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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
23/131

第22話 ステージに、立つ


「え?」

ステージに、出る?

思いもよらない提案に、いつもの無表情がさらに固まった。

ステージに出るということは、ステージの上で演奏するということ、か?

「おー、おもしろそう!」

マゼンタの困惑など置いてきぼりにして緋色(ひいろ)が目を輝かせる。

まるで自分がステージに上がる気満々のようだ。

「アガット」

呼ばれて迎えの机を見ると臙脂(えんじ)が冷たい瞳で睨んでいる。

でもそれくらいで屈する男ではない。アガットは彼ににこりと笑いかけた。

(こいつ……)

臙脂の額にまた筋が浮き上がる。

もう慣れた、奴の奇行には。それでも苛立ちは抑えられなかった。

しかも赤紫色の少女が自分に視線を向けると、

「それは私とアガットと臙脂でということか?」

臙脂はがくりと(こうべ)を垂れる。

やはりそう来るか……!

「えっ⁈臙脂先生も出んの⁈楽器弾けんの⁈」と、緋色。

「前に弾けると言っていた」

彼女は彼が言った言葉〝セキエは弾けませんが、それに似たような楽器は……弾けます〟を、しっかり憶えていた。

「そうなんだ!言ってくれればいいのに」

なぜ言う必要がある。

臙脂が少年を恨み顔で見上げた。

「で、どうでしょう。やってみませんか?」

師匠が期待するように少女を覗き込む。

マゼンタは考え始めた。

セキエのことを、演奏のことを、自分のことを、家族のことを……

アガットも緋色も身を乗り出して返事を今か今かと待ち望んでいる。

でも……

やがて口を開いた彼女は、

「興味はある。だが父上と葡萄(えび)がなんて言うか」

クリムスン家は守人(もりひと)の家。そこに属する私が働く、わけではないが、ボランティアというものをしていいのだろうか?

少女には判断がつきかねた。

それを本当に珍しく援護した男がいた。

「そうそう、親御さんがなんていうかわかったものじゃない」

臙脂である。

アガットは彼に引きつった笑顔を見せ、

(君は本当に嫌なんだね)と、内心呆れた。

しかし楽しいことが大好きな少年は、

「そんなの内緒でやればバレないじゃん」

最近覚えた自分の信念の元、バレなければ大丈夫作戦を繰り出し始める。

「それこそダメに決まっているでしょう」

臙脂が当然反論する。

「えーなんで?」

「ステージに上がればどこの誰が見ているかわかりません。内緒でやってもすぐに噂は広まり正体は突き止められますよ」

「そうか?」

「そうです。第一内緒でやるとか、ありえません。ちゃんと親御さんの許可を取ってもらわなくては後々大きな問題になります」

緋色は驚いていた。臙脂が授業以外でこんなに喋ったのを見たことがない。でも、

(なんか、臙脂先生て頭カタっ)

塾講師をそう評価した。

臙脂は少年の表情を見抜くと、

「何か言いました?」

「い、言ってないよっ」

聞こえた⁈

緋色の中身が冷汗をかいた。

二人のやり取りを聞いていたマゼンタは、

「内緒でやるつもりはないが」

それは緋色の件だけで充分だ。

いつの間にかすっかり馴染んでしまった彼との関係を今更どうにも出来ないと感じていた。だからこの件は徹底的に隠し通すことにしたのである。それがクリムスン家にとっても茜色家(あかねいろけ)にとっても一番安全な方法だと彼女はどこかで信じていた。

「日時は塾が休みの日の昼間、期間は次の演奏家たちが見つかるまでの間だけです。ずっとそのお店でボランティアをするわけではありませんし、短期間ならいいのではないでしょうか」

師匠がねだるように言う。そんなにその店を助けたいのか?

