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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
26/131

第25話 新入生ストロベリー


 その日は珍しく頭首の帰りが早かった。

彼は帰宅するなりさっさと緩い衣へと着替えて縁側に立つと、庭の植物たちから放出される命の息吹を体内に取り込み、緊張した肩の荷をそれまでの何倍も地上に下ろした。

そして彼の右腕が隣に立って報告するのを淡々と呑み込み、最後の確認事項に移った。

「マゼンタのボランティア活動が順調らしいな」

「順調どころか大繫盛らしいです。彼女たちが出演する日は店に行列が出来るとか」

葡萄(えび)の言葉の端々にどことなく歓喜が混じっている。

まだ興奮冷めやらぬのか。

「なるほど」クリムスンは溜息をつきながら一応相槌を打った。

眼鏡の彼は頭首の状態をすぐに察する。

何かあった?つい先日彼女の報告をした際にはあんなに顔を(ほころ)ばせていたというのに。

だが長い付き合いの彼には瞬間的にその理由が思い立った。

「武術稽古が疎かになると心配ですか?」

大男は庭園を見つめたまま、

「コチニールやカーマインや男たちの為にもあの子の存在はいい刺激になる」

当たりだ。でもこの件に関しては自分も譲れない。

「何度も申しますがマゼンタは女子(じょし)ですっ。武術などにかまけているよりセキエを演奏していたほうがよほど奥ゆかしいですよ」

葡萄は少女に助けてもらったことなどすっかり忘れたように言い放つ。

「あんなにボランティアを反対していたのにか」

「それはそれ、これはこれです」

「まあおまえの言いたいこともわからないでもないが」

任務が終わって帰宅早々こいつとやり合いたくはない。それに葡萄の言うことが理に適っているのは重々承知している。

「ならこれ以上彼女に武術の話を持ち込まないよう皆に言ってください」

葡萄にとって男衆の行動は目に余り過ぎていた。コチニールやカーマインならまだしも、なぜに大の男共が十代の少女に稽古をつけてもらわねばならぬのかっ。

ところが頭首は一度だけゆっくり瞬きをすると、

「あー、そろそろ蛍火(ほたるび)うたげが近づいてきたな」

話を思いっきしそらしたーっ!

眼鏡の彼は心の中で叫んだ。

私の言ったことは無視なんですね、そうなんですねっ⁈

頭首には彼の心の声も聞き取れていることだろう。

しかしそれどころではなかったのだ。

「今年のそれは例年とは違う。気を引き締めてかからなくては」

彼は庭の奥にあるであろう巨大な建物を睨んだ。




 塾には休み時間がある。授業と授業の間の十分間、子供たちは遊んだり用を足したり、教師は一旦教員室へ戻って次の授業の準備をする。皆自由に好きなように過ごす、それが休み時間だ。

この日も特にいつもと変わりなく、その休み時間とやらは刻々と過ぎていった。

子供たちが思い思いにはしゃぎ、緋色(ひいろ)は教室の後ろの開けた場所で体術の型の練習をし、マゼンタは自分の席で教科書をめくっている。

ただ、この場に慣れていない新入生だけがずっとそわそわし続けていた。

彼女が身を細かく震わせるのは何もこの時間だけではない。塾に入る前から、教室に入る前から、授業中は勿論のこと、授業が終わって教室を出ても、何なら塾の敷地を出るまで、ずっとそわそわしっ放しなのだ。

何をそんなに怯えているのか。

でも誰もそのことに気づかなかったし、彼女の仕草をたいして気にも留めなかった。

それで良かったのである。本人もそれを指摘されないことに安心していた。

しかしだ。

今日は、今日こそは声を掛けねばならない。絶対に。

彼女は緊張した。

緊張のあまり瞳は狼狽(うろた)え、喉はカラカラに乾き、手の平にはびっしょり汗をかいている。だがそんな状態さえもうどうでもいい。

新入生のストロベリーは首を小刻みに震わせながら、何とか後ろの座席を振り返った。

「あ、あ、あの……」

異常に鮮やかな赤紫色の少女が顔を上げた。

その目が自分を射抜くように見ている。

咄嗟にストロベリーは視線をそらした。

でもダメだ、聞かねば、ちゃんと確認しなくちゃ……!

緊張しきった彼女はあらぬ方向を見つめながら、

「も、も、もしかして、なんだけど、そ、創作、料理の、タ、タンジャ、リンの、お店で、その、演奏、とか、しちゃったり、なんか、してたり、する?」

「ん?」

しちゃったり?

