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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
24/130

第23話 ルビーと珊瑚


二人共普段と何ら変わりない格好をしている。布を前で重ね合わせ帯を巻いた服装に、髪も真っ直ぐ下ろしたまま。ただ一点違うのは背中に長い棒が差し込まれているところか。

アガットのそれはマゼンタと全く同じ長さ、同じ太さで棹の先の形状も一緒だが、臙脂(えんじ)のほうはというと自分たちのものより太く長さもかなりある。

少女は師のセキエを見ながら、

「本当にこのセキエ以外にも持っていたんだな」

「もちろん持っていますよ」

彼はにこにこと答えた。

初めてもう一本のセキエをお目見え出来たのが嬉しいのか、これから起こる出来事に高揚しているのか、とにかくえくぼが止まらない。

次に彼女は臙脂の背面に刺されたものに目を移した。そしてさらによく見ようと彼の背後に回る。

そこにはセキエと全く同じ形だが大きさが倍ほどあり、色は臙脂の瞳や髪の色と同じほんのり深みはあるが穏やかな赤色の楽器が飾られていた。

彼はじろじろ見られとにかく居心地悪そうにしている。

「これは〝ショウエ〟。セキエと構造はよく似ているんですが、セキエよりも低い音が出るんですよ」

アガットがしっかりと解説する。

「低い音」

「ええ。臙脂は私より手も大きいし腕も長いからショウエのほうが体に合っているんです」

「へえ、体に合う合わないがあるのか」

少女は彼の肩から指先にかけてをじっくり観察した。

臙脂はむず痒そうに顔を背ける。

「絶対に体のサイズに合わせなければならないわけではないのですけどね」

「ふうん」

「もういいから、さっさと中に入ろう」たまらず臙脂が言う。

「そうだね。じゃあ、この店の店主とは話をつけておきましたから、早速中へどうぞ」

三人が続々と店の敷居を跨ぐと、すぐさま視界に開かれた空間が広がった。

今はまだ開店前なのか人は誰もいないし、照明もついておらず店内は薄暗い。壁面にいくつかはめ込まれた窓も閉じられているから尚更だ。テーブルもいつもは完璧に添えられている椅子が裏返しになるように全て机上に載せられている。

マゼンタは店の中をぐるり見渡した。テーブルに、カウンターに、そして、あれがステージ?

今いる場所より一段高く、厚手の幕が上部と左右を覆っている小さな箇所が見て取れる。

あそこで、弾く。

その時だった、二人の男女が彼女たちの前にやって来たのは。

一人は長身で恰幅の良い男、もう一人は小柄だが勝気そうな顔の女で、二人共三十代後半だろうか、よく日に焼けた肌と鮮やかな橙色の瞳をしていた。髪は白くもこもことした帽子に阻まれ見えず、服も白い割烹着のようなものを着込んでいる為中身までは確認出来ない。