「うーん……」

渋る少女に対し、

「興味はあるけど乗り気じゃないなら無理強いはしませんよ」

臙脂は何とかこの話を潰そうとしている。

そんな彼にアガットは唇の前で人差し指を立てた。

マゼンタは考えていた。

何も問題がなかったら、何も反対しなかったら、自分はどうしたいのか。

答えはさらりと降ってきた。

「私は、人前で演奏してみたいと思う」

それが私の本心だ。やったことがないからやってみたい、私の演奏がどこまで通用するのかを。

アガットは微笑みながら机の下で拳を握りしめると思い切り手前に引いた。

反対に臙脂は体の奥底から溜息を吐いた。

「ならオレその店に聞きに行く!」

少年がまた目を輝かせる。

「だから、それ以前に親の許可がいるでしょう」

臙脂は最後の望みをクリムスン一族に託した。



男たちの夕食はいつも以上に箸が進んだ。

なぜなら今日は珍しく頭首一家が全員顔を揃えている。こんなことは久しぶりだ。お嬢がこの家に入った時以来じゃなかろうか。

あれからクリムスンは仕事でほとんど家を空け、カーマインは道場に籠り始め、一時コチニールさえ姿を消したこともあった。

だが今夜は全員揃っている。

窃盗事件が起こり冷静ながらも身を縮める程の叱責を頭首から受けたとはいえ、彼らは喜びに溢れその顔も箸先もかなりほころんだ。

「レストランで演奏?」

驚いたコチニールが聞き返す。

「ああ」

「そんなの論外です」

言うと思った。

マゼンタは斜め迎えに座った眼鏡の男を半分伏せた瞼で見つめた。

「クリムスン家の子女がレストランでアルバイトなんてありえません。塾の先生もいったい何をお考えなのか、仮にも教師でしょうが……!」

「アルバイトではなくボランティアだ」

マゼンタが葡萄に対し訂正する。

「どちらにしてもダメなものはダメです」

「なぜ?」

「だから今言ったでしょう」

葡萄が箸を振り上げながら続ける。

「あなたはクリムスンの娘、守人一族の人間です。それがレストランでアルバイトだなんて……!」

「ボランティアだ」

「僕はマゼンタの演奏聞いてみたいな。いつも家で聞いてるけど、他の先生方と演奏するのも聞いてみたい」

「コチニール」

眼鏡奥の瞳が兄コチニールをたしなめるように睨んだ。

が、葡萄の威嚇に慣れている彼は

「ねえ、カーマインはどう思う?」

と、隣でむしゃむしゃと米をがっつく弟に顔を向ける。

「とゆうか、一緒にご飯食べるの久しぶりだね」

コチニールは彼に微笑んだ。家族みんなが揃うのも久々で何だか心が湧き立つ。

カーマインは食べることをやめないまま、

「うっさい……!てか別にマゼンタがどこで演奏しようとどうでもいい。俺は武術でこいつに勝つことしか考えてないから」

「あ、そう」

ブレないなぁ。

兄は少し呆れながらも弟の強い意志に感心した。

「とにかくダメなものはダメです。わかりましたね?」

葡萄が少女に念押しする。

やはりそうだよな……私はクリムスンの養女、立場をわきまえなくては……

彼女はほんの少し落ち込んだ様子を見せた。それはほんの微か外側に滲む程度だったが、頭首にとって見破るには充分だった。

「おまえはどうしたいんだ」

マゼンタもコチニールもカーマインも葡萄もはっとして声の主を見上げた。

(クリムスン……?)