彼女の言葉の癖にマゼンタは一瞬戸惑う。流行りの赤星語だろうか。

脳が情報をいそいそと探す間に、目ざとい緋色が二人にさっと近づく。

「えっ、知ってるの?」

彼は大胆にもストロベリーの顔を覗き込んだ。

彼女は突然乱入してきた少年から激しく視線をそらしつつ、

「あ、あ、あの、あなたの、いやっ、あ、あなたたち、の、演奏が、す、すっごく、噂に、なって、て……!」

「そうなのか」

「スゲー!もうそんなウワサが広まってんのか!」

赤紫色の少女が平然と答えたのに対し、黄みの強い少年のほうがむしろ感動している。

なんてクールな人なんだろう。それとも人々の反応にあまり興味がないのだろうか。

ストロベリーの中身がマゼンタを評価しつつ我に返る。

いやいや、今はそれどころじゃない。次のステップは、そう、次は……!

「あ、あたし、ストロベリーです。その……よろしくっ」

彼女は思いっ切り頭を下げた。勢い余って額を机にぶつけそうになる。

「オレは緋色、こいつはマゼンタ、よろしくな」

側に立った少年があっけらかんと紹介した。

「あ、うん」

マゼンタか……

ずっと顔を見れなかったが、ストロベリーは目の前の少女をちらり盗み見た。少女というには随分大人びているし、信じられないほど美人だ。これで楽器も弾けるなんて……

「にしてもスゲーな、おまえ超人気出てんじゃん!」

緋色がマゼンタの肩をバシバシ叩く。

「それはすごいことなのか?」

「ったりまえじゃん!たくさんの人たちに喜んでもらえるってスゲーことだろ⁈」

「へえ」

喜んでもらえるのはすごいこと、か。

マゼンタはステージを見上げる客たちを思い返した。

あれから何度かタンジャリンの店で演奏させてもらっている。臙脂(えんじ)のとんでもない奏法も初回の一度きりで、彼がアガットたち並みに上手な楽師だということもすっかり理解した。

最初からあのようにやってくれれば……赤紫色の少女は未だにそう思っている。

それでも確かに客たちは自分たちの音楽を聞くと笑顔で、心からあの場を楽しんでいるように見えた。

それがすごいこと、なのか。

「あの……」

ストロベリーが恐る恐る話を切り出す。

「その……も、元々、楽器を、習っていた、の?」

「いや、そういうわけでは」

多分ないと思うが、なんとも言えない。

マゼンタの記憶はまだ封印されたままだった。

「あ、あなたが、弾いている楽器、珍しい、よね」

おどおどしつつ目の前の少女の肩からはみ出す棹に視線を向ける。

棹は深く鮮やかな赤色に染められ光を反射していた。

「セキエ」

「え?」

「これはセキエと言う」

マゼンタが自らの肩越しに艶めく楽器に目をやる。

「セキエ。は、初めて聞いた」

「オレもここで初めて知ったよ。こんな楽器今まで見たことも聞いたこともないもんなー」と、緋色少年。

ストロベリーは棹に視点を合わせながら、

「そ、その、セキエだけど、なんか、ツキソメに、似て、ない?」

「ツキソメ?」

「う、うん」

赤紫色の少女は脳内を探る。

ツキソメ。セキエと構造や音階が似ている楽器。

セキエには元々楽譜がないから普段はツキソメの楽譜で練習をしているが、ツキソメを見たことがある人間からすると、そんなに似ているのだろうか。

マゼンタの背中がなぜかむずむずと(うず)いた。

極度に緊張していたストロベリーはちょっとずつこの場や相手に慣れてきたのか、

「あ、あの、ちなみに、なんだけど、ツキソメを弾いたことは、あったり、する?」

一瞬赤紫色の瞳と目を合わせた。

「いや、ない」

「そ、そっか」

ほんの一時彼女と目を合わせたのも束の間、緊張した少女はがっくりと肩を落とした。

ストロベリーの様子をマゼンタは不思議そうに観察する。

「それよりさ、なんでこの塾に通うことにしたの?」

緋色がストロベリーに身を乗り出す。

「えっ?」

途端に彼女の目が泳ぎ始めた。

「だってなんか普通に頭よさそうだし、なんでわざわざ小学校低学年クラスに来たのかなーと思って」

緋色少年は興味津々だ。マゼンタの状況はもう知っているからいいとして、なぜ自分より五歳は年上の人間が子供が補習の為に通う塾なんぞにやって来たのか、聞きたくて聞きたくて仕方がなかったのだ。