その二人がマゼンタを見て心底驚いている。

「こりゃたまげた」

「あんたスゴイ色だね」

赤紫色の少女は無表情のまま、

「よく言われる」

お決まりの回答を述べた。

「本当に紅国人(くれないこくじん)かい?」

背の高い男が尋ねる。

「えっと……」

「今まで色んな人間を見てきたけどあんたみたいな色は初めてだよ」

小柄な女も目を丸くしている。

「はあ」

少女は曖昧な返事をするしかない。

「激しい色だねぇ」

「目立つねぇ」

二人の感想に彼女は何とも言えない顔になった。

これに対して私はなんと答えればいいのか……未だに正解がわからない。

するといつもは空気を一切読まないアガットがなぜか割って入るように、

「あのですねっ、こちらが店主のタンジャリンさんと、妻のキャロットさん。タンジャリンさんがお店を仕切られていて、キャロットさんが料理を作っているそうです」

一応気を遣ってくれたのか、二人を紹介してくれた。

小柄なキャロットは夫を見上げると、

「この人は飲食店をやってるくせになんも作れないからさ、仕方なくあたしが全部やってあげてんだよ」

「わははは!その辺は面目ない。料理に関しては妻に任せきりでね」

「最初の頃は手伝ってもらったりもしたんだけど、鍋に●●が入っていた時点であーこの人に料理は無理なんだってことがわかってさ」

「いい出汁(だし)が取れると思ったんだよ」

マゼンタと臙脂は夫妻のやり取りに啞然としてしまい、アガットも苦笑いだ。

さらにキャロット夫人は続ける。

「他にもどっから拾ってきたんだかわからない●●を煮込まれた時には怒りを通り越して血の気が引いたけどね」

「いやだってウマイかもしれないと思ってさ」

「んなワケあるかいっ!」

マゼンタは啞然としたまま、

「ここ飲食店じゃないのか?」ぼそりと呟いた。

「飲食店です……」と、アガット。

「完全アウトだろ……」と、臙脂。

夫人は気を取り直したように姿勢を正すと、

「まあなんやかんや色々あったけど、あたしは作るのが生きがいだからいいんだけどさ。料理に関してこの人に口出しは一切させないし、あははは」

「あははははっ」

タンジャリンとキャロットの豪快な笑い声が店内に響いた。

なんか、とんでもない人たちだ。

少女は今まで出会ったことのないタイプに呆然とするばかりだった。

「それはそうと、あんたたちの演奏、相当な腕前なんだって?」

店主のタンジャリンが興味深そうに聞いてくる。

「アガットの演奏を前もって聞かせてもらったよ。もうスゴイじゃないか、あんなの聞いたことない、本当に感動したよ」

「ああ、期待しているから頼むよ」

「期待しなくても最高の演奏をしてくれるさ」

「そうだな」

「あはははははは」



タンジャリン夫妻の笑い声が壁に染みつく中、アガットと臙脂、マゼンタの三人はステージのほうへと向かっていた。

「賑やかな人たちだな」

歩きながら少女が感想を伝える。

「そうですね、とても橙人(だいだいびと)らしいと思いますよ」

「橙人?」

「タンジャリン夫婦は橙星から赤星の紅国に移住してきたんです。創作料理というのは彼らの故郷橙星と、この国の料理を掛け合わせたもののことらしいですよ」

師が知りうる情報を開示した。

「橙星……」

彼女の中にとある記憶が蘇る。

それは兄コチニールの学校に侵入した時、確か授業で……


「この宇宙には赤星、橙星、黄星、緑星、青星、紫星、これら六つの星が存在していて、この星たちで構成された場所を色世界(いろせかい)と呼んでいますね」


思い出した。

六つの星の一つ、色世界という場所に存在する一つの星のことだ。

マゼンタは記憶を思い出せたことに心から満足した。



今日もクリムスン家の道場では日の高いうちから男たちが体術の稽古に励んでいる。

勿論カーマインも彼らに混じって必死に打ち込んでいた。

だがたった二人、一生懸命汗を流す彼らの隅っこで、まるで見学するように突っ立っている少年と青年がいたのだ。

しかも二人は先程からそわそわしっ放しで落ち着きが皆無だった。

「まったく、クリムスンのマゼンタへの甘さったら、もう激甘すぎて舌が(しび)れちゃいますよっ、(ただ)れちゃいますよっ」

「それまだ言ってるの?」

コチニールが腕組をした葡萄(えび)を見上げる。

「なんでこうもあの子にだけ緩いのでしょうねっ」

「あのね、父上も言ってたけど、窃盗犯がうちに入った時葡萄はマゼンタに助けてもらったでしょう?」

「うっ、それを言われると……」

「だから今回くらい大目に見てあげなよ。ずっとアルバイトをするわけじゃないんだし」

眼鏡の彼は鼻の穴を膨らませてイライラと片方の足を打ち鳴らす。

それに気づいてかコチニールは、

「そろそろだね」

「ええ……!」

眼鏡の彼が唸る。

「あのさ、葡萄」

「はい」

「……行ってもいい?」

「……」



同時刻、茜色家(あかねいろけ)の庭園では男たちが木刀を振り上げ剣術の稽古をしていた。

そこへ猩々緋(しょうじょうひ)がやって来て彼らを一通り見回す。

しかしお目当てのものは見つからない。

彼は呟いた。

緋色(ひいろ)様はいったいどこへ行ったんじゃ」と。



さらに同時刻、ステージの脇にある狭いスペースでマゼンタたちが各々楽器の調整をしていた。

ステージの脇と言っても足元には何が入っているのか、箱がいくつも積み上げられ普段は荷物置き場にでも使っているのだろう。とにかく空間は埃っぽい。

それでもステージやホールで楽器調整をするわけにはいかず、この狭い場所を選ぶしかなかった。

マゼンタはふと臙脂が抱えている楽器に目が行く。

〝ショウエ〟と言ったか。

アガットが調整するセキエはもうとっくに見慣れているが、それの二倍はある大きさの楽器を見たのは今回が初めてだ。

しかも彼が弓を弦に当てる度に今まで聞いたこともない音が出る。

(セキエと音は似ているのに、比べ物にならないくらい音程が低い)