葡萄の咽は嫌な予感を察知し乾き始める。

「私は……」

言い淀む彼女を父は真っ直ぐ見つめた。

「人前で演奏してみたい。聞いてくれる人がいるなら」

少女の本心が言葉に乗った。そこに噓偽りはない。

「……そうか、わかった」

「わかった、って……」ぎょっとした眼鏡の彼が頭首に確認する。

「ならやってみなさい」

「え……」と、マゼンタ。

「いいの?」と、コチニール。

カーマインも驚いて箸を止め、葡萄は愕然のあまり身動きが出来ない。

頭首は「やりたいと思うのならやってみるといい」

ゆったりと食事を続けた。

「ああ」少女は頷きながらも目を丸くする。

許された?人前でセキエを弾くことを、許された……

金縛りが解けた頭首の右腕は箸を膳に勢いよく置くと、

「ちょっ、クリムスン、いったい何を……!」

しかしながら普段と変わりない大男は飲み干したお椀から顔を上げ、

「おまえも窃盗犯から助けてもらっただろう?だから大目に見ろ」

「そ、そんな……!」

葡萄はそれ以上の言葉を失った。

「わぁ」

兄コチニールが瞳を輝かせ、弟カーマインはつまらなそうに鼻を鳴らした。



夕食を済ませ皆散り散りに大座敷を後にした。

けれど妹と並ぶように屋敷へ戻った兄は廊下を歩きながら尚も興奮冷めやらない。

「もう前代未聞だよ、クリムスン家の人間が外でアルバイトをするだなんて!」

「ボランティアだ」

マゼンタはコチニールにも一応訂正する。

「よく父上が許してくれたよなぁ。絶対ダメだって言うと思ったのに」

「ああ、私もだ」

少女は不思議そうに首を傾げた。

最初から期待はしていなかったのに、こうも簡単に許されるだなんて。

茜色家の緋色と接することを禁じられている彼女にとって、すんなり承諾されるとは夢にも思っていなかったのだ。

兄は隣を同じ速さで歩く妹に微笑む。

「マゼンタはお客さんの前で演奏してみたかったんだね」

「それは、まあ……」

彼女が何となく立ち止まると兄もそれに合わせた。

「聞いてくれる人がいるのなら、自分の腕がどこまで通用するのか試してみたいという気持ちはある。なんとか聞けるような音になったし」

「うん、そうだよね。みんなに聞いてもらったほうが楽しいもんね」

楽しい……

少女が二度瞬きをする。

それは新たな感情に気づけた瞬間だった。

「そうかもしれない」

彼女の中に温かな何かが広がるようだった。

楽しい。セキエを弾くことが、人前で弾くことが、聞いてくれる人がいることが、自分の腕を試すことが、楽しい……!

赤紫色の瞳が兄と同じように少しだけ輝いた。

ところが。

この家の頭首の書斎では彼の右腕が白目を血走らせていた。眼鏡の彼の前には勿論クリムスンがどっしりと椅子に掛け、恐ろしく冷静に自分を見上げている。

それでもここで立ち退()くわけにはいかない。

眼鏡の彼は頭首の机に両手を思い切り乗せると、

「いったい何を考えているんですか⁈マゼンタにアルバイトをさせるだなんて!」

「ボランティアだ」

「この際アルバイトでもボランティアでもどっちでも構いませんよ。ただあなたの考えをお聞きしたいんです……!」

葡萄は奥歯を噛みしめた。

クリムスンだってわかっているはず、こんなこと絶対に有り得ないと。なのに、なのに……!

しかし相手は信じられないくらい淡々と、

「あの子がやりたいと言った。だから許した、それだけだ」

「それだけって、クリムスン家の人間が任務でもないのにアルバイトをするだなんて……!しかも飲食を提供する場所でセキエを演奏するだなんて……!」

目の前の大男が肩眉を僅かに上げる。

「それは差別的発言か?」

「そういうことじゃないですよ」

葡萄の形相が怒りを抑えつつ鬼に変わる。

「ああわかってる」

頭首の穏やかな口調に彼の沸点が少しだけ下がった。

自分は弄ばれているのか?だったらこっちにも考えがある……!

「これがコチニールやカーマインの願いだったら聞き入れましたか?」

眼鏡の彼が当然の質問をする。頭は急激に冷えてきていた。

「それはまた話が別だ」

「まったく……女子(じょし)には甘いんですね」

葡萄は確信を突いた。

「今なんと?」

クリムスンの表情は変わらない。

けど眼鏡の彼はしてやったりだ。相手が冷静ながらもほんの少しは苛立たせることが出来ただろうから。

「いえ、失言でした」

とりあえず頭首の右腕は頭を下げる。

この程度で血が上るような男ではない、それは葡萄がよく知っていた。

それでも言わずにはいられなかった。

自分が思う真実を。




「それはよかった!まさかそんな簡単にお許しが出るとは!」

アガットが思わず席から立ち上がる。

授業が始まる前、師匠を訪れたマゼンタは早速昨晩の報告をしに来ていた。その席には勿論いつもの顔ぶれが揃っている。

「ああ、私も驚いた」

「クリムスンて意外と話の通じるヤツだったんだな」

少女の隣に立って両手を後頭部で組んだ緋色が感想を述べる。

父上のライバルだけどマゼンタには優しいのかも。まあ、娘だしな。

相変わらず少年の考えは軽かった。

反対に、この室内でたった一人、自席に座ったまま啞然としている男は、

「噓だろ……」

絶望の呟きを漏らした。

(守人のクリムスンだぞ。養女とはいえ自分の娘がレストランで演奏するのを許すだなんて……!)

