでやっと彼女の隣にさっきからずっと立っている人間に気がついた。

派手な化粧に派手な着物。こいつは何者だ?

相手は値踏みするように緋色を見下ろしていた。

(女、だよな?)

少年は一応そう判断した。

感動のあまり脳がおろそかになっていたストロベリーが、頭首の存在を思い出してはっとする。

「あ、えっと、彼は緋色で、この人は、ローズ」

「友達?」緋色がストロベリーに尋ねる。

「うん、そんな感じ」

というか上司。

「へー、友達と一緒に来たんだ」

「うん」

というか勝手についてきた。

ストロベリーは心の中で補足した。

「まあとにかくみんなで一緒に花火見ようぜ!」

あまり深く考えることのない緋色は二人に笑顔を向ける。

「うん!」

先を歩く緋色に涙を拭ったストロベリーがついていく。

二人の後姿を見つめながら、

(彼が茜色家の次期頭首か)

ローズは密偵としての役割をしっかりと果たしていた。

ほんのちょっとだけ私情を交えつつも。



 さらに同じ頃、河川敷にマゼンタがポツンと座っている。

周囲はたくさんの人で埋まり、自分の隣には食べ物まであるというのに、一緒に来た男は飲み物を買いに行ったまま、まだ戻ってこない。

遅い。いくらなんでも遅すぎる。

少女は後ろを振り返る。

夜空を見上げたり、買ったものにかぶりつく人々の奥に屋台の連なりが見える。

煌々と輝く店の前は未だ多くの人で溢れかえっていた。

もしかして、何かあったのか?

マゼンタは立ち上がった。



 マゼンタが心配する相手は屋台の前にいた。

と言っても屋台の前にこれでもかと並んだ行列の後方に。

(この店もこんなに並んでいるだなんて。さっきの店も、その前の店も多くの人が並んでいて一向に前に進まなかった。こんなことがあるのか……⁈)

なぜか皆同じタイミングで喉が渇いてしまったのだろうか。

そう思わずにはいられないほど、行列の波はなかなか前に進んでくれない。

紅樺は河川敷を振り返る。

マゼンタを一人にしてしまって大丈夫だろうか。早く彼女の元へ戻らなければならないというのに……!