少女はショウエの胴や弦を遠慮なく観察した。

「それでは演奏曲の確認ですけど」

調整を終えたアガットが二人に視線を向ける。

「ツキソメの名曲である〝ルアルカイキ〟と〝ブルマーサ〟。この二曲をリピートするということでいいですか?」

「彼女がその二曲しか弾けないからな」

臙脂の言葉にマゼンタは何とも言えない表情になる。

すかさず師が、

「でもブルマーサは一時間近くある曲だから充分でしょ?」

「それはまあ……」と、臙脂。

たまらず少女は顔を上げると、

「あの……何なら、アガットと臙脂の二人で他の曲を弾いてもいいのでは?私は二曲しか弾けないが、二人はもっとたくさんの曲を演奏出来るのだろう?」

独学でセキエを学んだというアガット、そしてその同僚、というか友人でショウエを弾ける臙脂。きっと二人共今まで数え切れない程の楽曲を弾いてきたはず。なら客の為にももっと色々な曲を披露したほうがいいのではないだろうか、私のことは一旦置いておいて。

彼女はそう考えた。

ところがアガットと臙脂は互いに顔を見合わせると、

「いや」

「ここではやめておきます」

二人同時に視線をそらす。

「なぜ?」

少女がいつものように疑問を投げかけた、その時だった。

自分たちがいる場所とホールとを繋ぐ厚い幕が横へぐいっと引かれたかと思うと、

「やれやれ、ここは狭いわねぇ」

「ヤッホー、来たよ」

しっとりとした声の女と軽やかな声の女が何の前触れもなく入ってきたのである。

マゼンタは振り返って目を見開いた。

一人は二十歳程だろう。紫みを帯びた優しい赤色の瞳と髪色をし、前髪も横の髪も後ろへ向かって厚みを出すように結わえ(かんざし)を挿して、しっかりと化粧を施し、着ているものもマゼンタたちと同じ布を前で重ね合わせたものだが、とにかく体にぴたりと密着させている。

もう一人はマゼンタより少し若いだろうか。かなり黄み寄りの淡い赤色の瞳と髪色で、肩下までの髪を低い位置で二つ分けに結び、背は低く、もう一人と同じような着物を着ているが丈が異常に短くて太腿が丸見えだった。

だがマゼンタが驚いたのは彼女たちの容姿や化粧や着物についてではなかった。

その若いほうの女が体のいたる部分に楽器?のようなものを装着していたのである。

頭にも耳にも肩にも肘にも手首にも膝にも足首にも、そして胸の前には丸い大きな筒状のものを抱えて、両手には木製の(ばち)を持っていた。

(これは、太鼓と、鈴、か?)

マゼンタは以前に楽器について少し調べたことがあった。

セキエを学ぶにあたり他にはどんな楽器が存在するのか。その中に今目の前にいる彼女が全身に纏っているようなものを見たことがある気がする。

ただしこんな風に使用するとは、思わなかったが……!

赤紫色の少女は驚愕のあまり口を半開きにしたまま閉じることが出来なかった。

「おお、二人とも来てくれたんですね!」

アガットが二人の女性陣を快く出迎える。

「そりゃ来るわよ」

「アガットの頼みだもんねー」

しかし臙脂は「本当に呼んだのか」

と、なぜか呆れている。

「あらそれどういう意味?」

厚化粧の女が臙脂に詰め寄った。

「来ちゃまずかったの?(わたくし)たちお邪魔だった?ああそっかぁ、いっつもアガットと二人きりでイチャイチャしたいんだものねぇ。やだごめんあそばせぇ」

「は?」

臙脂は自らの背丈を利用して彼女をあからさまに見下ろす。

「誰がイチャイチャだ。私は好きでこいつと一緒にいるわけではない」

「あらそうだったの?知らなかったわぁ」

「ルビー……!」背の低い少女が彼女の裾をちょいちょいと引っ張った。

アガットも二人の間に入って(なだ)める仕草をしている。

そんな彼らをマゼンタはポカンとしながら眺めていた。

(なんなんだ、このやり取りは?そもそも彼女たちは誰なんだ?)