ストロベリーは額に汗を浮かべながら、

「いやいやいやいやっ、あ、あたし、超おバカだし、言葉も喋れないし、字も書けないし、計算も出来ないし、暗記も出来ないし、無知だし、この世界のこと何も知らないしっ!」

必死に眼前で両手を振りまくる。

「とてもそうは思えない」マゼンタと緋色の呆れ声が重なった。

人見知りなのか、緊張しやすい性格なのか、その辺は置いておいたとしても勉強が出来ない人間のようには全くもって見えない。

「いやっ、ほんとのほんとにあたし大バカなのっ!」

彼女の悲鳴にも似た叫びが伝わったその時、教室の前方の扉が開かれ、

「授業を始めますよ」

臙脂が全くの無表情で今日も教壇に向かう。

ストロベリーは息切れしながら何とか前に向き直った。

普段こんなに大きな声を出す機会がない。しかも後ろの席の彼女と話して、とにかく、緊張した……

ストロベリーはふううううと長い息を吐いた。

マゼンタはそんな彼女の背中をじっと見つめていた。



「創作料理タンジャリンという店を知っているかい?」

緋色は思わず食べていた物を盛大に吹き出す。

夜、茜色家(あかねいろけ)の屋敷の一室で頭首茜色と息子緋色が久しぶりに向かい合い食事を取っていた。女たちが運んでくれた数々の大皿料理には毎度お馴染み、真っ赤な物体が湯気をもくもくと沸かせ、唾液腺をこれでもかと刺激している。

父は任務でしばらく家を空け、やっと帰って来ることが出来たから今夜は共に夕飯を食べることになり息子の喜びも一入(ひとしお)だった。のだが、頭首から出た第一声がそれだ。

「どうやら街の中心で橙人(だいだいびと)がやっている最近流行りの店らしい」

緋色は未だむせている。

が、父は穏やかながらも淡々と、

「この間そこに一人で来ている子供を見かけたという人がいてね」

少年の心臓がドキリと音を立てる。

「へ、へー」

こ、これは、マズイ……!

何とか相槌は打つものの脳内はパニック寸前だ。

「その子供がおまえに似ていたらしいんだ、緋色」

やっぱ来たーーーーっ!

息子のこめかみを汗が伝う。これは明らかに香辛料のせいではない。

「そ、そ、そうなんだ。で、でもオレはそんな店、知らないしなー」

「そうか?」

「う、うん」

「その人はおまえにとてもよく似ていたと言っていたが」

「そそそ、そんな、オレに似た子なんてそこら中にうじゃうじゃいるだろうし、その人の見間違いだよ、うん、きっとそう、そうだって、だってオレそんなとこ行ったことないし、そんな店今初めて聞いたし……!」

「ふうん」

緋色は父茜色をチラ見する。

頭首の目は優しいながらも真実を見極める為に自分から微動だにしない。

少年は咄嗟に下を向く。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ……!大大大大ピンチだ……!)

体が委縮する。もう二度と父上の顔は見られない。

ところが、

「ならきっとその人の見間違いなんだろう」

緋色は前言撤回、すぐさま顔を上げると、

「だよ!もちろんそうに決まってる!」

笑顔で告げたその先に、疑いの目が思い切り迫っていた。

(いやあああっ、めっちゃ疑われてるっ!)

茜色の顔に際立った特徴はない。その代わりいつも穏やかで優しく微笑みを絶やさない。ある意味守人(もりひと)一族の長としては気迫に欠けるという者もいる。でもそれも彼の能力を知るまでの僅かな間だけだ。本当の彼を知った者は口が裂けてもそんなことは言えなくなる。それを知っているからこそ、彼が穏やかながらも何かを企んだり疑ったりする時はとても恐ろしいことを緋色はよく知っていたのだ。

だから、今、自分に向けられたこの疑いを、何とかせねばっ……!