彼は絶対に親の許可など下りないと思い安心し切っていた。なのに……!

「よかったじゃん!オレ絶対聞きに行くから!」

緋色が自分事のようにはしゃぐ。

「ああ、ありがとう」

するとアガットが前もって決めていたかのように、

「当日は他のメンバーも連れていきますね」

彼女ににこりと微笑んだ。

その言葉に臙脂はぎょっとする。

「他のメンバー?」彼女は僅かに首を傾げた。



黄みがかった赤色の少年はいつも以上にワクワクしていた。学校や塾や家、それに稽古でも心躍る経験はたくさんしてきたが、今のこの気持ちはこれまで経験したことがない。しかもそれは自分が成すことではなく、別の人物がこれから挑戦することだった。なのにどうしてかまるで本当に自分自身が経験するかの如く心が湧いて湧いて仕方なかったのである。

彼は浮かれた。塾では今も彼女が練習に励んでいるだろう、人前で曲を披露する為に。出来るだけ時間を使って曲を完成させていく。その過程は、傍から見ていてもとても気持ちの良いものだった。練習の詳しい内容はよくわからないが、なぜか自分まで鼓舞される。いつからこんなに彼女を応援するようになったのだろう。初めは馬鹿にしていたような気がするけど……まあいっか。少年は過去を都合のいいように解釈した。そして自分も体術稽古を頑張ろう、と爪先で大地を蹴り上げながら帰宅した。

今日もカッパーに稽古をつけてもらって……!

の、はずが。

彼は今、この家の頭首であり父親でもある茜色と二人きり、狭い畳部屋で正座をしながら向かい合っている。

縁側の障子戸は全開だがそれ以外の襖は全て閉め切られ何やら空気が重い。

ただ少年はその雰囲気に幾分鈍感ではあったのだ。だから父を見上げて明るく普段通りに、

「話って何?」

家に帰って来てすぐに呼ばれた理由を素直に尋ねた。

茜色は涼やかな顔で若干微笑みを携えながら、

「塾はどうだい?」

その質問に緋色の表情が固まる。

ま、まさか……

「じゅ、順調だよ」

つっかえながらも何とか答えた。けれど頭の中の不安は拭えない。

「本当に?」

父が微笑んだままさらに確認する。

(もしかして、マゼンタと話してることがバレた……⁈)

緋色の呼吸が急激に浅くなる。

絶対に、絶対に、クリムスン家の人間と関わっちゃいけないって、言われてたのに……!

茜色は穏やかな微笑みのまま、

「その割にはあまり成績が伸びていないようだけど」

途端に少年の肩の力が抜けた。

ああ、なんだ、そっちの話か……

息子は息を整えると苦笑いを浮かべた。

「うん、オレなりにガンバってはいるんだけどね、なかなかムズカしくて」

なんだ、マゼンタの話じゃなかったんだ。

少年は頭をポリポリと指で搔く。

彼の一連の光景を眺めていた茜色は、

「今なぜほっとしたのかな?」

「へっ?」

「本当は他のことを聞かれると思ったんじゃないかい?」

「いやいや、そんなまさか……!」

緋色の手の動きは忙しない。上下左右、至る所に手が伸びる。

父は表情を変えずに息子を見つめ続けた。

(ヤバいーっ!めっちゃ怪しまれてるうっ!)

少年の額に汗が滲み始める。

「おまえのことを疑ってるわけではないけど」

いやものすごく疑ってるよね!