一人置いてけぼりにされたマゼンタに気づいたアガットは、

「ああ、紹介しますね。こちらはルビー、こちらは珊瑚(さんご)です。ルビーは主に横笛を、珊瑚は鈴から太鼓から打楽器全般を担当します」

と、焦ったように二人を紹介した。

化粧の濃いほうがルビーで、全身に楽器をくっつけているほうが珊瑚、か。

マゼンタは珊瑚の体中に引っ付いている楽器を再度見渡すと、

「それ、全部?」

「そだよー」

小さな少女は太鼓を撥で叩き、脚を振って足首に付けた鈴を鳴らした。

太鼓のどしりとした音に軽やかな鈴の音がシャンシャンと加わる。

すごい……全身で楽器を弾くのか……⁈

マゼンタの瞳に鳥肌が立った。

「そして、こちらが例のマゼンタです」

師匠はルビーと珊瑚に赤紫色の少女を紹介した。

(例の?)

自分のことは一応知っているということだろうか。

厚化粧のルビーと打楽器まみれの珊瑚はマゼンタをまじまじと見た。

なんか、品定めされてる気分だ。

マゼンタは目立つ。それは色や容姿のせいでもある。だからこうして見られることには慣れているはずだった。

なのになぜか今は外見ではなく中身を見られている気がして、彼女は少しばかり奇妙な感覚を覚えた。

けれども二人の視線はすぐにその濃度を薄めると、

「あなたはセキエか。ふうん、アガットと一緒ね」と、ルビー。

「ふふふ、どんな感じなのか楽しみー」

と、珊瑚もにこやかに微笑む。

その背後で臙脂だけは冷めたように女性たちを眺めていたが。

「で、曲はルアルカイキとブルマーサなんでしょ?」

ルビーがアガットに尋ねる。

「うん」

「ならさっさとやりましょう」

「やろやろー」

ルビーと珊瑚は今来たばかりにも関わらずステージのほうへさっさと向かおうとした。

「ちょっ、もう始めるのか⁈」

思わずマゼンタが二人の背中に声を掛ける。

彼女たちは立ち止まって振り返ると、

「そうよ、なんのためにここに来たと思ってるの?」

「あ、あたしはこの子たちの準備するよ」

珊瑚は一人ステージへ歩みを進めてしまう。

マゼンタは戸惑いながら、

「だって、一度も合わせていないのに⁈そのまま本番なのか⁈」

「大丈夫よ、私たちなら」

ルビーはにやりと口角を上げて珊瑚の後を追った。

大丈夫って……

マゼンタが啞然としたまま師に顔を向け、

「アガット、これはいったい……」

「まあ、そういうことですから。あなたはいつも通りに弾いてくれればそれでいいですよ」

師匠までわけのわからないことを述べている。

何を言っているんだ、こいつらは?練習するとか、音を合わせるとか、そういうのはないのか……?

赤紫色の少女の中に不安だけがもくもくと湧き上がった。



創作料理タンジャリンの店は開店時刻を迎えていた。今日は休日、時間は丁度お昼時で、お腹を空かせた人間たちがちらほらと店内に吸い込まれていく。

店の厨房に立ち込めるありとあらゆる食材から漂う香りは店の外まで突き抜け、通りを行き交う人々を何とか誘い込もうと口説き文句を並べるが、客も舌が肥えているのか他の店にしようかどうしようかと創作料理激戦区ならではの客足を見せていた。

そんな中、とある少年が店の真ん前でたった一人、大声で駄々をこねている。彼は自分より背丈も横幅もだいぶある店の店主に食って掛かっているが、相手も相手、さすがに動じない。

恰幅の良い店主は店の中に少年がすり抜けないよう立ち塞がり、

「ほら、ここはおまえみたいな子供が一人で来る場所じゃないよ、おかえり!」

さっきから同じ台詞を何度も繰り返していた。

しかし少年も諦めが異常に悪い。

「はあっ?なんで子供だとダメなんだよっ!」

緋色がこれでもかと叫ぶ。

「ここは紅国から許可を受けた正式な創作料理の店なの。酒だって提供してるし子供は一人じゃ入れないんだ。だからどうしても入りたかったら親とおいで」

タンジャリンが最もな説明をした。

「親とおいでって……!」

マゼンタがいるのに父上をここに連れてこれるかいっ!