少年は普段動かない脳ミソを必死に回転させた。

「そ、そそそそういえば、もうすぐ蛍火の宴があるよね!」

父は知らしめるような溜息をつくと、

「そうだね」

表情を僅かに曇らせる。

緋色は畳み掛けるように、

「な、なんか今年はいつもと違うんでしょ⁈」

「ああ、今年は……」

茜色が腕組をして眉間に皺をほんのり寄せた。

緋色少年の思惑は一応成功した、のである。




 塾の授業が始まる前、マゼンタが教員室でセキエを練習している頃、教室には子供たちが次々と現れ、彼らなりの日々の喜びを分かち合うのが日課となっていた。しかし彼らよりほんの少し年上の少年は、大抵前日に出題された宿題に大急ぎで取り掛かるのが常で、周りから見れば結構真面目な一面を見せてもいたのだ。

「クッソーっ、宿題忘れてきたあっ!授業始まるまでになんとか解かなきゃっ!」

彼は机に嚙り付き、問題文に挑み始める。

赤星語に算数に理科に社会に……!苦手な赤星語は置いといて、まずは算数から!

少年が問題文と数式を同時に視界に入れた丁度その時、たどたどしい足取りで彼に近づく少女がいた。

彼女は自分の席に辿り着くと、必死な形相の少年をしばし見つめて、

「お、おはよう」

消え入りそうな挨拶をする。

相手は一瞬顔を上げ早口言葉並みの挨拶を返すと、また教科書に視線を戻した。

少女はふうと肩で大きく息をすると、

「あの、マゼンタは……お休み?」

緋色の隣の空席を見下ろす。

「授業前は先生からセキエを教わってる……!」

彼は顔を上げずに答えた。

「え、いつも?」

「早い時だと午前中からやってて、あと授業終わりとか……!」

「へ、へえ、そうなんだ」

と、ここで少年がはっと何かに気づき手を止める。

彼はゆっくり少女に視線を合わせると、

「ストロベリー」

「ん……?」

彼女は緊張しながらも何とか相手を直視してみた。

あまり知らない人間の目を見るのは正直居心地が悪い。それでも赤紫色の少女程ではないし、緋色なら全然親しみやすかった。

彼は唾をごくりと飲み込みながら、

「もしや宿題やってきた?」

「う、うん」

彼女の答えに緋色はにっと微笑んだ。




 日がすっかり地平線の向こう側へと(くだ)り、男衆と共に楽しむ食事も終了して、後は各々入浴したり就寝したりする時間のほんの手前で、子供たちは父クリムスンと葡萄から呼び出しを受けた。

何かあったのか、誰かが何かをやらかしたのかと三人の兄妹は(いぶか)しんだが、どうやらそういったことではないらしい。

けれども畳の部屋に全員が正座をして頭首や眼鏡の彼と向かい合うと、さすがに緊張感は漂った。

「今度王宮で蛍火の宴が開催されます」

葡萄が口火を切る。

「蛍火の宴?」

「蛍の光を愛でるお祭りみたいなものだよ」

兄コチニールが妹に説明をした。

「虫の?」

「そう、虫の」

虫を、愛でる……

マゼンタは幾分啞然としながら蛍という虫の造形を思い出してみる。

以前に教科書か何かで見たことはあったかもしれないが。

虫を、愛でるのか……

その感覚は少女にはよくわからなかった。

葡萄が続ける。

「今年はその宴に我がクリムスン家と茜色家が招待されたのです」

「えっ?」コチニールの目に光が差した。

クリムスン家が招待された⁈

そのことは彼にとってかなり喜ばしい出来事のようだ。

だが兄とは反対にマゼンタは、

(茜色家とは、緋色の家)