濡れた手の平を緋色は無意識にぎゅっと握った。

「例のあの子と関わってなどいないだろう?」

「ももももちろんだよっ!関わる⁈ありえない、オレたちがそんなことするだなんて、ないないないないっ!」

首を激しく振る息子に茜色は溜息をついた。

噓が下手すぎる。

緋色はとても素直だ。それは嘘をついてもすぐバレるという意味で。

もっと小さい頃から子供らしい噓をつくことは度々あった。自分を正当化する為、誰かを守る為、理由は様々だがとにかく嘘がわかりやすい。だから本件に関しても例え聞かずとしても答えはわかっていた。それでも頭首として釘を刺しておかねばならない。相手が奴の家の者ならば尚更だ。だがどうすればよいのか。

関わるなと告げ、本人はその通りにしていると答える。事実とは全く異なっていても。

強硬手段は取りたくない。子供の仲にまでこれ以上口出しをするのもおかしな話。だからといってこちらが先に通っていた塾を変えるだの何だのするのは有り得ない。ではどうするのが一番良い手段なのか……

茜色は穏やかな顔のまま頭を悩ませた。




 曲が追加になった。

赤紫色の少女が弾けるのは〝ルアルカイキ〟それのみだ。しかし人前で演奏するのにたった一曲だけというわけにはいかない。だから師匠がもう一曲弾けるようにと課題を出してくれたのだが……とにかく楽譜が分厚い。楽譜というよりもはや一冊の本だ。そこにびっしりと赤星語の数字が端から端まで埋め尽くされている。

これを渡された当初、マゼンタは二度瞬きをした。

これは、この中の抜粋された数枚部分を弾くということだろうか?

だがアガットの返事は違った。

この一冊全てで一つの曲なのだ、と。

少女は身を固めた。

新しい曲を習うのは嬉しいし有り難い。だがそれにしては随分重量感があるのではないだろうか。

臙脂も新人に対する嫌がらせか、と漏らしていた。

でもアガット曰くこの曲〝ブルマーサ〟はこれだけ長い分、約一時間弱はかかる曲らしい。おかげで場が保てるそうな。ステージに穴を開けるわけにはいかないとも言っていた。

ならば、やるしかない。

そうして練習を始めた。

確かに今の彼女にとってはとてつもなく長いし、重量級の曲だろう。けれども内容は〝ルアルカイキ〟ほど難解ではなく軽やかで易しい。これならば仕上がるのも早いのではないだろうか。

さすが、師匠はよく考えている。

そういうわけで今日も縁側に座りセキエを弾きまくっていた。

〝ブルマーサ〟

古い言葉で、意味は〝花開く〟だそうだ。

そんな彼女の姿を庭の木の陰から覗き見ている輩がいた。一人ではない。数人、いや数十人か。彼らは皆うずうずしながら、誰が先に声を掛けるかで揉めに揉めている様子だった。

そこへ一人の少年が男たちに近づく。

「ちょっと」

彼らが振り返ると絶対に逆らえないこの家の頭首の息子がポツンと立っていた。彼は道着姿で稽古の最中だったらしい。

「コチニール」

男らのうちの一人が彼の名を呼ぶ。

「もしかしてマゼンタに手合わせ依頼?」

「ああ、なんせ予約待ちだって言うからよ」

予約って……

少年は内心呆れた。

大の男らが十代の少女に手合わせ予約って、余所(よそ)では聞いたことがない。

「あのね、マゼンタは今それどころじゃないんだ」

男たちが小声ながらもざわつく。

「セキエと向かい合って、曲を完璧に演奏出来るよう練習してるんだよ。だから邪魔しちゃだめ」

その時、庭の端で腕立て伏せをしていた弟のカーマインは、

「何が、セキエだ……!父上も、許しを、出すだなんて……!くそ甘すぎ、だ……!」

汗を地面にこぼしながら身を震わせていた。




 それからほんの少し時が経ち、背中に長細い棹を背負った赤紫色の少女がとある一軒の店の前に佇んでいた。

周囲には同じような外観の店が立ち並び、道行く人々が歩道に立つ鮮やかな彼女に驚きつつもどこにどんな店があるのか、どの店に入って食欲を満たそうかと事細かに検討している。

(ここで、いいのか?)

彼女は店の頭部に掲げられた看板を見上げる。

分厚くどっしりとしたそれには、

〝創作料理の店 タンジャリン〟

読み方が正しければそのように書いてある。

創作料理?それはいったいどんな料理だ?

少女は緋色に誘われ茜色家でご馳走になった謎の料理を思い出した。

「お待たせいたしました」

自分に向けられた声に反応して彼女は振り返る。

そこには同じような棹を背負った二人の教師、いや、楽師が立っていた。


















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