少年にも当然事情がある。連れてこれるものなら最初っからそうしとるわ、と。

「親はワケがあって連れてこれない、だから……!」

「だったら悪いが諦めるんだね。他の店に行ってくれ」

緋色は負けじとすがりつく。

「他の店じゃダメなんだ!だってここにいるんだから!」

「ここにいる?」

その言葉に橙人タンジャリンは興味を引かれた。



店の外で緋色が騒いでいる頃、マゼンタたちはステージに既に立っていた。

マゼンタたち(・・)というのは、無論マゼンタ、アガット、臙脂、ルビー、珊瑚の五人である。

演奏しているのかというとそうではなく、彼女たちは各々立ち位置を確認し、珊瑚は棚に乗せた太鼓や鈴などの前に椅子を置いて座り、打楽器の音を一つ一つ調整している。

ホールには数人の客がもう入っていた。彼らは好きな席を陣取り、何を注文するかもそこそこにステージを見上げてはしゃいでいる。

その内容は楽師たちの人相や容姿についてだったり、見たこともない色の少女についてだったりどれも似たり寄ったりだ。

けれどマゼンタに彼らの会話を聞く余裕はなかった。まず第一に自分の立ち位置は下手(しもて)と呼ばれる所で、真ん中にアガット、上手(かみて)に臙脂が立ち、自分の後ろのほうにルビー、その隣に珊瑚と打楽器一式が並ぶのを確認しなければならなかった。

第二にやはり彼女たちの楽器が気になって仕方ない。マゼンタは背後に立つルビーをこっそり振り返る。厚化粧の彼女の手には木製だろうか、横に長く彼女の瞳や髪と同じ色をした横笛がしかと握られていた。装飾は何もないが穴がポコポコと等間隔に並んでいる。先程までは懐にでも入れてあったのだろうが、いったいどんな音が出るのか。

次に珊瑚の打楽器にも目を移す。当初は胸に抱えられていた太鼓が今は棚の上に鎮座し、隣には体のいたる箇所に付けられていた鈴や(かね)鳴子(なるこ)、どこに隠し持っていたのか小さな銅鑼(どら)のようなものまで置いてある。それら全ては素材によって質感は変わるもののどことなく珊瑚自身の瞳や髪の色と同じ光沢を放っていた。これまたどんな音がするのか、マゼンタには想像もつかない。

(さっき会ったばかり、彼女たちがどんな演奏をするのかわからない。彼女たちも私の演奏を知らない。なのに本当にこれで大丈夫なのか?)

不安はよぎるし絶えることはない。でも隣の師匠は普段通りの笑顔で皆の様子を確認している。こういうものなのか?練習なし、音合わせなし、ぶっつけ本番が。

マゼンタはアガットの奥に立つ臙脂に視線を向けた。

彼も全く普段通り。授業の時や教員室にいる時と何ら変わらない。

けど、臙脂が曲を弾くところも見たことがなかった。音を合わせたことさえない。塾で練習する時はいつも自分一人が奏でてそれに対しアガットが助言をくれる。

赤紫色の少女はここでやっと気づいた。

(私はアガットとさえ音を合わせたことがないじゃないか……!)

師の演奏は一番最初にセキエに出逢った時に聞いたのが最後。それ以来、聞いて、ない……

マゼンタは頭がクラクラしてきた。

本当に、本当に、私たち、大丈夫なのかっ……⁈

「はい、じゃあ準備いいかな?」

朗らかな師匠の声が響く。

「いいよー」と、珊瑚。

「いつでも始められるわ」と、ルビー。

臙脂は傍から見てもわかるほどの重い溜息をついた。

「大丈夫ですか?」

アガットが隣で固まっているマゼンタを覗き込む。

「あ、ああ」

ほんの一時(ひととき)意識は飛んだが、彼女は我に返るとふうと息を吐いた。

そうだ、人のことよりまず私が自分に集中しなくては……

マゼンタの中に渦巻いていた不安はあっという間に消え去る。それは武道で相手と対峙する時のように、兄コチニールが見せた集中力のように、凄まじい冷静さだった。

赤紫色の少女はここでやっと客席に目を向けた。

テーブルの椅子に掛けた客たちがこちらを見ながら食事をしたり会話を楽しんでいる。

私は何の為にステージに立つことにしたのか。

何の為にセキエを演奏することにしたのか。

マゼンタは目の前の光景全体を見渡した。

(聞いてくれる人がいる。なら私は、今まで習ってきたことを全て出し切るだけ)