彼とは違う箇所について淡々と分析していた。

「なので当日はこの五人で王宮に向かいますから覚悟しておいてください」

コチニールから歓喜の声が漏れ、弟カーマインはつまらなさそうにそっぽを向く。

カーマインにとっては全く興味を引かれない行事らしい。

妹マゼンタは葡萄が今言った言葉の一部が気になっていた。

「覚悟って、茜色たちが来るからか?」

彼は隣に座る頭首に顔を向ける。

すると頭首が後を引き継ぐように、

「それもある。だがそれ以上に守人がこの宴に招待されるのは初めてのことだからだ」

「初めて?」

「そうだよね、いつも王族の方々や執政の方々だけが集まる宴だもん。そこに招待されるだなんて僕たちすごいよ!」

コチニールの声が弾んだ。

王族と執政だけの祭りに守人が初参加。

赤紫色の少女は首を傾げた。

「なぜ呼ばれたんだろうな」

「え?」と、コチニール。

「今まではなかったのだろう?それが今回はなぜ?」

「それは……」

葡萄が今一度クリムスンを見上げた。

何か事情がありそうだ。

「もう世間一般に知られていることだから話しても構わないだろう」

「そうですね」

一応頭首の了解を得た眼鏡の彼が続ける。

「実は王宮の近衛隊がミスを連発しておりまして、不審者が簡単に侵入してしまっているのです」

「は?」

少女から思わず声が出る。

いいのかそれは。

「ニュースでよくやってるよね」

「平和ボケが」

コチニールとカーマインもよく知っているみたいだ。

テレビやニュースを見ない彼女には全くの初耳だった。

「ですから守人であるクリムスン家と茜色家のどちらかに警備を任せたいと、そういう話です」

「なるほど」

それは守人に任せたほうがいいな。

彼女は大いに納得した。

その時、兄コチニールの目がもう一段階輝きを増す。

「ということは、クリムスン家が王宮守人(おうきゅうもりひと)になるかもしれないんだね……!」

「王宮守人?」

「王宮や王族を護る人のこと、とっても名誉ある仕事だよ」

「そうなのか」

コチニールが感動しやすいのはわかってる。でも今は身を震わせてまでいた。

守人一族にとってよっぽど有り難い仕事なんだな。

マゼンタは一応理解した。

が、頭首や彼の右腕にとってはそれだけの話ではなかった。

(わざわざ奴の家も呼ぶとは、よほど私たちを天秤にかけたいらしい)

クリムスンは今にも歯軋りしそうな奥歯を必死に耐えていた。



父と葡萄から解放された子供たちは屋敷の廊下を自分たちの部屋へ向かって歩いている。

カーマインが先頭、次にコチニール、最後にマゼンタが続いた。

カーマインは蛍火の宴に本当に興味が湧かないらしくさっさと自室へ戻りたがり、コチニールはまだ興奮が冷めないように足取りが軽い。

「王宮守人かぁ、すごいなぁ、僕たちもうそんな所まで来たんだね」

「正確には父上たちが、だ」

「ふふ、そうだね」

「それにまだ俺たちがなるって決まったわけじゃない」

「なるよ絶対。というかなんで今日はそんな弱気なの?」

カーマインは兄を振り返ると、

「俺は弱気じゃねーよっ!」

「だよね。だから絶対大丈夫」

コチニールはにこりと微笑む。

その顔を見た弟は大袈裟に舌打ちをした。

「そうだ、茜色家が来るということは緋色も来るんだ」コチニールは後ろをついてくる妹を振り返る。

「そうだな」

「マゼンタ、あれから緋色たちとは関わってないよね?」

少女ははっとする。

「ああ……」

「ならよかった」

彼女はその場に立ち止まった。

兄たちは彼女を置いてそのまま廊下を進んでいく。

赤紫色の少女は二人の背中を見つめて、

(悪い……)

心の中でそっと頭を下げた。




「蛍火の宴?」

「そ、ウチとクリムスン家が招待されたんだって」

「そうなんですか?」

マゼンタはセキエの弦に触れる弓を止めた。

「ああ」

塾の授業開始前、マゼンタは今日もアガットに練習を見てもらっている。

アガットの迎えの席にはいつも通り臙脂が腰掛け、緋色もふらりと自分の隣にやって来て教員室にはよくある光景が広がった。

そして少年は最近の話題、蛍火の宴について教師たちに話し始めたのだ。

「クリムスン家と茜色家両方を招待。何か理由でもありそうですね」

さすが師匠、いい所を突いてくる。

「それがさ、王宮守人ってヤツに選ばれるかもしんないんだ、どっちかの家が」

「王宮守人」

「王族の警護と王宮警備ですか」

臙脂も珍しく会話に加わってきた。少しは興味を引かれたらしい。

「うん」

「近頃近衛隊が何かとやらかしていますからね」

アガットが述べる。

そんなに皆に知れ渡っているのか。

「よくわかんないけどそうみたい」

緋色はマゼンタと同程度の知識しか持ち合わせていなかった。

「だから守人に役目が回ってきたと」師匠が確認する。

「そういうことー」

それで二つの家を鉢合わせさせるとは……でも、家同士は憎み合ってるのに、そこの子供たちが仲良く接してるって、皮肉ですね。

アガットと臙脂は同時に同じことを思い、目の前の少年少女を見上げた。

ただ彼らは気づかなかった。

自分たちがこうして面と向かって話していることを、その会話の内容も聞かれていることを。

その人間は教員室の扉の前にひっそりと立っていた。そしてそこにはめ込まれている窓から室内を盗み見ていた。

アガット先生、臙脂先生、塾講師兼楽師。それから、

「クリムスン家の娘と茜色家の息子か……」

袴姿の少女がマゼンタと緋色を射抜くように見つめていた。


















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