彼は地団太を踏んだ。

が、行列はびくともしなかった。



 さらにさらに同じ頃、緋色とストロベリー、ローズの三人は河川敷に並んで座っていた。

もうすぐ花火が始まる時間だ。

けれども緋色は相変わらず何やら細長い麵をむしゃむしゃと食べ続けている。

茶色に染まった麺は縮れて香ばしい香りを放っていた。

ストロベリーはポカンとしながら少年を眺め、

「さっきからよく食べるなー」

彼がこれまでに食べたものを思い返す。

会った時に持っていた綿飴を食べ、肉団子、串焼き、串揚げ、駄菓子、お好み焼、そして今は焼きそば……

若いって、すごいな。

ストロベリーは感心した。

「君もそうだったよ」ローズが言う。

「えっ、そう?」

「苺飴何十本食べたか憶えてる?」

「そんな何十本も食べるわけ……」

しかしストロベリーの手元に苺飴はもう一本も、残っていなかった。

ローズが目を細める。

ストロベリーはごくりと唾を飲んだ。

「食った!」

緋色がローズとストロベリーの空気を破るように箸を掲げた。

「早っ」と、ストロベリー。

少年は颯爽と立ち上がると、「追加でなんか買ってくる」

「まだ食べるの?」ストロベリーが一応呆れる。

「これからだろっ」

緋色は屋台並びのほうへ既に走り出していた。



 同時刻、マゼンタは紅樺を探しながら屋台の前を歩いていた。

人の波は相変わらず途切れることはない。皆目的のものを求めて必死だ。

あいつ、どこまで買いに行ったんだ。

少女は周囲を注意深く見回しながら彼を探し続けた。


 同時に緋色も屋台を覗きながら歩いていた。

「次は何食べよっかなー」

人の波にもまれながらも香ばしい匂いや甘い香りに誘われて、少年の腹はぐうっと音を鳴らした。

いつもいっぱい動くからすぐ腹が減るんだよな、そんな風に思った時だった。

目の前にやけに白い姿の人間が立っている。

顔が白く浴衣も白く、でも髪の色は狂ったように鮮やかな赤紫色で、その瞳の色も……

そいつは呆然と立ちすくんでいた。

自然と少年も立ち止まる。

周囲の全てが絶えず動いている。

祭りにやってきた人間が皆何かしら移動している。

なのに自分たちだけ、自分たちの空間だけ、時が止まったようだった。

その時、花火が夜空に上がった。

白と赤とピンクの光の粒、次に鼓動を揺らす大音量。

周りの人々も動きを止めて空を見上げる。歓声を上げる。

光の粒は次々と上がり続けた。太鼓のような音も鳴り続けた。

 先に声を発したのは、少年のほうだった。

「こんなとこで、何を?」

「花火を見に」

少女も呆然としたまま答える。

「そりゃそうだろうけど」

「緋色は?」

「オレも花火見に来た、ストロベリーと」

「そうか」

「おまえは一人で来たの?」

「あー、王宮の人と」

「へ、へー。楽坊って抜け出せんだな」

「許可が出た」

「そうなんだ」

二人の視界の隅で花火が上がり続ける。爆音も鳴り続ける。

そのことに彼らはやっと気づいた。

「あ、花火」緋色が空を見上げ、

「これが、花火か」マゼンタも見上げた。

少年はふいに顔を少女に向けると、

「見てく?一緒に」

「……そうする」

彼女も彼に視線を合わせた。



「せっかく花火始まったのに緋色遅いなぁ、お店混んでるのかなぁ」

河川敷に座って膝を抱えたストロベリーが背後を振り返る。

屋台の前は花火が始まったとはいえ、相変わらず人でごった返していた。

「これじゃあまるで君とデートみたいだね」

隣で両脚を横に崩したローズが言う。

「やだまたそんな冗談……!」

ストロベリーが頭首に顔を戻すと、なぜか彼は彼女を真剣に見つめていた。

「ロ、ローズ?」

すると彼はストロベリーに徐々に顔を近づける。

女に変装してるとはいえやはり美形だ。

「ちょっ……!」

頭首の目は笑ってない。疲労困憊でもない。呆れてもない。

ただ彼女を見つめ続けている。

「ロ、ロー……」

なぜかストロベリーの心臓が音を立て始めた。

なに、なんなのこれは……?

なんでドキドキなんか……?

だってこの人はローズで、あたしの上司で、頭首で、子供の頃からの付き合いで、それだけで……

彼の顔が目前に迫る。唇がすぐそこに……息が……

瞬間、ローズはストロベリーの両頬をムニッと掴んだ。

「んあっ⁈」

彼女は素っ頓狂な声を上げたが、それも花火の爆音にかき消された。

「密偵の色仕掛けに簡単に引っ掛かるんじゃないよ」

ローズは彼女の頬から手を放す。

ストロベリーはドギマギしながら、「ひ、引っ掛かってなんか……!」

「そう?引っ掛かりかけたように見えたけど?」

ローズの目がまたいつもの冷めたものに戻っている。

「ぜ、全然引っ掛かってなんかないですっ!だいたいその格好で迫られて引っ掛かるわけないじゃないじゃないですかっ!もう、イジワルなんだから……!」

ストロベリーはプイっと横を向いた。

まったく、結局こうなんだからっ……!

花火の音が鳴っているとはいえ、彼女の心拍が手に取るようにわかって、ローズはくすっと笑った。



 ストロベリーがローズにからかわれている頃、二人からだいぶ離れた河川敷でマゼンタと緋色は並んで座り、花火を見上げていた。

「これが花火、たくさんの光」

マゼンタが呟く。

光の粒は夜空に舞い、儚く消えてしまうが、まるで星々のようだった。

「え、花火初めて?」

「わからない、記憶がないからな」

しまったそうだった。

緋色は焦った。

なぜ自分が焦っているのかもわからずに。

少女は彼の思いを気にすることなく尋ねる。

「おまえは元気にしていたか?」

「お、おう!マゼンタが楽坊に入ってから毎日武術を猛特訓してる、体術も刀もな!」

「勉強は?」

「勉強もなんとか」

少年は苦笑いで答えた。

「皆は無事か?」

「家のみんなも塾のみんなも元気にやってるよ」

「それは何よりだ」

緋色が身を乗り出す。

「なあ、楽坊ってどう?ツキソメってやつ弾けてんの?」

「こっちもなんとか」

「はは、セキエが弾けるからツキソメなんて楽勝か」

彼の言葉に少女はとある出来事を思い出した。

「そういえば、アガットが会いにきた」

「ええっ⁈」少年はあまりの驚きにのけぞる。「なんで?どうやって?」

「多分忍び込んだんだと思う」

詳しくは聞いていないけど。

 アガットがマゼンタにセキエを手渡した後、師匠は普通に庭の奥へと戻って行った。

恐らく王宮を囲む森を抜け、王宮の外壁を越えたのだろう。

「うえええっ⁈そんなこと出来んの⁈」

「私も驚いた。でもだからこそ王宮守人の話が私たちの家に来たんだ、警備が甘いから」

「なるほどなー。アガット先生が忍び込めるようじゃ王宮は終わってるようなもんだ。けど先生は何しに行ったの?」

「えっと……顔を見に」

セキエ紛失の件はさすがに言えない。

楽坊内にその犯人がいることも。

「なんだ顔を見にって」

緋色が唇を尖らせる。

だったらオレだって行きたかったわ……!

 マゼンタはふと、何かに気づいてはたとする。

緋色に久しぶりに会って、思わず会話をしてしまって、しかも今一緒に花火を見ているが、この状況は、マズイんじゃ……クリムスン家の私と、茜色家の緋色が二人で会っているというのは……

少女はすっくと立ち上がった。

「もう行く」

「え、もう?」少年が目を丸くして彼女を見上げる。「花火始まったばっかだよ」

「おまえの連れも私の連れもきっと心配してる、だから戻ったほうがいい。じゃあな」

マゼンタは彼に背を向け、さっさとその場を後にした。

緋色はしばし呆気にとられたが、

「な、なんだよ、せっかく会えたのに……!」

それだけは何とか口にした。

光の粒の残響だけが彼女の耳に届いた。

















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