少女の中に一本の線が貫いた。

アガットがそんな彼女を微笑ましく眺めている。

(緊張は全くしてないみたいですね。いつも通り、それでいいんです)

アガットはルビーと珊瑚に視線を送る。

珊瑚が撥で太鼓を叩き始め、ルビーも横笛の穴を指で塞ぎつつ奏で始めた。

マゼンタがはっとして背後の女たちを振り返ると、ルビーは澄まし顔で、珊瑚は楽しげに演奏を続けていく。

赤紫色の瞳孔がこれでもかと開いた。

上手い……!これが彼女たちの音なのか……⁈

ルビーの外観とは裏腹に繊細で優雅な笛の音、テンポの速いルアルカイキを完全に取り込む珊瑚の太鼓。

息を吞むマゼンタの隣でアガットは微笑んだ。

(でも、驚いてる場合じゃないですよ)

マゼンタはまたはっと我に返る。

私の出だしが来るじゃないか……!

赤紫色の少女は颯爽と弓を構えた。しかしそこに焦りは微塵も感じられない。いつも通りの冷静さがそこにはあった。

アガットが彼女の手元を見つめている。

彼女の弓が弦に触れ、セキエの演奏が始まった。

ルビーと珊瑚が手を動かしながら驚いたようにマゼンタへ顔を向けた。

反対にテーブル席に着いた客たちは食べる手が、グラスを持つ手が止まってしまう。

いったい自分たちは今、何を聞かされているのか。そこにいる誰もが理解不能だった。

タンジャリンも両手に皿を持ったまま呆けた顔でマゼンタに注目し、キャロットでさえ厨房からポカンとしたままステージのほうを覗いている。

ただ一人、その中で彼女たちの演奏を聞きながら喜んでいる者がいた。

勿論、緋色少年である。

彼は開け放たれた店の窓から店内を覗いていたのだ。

「うん、今日もいい感じ!」

彼にとってマゼンタの演奏は毎日聞かされる子守歌のようなものだった。

にしても……

彼の脳内に先程の店主とのやり取りが蘇る。

店主タンジャリンは、自分がマゼンタたちの知り合いだと言ったらすぐさまこの窓からなら見ても良いという許可を出してくれたのだ。

くうぅぅぅぅぅっ!

緋色はおっちゃんの優しさを心から嚙みしめていた。

ステージではルアルカイキの演奏が続いている。

横笛のルビーと打楽器の珊瑚はそれぞれの楽器を奏でながらも、赤紫色の少女の演奏に圧倒されていた。

(いったいこんな子どこで見つけてきたのよ……!)と、ルビーが心の中で叫び、

(超上手ー)と、珊瑚は演奏しながらも癒されている。

アガットはというと微笑んだまま隣のマゼンタを充分に観察していた。

初めて合わせるはずの笛と打楽器。当然ルビーと珊瑚がマゼンタを上手くリードするのかと思いきや、彼女のほうが自然と流れを作ってる。

さすがの師匠もこれには驚いていた。

すると不意に臙脂の咳払いが耳に入ってくる。

アガットが彼に視線を向けると、何が言いたいのかすぐに察することが出来た。

わかってるよ、僕の出番だろう?

アガットはさらりと弓を構える。

そして言わずもがな、彼の演奏がルアルカイキに加わった。

それまで自分に集中していたマゼンタが彼のセキエに向けられた。

客たちの目もアガットへと移り目が離せなくなる。

「やっぱアガット先生スゲー」

緋色も窓の外から溜息をついた。

アガットは物静かに演奏を続けている。けれども手元は細やかに動き、優雅な音がこれまで以上に広がりを見せる。

マゼンタはセキエを奏でながらもアガットに注目せずにはいられない。

初めて逢った時と同じ、完璧な演奏。一瞬で人の心を掴む、アガットのセキエの音。私もいつかこんな風に弾くことが出来たら……

赤紫色の少女は彼の音に聞き惚れていた。

だから気がつかなかったのだ。もう一人の楽師が弓を構え、演奏を始めようとしていたことに。

ステージ上から突然、耳をつんざく濁音のような低い音が大音量で鳴り響いた。


















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